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虚の天秤  作者: 榛原朔
四章 蠱毒の刃

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18-霞む人格

……僕が生まれた日。私は本当に何も知らなかった。

あの毒薬を渡してきた男以外は、きっと予想だにしていない出来事だったんだ。


もちろん、原因は間違いなく私自身だった。

何一つ言い訳できないし、この罪は変わらない。

たとえ、お母さんの病気を治す薬だと言われて渡されたのだとしても……


『ゴホッゴホッ……なに、これ? この薬、まさか毒……!?

あなた、なんで、こんなものを、ママに……!?』

『……え? え? え? え? ど、く……!? ちが、出てる。ママ、なんで……? わたし、知らない……!!』


殺した。殺した、殺した、殺した。殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した。


私は、母親を殺してしまった。

今でも脳裏に焼き付いている、あの光景。


元々弱っていた体が、さらに震えて……それこそ出来の悪いホラー映画のキャラみたいに不自然に痙攣し、口からは血のような色をした泡が溢れる。


息はしているはずなのに、呼吸困難になったように恐ろしい音を出しており、顔色もどんどん青白く。

世界を恨んでいるかのような、般若のような形相で私を見ていた。


……たとえ、その恨みが必ずしも私に向いているとは限らなくても。単に、苦しみがそうさせているのだとしても。


あまりにも残酷過ぎる出来事は現実で。

幼い私を壊すには十分すぎることで。


このまま何もしなければ、きっと自分は完全に壊れてしまうとわかっていたから。たとえ、なんの解決にもならないことだとしても。逃げなければ、と……そう思ったから。

僕は優しくあの子を押し退け、目を開けた。


『……おい、何だこれは? 何で、どうしてこんなことに……

お前の、せいなのか? お前のせいなのか――!!』

『待って親父! こいつは‥』

『黙れぇ!!』


目を開けた後に待っていたのは、父親が僕を殺人鬼だと罵る光景。そして、大好きなお兄ちゃんが僕を守ろうと、代わりに殴られている光景だ。


親から否定されるなんて、何よりも辛い。

けれど、原因は間違いなく自分にあるのだから。

抵抗するのも、反撃するのも、間違っていると思った。


そして何より、もう間違っても人を殺してはいけないと。

殺してしまったから生まれた人格の僕は、そうやって死から逃げないと自分を保っていられないと思ったから。


『親殺しだと!? ふざけるな、ふざけるな!!

元々この國に死が溢れていたとしても、それは違うだろ!!

何に感化されたか知らねぇが、お前は悪魔だッ!!』


怒鳴り、否定し、殴りかかってくる父親に。

僕は、何もしない。


そもそも僕は、死から逃げるために生み出されたのだから。

誰も殺さないことを望まれて、生まれてきたのだから。


『うぐっ……!! けほっ……!!』

『お前が、お前らが!! みんな死んでく!!

隣人が心中した!! 処刑された!! この國で!! あぁッ!!』


もはやまともに動くことも出来ない兄妹をぼんやりと見つめながら、僕は無抵抗で父親に殴られ続ける。


当然痛くて、とっても辛いことではあるけれど。

僕は抵抗しない。死には近づきたくない。


僕は、このために生まれた。死から逃げるために生まれた。

なら、答えは1つしかない。


死や暴力に耐え切れない私の代わりに、僕が。

壊れかけた精神を守るために、黙ってそっと目を閉じる。

たとえ、抵抗しないことで死んでしまうとしても、僕は……!!




