12-処刑という秩序
マシューに迫ったシャルロットは、彼の命令を受けて自殺をする一歩手前だ。しかし、彼女が誰かに邪魔されることもなく、会長と対峙できているという事実は変わらない。
その現状は、デオン、エリザベート、トッドらル・スクレ・デュ・ロワの面々が、協会の幹部陣を抑えているからこそ保たれているものである。
最終的に、マシュー・ホプキンスという怪物と対峙するのは彼女1人となってしまったが……
デオン達もまた、処刑人協会を構成する大きな要素である、凄腕の処刑人達を討ち果たすべく戦っていた。
「はぁ、はぁ……やはりジリ貧ですね」
キルケニーの南、多くの構成員の先頭に立っているデオンは、首都の高所から放たれる狙撃に苦しめられている。
戦う相手は処刑人――フランツ・シュミット。
罪の大きさに応じて処刑の凄惨さを決めるという、ひたすら因果応報を求める秩序の処刑人だ。
そして、シュヴァリエ・デオンという女は、魔女認定を受けても処刑を逃れてきた罪人であり、指名手配犯である。
たとえその罪が無実のものであっても、一方的な裁きこそがこの國の歪みであり、また、こうして表舞台に現れた時点で秩序を乱すしていることに変わりない。
つまり、フランツからしてみれば、彼女は十分に大罪人だ。
より苦痛を与えて殺すべく、手足や胴体など、なかなか死なない箇所を狙って延々と正確な狙撃が行われていた。
もちろん、レイピアを手足のように操る彼女なので、今のところ致命傷などは受けていないのだが……
この状況が何十分も続き、狙撃が何百回も行われれば、流石にすべてを捌くことなど出来はしなかった。
なんとか狙い通りの箇所に命中することだけは避けているものの、端々には血が滲んで段々と動きも鈍ってきている。
幸いにも、トッドの指揮によって目の前に現れていた処刑人達はだいぶ封殺できていたが……
結局大事なのは、今相対しているフランツを含めた、協会の幹部メンバーだ。
周囲から末端構成員を離れさせて、自分は延々と狙撃されてレイピアで防御している。
「場所は移動していないようだし、距離を詰めるしかないか。とはいえ、そうすると弾幕が……」
迫る銃弾を2、3斬り飛ばし、デオンは一歩踏み出す。
するとその瞬間、足を地面につく前に足の甲には弾丸が迫り、彼女は急遽着地点をずらす羽目になった。
さらに、間髪入れずにまた一発の弾丸が胴体に迫る。
元々体勢を崩していたため、彼女からしてみるとかなり厄介なことだ。無理やり体をねじることで、転がりながらもどうにか狙撃を避けている。
「くっ、私は動くなと……そういうことか。
的になっていろとでも言いたいようだ」
地面を転がったデオンは、すぐさま迫る次の銃弾を斬りながら体勢を整える。明らかに相手の手のひらの上で転がされているが、まだ意志は陰っていない。
撃ち抜かれた腹部や腕などから血を流しながらも、その後に続く狙撃をしっかりと捌いていた。
もちろん、このままでは勝ち目は薄いだろう。
だが、高所から遠距離攻撃で戦場を支配できるフランツを、この場に釘付けにさせることだけは成功だ。
また、デオンを狙撃しているフランツからしても、今の彼女はなかなかに厄介な相手である。
戦闘において重要な高所に陣取り、さらに自分だけ一方的に遠距離攻撃で攻めているというのに、デオンはレイピア一本でそれをほとんど捌いているのだ。
少しずつ消耗させることはできているとしても、精神的な勝負では勝っているとは言い難い。彼女がこの状況に焦っているのと同じくらい、彼も参ってきていた。
「ありゃりゃー……このままじゃ、俺の元まで辿り着くのも時間の問題じゃないです? 不味いなぁこれ。
ル・スクレ・デュ・ロワのリーダー、予想以上の強者だ」
素早くリロードし、次の狙撃に移るフランツの動きに乱れはない。周囲に置かれた銃弾や銃を的確に手に取り、近寄る隙を与えないように立ち回っている。
しかし、その精錬された動きによらず、内心はそこまで余裕があるわけではなかった。デオンが耐えれば耐える程、自分が仕留められなければ仕留められない程、彼の不安は大きくなっていく。
まだ小さく、狙撃手のように慣れていなければ確認することすら困難な相手だが、接近しているのは確実だ。
少しずつ、少しずつ姿が大きくなってきて、その分焦燥感が募ってきた末に、彼はついに複数の銃を同時に構える。
「あはは、無茶かな? 無茶かも。だけど、このままじゃあ撃ち抜いて活動を停止させる前に肉薄されて、斬られちゃうからね。無茶、しますよ。俺はフランツ・シュミット。
独善的に罪の重さを計る者だから。たとえ歪んでいたとしても、秩序は秩序。壊した先に、平和があるとも思えない」
両手に持てる限りの銃を握って、無数の銃を手すりに置いて、彼は顔も合わせず対峙する強敵に向かう。
撃て、力の限り。狙え、どんなに手が痛くても。
一方的に死を振りまく処刑人ながらに持つ正義は、きっと誰にも否定できない。悪は、悪の役目を全うするのみだ。
数え切れない程の弾丸は空を覆い、この國では珍しい善性によって動く正義に降りかかる。下手な鉄砲数打ちゃ当たる。
その上狙撃は、的確に。すべてが狙いすました銃弾の雨は、デオンの手足を砕きながらその頭蓋に達した。
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協会と組織が激突して混乱が広まっているいる間。
フランツとデオンのように、誰にも邪魔立てされないうちに決着をつけようとしている戦いは他にもある。
例えば、マシューとシャルロット。例えば、ヨハンと雷閃。
そして、キルケニーの西側で気を昂らせている、ピエールとエリザベートだ。
トッドの指揮で、組織に誘導される形で出会った彼女達は、お互いがお互いの望みを叶えるために戦っていた。
「あははっ、君はシャルロットちゃん程じゃないけど、少しは毒に耐性があるんだね? 僕のが効かないなんて、本当にざーんねん。もっと素直になってもいいのに」
「な、なんですのあなた!? 気持ち悪いですわ!!
