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虚の天秤  作者: 榛原朔
四章 蠱毒の刃

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15-悪性断罪神殿セイラム・前編

「ぐ、おぉぉぉぉッ……!!」


弾けるように襲いかかってくる、雷の打撃で全身を打たれたヨハンは、流石にノーダメージではいられない。

苦しげに表情を歪め、口からうめき声を漏らしながら、螺旋状の雷に打ち上げられ続けている。


脚力で逃れようとするも、大自然そのものである雷が相手ではまるっきり無駄な足掻きだ。

全身を打たれ、焼かれ、散り散りになりそうな勢いで弾けていた。


「君は、強い。だから僕も、最後まで気を抜かないよ」


屈強なヨハンであっても、雷の嵐に飲み込まれたら脱出など叶わない。もちろん、大剣で切り払おうとしていたり、空中を蹴って飛ぼうとしていたりはするのだが……


洗濯機の中に放り込まれた洋服のように、何もできずに嵐流に弄ばれている。


それでも……雷閃が油断することはなかった。

上向きの手のひらをさらに動かすと、雷嵐の勢いが増す。

太鼓のような雷がさらに弾けて、処刑人を打つ。


さらには、抜いた刀にも空気を焼くような雷を纏わせ、迸る光で夜をかき消しながら、眩い一刀を上段に構えていた。


「たとえ害されることがなくとも、自然は人を殺すものだから。雷である僕は、天を斬り地を太平する。布都御魂剣!!」


吹き荒ぶ雷は、無数に枝分かれする河川のように。

細く天に広がって、世界を書き換えている。ここにはもう、闇はない。空を縛るのは、正しき守護の願いのみである。


其は既に空を焼き、今まさに地を治めんとしていた。

弾け、輝き、一点に凝縮した神秘は繰り出されていく。

雷刀のあまりの眩さに、世界は両断されたかのようだ。


「はぁぁぁぁっ……!!」

「――!!」


星の瞬きや夜の闇ごと空は斬られ、巨大な雷の斬撃はヨハンに振り下ろされる。本来の刀がどうあれ、雷を纏った斬撃は巨大だ。


地上ならともかく、空中で……それも雷に弄ばれている状態で避けられるはずがない。処刑人の小さな影は、あっという間に輝かしい雷に飲まれ、消えてしまう。


当然、これだけの規模なのだから、斬られたのはヨハンだけに留まらない。天は焼かれ、地も引き裂かれた。


その天変地異を引き起こした雷閃は、荒い息を吐きながらもようやく雷を弱めている。飛行のため、軽くバチバチという音を鳴らしながら、ゆっくりと地上に降り立っていく。


「はぁ、はぁ……今のぼくじゃ、まだギリギリだったね」


夜がかき消された反動で、周囲の闇は本来よりも濃い。

薙ぎ倒された木々の一部は燃えているが、地面も深く抉れているため、地下からのぼんやりとした明かりはむしろ不気味だった。


そんな中で、雷閃は帯電する鉱石で結界を張りながら、ホッと一息ついている。これだけの災害を操って、強敵を下したというのに、まだ気は抜いていないようだ。


もしも近くに第三者がいれば、この慎重さを笑うかもしれない。だが、その選択の正しさはすぐに証明され……


「ぐ、あぁっ……!! わた、しはぁ!!

殺しを、求められッ、君を、殺すためにッ……!!」

「っ!?」


いつの間に態勢を立て直していたのか、燃え盛るクレーターの横に立っていたヨハンが、身構える間もなく襲いかかってくる。


彼はたしかに雷の一刀に斬られ、クレーターの底に沈んでいるはずだった。事実、全身は焦げまみれで、左腕などは直前までよりいささか短くなっているようだ。

形は残っている半身も、まともに動かせていない。


それなのに、最強の処刑人は叫び声以外は音もなく、次の瞬間には雷の結界の間近にいる。雷閃自身に肉薄されていないのは、雷の膜を張った甲斐があったというものだが……


あろうことか、ただの人間であるはずの男は大剣を振るうだけで、その結界を打ち破る。


「仕事の時間だ。私だ。殺しだ。死を呼ぼう。

はぁ、はぁ、マシュー様……貴方が望まれるように。

この國を体現するために、殺す、殺す、殺すッ……!!」

「どうしてまだ動けるの……!? それにどうやって雷を。

たしかなのは、正気じゃないってことかな?