それが、僕が生まれた日。それが、僕の不殺の始まり。

……僕は、あの殺しを忘れるために。

あの殺しを、なんでもないことにするために。


殺さず、殺さず、殺さず殺さず殺さず殺さず殺さず殺さず殺さず殺さず殺さず殺さず殺さず殺さず殺さず……




~~~~~~~~~~




「うぅ、あぁ……!! あぁぁぁぁ……」


血に塗れた手足を見つめながら、2度も不殺の在り方を覆してしまった少女は呻く。


首などにはかなり深い傷ができているが、もちろん原因はそんな下らないものではなかった。

自分自身が揺らいでいるから、シャルロットという人を殺さない人格が消えかけているからだ。


しかも、とっくに限界だったデオンはマシュー処刑と同時に気絶しているので、誰かに助けを求めることもできない。

精神崩壊間際の少女は、1人孤独に死の元凶だった協会跡地でふらつき続ける。


「シャルロットお姉さん!」

「雷閃、ちゃん……」


そのわずか数分後。崩れ去る天空要塞を見て、各地の戦いを治めてやってきたのは、心配そうな表情の雷閃だ。

彼は雷の速度で急いで近づくが、ほとんど衝撃を与えることなく彼女の体を支える。


「おつかれ様、お姉さん。もう帰ろう? 戦いは終わった。向き合うべき罪とも、決着をつけたんでしょう?」

「……まだ、だよ。ううん、戦いは終わった。

けど、まだ協会を調べられてないから」

「それならぼくが‥」

「僕自身が、向き合わないといけないことだよ」

「……」


すぐに帰ろうとしていた雷閃だったが、それにシャルロットが頷くことはない。代わりに調査することすら拒否されて、彼は嫌々ながらも一緒に教会の中枢へと向かっていく。


何も喋らないが、ピリピリと放出した雷によって目標の特定も意思の疎通も完璧にこなす。

向かうのは、普段からマシューが陣取っている執務室だ。


「……あ、デオンはどうしよう?」

「ピーピング・トムを呼んであるよ。幹部で生き残ったのは、彼とビリー・ザ・キッドって人だけだけど」

「……そっか。出来るだけ多く生き残らないといけなかったんだけど……この先、どう影響してくるかな」

「さぁね。どちらにしても、僕は最後まで手を貸すよ」

「うん、ありがとう」


薄っすらと涙を滲ませながらも、シャルロットは落ち着いたままで執務室に入っていく。もしかしたら、それは落ち着いているのではなく悲しむ余裕すらないのかもしれないが。


ともかくとして、彼女はすべての始まりに足を踏み入れた。

すると目の前にあったのは、何の変哲もないデスクや本棚。

そして、唯一異質な存在感を放っていたのは……


「これは……地下室への扉?」

「そうみたいだね。彼は自分が死ぬことを予期していたようだ。僕は結局、一度も対面することがなかったけれど……

本当に、とんでもない傑物だったみたい」

「……そうだね。あの人は、凄い人だった。こんな國を造らなければ、間違いなく偉人だと言えるくらい」


今は完全に開かれているが、本来は隠し扉だったのであろうものを前に、彼女達は顔を見合わせる。


死を予見したマシュー・ホプキンスが、生き残った者に見せたかったもの。どう考えてもヤバいもので、同時に彼女達がどうしても向き合わなければならないものだ。


少し話し合った2人は、不気味に口を開けている地下室への階段を、雷を纏って一気に駆け下りていく。

長い、長い道を行き、やがて辿り着いたのは……


「……また、これか。こんなものが、あなたの見せたかったものなの? マシュー・ホプキンス……!!」


この國の果てにあったものと同じ、醜悪な肉の壁だった。

もしかしたら、この壁を越えた先には何かしらの手がかりがあるのかもしれないが……


少なくとも、今すぐに突破できるものではない。

何より、シャルロットの精神はもう限界なのだから。

雷閃も無茶をすることはなく、静かに肩を貸している少女を見やる。


「……はぁ。うん、そうだね。これは今すぐにどうこうできるものじゃない。帰ろっか、雷閃ちゃん」

「うん、帰ろう。マリーお姉さんが待っている、あの家に」

「……」


ようやく帰ると決めたシャルロットだったが、彼女は黙ったまま足を動かそうとはしない。雷閃が不思議そうに顔を覗き込むと、そこでようやく弱々しく微笑んだ。


「……僕ね。明るく生きてはいるつもりだけど、いつも思うんだ。私が彼女を殺したのは、悪だったのかなって……」

「……」

「私だって、殺したくなんてなかった。

この國が、まだ何もわかっていない私を人殺しにしたんだ。

だから、僕という人を殺さない人格を生み出したけれど。

それでも、罪人であることに変わりはない。

そんな僕なのに、救われていいのかなってずっと思ってた。

でも、みんな僕を許してくれる。死とも向き合った。

もしかしたら、もう休んでもいいのかと思わせてくれる。

あはは……ずっとシャルルに放り投げていたからかな?

短い期間しか活動してないのに、とっても疲れたよ」


どうやら意識が朦朧とし始めている様子の少女は、脈絡なく自らの思いを滔々と語り出す。その姿は、確かにここにあるのに霞んだ幽霊のようで。


今にも消えてしまいそうだったから、雷閃も覚悟を決めたように真っ直ぐと見つめ、言葉を紡ぐ。


「……じゃあ、この場で改めて聞くよ。

君の殺しは、一体誰を殺すことなのだろうか。

君の不殺は、一体誰を守ることなのだろうか」

「……」


和服の異境人に問われた処刑人の少女は、ふらつきながらも彼から離れ、周囲を見回す。ここにあるのは、肉の壁。

死体の山と言われても納得できる、血の滴る地獄だ。しかし不思議と、真ん中に立つ彼女が神秘的だと思えてしまう。


「僕はいつも、僕自身を守っているよ。

母親を殺した重みを、殺しから目を逸らすことで忘れるために。僕という人格が存在し続けていられるように。

殺さなかった人と一緒に、僕自身の心を守っている。

そして、殺しは……やっぱり、僕自身を殺している、かな。

罪の意識は人格を蝕む。犯した罪と、否応なしに向き合わせられる。どんなに正しくても、他に選択肢がなかったとしても。近くに感じるだけで、心が擦り減り消えるから」

「……うん。お疲れ、様」

「あは、は……ありがと」


地獄に佇む少女は、清らかな涙を流しながら笑う。

すべてを語らい、紡ぎ、終わりの時は刻一刻と。


何よりもおぞましく、だからこその美しさを感じさせる死の世界で。彼女という死は始まりに。


「マリーをよろしくね、雷閃ちゃん。ばいばい」

「……うん、任せて。また会おう、シャルロットお姉さん」


シャルル・アンリ・サンソンという人殺しの人格から。

シャルロット・コルデーという現実逃避の人格から。

彼女は別れの挨拶をして、本来の人格に戻る。


「おはよう。そして、はじめまして。

気分はどう? ノインちゃん」

「……」


何年もすべてから逃げ、今もぼんやりと無気力な瞳で辺りを見回している少女に、雷閃は優しく呼びかける。


マシュー顔負けの無表情である彼女こそは、この肉体本来の持ち主である人格。


どこにでもいる普通の少女でありながら、この國により殺人鬼へと変えられた1つ目の人格――ノインだ。



さて、わかる人なら三章でシャルロットが登場した時点でわかっていたかと思いますが、この作品は空の境界をモチーフに書き始めた作品でした。


主人公は、空の境界の主人公である両儀式とほとんど同じ性質を持ってます。3つの人格があって、それぞれ男性人格と女性人格と統括格的なもので、殺しに関係しているといった感じで。


まぁ、自作のシリーズ内にそういった要素を組み込んだので普通にバトル物ですし、内容は全然違いますけど笑


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