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虚の天秤  作者: 榛原朔
四章 蠱毒の刃

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6-反乱に向けて・前編

マリー達と分かれたシャルロットは、鎖の音に訝しみながらも目的地へと向かう。人目を忍ぶ会合なので、待ち合わせは時間も場所も曖昧なものだ。


しかし、重要なのは時間や場所ではなくジョン・ドゥと会うことなのだから、何も問題はない。暴動の鎮圧に動く処刑人、見せしめに罪人として処刑される住民。


それらを華麗にスルーすると、いくつか決めてあった待ち合わせの場所の中でも、特に安全そうな場所をこの場の空気を読んで選んでいく。


処刑人としての顔――シャルルの顔は割れていないはずなので、必要以上に警戒する必要はない。

周りの人に疑われないように、どこにでもいる少女のような顔をして普通に静かな場所へ足を向ける。


「ん、モーツァルトのピアノ……」


帰ってきた地点からの近さ、混乱具合、静けさ。

様々な現場の状況を踏まえて進んでいると、やがてどこからか神秘的な演奏が聞こえてくる。


この場に……人々が不安に苛まれているこの状況には、とても似つかわしくない柔らかな音色だ。

周囲の動乱に影響されずに響く演奏を聞き、彼女はその音色に引き寄せられるかのように歩いていった。


人を避け、物を避け、大通りから路地へ。

どうやって届いているのか不思議に思えるような音色を追い続け、少女はやがてベランダのあるカフェに辿り着く。


そこにいたのは、優雅に紅茶を楽しんでいる貴婦人……の姿をしているジョン・ドゥと、なぜか室内でピアノを弾いているモーツァルトだ。


すぐに貴婦人の正体を見破ったシャルロットは、彼女と背中を合わせるように隣のテーブルに付く。


「はぁ……マスター、オレンジジュースちょうだい」

「かしこまりました」


店内にはやけに人が集まっており、だがその割にはしん……と静まり返っている。そのお陰でシャルロットの注文もすぐに届き、ゴツい風貌のマスターはヒソヒソ話をしている客の間を通って注文を届けてくれた。


「ありがと。今日は賑わってるね、何かあったの?」

「いえ、皆様少し臆病なだけでございますよ」

「なるほどね」

「マスター、こちらも注文いいかしら?」

「はい、ただ今」


シャルロットが彼の言葉に目を閉じていると、後ろの貴婦人が呼びつける。演奏は2人を包み込むように奏でられているのだが、当の本人達は互いが互いをいないものとして見ているようだ。


