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虚の天秤  作者: 榛原朔
四章 蠱毒の刃

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7-反乱に向けて・後編

すっかり自分自身をも騙した狂言師が、なおも不安定な住民達に対して演説をしていると、背後からはかすかな鎖の音が聞こえてくる。


ジャラジャラ、ジャラジャラと。蛇がゆっくりと獲物に近づいていくかのように、密やかな接近だ。

戦闘に秀でていないアビゲイルなので、もちろん彼女は異変に気が付かない。


集まった人々も、無自覚な悪意を振りまいている救世主に目が釘付けにされており、何も反応を示さない中。

ワイヤーのように鎖を使って飛んできたピエールは、無邪気に見える笑みを浮かべて少女の背後に立った。


「あれー、アビゲイルちゃん。またサバト?」

「あら? ピエール・ド・ランクル?

どうしてここに? あ、近づかないでくれる?」

「ひっどいなぁ」


振り返ったアビゲイルは、さっきまでの崩れかけた仮面が嘘だったかのようにいい笑顔だ。しかし、声の主が誰なのかに気が付くと、すぐに顔をしかめて距離を取る。


合法ショタの処刑人は、あからさまな嫌われように傷ついたような顔をして見せていた。

もちろん、それは女性陣全員に変態呼ばわりされるような、日頃の行いのつけが回ってきただけなのだが。


「可愛い女の子がいるところ、僕ありさ。

さっきもシャルロットちゃんやデオンちゃんを見つけたんだけど、何言ってんだかさっぱりでね。とりあえず報告しとけばいいだろうって、逃げてきたんだ」

「ふーん。僕は頭がよくありませ〜ん、馬鹿で〜すって自分から白状しているの? あたしも、会話できない人とコミュニケーション取るつもりはないわよ?」

「えー、会話してくれないの? 女の子みーんな僕を嫌ってて寂しいなぁ。監禁でもしたら、仲良くしてくれる?」

「気持ち悪い……」

「アッハ、極寒の視線ご馳走様でーす」


こっ酷い挑発にも、平気で冗談だか本気だかわからない言葉を返すピエールは、相手が女子でさえあれば無敵の人だ。

心底軽蔑した目を向けられたのに、むしろ嬉しそうに笑って頬を上気させている。


だが、流石に自分を見失うとまではいかないようで、すぐに表情を改めると肩を竦めて見せた。


「まぁ、そんなことはどうでもいいんだけどさ」

「……!! どうでもいい? あなたが? 女の子の話題なのに? 明日はナイフでも降ってくるのかしら?」

「だから、僕を何だと思ってるのさ」


とことん信用がない……いや、むしろとことんその趣味趣向や性格を信用されているピエールは、彼女の言い草に苦笑気味だ。


魔性の魅力に当てられている人々が、そのやり取りに気付く事もできずに騒いでいる中。彼は、善意から悪意を振りまく邪悪な狂言師に問いかけていく。


「それで、さっきも聞いたけど……またサバトを開いたの?」

「……サバト? これが? みんな支え合っているだけよ?」

「だけど、許可された集会じゃない。君や僕が報告すれば、もしも誰かが密告すれば、魔女裁判は開かれる。真偽なんて関係ないよ。この國では処刑人協会が……マシュー会長が全てだからね。死を求めるこの國が、疑わしきを殺すのさ」

「そ、んな……じゃあ、これは悪なのね?

だったら、ちゃんと償わないと!」

「……」


一方的に処断する処刑人の宣告に、アビゲイルは表情を輝かせる。自分で扇動したことなど忘れ去り、嘘で塗り固められた現実は悪辣に世界を染め上げていた。


そんな彼女と相対している処刑人は、何も言わない。

カチャカチャっと鎖を弄りながら、無言で無邪気だからこそ邪悪な狂言師を見つめている。


「悪いことなら、正さないと……みんなが、幸せに……なるために……あら? みんなすごくいい笑顔。より良い、未来……」

「ほーんと、邪悪にひっくり返って見えるほど善良だよねぇ君って。関わりたがらないやつじゃ、善性なんて一切ないと思えるくらいにさ。とっても歪んだ、美しさだよ」

「ピエール、何をしているの? 魔女狩りを始めなきゃ!

