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虚の天秤  作者: 榛原朔
四章 蠱毒の刃

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5-混乱のさなか

シャルロット達が肉の壁を目指し、調査を進めていた頃。

首都キルケニーを含めたセイラム全域では、未だ収まらない失踪事件による混乱が起こっていた。


それは、調査と処刑を行う処刑人協会――ウィッチハントも、何もわからず被害にあっている一般人も変わらない。


いつまでも犯人を見つけられない不安、いつまでも処刑人が動かない不安。元より肉の壁に囲われていたこの歪んだ國は、いつにも増して強い不安で霧のように覆われている。


だが、この異変によってより混乱しているのは、解決したと思っていたヨハン・ライヒハートだ。


彼は協会――つまりは会長のマシューから事件の調査と処刑の任務を受けているため、プレッシャーは住民や他の処刑人達の比ではない。


しかも彼自身が確認した限りでは、失踪事件はアルバート・フィッシュが処刑されたことで終わっているはずなのだ。


それなのに、犯人がいないこの事件はいつまでも続く。

数日おきに人々は消え、証拠も嫌疑も、解決の糸口となるよつなものは何一つ出てこない。


今や、この國中が敵と思えるような重苦しい空気の中、彼は日々を無為に過ごしていた。

もちろん、事件が続いているというのだから、見込みのない調査は延々と続けているのだが……


「……ジョン・ドゥ。今回の失踪は?」


協会にはいられないため、路地裏の影に隠れるようにして、ヨハンは背後に問いかける。彼はまだ、決して犯罪者という訳ではない。


だが、住民はみんなこの不穏な事件、そしてマリーがいないことによって不安定さを増しており、協会はプレッシャーを与えてくる。


そのせいで、今の彼は逃亡生活をしているのか?と思ってしまいたくなるような出で立ちだった。


シャツはヨレヨレ、白い手袋には調査の過程でシミが付き、パンツの裾にも汚れが目立つ。

とても協会一の処刑人とは思えない姿だ。


対して、この失踪事件を続けている側の人間であるジョン・ドゥ――今は役人のような姿になっている老人は、役人らしく小綺麗な格好で素知らぬ顔をしている。


まさに調査に来たといった雰囲気で、書類を挟んだボードを片手に笑っていた。


「この地区の男性が2人、いなくなりましたよ。

前回同様に、目撃者はゼロですじゃ。

いなくなって始めて、近隣住民が気がついたようです」

「共通点などは?」

「さて、年齢も離れておりますし、接点もない。

突発的な犯行にしか思えませんのぉ」

「犯人につながるようなものはなかったのか?」

「そちらもいつも通りですじゃ。ある日霧と化して消えたかのように、彼らは何の前触れもなく消えたそうです。

異変もなく、残されたものもなく、ただ消えとります」

「……手詰まりだ。犯人はアルバート・フィッシュ。

少なくとも初期の……本来の失踪事件はそうだった。

今は何だ? 仮にル・スクレ・デュ・ロワが工作しているとして、目的がわからん。貴様、何か知っているか?」


疲れたように頭を振りながら、ヨハンはぼんやりつぶやく。

彼はアルバートが殺された瞬間を目撃した。部下達も含め、吸血鬼と化した失踪事件の犯人グループの壊滅を確認した。


同時に、シャルロット・コルデーが侵入者と共に解決したことも、ル・スクレ・デュ・ロワのエリザベート・バートリーが協力していたことも、確認済みだ。


だからこそ、彼女達に何か思惑があってこの失踪事件を続けているのでは、という推測ができているのだが……

結局、國が混乱に包まれても組織に動きはなく、それどころか存在も一切感じられない。


組織自体が処刑人協会に対抗するためのものなので、目的はもちろんそれに関してものだろう。


しかし、関連もみられないのだから、完全にお手上げだ。

できるだけ長くこの状況が続くことを求められている情報屋は、その様子を見て愛想笑いを浮かべている。


「……いいえ? リーダーのデオン含め、メンバーはほとんど活動していないようですからねぇ。もし、あなたにこの仕事を続けさせたいのだとしても、さっさと行動を起こすものですじゃろう? 反乱でも、あなたの殺害でも。それがないのですから、事件は本当に起こってるんじゃと思いますよ」

