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虚の天秤  作者: 榛原朔
四章 蠱毒の刃

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8-反乱開始

デオンの演説で奮い立ったル・スクレ・デュ・ロワの面々――主に末端構成員たちは、トッドの指揮で一斉に動き出す。


それぞれが潜んでいる街、既に不安が渦巻いて暴走しかけていた町で、協会の下っ端処刑人を引き付けるために。


殺しに特化した処刑人たち程ではないにしろ、訓練は積んでいる。彼らの注意を向けることや、鎮圧しようとしてきた敵に抗うくらい、軽いものだ。


もちろん、日々戦いを繰り広げている彼らに勝つ、とまではいかないのだが……彼らは暴動の火を徐々に広げながら、各地で放置できない騒ぎを起こしていた。


「さて、戦いは始まりました。キルケニーよりも、その周辺地域に多く配置していたと思いますが、調子のほどは?」


戦いの音が聞こえ始めて、十数分後。

いつものように執事のようなパンツスーツを身に纏い、腰にはレイピアを装備したシュヴァリエ・デオンは、協会本部に向かうため外に出ながら問いかける。


隣にいるのは、通信機をいくつも持った部下に囲まれている指揮官――スウィーニー・トッドだ。

直接戦闘よりも、こうしたサポートを行うことになっている彼は、それでもこの段階では彼女に付き従って口を開く。


「どの地区も、十分に引き付けられてるみたいだぜ。

下っ端の処刑人ならただの暴動だと思ってるだろうし、元々幹部連中は気にしてないしな」

「目標の場所は?」

「マシュー・ホプキンスは相変わらず本部。

ヨハン・ライヒハートはまだ事件の調査中だったようだし、そのまま各地に意識を向けてる。今は移動中みたいだ。

フランツ・シュミットは本部近くの高所に陣取ってる。

ピエール・ド・ランクルは……うん? どういう訳か、雑兵の指揮をしてるみたいだな。制圧するつもりはあるっぽいが、思ってたよりもキルケニーから雑魚が離れねぇ。

バレてたのかもな。突破で少しは消耗するかもだ。

アビゲイル・ウィリアムズは見当たらねぇけど、戦力的にも立ち位置的にも、そこまで気にしなくてもいいだろ」

「なるほど……」


トッドが次々に告げられる報告を整理し、必要な情報だけを的確に答えていると、デオンは少し難しい顔をして立ち止まる。


彼女の役割は、部下達が雑兵を引き付けている間に協会へと向かい、マシューや幹部陣を叩くことだ。

陽動に直接関わりはないが、もし失敗したのなら負担が増えることは間違いない。


予定とは少し違ったこの状況に、少なからず頭を悩ませているようだった。おまけに、幹部陣を叩く面子はシャルロットにエリザベートと、勝手に動く者ばかりである。


雷閃だけは、何かしら指示を出せば従うだろうし、作戦全体のことも考えて動くかもしれないが……


「なにはともあれ、道を開かないと消耗するだけです。

あなたと私、雷閃くんも前に立ち、雑兵を引き付けるとしましょう。……実際に戦うのは、あなただけになりますが」

「オーケー、連絡を取る。向かう場所は?」

「キルケニーを中心にして、私が南、彼が北。あなたは指揮ですし、どこでも構いませんが……離れた場所で」

「了解だ、リーダー」


雷閃も含めて、こちらの幹部陣は目標を打ち倒すためにいる。余計な消耗などしていられないので、方針は変わらず体力温存だ。


ゴスロリ調の処刑人が、闇に紛れて耳をそばだてている中。

反乱の主導者達は、道を開くために作戦を開始した。




~~~~~~~~~~




各地の不安を煽るかのように、ル・スクレ・デュ・ロワの面々が暴れ始めている中。

会長のマシュー・ホプキンスはその喧騒を聞きながら、無言で協会本部の暗がりに立ち尽くしていた。


明らかな異常事態だというのに、まったく動じていない。

まるで、この動乱が日常であるかのようである。


「……また、恐怖が暴れ始めたか。

しかし、今回はあの組織も絡んでいるようだな」


今この場には、普段ならピアノを演奏しているモーツァルトもいない。時折、魔女裁判や魔女狩りの発端となっている少女――アビゲイルもいない。


不気味にチャーチチェアが立ち並ぶ中で、ステンドグラスや窓から降り注ぐ月光に照らされながら、同じように輝いている十字架を見つめていた。