わたくしを誰だと‥」
「えっと、数千年続くヴァンパイアの末裔である吸血姫なんでしょ? うんうん、良い設定だと思うよ〜。
ロールプレイって、とっても唆るよね」
「設定じゃないのですが!? あと、やっぱり気持ち悪い!!」
幸か不幸か、ピエールはエリザベートの言葉を受け入れた上で戦い、ニヤニヤと笑っている。
明らかにそういう目で見ており、アイアンメイデンやぬいぐるみを操っている少女は、体を抱いてドン引きしていた。
しかし、その間も戦闘は止まらない。
アイアンメイデンやぬいぐるみは空を飛んで鎖を操る少年に襲い掛かり、鎖は鎖でそれらを絡め取る。
足場は無数に。そもそも自力で飛んでいるエリザベートは別として、飛行能力などないピエールは、空を飛ぶ物を踏みつけて空中戦を繰り広げていた。
「ちょっと!! わたくしの可愛い眷属達を、その汚らしい足で踏みつけないでくださる!? 気持ち悪いですわ!!」
「あっは、罵倒が骨身にしみるねぇ。最近は誰も構ってくれなくなったから、話してるだけで達しそう。
君も一緒に気持ちよくなろうよ〜」
「いや、本気で……近寄らないでくださいませ!!」
彼の言動に我慢ならなくなったエリザベートは、さらに顔を引きつらせるとアイアンメイデンを飛ばす。
鎖は水が飛び散るように壁になっていたが、鉄の塊はそれらを避けたり強行突破したりすると、顔面に炸裂した。
たとえこれが地上でも、何かが激突してきたら吹き飛ぶことは確実だ。それが空なのだから、ピエールに踏み止まることなどできはしない。
足場を使って飛んだり、アイアンメイデンなどに巻き付けた鎖を使って体を支えたりしていた彼も、質量に押し潰されて落ちていく。
「かぺっ、ジンジンして痺れるねぇ。
あぁ、本当に反応があるっていい気分だよ。
この快感のお礼に、僕も君にプレゼントをあげる!」
「いりませんわっ!!」
「遠慮はいらないよ、そーれっ!!」
変態が地上に落ちていくのは変わらない。
しかし、その直後にはぬいぐるみなどに絡みついていた鎖が向きを変え、彼女自身に襲いかかる。
これまでは空飛ぶぬいぐるみなどが壁になっていたが、鎖に絡まれていたことで動かせず、すべては防ぎきれない。
一部はアイアンメイデンで潰すも、多くは隙間をくぐり抜けて彼女の四肢を打った。
「くぅっ……」
「耐性あるみたいだけど、何箇所も傷付いて体内に染み込めば、効いてくるんじゃない? 夢見心地になろう?」
「そんなの、吸血姫がなるものじゃ‥」
「はぁい、脳天に突き抜けるような衝撃を、あげる!」
「ひっ……」
ワンピースが鎖に破られ、いたる所から血が滲みながらも、エリザベートは毅然とした態度を貫こうとする。
だが、やはりこう何度も負傷箇所から薬を塗り込まれれば、意識は朦朧としてしまうらしい。
先程まで鎖を防いでいたアイアンメイデンなどは簡単に突破され、手足を鎖に繋がれてしまった。
顔は熱っぽく染まり、目も少しずつ恍惚とし始めている。
ピエールが誘っていたように、明らかに夢見心地だ。
力なく手足を動かし、振り払おうとはしているが、当然拘束を解くことはできない。むしろ、後から後から増える鎖に、全身を拘束されてあられもない姿になっていた。
「きゃぁぁぁぁっ!?」
縛り上げられてしまったエリザベートは、ピエールが落下するのに引きずられて一緒に落とされる。
地上には、甲高い悲鳴と共に制御を失ったアイアンメイデンやぬいぐるみの雨が降り注いだ。