「むぅ……何とも頭の痛い問題だ。一応、ル・スクレ・デュ・ロワについては提言してあるが、私自身この事件について結果を出せていない無能。良い結果にはならないだろう」

「ですなぁ」


暗に、侵入者についての言及もされたことで、ヨハンの認識はさらに狂わされる。組織ではなく、目の前のジョン・ドゥやモーツァルトによって維持される失踪事件は、決して解決されることはないだろう。


セイラムで最も優れた情報屋ですら、有益な情報を持っていないと思い知った処刑人は、それでも何かしなければマズイと、ヨロヨロこの場を去っていった。


彼が表の道に出た瞬間、響き渡るのは処刑人に嘆願する住民達の叫び声と、不安に誘発されて起こる暴行事件の騒音だ。


気づいたら貴婦人になっていたジョン・ドゥは、掴みかかられたり、物を投げられたりしている処刑人を見て笑いつつ、反対側へ去っていく。




~~~~~~~~~~




最後の晩餐という名のパーティーを終えたシャルロット達は、速やかにセイラムの居住区へと戻る。


全力で馬車を飛ばし、段々と馬車が走っていても違和感がないような場所……処刑人襲撃の警戒はともかく、見つかる警戒をしなくてもいい地域に入っていく。


すると、中にいても聞こえてくるのは、不安で荒れている人々が起こしている暴動の音だ。

泣き叫ぶ声、怒る声、人を殴る音、物が壊れる音。


聞くに耐えない騒音の数々に、マリーは辛そうな表情をして俯いてしまう。それを見たシャルロットやデオンも、表情を歪めて吐き捨てた。


「……相変わらず、終わってるね。この国は。

処刑人協会が倒れれば、少しはマシになるのかな?」

「さて、どうだか。この心根はなかなか治らない。

平和な國になるとしても、何年も後だろう。

ですが、それが今立ち上がらない理由にはなりません。

我々は諦めず、前に進みましょう」

「言われるまでもないよ。僕は、ちゃんと……」


時折、馬車の前にも暴徒が飛び出してくるが、トッドの操縦によって華麗に躱される。

たまにひいてしまうこともあったが……そういった人々は馬や馬車を攻撃してくるので、気にしなくてもいいだろう。


止まっても降りても安全な場所まで、馬車は暴動を無視して突き進んでいった。ようやく止まった頃には、もう馬車は血や刃物の傷でボロボロだ。


まず最初に外に出て、安全確認をしたシャルロットとデオンは、周りで挙動不審になっている人々を見てため息をつく。


「はぁ、ここはまだマシだね。これから君はどうするの?」

「私はもちろん、反乱の準備を。表には出ないけれど、この混乱も利用して作戦に組み込むとしよう」

「えっと、もしかしてあの人達を落ち着かせるのはダメかしら……? 私、なだめようと思っていたのだけれど」

「マリー様……!! いえ、敵は協会だけですから、落ち着かせられるのであればぜひお願いします。

正常に戻った方を、反乱に巻き込むつもりはありません」

「ならよかったわ」


マリーを困らせたことで、凛とした雰囲気から一転して取り乱したデオンは、彼女の笑顔を見てホッとしたように表情を緩める。


予定は変わったが、やるべきことは変わらない。

礼儀正しく頭を下げると、トッドに命令して馬車で目的地へと向かっていった。


「僕はジョン・ドゥに会ってくるよ。

雷閃ちゃんはマリーをお願いね」

「うん、まかせて」


馬車を見送ってから、シャルロット達も行動を開始する。

マリーは雷閃の護衛付きで、不安に駆られる人々の心を落ち着かせに。


住民に紛れるような普段着のシャルロットは、この情報操作についての話をするため、ジョン・ドゥに会いに。

それぞれが國を変えるためにすべきことを、全力で行おうとしていた。


「……鎖の、音?」


そんな彼女達を、セイラムは様々な目で見る。

不安そうな目、怯えた目、我を失って荒れている目。

そして、値踏みするかように不躾な肉食獣の目。


いつもよりはやや過激であるものの、結局日常茶飯事な暴動の最中。閉じられた歪みは、決定的な結末に向けて動き出す。



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