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虚の天秤  作者: 榛原朔
一章 屍臭乱舞
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8-侵入者の行方

寝るまで今日という感覚で前書き書いていたのですが、よく考えたら日付変わったら次の日ですよね。

ということで、本日2回目の更新です。

処刑人協会の本部を出たシャルルは、再び馬車に乗って道を進む。向かう先にあるのは、今度こそ自宅の方面だ。


用事はもう完全に終わっているので、その表情からは力が抜け、かなりリラックスした様子を見せている。


とはいえ、もちろん何も憂いがない訳ではない。

ラボでの修理依頼は上手くいったが、処刑人協会での休業要請は拒否され、新たな仕事も舞い込んできた。


処刑後ではないので緊迫した表情ではないが、若干うんざりしたように肩を落として馬車を操っていく。


「はぁ〜……終わった終わった。けどやっぱ無理だったなぁ。

たしかに殺せるけど、昨日のやつみたいに抵抗されたら同じ土俵に立つ必要があるから、普通に面倒くせぇよ」


フランソワによって、ギロチンが作り直されるまでの期間、処刑は慣れた武器ではないものを使わないといけない。

おまけに彼女は、相当キレていたのでそれなりの期間がかかることだろう。


どう考えても明日の仕事には間に合わず、3日後もまだ無理。

2週間後もまだ作ってもらえているか怪しいくらいだ。

それだけの長期間、適当な武器で仕事をこなすことになる。


出来るからといって、難易度が変わらないはずもないので、シャルルは移動中延々とぼやき続けていた。


「そういや、あいつはどうなったかな」


そんなシャルルが、ダラダラと道を進むこと数十分。

昨晩処刑を行った集落に差し掛かり、いよいよ雷閃と出会うことになった森が近づいてきたことで、シャルルはぼんやりと空を見上げながらつぶやいた。


天気は相変わらず良い。雷を溜め込んでいそうな雲はなく、傾いてきた太陽は森を心なしか赤く染めている。


使う道は昨晩と変わらないので、雷閃がいる空き地は通り道だ。自宅へ向かっていたシャルルは、ほとんど手がかりのない中で、感覚だけを頼りに昨日の獣道の近くで止まった。


「あのガキは偽善者で、マリーも底なしの善人。

妙な力も使ってたし、何も問題は起こってねぇとは思うが」


昨日の今日なので、止まった位置はほとんど昨晩と同じ場所だ。シャルルはできるだけ跡が残らないようにしながら、木々や雑草を押し退けて進み始める。


森は相変わらず静寂が満ちており、マリーはもう帰っているようだった。


「……!? いねぇッ……!!」


そんな森を進むこと十数分後。シャルルの目の前に広がったのは、誰もいない空き地だった。


大きな樹は上から下へと引き裂かれ、その周囲の木々も尽く倒れているので、ここは間違いなく昨晩の空き地である。

しかし、大樹の前にある岩の上には、今朝まではいたはずの少年の姿は影も形もない。


彼にはたしかにここにいろと言ったのに、あの馬鹿みたいに目立つ和服の少年は、勝手に出歩いてしまったようだ。

すぐにそのことを理解したシャルルは、頬をビキビキと引きつらせて怒りを顕にする。


「チッ!! あのガキ、面倒なことを……!!

……ただまぁ、ここには飯もなんもねぇんだもんな。

離れんのも無理はねぇ。俺が見逃したことさえ言われなきゃいいし、言われても侵入者の証言だけで処刑はねぇだろ。

……ふん。どっかで見つかって、あいつだけ処刑されちまえ」


静かな森に舌打ちを響かせたシャルルだったが、案外すぐに納得してため息をつく。雷閃は服と刀以外は何も持っていなかったし、ここも森とはいえ人里の近くで動物もそう多くはないので、狩りをするのも楽ではない。