みんなにも提案しないと。せめて味方になって戦う力を……」


ピエールはアビゲイル・ウィリアムズを語るが、彼女が距離を取っていたこと、あくまでも小さなつぶやきに過ぎなかったことで、本人には届かない。


狂言師は善意から悪意を振りまくため動きそうとし、処刑人は芸術品を愛でるような表情でなおも言葉を続ける。


「みんなのために提案した。つまりは、たとえ壊れて忘れても、その場その場の希望を夢見ているだけのこと。

より良い未来を掴もうとした。つまりは、一人ひとりの願いと真摯に向き合い、自分を……処刑人を考慮せずに答えているということ。最後まで信じられ、味方になれる。つまりは、たとえ協会の方針を信じ切っても、本当に味方をしたかったということ。元凶でありながら、戦う術を教える。

つまりは、たとえ悪だとしても、生きて幸せを掴んでほしいと願っているということ。けどまぁ、今回は……」

「もしかして、さっきから何か喋ってる? あなた、本当にコミュニケーションが取れない人だったかしら?」

「僕は変態ってだけで属性は足りてるってー。

報告はシャルロットちゃんのことだけでも十分めんどいし、どうするかは任せるよ? 今すぐキルケニーから離れれば、この人達はバレずに幸せになれるかもねぇ」

「……」


自分で善良から生まれる悪意を刺激しておいて、ピエールは真逆のことを言いながら去っていく。


現れた時と同じく、鎖をワイヤーのように使って飛び去っていく彼を見送る少女の表情は、崩れかけの仮面に覆われていた。


「……前回は、多くの処刑人や会長も知っていたからシャルルを巻き込んだけれど。今回は、逃げれば悪じゃないのね。

だけど、今回は多分あの子も悪になろうとしてる。より良い未来って、気楽に暮らせる世界って、もしかして……」


直前まではピエールの言う悪を信じ切っていたが、今度こそ悪と処断する者がいないのだと悟り、アビゲイルは正常だ。

何者にも影響されることはなく、自分が本来求めていた未来のために動き出す。




~~~~~~~~~~




街には混乱が溢れ返り、ル・スクレ・デュ・ロワは協会に察知される前に、密かに反乱の準備を進めていく。


失踪事件と称して、自ら消えて訓練を積んできた人々を。

これまで助けて育ててきた、協会から魔女認定を受けた者達を。組織の末端構成員として統率する。


トッドを指揮官として、キルケニーの各地や他の街の各地に兵を配置する。肉の壁の調査に出ていなかったエリザベートも事前に動いていたため、2日と経たずに準備は完了だ。


その、すべての仕上げとして。この、運命の夜に。

ル・スクレ・デュ・ロワのリーダーシュヴァリエ・デオンは、各地に潜む構成員を鼓舞するべく、カメラの前に立つ。


しかし、手元にある軍のリストに目を落とす彼女は、いつまで経っても動かない。無言で台の上にある紙を見つめ続け、ようやく口を開いたと思っても呼びかけはしなかった。


「トッド、始める前に少し聞いておきたいのですが、組織の構成員が妙に多くないですか? 主戦力は私やエリザベートなどの幹部だけですから、何も影響はないというか……

各地の陽動が安全にはなるかと思いますが」

「あー、なんか昨日今日でやたら増えたんだよな。混乱してたやつらが、不気味なくらい目を輝かせて。しかも、この前の魔女狩りの時みたいに変な技を使うのもいたぜ」

「なるほど……アビゲイル・ウィリアムズ、ですか。彼女の手の者を加えるのは怖いですが、今さら取り除くのも……」

「無理だろうなぁ」


トッドの言葉を聞いたデオンは、難しい顔をしながらも割り切ったように首を振る。ここまで来たらもう止められない。


作戦通りに進めば、何かあっても問題はないのだから。

彼女は不安要素を振り払って、トッドに合図を送った。

カメラは起動され、各地に潜む組織の構成員の前に置かれた画面に、次々と凛とした姿が映し出されていく。


もちろん、こちらから見えはしないが……

反応はトッドの元に届いている。いざ、決起の時だ。


『こんばんは、諸君。ル・スクレ・デュ・ロワのリーダー、シュヴァリエ・デオンです。無駄な前置きはいいでしょう。

今宵、戦いが始まります。長らく圧政を強いてきた、理不尽な処刑を繰り返し、死を振りまいてきた、ウィッチハントを滅ぼす戦いです。ですが、この反乱は決して戦争にはなり得ない。なぜなら、支配者は協会という組織ではなく、協会とこの國の環境を作り上げたマシュー・ホプキンスただ1人なのだから。我々は、ただ彼と幹部を打ち倒せばいい。

……とはいえ、それでも敵は、単独で強大な処刑人たち。

死の象徴たる彼らに、足がすくむこともあるかもしれない。

だが、臆することはない。矢面に立つのは私達幹部だけだ。

諸君らは、ただ各地で勇気を示すのだ!

危なくなれば、逃げてもいい。わざわざ命を懸けて、戦わずともいい!! 諸君らはこれまでの不満を、その魂の叫びを、ただこの國に示せばいい!! これは、命を賭した死闘などではない。魂の在り方を示す、この世界への……理不尽で一方的な審判への抗議だ!! 立ち上がれ、同志達よ!!

この國に歪まされた傀儡の目を、覚まさせるのだ!!』


デオンの演説が終わり、屋外からは未だに収まらない混乱の声をかき消すほどの雄叫びが上がる。

元より混乱を治めるために動いていた一般の処刑人たちは、きっとそのほとんどが彼らの元に押し寄せるだろう。


その隙に、デオンを含めた組織の幹部陣が、協会本部に乗り込んでマシューらを殺す。これが、彼女たちとシャルロットの作戦だ。