精神を汚染されている。……この、音楽のせい?」


明らかに人間業ではない威力で大地を粉砕する大剣を避けながら、再び強く雷を纏った少年は独り言ちる。


その耳が捉えるのは、反乱と殺し合いが起こっているこの國には相応しくないはずが、ある意味相応しいと思える音色。

心を湧き立たせるようでありながら、どこか不穏で不気味な曲だった。


場違いに響く曲の名は、ホルストの惑星より――火星-戦争をもたらすもの。雷閃の力を見て逃げているが、聞こえてくる声から一般の処刑人達も暴走を始めているようだ。


とはいえ、今目の前で機械的な処刑ができなくなっている男に限って言えば、なんの問題もない。

盲目に、殺すための機構ではなく殺すための殺しになっているのだから、少年は軽くいなしながら思考を巡らせていた。


「……マシューさえ倒せればよかったから、別に殺すつもりはなかったんだけど。もうそんなこと言ってられないかな」

「この國は、一方的な死が渦巻く処刑の國!!

私は役目を果たす。あの方の、最高傑作として……!!」

「会長は、処刑人というよりは実験者なの?

どうあれ君は、見逃せない。暴走した殺戮兵器は、僕という自然の前に朽ち果てるといいよ。あれで消し飛ばないなら、一点集中。この名を以て君を下す……雷閃」


処刑人らしからぬ荒ぶりを見せる男を前に、和服の少年は優雅に舞う。雷を弾けさせながら、余裕を見せながら。


その、果てに。納刀された刃は一瞬だけ煌き、狂気に墜ちた殺戮兵器の首を飛ばす。彼だけは、最後まで一貫して品格を感じさせる立ち姿だ。


金色の光が迸る瞳は、不自然な演奏の元凶を感じ取った場所へと、静かに向けられていた。




~~~~~~~~~~




雷光は國を照らし、隠れていたものを暴き出す。

それは、影から狙っていた狙撃手であったり、暗がりを進む弾丸であったりと様々だ。


もちろん、元から月明かりを反射した鈍い光によって、ある程度は感知できていたのだから、不規則な明るさは邪魔になる場合もあったが……


デオンが囮にされ、迫る弾丸を捌かなければならないことに変わりはない。彼女は頭部から流れる血を無視し、麻痺している片手を揺らしながら、レイピアを振るい続ける。


たとえ狙撃されたとしても、協会の処刑人――フランツなどに負けないために。せいぜいいい的になるべく、照らされた弾丸を片っ端から斬り飛ばしていた。


「ふぅ、ふぅ……キッド、まだですか……!?

私が戦える時間は、もう、長くないっ……!!」


頭を撃たれたことで、麻痺はした。

しかし、それを自覚していて、弾丸もはっきりと見えるようになったのであれば、対処は可能だ。


何より、乱入してきたキッドのお陰で、攻撃を考える必要がなくなっているから。守りに専念している彼女は、時折手足を貫かれながらも、これ以上の致命傷だけは避け続ける。


麻痺した手を撃たれ、動きの鈍った足を撃たれ、心臓や頭の代わりに貫かれた腹部からは血が溢れ出ても。同時にキッドと射撃戦をしている処刑人を、睨み続けていた。


とはいえ、その状況が苦しいことは間違いないため、何度も悲鳴を上げているのだが……


「悪いね、もうちょっと待ってくれよ。あれは真っ当に強いんだぜ、リーダー。今は……ハハ、狂ってるけど」


街のどこかに潜むガンマンは、狙撃手と撃ち合いながらも軽い調子で言葉を紡ぐ。2箇所へと同時に狙撃をし続ける、銃らしからぬ手数。


それを目の当たりにし、手強い……もっと言えば格上と認めながらも、余裕は崩さない。

自信を持って告げられた言葉に、デオンはさらに血潮を飛び散らせながら疑問符を浮かべる。


「狂っている……? あれは、秩序の処刑人では?」

「銃撃の音色に混ざって、不快な演奏が聞こえるだろ?

これ、奴らの思考を歪ませてるぜ。俺様には効かねーけど」

「敵の精神状態がどうあれ、このままでは保ちません。

そんな事を言っている場合では……」

「焦るなよ、リーダー。俺様はビリー・ザ・キッド。

どんな強敵だろうが、撃ち合いじゃあ負けねぇよ。

その上意識の分散までしてんだ。フィナーレはもうすぐさ」


國中に響いている謎の演奏を聞き、ふんふんとご機嫌に口ずさみながら、キッドは引き金を引く。

