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虚の天秤  作者: 榛原朔
四章 蠱毒の刃

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11-原点との対峙

セイラムの各地――特にキルケニーの近郊では、多くの処刑人がル・スクレ・デュ・ロワによって引き付けられる。


北側では雷の柱を生む雷閃、南側では組織のリーダーとしてデオンが注目を集め、西ではエリザベートが単独で目立つ。


ピエールの命令に従うのであれば、首都を守るように警備を固めていなければならなかったのだが……


雷の柱という異常事態、指名手配犯達のリーダーが現れたこと、挑発的に目立っていること、彼女達に扇動されるように悪化する暴動。


現在この國を襲っているそれらの問題は、あまりにも存在感が大きすぎた。


特に1つ目など、普通ではありえないことだ。

逃げてはいけないのであれば、どうしてそんな事が起こっているのか確認したくなるというものだろう。


他のものにしたって、処刑人協会が罪人だと定めている者達である。普段ならば追うべき存在であり、今だって彼女達を押さえれば暴動が止まるかもと考えてもおかしくない。


ともかく、彼らの多くは次第に3つの陽動へと見事に引き付けられていた。


「お、おい……何だあの雷は!?」

「知るか!! ここを守れとの命令だ。逃げられやしねぇ」

「じゃあせめて、調査しようぜ……?

逃げる理由はないから問題になるが、調査なら……」

「たしかにな。行くか」



「南にル・スクレ・デュ・ロワのリーダー、シュヴァリエ・デオンが現れたらしいぞ!!」

「マジかよ? ずっと逃げてた女だろ?」

「もしかして、この反乱の原因ってそいつなんじゃねぇか……? やつを殺せば、この暴動も……」



「西にはエリザベート・バートリーだ!!

