10-善良な輝きは天より来る
未だ収まらぬ失踪事件に不安が高まり、ル・スクレ・デュ・ロワが便乗したことで暴動が起きている、首都キルケニーで。
高所で陣取るフランツ・シュミットはデオンに照準を合わせ、指揮を取ってから女性を狩り始めていたピエール・ド・ランクルはエリザベートに誘き出された。
処刑人協会で注意すべきなのは、残り2人。
会長であるマシュー・ホプキンスと、その右腕であり最強の処刑人のヨハン・ライヒハートだ。
また、処刑人協会の本部を守るように配置されている一般の処刑人達も、壁としては中々のものである。
一人ひとりは弱くても、監視の目としてはまったく隙間などなくシャルロットもバレずに通り抜けられない。
南はデオンが引き付け、西ではエリザベートが目立つ。
少し離れた地域では、末端構成員を指揮しているトッドが名乗りを上げて、さらに遠方へ処刑人達を引き付けているが……
ピエールの指揮によって、道を阻むように守りを固めている敵は、彼女の動きを少なからず抑制していた。
そんな中で、処刑が横行しているこの歪んだ國の夜空には、何よりも誰よりも神秘的で輝かしい、一筋の光が駆け昇る。
不安に満ちて暗鬱とした空を切り裂くように、真っ黒いキャンバスを眩しい雷が書き換えていた。
この光景に視線が引き寄せられるのは、処刑人も組織の構成員も含めた、まだ視野が狭まり切ってはいない面々だ。
ある者は暴動を鎮圧しながら、ある者は住民達の不安を煽って暴動を悪化させながら、目の端で捉えたこの幻想的な光景に目を奪われる。
だが、最も強く意識ごと視界を釘付けにされ、最もこの光景が何なのかを理解していたのは……
「……あれはたしか」
邪魔な組織の構成員を斬り伏せながら進んでいた、黒い上着に白いシャツ、白い手袋に黒い蝶ネクタイという処刑人らしい服装の男――ヨハン・ライヒハートだった。
失踪事件の調査に奔走し、今も國中を静かに駆け回っていた彼は、突如として空に現れた光を目で追う。すぐには動きを止めないが、歩みは少しずつゆっくりになっている。
やがて立ち止まった彼は、真っ黒い空を真っ二つにしている雷光を見上げ、大剣を地面に突き立てていた。
「名は知らないが、シャルロットと名乗った少年。
どこからかこのセイラムに現れた、侵入者。
まぁ、あの小娘から名を借りただけなのだろうが」
処刑人協会サイドで、唯一あの光の正体について理解した彼は、すぐさまその雷鳴を追いかけ始める。
名は知らない。目的も知らない。姿も今は、見えはしない。
しかし、魔女狩りの際に戦っていたことで、彼の強さだけはよく知っていた。雷を纏う者、人々を守る超常の存在。
雷という自然現象を体現したかのような、本気になれば単独ですべてを終わらせかねない、神秘的なモノなのだと。
処刑人協会最強の処刑人であり、妙に丸い大剣を持つ剣士に近い存在のヨハン・ライヒハートの相手は、あの少年。
異境より訪れた、とある国の未来の将軍――人類の守護者だ。
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ヨハンの目が釘付けになり、視界から消えた後も雷鳴を頼りに雷を追っていた頃。その雷であるところの雷閃は、なおも空を飛び続けていた。
目的は、敵の処刑人を引き付けること。
異常事態だとして混乱させ、少しでも命令に準じずに先走るような者を増やすことで、協会本部の守りを弱めることだ。
双眼鏡の男から戦況を聞くトッドにより、大体の敵の位置は知っている。真っ暗闇の空を飛び回る彼は、特に処刑人達が多く集まっている場所を狙って、闇を切り裂いていた。
「暗くてよく、見えないけど……ざわめいているみたいだね。1つ目の役わりは、果たせたかな」
雷を纏って空を飛び、その軌道によって少しずつ敵の布陣をズラしていた彼は、少ししてからポツリとつぶやく。
まだ連絡を受けてから、そう長く飛んでいる訳でもないのだが……雷の速度は凄まじく、既に目標地点をすべて回って目的を果たしていたのだ。