川くらいならば探せばあるが、彼に探し出せるとは限らないし、むしろ素直に留まっている方がおかしいくらいだ。

見つかれば、処刑される。処刑されれば、関係なくなる。


冷静に状況を整理したシャルルは、今なら自分には関係ないことだと言い聞かせるようにつぶやくと、さっさとこの場を去っていった。




~~~~~~~~~~




「なッ……!?」


それからさらに十数分後。

ようやく自宅に帰ってきたシャルルの前には、マリーと一緒に仲良くテーブルに着く雷閃の姿があった。


招待した覚えなど、もちろんない。

むしろ、今朝は絶対についてくるなと言っていたくらいだ。

それなのに彼は、すっかりこの家に馴染んでスプーンを握りしめていた。


「おいクソガキ!! テメェ何で家にいる!?

来たらぶっ殺すって言ったよな!?」


少しの間固まっていたシャルルは、ハッと我に返るとすぐにテーブルまでずんずんと突き進みながら声を荒げる。

ギロチンこそ持っていないものの、爛々と輝く目は凄まじい殺意を秘めていた。 


「何でって、マリーお姉さんにまねかれたからだよ。

それに、きみにぼくはころせないって。ぜったいにね」


しかし、相手はシャルルのギロチンを吹き飛ばし、そのまま昏倒までさせて朝まで寝かせていた張本人だ。

その威圧感にまったくビビることなく、素直に理由を告げて挑発まがいのことまで言っている。


彼の真横まで来たシャルルは、その言葉を聞いてさらに怒気を強め、物理的に拒絶するために手を伸ばしていく。


「今、すぐに!! 出てけッ!! ここは!! 俺の家だッ!!」

「待ってシャルルっ! この子は私が連れてきたのっ!!

あなたに言われた通りに様子を見に行ったら、1人でポツンと寂しそうにしていたから……!!」


激昂して雷閃に手を伸ばすシャルルだったが、その手は彼を掴む前にマリーに掴まれる。さっきまで反対側に座っていた彼女は、行動を察して素早く立ち上がっていたのだ。


しかし、当然それで怒りが収まることはない。

勢いよく手を掴まれ、そのまま体をねじ込んできたマリーに行く手を遮られたシャルルは、押されて数歩後退しながらも言い返す。


「俺は様子を見てきてくれとしか言ってねぇ!!

そもそも、お前も招いた覚えはねぇぞ!!」

「私はその後連れてくるなとも言われてないわっ!

招かれていないのは、たしかにそうなのだけど……

ちゃんと合鍵があるものっ。いつものことよ?」


初めは雷閃に怒りが向かっていたので、シャルルの威圧感は処刑人時とそう変わりはない。

だが、普段はほわほわとした態度のマリーは、意外にもそれに臆することもなく、毅然と言い返していく。


後半に関しては本当にいつものことなので、やや目を泳がせてからふんすっと胸を張っていた。


「そのいつもがおかしい‥」

「でも‥」

「……」


彼女達の口論は終わらない。シチューのお皿を前にスプーンを握りしめる雷閃は、それを優しい目で見つめている。


マリーはまだ若干ほんわかとした優しげな雰囲気のままで、シャルルは雷閃に怒っていた時よりも幾分勢いを落として、もはや痴話喧嘩と言えるような喧嘩をしていた。


「このお家は、きみにとってとっても大切なものなんだね」

「あぁん!?」


しばらく経ってから雷閃がつぶやくと、シャルルはマリーに押されていたこともあってかすぐさま噛み付いた。

その目を真っ直ぐ見返す彼は、マリーの背中越しににっこりと笑いかけていく。


「ぼくのことは強くきょぜつしているけど、マリーお姉さんは前から来ていたからか、そうでもない。

立ち入る相手を選ぶくらいに、大切にしている」

「だったら何だ!? すぐに出てってくれんのか!?」


マリーがオロオロと視線を行き来させる中、自身を見透かすような雷閃に対して、シャルルは再び語気を荒げる。

しかし、より目の前の処刑人への理解を深めた彼が告げるのは、真逆の言葉だった。


「ううん、ぼくはきみに1つてい案……というよりは、心変わりしそうな言葉、かな? それをあげる。ぼくがいるかぎり、このお家はこの國で最も安全な場所になるよ。

マリーお姉さんも他の人でも、この中で人は死なない」

「……」


彼の言葉を聞いたシャルルは、スッと存在感を消す。

襟によって顔の全体は見えないが、出ている目からは威圧感どころかさっきまでの殺意も消えていた。


「……好きにしろ」

「ありがとう」


抜け殻のようになったシャルルは、力なく雷閃の滞在を許可して背を向ける。その声は誰の意思もないかのように無機質で、確かな意味はあるのにただの音の羅列のようだった。


「あ、シャルルっ! 今日のシチュー、とーっても美味しくできたの。あなたも一緒に食べましょう? 雷閃くんは先に食べているけれど、私は待っていたから大丈夫よ」


雷閃に背を向けたまま階段へと進むシャルルだったが、無事に解決したと見たマリーはほんわかと食事を勧め始める。

朝と同じように目の前に立ち塞がって、自分を退かそうと伸ばされた手を逆に掴み、有無を言わさない様子だ。


「食欲ねぇ」

「だーめ。あなた朝も昼も食べていないでしょう?

ただでさえ痩せているのに、もっと痩せちゃうわ」

「いーらーねーえー」

「たーべーなーさーいー」


もうすっかり2人のやり取りに慣れた雷閃少年が、美味しそうにシチューを食べる中。彼女達は一気にシリアスさが薄れた、口論の第2回戦を開始していた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 第一話では、主人公の処刑人シャルルのイメージが完全に性格破綻したシリアルキラーだったのですが、様々なキャラとの交遊(?)が書かれていくごとに人間性が増してきて、この回のモーツァルトとの会話…
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