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虚の天秤  作者: 榛原朔
四章 蠱毒の刃

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16-悪性断罪神殿セイラム・中編

雷光は煌めき、暗がりにいた人々は明るく彩られる。

それが空中であれば、余計にだ。


空飛ぶアイアンメイデンに乗るエリザベートは、ゴスロリ調――赤や黒を基調とした禍々しいワンピースを着ていることもあって、畏ろしいと思えるくらいに美しかった。


もちろん、今の彼女は薬で体が思うように動かせないでいるのだが……ものを操るのに体を動かす必要はない。

万が一を考えて低めの飛行ではあるものの、空を飛ぶ美少女という芸術性は健在だ。


それにより、女性専門の処刑人は見事に意識を引っ張られる。同じく鎖によって無理やり空を飛ぶことのできる彼は、吸血姫の援護を受けた美容師に追撃を受けながらも、盲目的に獲物を追っていた。


「あは、あっははは! 綺麗、綺麗だ。

とっても綺麗だよエリザベートちゃん!!」

「きっっっ……こほん。おーっほっほっほ!!

そんなの当然ですわーっ!! わたくしを誰だと心得て?

世界を混沌に陥れる吸血姫ですのよ? で、ですが今は体が熱っぽく意識も朦朧としてますので……落ちてくださいな!!」


雷に満たされた明るいキャンバスに描かれるのは、数え切れない程のぬいぐるみとアイアンメイデンが空飛ぶ光景だ。

彼女自身が飛んでいることもあるが、大抵は何かに乗って、操り、攻撃している。


見た目だけは美少年の変態も、鎖でそれらを足場にする形で空を飛んでいるのだが……自由度がまるで違う。

彼が自分の手で鎖を操作しているのに対して、ぬいぐるみやアイアンメイデンは何に縛られることもなく空を飛ぶ。


たとえ処刑人として卓越した技量を持っていようとも、その事実は変わらない。何度も打ち合い、ぐるぐると回転して荒ぶり、なんとか対抗していたが。


やがて手数が足りなくなり、圧倒的な物量に押し潰されて地上に落ちていく。待ち構えているのは、アイアンメイデンに運ばれて低空飛行しているスウィーニー・トッドだ。


「俺が相手するって言ってんのに、ブレねぇな変態!」

「援護してるってことは、彼女も参戦してる。

だったら、僕が狙うのは女の子に決まってるだろ?

男なんかと、誰が好き好んで戦うもんか」


両手に握った鋏を構え、すかさず落下軌道上に向かっていたトッドだったが、ピエールもそう簡単に隙を見せてはくれない。


殴打された顔を赤くさせ、衝撃で少しばかり目をぐるぐるとさせながらも、正確無比に鎖を操り応戦されている。

おまけに、無数の鎖と2つの鋏……手数も圧倒的に不利だ。


自由度で負けたとはいえ、アイアンメイデンやぬいぐるみに対抗できる程の物量なのだから、普通に戦って勝てるはずがなかった。


「援護だからって、空中に逃げさせたのはマジで悪手だったな……とはいえ、地上なら地上で狙われるんだろーけど」

「そりゃあね! なんて言ったって、僕は女性専門の……」

「うるせぇ!!」


一つ一つが手足のようにバラバラな軌道で動き回っている鎖によって、トッドは好き放題弄ばれる。


エリザベートの眷属もどきを足場にできても、空中であることに変わりはないのだから。常に移り変わる不安定な戦場で、彼はキリキリと舞っていた。


しかし……それでも、スウィーニー・トッドはエリザベートを助けに来た援軍だ。戦いに特化したメンバーではなくとも、ル・スクレ・デュ・ロワの幹部だ。


今も上空の自称吸血鬼ばかり見ている変態に、為すすべもなく負けることなどありえない。的確に現れる足場を踏みしめて、美容師は揺れる髪を……無数の鎖をチャキチャキと切る。


「くっそ、お前また僕の鎖を切りやがって……!!」

「追加はできても、下手にエリザベートのもん縛れねぇだろ? これじゃどっちが援護かわかんねぇけど……

手が足りねぇだけで、相性はいいみたいだなぁピエール!!