全体的に動揺を誘いはしたものの、メインはキルケニーの北部。デオンの南、エリザベートの西と合わせ、東以外の全方位で起きた異変に、処刑人達は引き寄せられている。
その仕上げとして、雷光を迸らせ、雷鳴を轟かせながら北部に降り立った雷閃は、ひときわ強い雷を、昏き天より地上に落とした。
「――タケミカヅチ。ぼくという神秘を、定めて」
月明かりが陰りを見せ、空がみるみる禍々しい闇に染まっていく中で。其の光だけは衰えることなく、空を焼く。
陰鬱とした雲を押し流し、漆黒で塗られた天を逆に光で染め上げ、血に塗れた地上を壊す。
数軒の家や、処刑人協会の本部程度ならまるまる包みこんでしまいそうな程に太い雷の柱は、多くの処刑人達の目の前で天と地を繋いでいた。
「僕はあくまでも、この時代に喚ばれた者。
時の旅人により、流れ着かされただけの部外者。
すべてを勝手に解決することはできないけれど、少しでも君の助けになれたらいいな」
空から降り注ぐ、柱のような雷。これは、いくらか魔術的なものがあるこの國であっても、明らかに異質なものだ。
ピエールの命令を受けていた処刑人達も、流石に放置しておくことなどできず一部は彼の元に引き寄せられる。
暴動になにか関係があるのではないか、ル・スクレ・デュ・ロワが何かしているのではないかと、不安に苛まれて。
1人、2人、10人、数十人と。恐怖に打ち勝てなかった者達は、彼という雷の前に集まってきた。
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雷鳴を頼りに雷閃を追っていたヨハンは、突如として空から雷の柱が突き立てられたのを見て、目を細めた。
前回戦った時にはここまでの力を行使していなかったのだが、どう考えても彼の仕業だ。
さっきまでは音だけを頼りに追っていたが、明確に居場所を示されたことでスピードは上がる。
木々を薙ぎ倒し、たまたま出会った雷に引き寄せられている部下の処刑人達を静止し、柱の元へ。
数分と経たずに辿り着いたその場所で、彼の目に飛び込んできたのは……
「不知火流-雷火」
「ぐあぁぁぁぁぁッ……!!」
「カ、ハッ……!? 速、すぎる……!!」
その場から動くこともなく、雷を纏った刀から飛ばした斬撃で処刑人達を斬り伏せる、まだ幼い少年の姿だった。
三日月のような雷の斬撃で敵を全滅させた後、少年は新たにやってきたヨハンに目を向ける。
彼の瞳は雷を宿して輝き、和服を纏っている全身もバチバチと弾け、どこにも隙がない。今最強の処刑人の目の前にいるのは、紛うことなく人智を超えた存在だ。
「やぁ、来たね。ヨハン・ライヒハート。
君の相手は、この僕だよ」
音もなく現れたヨハンを見据えて、雷閃は言葉を紡ぐ。
未だ雷は纏われたままなので、臨戦態勢なのは間違いない。
だが、やろうと思えば、圧倒的なスピードで瞬殺できるはずの少年は、まだそうするつもりはないようだった。
周囲でピクピクと痙攣している処刑人たちを見回しながら、静かに佇んでいる。
「……名を、聞こうか。今宵はこの國の行く末を決める分岐点。今度こそ、答えてもらえるのだろう?」
「そうだね。ぼくの名前は、嵯峨雷閃。
この時代を正すために送られてきた異邦人であり、君を倒す者。遠い未来、どこかの国で将軍になる男さ」
「時代を、正す……?」
「うん。正直なところ、一方的に喚ばれただけだから、自分でもよくわかってはいないんだけどね……
どうやらぼくには、そういう役わりがあるみたいなんだ。
なんとなく、そういう自覚があるだけだけど!」
「ッ……!!」
以前は名乗れなかった名を名乗り、戦いの準備は完了だ。
質問に答えながらも雷閃は刀を振るい、ヨハンは脳が疑問で埋め尽くされながらも大剣で防御する。
迸る雷は地面を砕き、木々を焼く。
そんな中で、2人の剣士は人間とは思えないような動きで刃を交えていた。