アイアン・メイデンやぬいぐるみを操って目立ってる!!」

「はぁ!? ぬいぐるみ!? 何だそりゃ!?」

「知るか!! ぬいぐるみはぬいぐるみだ。

どうせ組織でなんかやってんだろ」

「じゃあ、やっぱ止めるべきだよな……?」

「あぁ、ピエールさんも向かった。俺達も……」



「美容師、スウィーニー・トッドが組織の一員だったらしいぞ!! 今、キルケニーから少し離れた地域で指揮してる!!」

「マジかよ!? 意味がわかんねぇけど、正体を明かしたってことはもう……そういうことだよな!?」

「止めねぇと、協会が終わる!!」


各地の暴動に加え、ついに始まった組織の表立った反乱。

守りを固めていろとの命令はあれど、今放置していると場合によっては自分達の所属する組織が滅ぶ。


また、その命を下した指揮官――ピエールも前線に出ているのだから、判断は各自でするしかない。


上司を信じて指示を守るか、自分達も前線に出て少しでも早くこの暴動を治めることに注力するか。

処刑人協会は滅ぶのか、放置していてもまだこの協会は滅びず、逆に対抗組織が滅ぶと楽観視していいのか……


様々な思いが渦巻く中、彼らは組織の思惑通りに動き出す。

命が脅かされている恐怖、生活が脅かされている不安。

ほとんどの者はそれに打ち勝つことはできず、シャルロットに道を開けていた。


「うん、ようやく動きやすくなったね。

デオンや雷閃ちゃんは、ちゃんと陽動に成功したみたいだ」


処刑人の数が減ったことで、物陰に隠れていたシャルロットは巨大なギロチンを片手に姿を現す。

監視の目を掻い潜りながら、少しずつ協会本部までの道を進んでいた彼女だったが、今目の前には誰もいない。


大きすぎる武器を気にすることもなく、わざわざ薄暗い場所を通る必要もなく、真っ直ぐ目的地へ向かうことができるようになっていた。


それを肌で感じ取ったようで、屋根や路地裏などを使いつつも、彼女はこれまでとは比べ物にならないレベルのスピードで協会までの道を進む。


たとえ数人の敵がいても、その程度ではまったく問題にならない。ギロチンから取り出したナイフや鉄扇などを駆使し、音もなく排除していっていた。


同じ処刑人でも、実力差があれば話は別だ。

彼らは音もなく迫る刃に撫でられ、体の痺れや朦朧とする意識によって次々に倒れている。


「北の雷閃ちゃん、南のデオン、西のエリザベートに……

そこら辺で名乗りを上げた失言男のトッド。

彼も東にだけは近寄らないから、本当に流れていってるね。

雑魚は疎らだし、毒でおねんねの時間だよ。

僕はマシュー・ホプキンスを、殺す!」


暴動が起こっていることで國中が騒がしいからか、はたまたシャルロットが近くの敵を尽く倒したからか。

彼女の言葉は誰にも届かず、虚空に消える。


もちろん、倒された処刑人達も勝手に消えたりはしないので残り続けているものの、気づかれなければ無意味だ。


月明かりがあろうと、夜は夜。

仮にも首都ではあるため、街頭もそれなりにはあるのだが……それも当然、太陽のように街すべてを照らす程ではない。


倒れた処刑人は闇に紛れ、たとえ巡回があったとしても気付かれはしなかった。闇夜の中に負傷者を積み上げていきながら、シャルロットは処刑人協会の本部へと迫っていく。




~~~~~~~~~~




東を除いた、南北西に処刑人達が集められていた頃。

薄暗く、誰もいない協会本部の中で、その男は静かに佇んでいた。


「騒ぎが、拡散している……」


外の様子どころか、協会内のことすらもろくに見通せない中でも、彼――マシュー・ホプキンスはすべてを見通しているかのような言い草だ。


シルクハットにマント、レザーソールと、キチっとした正装をしていることもあって、言い得も知れぬ威圧感を醸し出している。


「アビゲイルの魔女裁判とは、比べ物にならない。

なるほど、いよいよ大詰めというわけだ。まぁ、どうあれ私の役割は変わらない。最後まで、悪辣に……この國の歪みを、悪性を、体現し続けるとしよう。ここはセイラム。

日々死が渦巻く、異端の魔女と処刑の國」


ゆっくりと動いてきた月の光は、段々と彼の姿をはっきりと現させる。闇に紛れていた歪みの元凶を、僅かな善性が抗うこの世界へと無理やりに。


処刑、暗殺などを行う影に生きる者たちを、さらに背後から操っている邪悪をこの世界に引っ張り出していた。


死と処刑を司っている協会のボスであるはずなのに、その手に武器の類は1つもない。異質な雰囲気を迸らせながらも、一見するとただの紳士のようである。


しかし、もちろんそれはただ武器を持つ必要がないからだ。

彼はゆるりと振り返ると、息をするように飛んできたナイフを避けてしまう。やはり予期していたようで、欠片も驚くことなく言葉を紡いでいた。


「故に……貴様の反逆に祝福を贈るとしよう。その苦悩を、選択を、覚悟を、善性を、心より称賛しよう」

「……」


視線の先に無音で現れていたのは、巨大なギロチンを傍らに携えたシャルロット。フランソワのコートを着ることなく、ゴスロリ調の服装のままでこの國の王と対峙している少女の姿だった。


だが、ようやく当事者になったマシューとは対象的に、彼女は影の中にいて表情が見えない。


黒で統一された服により、全身を闇に溶け込ませている少女に、処刑という残酷で邪悪で歪んだ行為を続けさせる会長は問いかける。


二人きりで対峙しているというのに、まったく臆した様子もなく。この状況や彼女の目的、思いなどをすべて知っていたかのような、とうに興味を失っているかのような静謐な態度だ。


「私を殺すか? シャルロット・コルデー。

生死などどうでもいいが、シャルルではないのは予想外だ。

貴様に殺しはできないと思っていたのだがな」

「……僕は既に、アルバートおじいちゃんを殺したよ。

あまり見くびらないでほしいな」

「ふむ、だからそんなに余裕がないのか。

殺しなど、シャルルに任せておけばよかったものを。

つくづく愚かな小娘よな」


ようやく影の中から出てきた少女は、苦しみに耐えるように唇を噛み締めていた。神秘的な雷に照らされようと、それは壊れかけたモノである。


どんな状況でも自分が殺せなかったからと、シャルルという人を殺すための人格を生み出したというのに。

結局、今度こそは人任せにすることができなかった亡霊は、過去から目を逸らさずに己の罪と向き合う。


「僕が、殺せなかったから……彼が生まれた。

ずっと……あの子に私の罪を背負わせていたんだ。

けれど、心が目を逸らしていても、この手はもうとっくに血で汚れている。罪は僕と共にあるんだ」

「殺しなど、どんな生物でもすることだ。生きていくのであれば、他者を踏み躙ることは決して避けられない」

「そうだね。だから、僕は罪と向き合うんじゃないか。

食事に感謝を、殺しには贖罪を。僕は……ワタシ、は……この歪みを、正す……!! 死のるつぼを、破壊してみせるっ!!」


問答を終えると同時に、シャルロットはギロチンをてこの要領で跳ね上げる。パカリと空いた棚から出てきたのは、意思を持っているかのように正確さで、愛用している鉄扇だ。


舞うように墜ちてくるそれは、ギロチンが綺麗に着地すると同時に両手に収まり、キラリと刃を光らせていた。

他にもナイフ、鎌、銃器、ヌンチャクなども撒き散らされているが……処刑人の目には入っていない。


殺せない彼女が殺すため、リミッターを解除するため。

少女はテンションを上げて、自ら狂気に染まっていたから。


「キャハハハッ、アナタ、痛い!! 罪人、悪い!!

ワタシ、痛いッ!! キャハ、キャハハハハッ!!」

「やはり、これが私の成果とは思いたくないな。

これほど不安定な代物が、すべての死を体現できるはずがない。ヨハンこそが最高傑作。貴様はこの場で……死ね」


空を飛ぶように接近していた亡霊に、マシューは淡々と言葉を紡ぐ。確かな力を持った言霊は、その肉体に表出している人格を揺るがし、魂に直接命令をする。


以前、魔女狩りの際に魔女認定者達が言われた通り自殺したように、彼の命令に逆らうことなど出来はしない。

目前まで迫っていたシャルロットだったが、次の瞬間。その手に握られた鉄扇は、自らの首に添えられていた。



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