「それで? 貴様はここで何をしている?」


組織や國民達の叫び声に耳を傾けながら、あまり興味がなさそうにつぶやいていたマシューは、しばらくしてから物陰に声をかける。疑いや可能性ではなく、確信を持った問いだ。


すると、いきなりだったにも関わらず、そう時間を置かずに柱の裏から現れたのは、少年のように小柄な処刑人。

過剰なほど装飾品を身に着けた、軍服のような格好をしている合法ショタ――ピエール・ド・ランクルだった。


普段は鎖を使って飛び回り、割と騒がしい方の部類ではある彼だが、やはり処刑人らしく細やかな動きもできるらしい。

無数についている装飾品を鳴らすこともなく歩み寄り、会長に笑いかけていく。


「いやね。報告はしたのに、指揮を任せちゃっていいのかなと。そりゃヨハンはいないし、僕が駆り出されるのはわかるけどさ? あなたが直接動く方が、確実だと思いまして?」

「……私は別に、この國の在り方を維持したい訳では無い。

なるようになるだけだ。仮に処刑人協会が滅びるのだとしたら、それでいい。世界は次のフェーズに向かい、生き残った者が結末を見るだろう。観測者は私でなくても良い」

「さいですか。じゃ、僕はもう勝敗なんて気にしないよ。

僕が楽しむためだけに、女の子を殺しに行こう」

「好きにしろ。だが、最低限の指揮は執れ」

「はいはーい、お任せを」


役割に徹しているだけで、本当に興味がない様子のマシューに、ピエールもこれ以上食い下がることはない。

敗北が責められることもないのなら、たとえ指揮を任されたとしても彼を縛るものは皆無だ。


異質な空気を漂わせている会長を尻目に、ワクワクとした顔でこの場を去っていく。任された通り、指揮はする。

だが、当然それは最低限の義理を果たすだけのこと。


一番はその欲望を満たすために。

小柄な処刑人は、チャラチャラっと装飾品を鳴らしながら、脇目も振らずに鎖で空を飛んでいた。




~~~~~~~~~~




自分が楽しむため、女の子を殺す邪魔をされないため。

ピエールは各地で女性のみを殺しながら、的確に処刑人達の指揮を取る。


最初から指示していた通り、キルケニーが手薄にならないように要所を塞ぎながらも、その上で敵を追い詰めるように。


目標はル・スクレ・デュ・ロワの殲滅ではない。

ル・スクレ・デュ・ロワの幹部達が、狙い通りの道を進めないようにすることだ。


不安や怒りが伝播したことで、暴動はかなりの規模になっているが……それのみに徹していれば、難しくなかった。


とはいえ、デオンや雷閃のような主戦力ですら陽動に使っているのだから、完全に抑え込むことはできない。

ピエールが配置した処刑人は次第に流れ、協会本部までの道は開かれていく。


「私と雷閃くんが現れたことで、処刑人達はこの暴動を放置できなくなった。私は元々、指名手配されていたから。雷閃くんは、雷を操るという会長顔負けの存在だから。

陽動だとわかっていても、無視はできない。

さぁ、シャルロット・コルデー。道は開けた。

貴様が己の罪と向き合う時が来たぞ」


キルケニーの南側で、レイピアを掲げるデオンはつぶやく。

もう近くにゴスロリ調の処刑人の姿はないが、演説は終えたのだから誰かに聞かせる必要はない。


多くの処刑人が集まってきている中。パンツスーツの黒で闇に紛れる騎士は、密かに孤立させられている彼らを見下ろし不敵に笑っていた。


その姿は凛々しく、美しく、隙だらけ。

次の瞬間、彼女の眉間には銃弾が撃ち込まれる。


「……雑兵の隙間を狙うとはいえ、正面突破をする以上、あなたの狙撃は想定済みです。誰かは相手をしなければならない。最初に目立った者が狙われるのは、自明の理でしたね」


しかし、レイピアを掲げていたデオンは、その細い刃を少し動かすだけで銃弾を逸らし、狙撃手を見上げていた。

その視線の先で、ライフルを構えているスーツの上に白衣を羽織った男――フランツ・シュミットは弱々しく笑う。


「ははは、まいったねーこれは。この距離からの狙撃を見切るどころか、危なげなく斬ってしまうなんて。

だけど、指名手配犯にはそれ相応の罰を与えなくてはね」


下手すると、単独で戦場の動きを変えてしまえる狙撃手は、レイピアを携えた執事だけに照準を合わせる。

反逆の先導者と秩序の処刑人は、スコープ越しに睨み合っていた。



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