これまで何度も行い、デオンに意識を向けさせているにもかかわらず、その度に相殺されてきた銃撃。


その凶弾は、意識を分散させたこと、キッドが絶え間なく移動していること、狂気に墜ちたことなどの要因により、遂に敵の乱射を越えて狙撃手の元へ。彼の肩口を、深々と貫く。


『ぐっ……指名手配犯が、さらに罪を重ねた。

罪には、罰を。俺は、彼らに報いを与えなければならない。

すなわち、より凄惨な死を。殺す、殺す、殺す……!!』

「ハハっ、落ち着けよおっさ〜ん! 冷静さを失って俺様にばっか構ってると、デオンがすかさず接近するぜ?」

「……!!」


遠方にいるフランツの声は、流石にキッド達には届かない。

しかし、人を撃った罪人キッドへの弾幕が増したことから、冷静さを失っていることは確実だ。


その隙にデオンは接近し、意識を再び彼女に移し、少しずつ大きくなっていく隙を、キッドは愉悦に満ちた笑顔で狙う。


「ま、リーダーが驚いた通り、俺様はこの反乱に参加してなかったからな。予想外の事態に、照準がブレるのも理解できるぜー? けど、今のあんたはそれ以上にダサい!!

元々、こんな國に正しさなんてねぇと思ってたけど……

ククッ、そんなだからポッと出の俺様なんかに負けんだよ!!

殺しを刷り込まれた狂人は、ここで退場するといいさ!!」


銃を撃つ。ビリー・ザ・キッドにできるのは、ただそれだけだ。アイアンメイデンを操るような特殊な能力も、ハサミやレイピアなどを操る努力の技術もなく。

彼はただ、引き金を引けば人を殺せる道具を使うのだ。


『声が、聞こえるんだ……この名を名乗るからには、俺は罪人を裁かなくてはならない。こんな、国だからこそ……!!

本当に罪人だと思った人には、凄惨な死を与えないと。

協会に一方的な悪とされた人達が、可哀想じゃないか。

俺は殺す。無実の人に安らかな死を、罪人には正しき悪夢を。たとえ刷り込みだろうと、殺し続けるんだよ……!!』


ダイナミックな演奏が響き渡る中。最後の足掻きで乱射するフランツの弾幕を、キッドの数発の弾はすり抜ける。

特殊能力はなくても、血の滲む努力の結果でなくとも、この弾丸は敵を穿つことができるのだから。


「――!! ほら、な……フィナーレだ」


自らも全身を撃ち抜かれながら、キッドは宣言通りフランツを射殺する。撃ち抜いたのは、どうしょうもなく歪みながらも善性を夢見た頭蓋。


この國に捻じ曲げられてもなお、貫こうとした彼の正義を。

反映したかのように、苦痛のない死だった。


その手応えがちゃんとあったのか、ガンマンは血を飛び散らせながら倒れ込む。銃を掲げる姿は雄々しく、祝砲を上げる様は口の悪さとは対極的で優しげだ。


「ポッと出の俺様なんざ気にせず、あんたは先に進め。

まだやることも、やれることもあるんだろ? リーダー」

「……すまない、キッド。助かった」


部下に鼓舞されたデオンは、麻痺した体を引きずるようにして先に進む。演奏など気にしない。一般の処刑人達も、思考をやられているのだから問題外だ。


この反乱を成功させるため、処刑人協会――ウィッチハントによる支配を覆してマリーが生きやすい世界にするため。

彼女は決意を持って、ゆっくりと歩き出した。




~~~~~~~~~~




雷は國を照らし、この閉じられた世界に巣食う呪いを見つけ出す。


セイラムの誰もが知らなかった、神秘。

どこにもいないと思われていた、神秘。


大自然そのものであり、この世界に潜んでいた数少ない神秘の元へ。雷である和服の少年は、やって来ていた。


「……君、魔人だよね? つまりは、神秘。

正体を隠して、ずっと友達面をして、何がしたいの?」


反乱が起こっているキルケニー周辺を、恐らく大体は見渡せるであろう塔の上で、少年は問う。

目の前にいるのは、いつも通りピアノを弾いている奏者。


ピアノしか弾いていないはずなのに、それ以外の楽器の音色すらも生み出している超常の楽師――ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトだ。


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