爽やかな王子様面が崩れてるぜ!!」

「うるさ……」


空から吸血姫の操るアイアンメイデン、地上からは鎖すらも断ち切る鋏……を持った美容師。間に挟まれた変態は、なおもエリザベートに惹かれながらも苦しげだった。


「あぁ、でもこのアングルは悪くない」

「きゃーっ!? スカートの中を見ないで変態!!」

「それがお前のエスコートか、変態!?」

「はぁ、どいつもこいつも変態変態うるさいなぁ。

これはデートとかじゃなくただの処刑だ。そこに僕の趣向が加わっているだけなのに、相手を慮る必要がどこにある。

僕は殺戮兵器になるつもりはない。自分なりの正義のために戦うつもりもない。僕はただ、愉しむために殺すのさ!!」


自分以外の全員から責められ、攻撃の勢いも増し、さらに追い込まれるピエールだったが、表情はむしろ悦びに満ちる。


鎖を切られても関係ない。後でどうなろうとも、今この瞬間を楽しむために、トッドが来る前のように飛び回るアイアンメイデンなどを絡め取っていく。


「殺す、殺す、殺す、殺す……!!」

「ひえぇっ……あなたなんか急にキャラ変わりました!?」

「捨て身かよ、こっちも死ぬ気でいくしかねぇな……!!」


飛び回っていたアイアンメイデンやぬいぐるみは縛り上げられ、攻撃手段も足場もみるみる減っていく。

中心にいるピエールに引き寄せられることはないが、次々に同化していく様はまるでブラックホール……星のようだった。


そんな中で、突如血走った目を見せる変態にエリザベートは堪らず身を引いている。


だが、足場が奪われたことにより、彼女よりも切羽詰まっているトッドは真逆で、このまま接近するつもりのようだ。

覚悟を決めた表情になると、危険を承知で囚われたアイアンメイデンなどを使ってピエールまでの道を駆け昇る。


近付くと当然押し潰そうと動き出すが、常に動いていればあまり関係はない。時にギリギリで飛び移って難を逃れ、時に鎖を断ち切り足場を開放し、特攻を仕掛けていった。


「お前も動け、エリザベート!!

こいつはここで止めねぇとやべぇ!!」

「っ、わかりましたわ」


小惑星と化した鎖は荒ぶり、世界に侵攻する。

エリザベートの眷属が囚われたのはもちろんのこと、無関係な周囲のもの……木々や処刑人、暴徒や住民すらも絡め取っていた。


もはやこれは、ヨハンも顔負けな殺戮兵器。

武器が減っていても放置などできず、彼女達は一気に接近していく。


「殺す、殺す、あははっ、女の子ー!!」

「こんな時でも、まだそれか!!」

「いい加減、気持ち悪いので消えてくださいな!!」


鎖で雁字搦めにされていてもお構いなしに、エリザベートはアイアンメイデンを操って押し潰す。密度の上がった足場を伝って、トッドは接近して鋏を振るう。


狙える場所は少なかったものの、暴走とアイアンメイデンによって身動きの取れないピエールは、首を切り裂かれた。


「かひゅっ……あは、アハハハ……殺す、殺す、殺させて……」

「きゃっ……」

「エリザベート!!」


だが、死を厭わない殺戮兵器は止まらない。

完全な球体になったものの中から何十本もの鎖を繰り出すと、彼女だけを絡め取って縛り上げてしまう。


本体は非力な少女なので脱出は難しく、またこのまま加えられる力が増せば圧死は不可避である。かといって、肉薄していたトッドでは鎖を切って助け出すのは不可能だ。


根本からいくつかは切るも、縛っている鎖すべてを断つことなどできずにエリザベートは鎖の中に消えた。

ぐしゅりという音と共に、ギラつく繭の隙間からは赤い液体が溢れ出る。


「テんメェ、この野郎ーッ!!」

「あは、アハハハ……女の子、柔らかい、殺した……」


鎖はなおも、エリザベートを味わうように脈動している。

それを放って置けるはずもなく、トッドはもう刃こぼれだらけの鋏を荒ぶらせた。


切る。ただひたすらに、切る。

まだ手を伸ばし続ける鎖を、力が消えたアイアンメイデンらを捕らえる鎖を、球状に彼を守る鎖を。


ひたすらに切り続け、その果てに。

美容師スウィーニー・トッドは、恍惚とした表情の処刑人を見つけ出す。


「首の傷は浅かったか? そりゃすまねぇな、死にきれねぇだろ!? 今度こそッ……止めてやるよ伊達男!!」

「――!!」


美容師は美しく死を整える。手、足、首、心臓。

暴走も抵抗も生存も、そのすべてを断ち切るために、重要な部位はその尽くを破壊する。


アイアンメイデンと同じく、滞空する力を失った鎖は。

今度こそ地上に落ち始め、彼らもまとめて疑似惑星の墜落に巻き込まれていった。


鎖に心臓を貫かれたトッドは、もはや動けない。

足掻くピエールを見上げながら、力なく地面に叩きつけられ、無数の金属に押し潰された。


「……殺した。殺して、しまった。ゴホッゴホッ……!!

僕は女の子を殺したいのに、男なんかを……!! 僕はもう死ぬのに、最後に殺したのが男だなんて……耐え、られない!!」


しぶとく生き残ったピエールは、鎖で全身を補強して何とか歩き出す。首を切られ、心臓を貫かれ、もう長くない彼は。


最後に殺したのはトッドという男ではなく、誰でもいいから女性であれと、獲物を探す。その前に現れたのは……


「……デオン、ちゃん。あはは、やった。女の子、女の子だ」

「エリザベート。トッド。よく……頑張った。あれはもう放置していても死ぬだろう。君達の勝ちだ。けれど……無駄な犠牲は増やせないから。少し、手を出させてもらうよ」

「女の子、女の子、女の子……殺す、殺す、殺す……」

「最後に殺したのが男なのが認められないだと?

お前が殺したのは、スウィーニー・トッドだぞ?

誇れ。そして、お前なりの苦しみを受け続けるがいい」


鎖で全身を包み込んだピエールは、さながら鎧で身を固めた騎士だ。しかし、シュヴァリエ・デオンの武器はレイピア。

繊細なその連撃は、容易く鎧の隙間を貫き最後の輝きを絶えさせた。



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