~~~~~~~~~~




「……始まったね」


明かりのついていない、真っ暗闇の部屋の中で。

ミニスカートにガーターベルト、ニーハイによる絶対領域という、いつものゴスロリ調の処刑人スタイルをした美少女――シャルロット・コルデーは独り言ちる。


この場にテレビの類はない。電話などの連絡機器もない。

それでも、國中から響き渡ってくるル・スクレ・デュ・ロワの構成員が叫ぶ声で、状況は把握しているようだ。


様々な武具が詰まったギロチンに腰掛けながら、覚悟を決めたような表情で、ベッドの枕元にある棚に立てられた写真を見つめていた。


そこには、夫婦と思しき男女とその間に2人の子どもが立っている光景が写し出されている。


幸せそうな男女はおそらく、彼女の両親。間にいる子ども達は、不貞腐れたような表情をしている髪を伸ばした少年と、無邪気な笑顔を浮かべているまだ小さな少女だ。


「行ってくるよ、お兄ちゃん。2人の、分まで……」


無音で何かをつぶやくと、彼女はギロチンを慣れた調子で蹴り上げ、担ぐ。シャルルが同じことをすれば、荒々しい光景に見えただろうが……今の人格はシャルロットであるからか、妙に優雅な動作になっていた。


「シャルロットお姉さん」


寝室を出たところで、刀に手を添えた雷閃ニ声をかけられる。これから処刑人協会へ反逆するというのに、2人共いつも通り何ともなさそうな涼し気な表情だ。


「うん、雷閃ちゃん。家の守りは……」

「完璧だよ。雷の鉱石で、結界を作ってる。僕もすぐに出るけど、この状況なら仮に攻められても突破できないと思う」

「ありがとね。君も、気を付けて」

「お姉さんこそ」


シャルロットやデオンが戦いに出れば、ピエールはそちらに引き寄せられる。わざわざこの家を襲うような輩は、存在しないだろう。


そうでなくても、二晩寝ているのにストーカー行為やヨハンの処刑はなかったのだ。マリーが残っているこの家に、危険が訪れる可能性などはない。


戦いの前に微笑み合う2人の顔にも、焦りや不安、緊迫感などは存在していなかった。少しずつ高まる喧騒を聞きながら、彼女達は揃ってリビングに降りる。


するとそこには、ソファに座って、眠らずに2人の帰還を待つ態勢のマリーがいた。


「シャルちゃん、気を付けてね」

「うん、ありがとう。絶対に戻ってくるから」


この國で唯一と言っても過言ではない、類まれな善性を持つ二人。彼女達に見送られながら、シャルロット・コルデーは戦場に向かっていった。


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