「花園サラダ、とろけるチーズのキッシュ。

それから……最も難しく、かつ精巧な料理を」

「でしたら、こちらはいかがでしょう」

「いいわね。時間はあるから、それをお願い」

「かしこまりました」

「それから、確か以前お話してくれたと思うのだけど、開発中の裏メニューはどうなったのかしら?」

「そちらでしたら、もうご用意ができております。

お持ちしますか?」

「そうね……時間はあるのだけれど、残念ながらこちらの食べる準備が整っていないの。2日後にでもまた来るわ」


注文は終わり、マスターは料理のため店内に戻ろうとした。

しかし、あくびしながらその会話を聞いていたシャルロットが呼び止めたことで、また彼女のテーブルに向かう。


「僕も追加で注文、いいかな?」

「はい、ただ今」

「今ちょっと、お肉が見たくもないくらいなんだけど……

不思議と料理に惹かれてしまうんだ。あまり食べられないんだけど、それでも食欲を掻き立てるもの、あるかな?」

「難解ですが、この辺りでしたらいかがでしょう」

「なるほど、可能性はあるね。でも、やっぱり食べられないかも。ここはお肉を諦めて、大人しく食べられそうなものを食べようかな。順当に、このサラダでも」

「かしこまりました」


背中合わせに座ったまま、彼女達はそれぞれ紅茶とオレンジジュースを楽しむ。料理が来るのはまだもう少し先だ。

とはいえ、まだ時間はあるのだから、焦る必要はない。


モーツァルトの演奏によって心が落ち着いているので、ここですぐさま暴れ出すような者もいないだろう。

英気を養うように、じっくりとこの後の準備を整えるように、2人はのんびりと食事を続けていた。




~~~~~~~~~~




段違いの恐怖や安心感で暴れる気すら起きない、協会本部周辺地域やカフェのような例外はあるが、セイラムのほぼ全域では混乱が広まっている。


人々は不安に震え、狂ってしまった者は暴れ出す。

今でこそ、少し前に帰ってきたマリーによって少しずつ落ち着いてきてはいるが……


依然として、多くの住民は恐怖に支配されていた。

そのような状態で、彼らは甘言に惑わされずにいられるだろうか。いや、無理だ。魔性の魅力、正気を狂わせる程のカリスマに従わないでいるなど、できはしない。


いつものことではあるが、彼らは幸せを求めて彼女の周りに集まってきていた。その人物とはもちろん、悪意を振りまく狂言師――アビゲイル・ウィリアムズである。


「みんな、大丈夫よ! あたしは味方だからっ!

きっとどうにかなる……みんなで集まれば怖くないでしょう?

集団で身を守るの。どのようなものであれ、事件っていうのはいずれ必ず解決するものなのだからっ」


不安に苛まれ、恐怖に支配され、ほんの些細なことで近くの人を攻撃してしまう不安定な人々を前に、腹黒だと称される少女は声を張り上げる。


その光景は、少し前に魔女裁判や魔女狩りを巻き起こした時と、何ら変わりはない。まったく悪意がないように見えて、その実、地獄に叩き落としてばかりの疫病神だ。


ただ一つ、以前の事件とは違っているのは、この場には会長のマシュー・ホプキンスがおらず、処刑人協会の意向なども一切関わってこないことだろう。


戦闘能力は高くない彼女も現状は怖いのか、若干怯えているような、切羽詰まっているような……どこか苦しげな雰囲気で顔を歪めていた。


とはいえ、アビゲイルは生きている限り、アビゲイルでしか在り得ない。彼女はどこまでいっても、ここに存在するだけで諸悪の根源だ。


今も、前回のように恐怖に苛まれた人々をまとめ、サバトのような状況を作り出している。もしも処刑人が密告すれば、またしても魔女裁判と魔女狩りは行われるだろう。


それなのに、人々は自信に満ち溢れた彼女の言葉に耳を傾け、眩しさに当てられて段々と従うようになっていく。


だが、それも仕方のないことなのかもしれない。

この國で生きているだけで、正常な思考など失われる。

些細なことで暴徒と化してしまう。


そんな状態で、彼女のようにこれが正しいと思わせるようなカリスマを持った人物が現れたのだから。まともな判断などできないままで、その一時の希望にすがってしまうのも無理もないことだ。


人々はまたしても魔女集会に集まり、各地で有罪の可能性を生み出していた。ただ怖いから、いつ処刑されてもおかしくないから。歪んだ住民達は、たとえ言いがかりで有罪になるとしても、今救われることを願ってしまうのである。


「きっと、きっと……大丈夫だからっ。あたしは、最後まで……味方でいるから! 無力で、何もしてあげられないけれど、みんなの救いにくらいは、なってあげられる。

前回のようには、ならない……はずだから……

だって、ここには処刑人はいない。マシュー会長はいない。

悪だと言う人がいないなら、悪じゃないんだから……」


人々の前で、少女は壊れかけの仮面を被る。自信満々に見えるように、不安定な人々の光となれるように。


たとえその結果、何度も悲劇を巻き起こしていたとしても。

彼女にできることなんて、これ以外には何も無い。


あまりにも無垢な善意の狂言で、救いを魅せる狂言師は。

ほぼ無自覚に悪意を振りまく、最悪の処刑人は。

今日もまた、悲劇の元凶を作り出す邪悪となる。


「うん、大丈夫! 集まって支え合えたら幸せになるっ。

より良い未来のために、みんなで力を合わせて頑張ろう!!」


すっかり自らの希望を信じ切った狂言師は、迷いなく笑う。たとえ、背後から鎖の音が聞こえてきていても。

すぐ後ろに、正真正銘の処刑人が迫ってきていても。


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