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虚の天秤  作者: 榛原朔
四章 蠱毒の刃

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4-世界の果てで

空高くまで飛び上がった雷閃を待っている間、シャルロット達は地上でできることを思いつく限り行った。


ギロチンを叩きつけてみる、ナイフで切り裂いてみる。

肉片を切り出してみる、バーナーで焼いてみる。

ドリルで穴を開けられないか試してみる。


雷閃が飛行中で、トッドは眠り、マリーも本格的ではないながら休んでいたので、馬車を使って穴がないか走ることなどはできなかったが……


それはもうフランソワによって明言されていたため、気にしなくてもいい。穴は恐らくないだろう。


そして、この場でありとあらゆる方法を試しても、この血肉の壁は自動で再生していく。突破することは不可能だった。

あと可能性があるとしたら、雷閃が無事に壁のてっぺんまで辿り着き、外に出ていることくらいだ。


切り出した肉塊すら、いつの間にか消えているという不可解な肉壁を前に、色々と試して疲れ切った2人は静かに佇む。


「……何もかも、無意味だったね」

「……そのようだ。穴は塞がるし、肉塊は消える。

ただ疲れただけだった。一応、人知を超えたような、得体が知れないものだということだけはわかりましたが」


まだ雷は空を駆け上っている。ただ、それももうだいぶ前から同じ場所を飛んでいるようにしか見えていなかった。


かすかな希望も既にほとんど残っていない。

この血肉の壁は、きっと何者にも害されず、何者をも通さない鉄壁の隔壁なのだろう。


しばらくの間ぼんやりと見上げていた少女達は、やがて体に蓄積した疲れに屈して座り込んだ。


「さて、一応自分の目で見れた訳だけど……」

「何か成果はありました?」

「この國が得体のしれないものだってわかったよ」

「ル・スクレ・デュ・ロワは元より協会に逆らっていたけれど、ここまで異常な國とは思いもしなかった。

戻ればすぐに反逆ですが、気は抜けませんね。

たとえ、マシュー・ホプキンスを殺せたとしても」

「うん。それがわかっただけでも、まだマシかな。

僕達は協会を滅ぼすだけでなく、できるだけ多くが生き残らないといけない。死んでも勝つは、なしかな」

「えぇ、危なくなったらまず逃げる。

どれだけ無様でも、生き残っておかなければ」


流れ星か何かのように、延々と宇宙を駆け上る雷を見上げている彼女達は、滔々とこの調査について、これからの戦いについて語り合う。


処刑人協会はこの國を支配しているのだから、この血肉の壁について知らないはずはない。知った上でこの状況を維持しているというのなら、明らかに彼女達の敵だった。

もう、迷わずに敵対することができる。


さらに、支配者ならばより深いところまでこの世界について知っているはずだ。切っても無駄な壁、雷閃ですら飛び越えられない壁……こんな代物があるなら、仮に勝敗が決したとしても油断はできないだろう。


組織のトップと反逆の処刑人は、決して敵に聞かれない辺境の地で、この後の抗争について詰めていく。

その刹那、彼女達のすぐ近くでは、いきなりまばゆい雷光と雷鳴が轟いた。


「っ……!! 雷閃ちゃん?」

「うん。……おどろかせちゃったかな? ごめんね」


両腕で顔を覆い、全力でその雷光や衝撃から身を守っていたシャルロットの問いに、雷閃は小首を傾げてから申し訳無さそうに軽く頭を下げる。


かなり長距離を飛んでいたはずなのに、どうやら戻って来る時はほんの一瞬だったようだ。ちゃんと雷が飛んでいることは視界に入れていたデオンは、その衝撃で臨戦態勢になっていた。


とはいえ、雷閃に敵意などはないのだから、ずっと身構えている必要もない。すぐに添えていたレイピアから手を離す。


「……いえ、私こそ驚きすぎたよ。申し訳ない。

結果は、聞くまでもないようだね」

「うん、どこまで飛んでも果てがなかった。

というより、と中から進んでるのに進んでなかったかな」

「なにそれ? 他者にまで干渉するとか、さらに無茶苦茶な感じになってきたね。得体が知れないにも程があるよ」

「やはり、油断はしないようにしなければいけませんね。

それを実感できただけでも、意味はあったと言えます」


結局、フランソワの情報通りではあるが……

このセイラムという國は、協会によって禁じられている以上に、肉の壁によって物理的に出入りを封じられていた。


彼女達の世界を囲んでいる壁に切れ間はなく、破壊も不能。

たとえ空を飛んだとしても、途中から座標は動かない。


アルバートの経験によると、夢幻を迎えれば……自分と世界の境界がどこか曖昧に感じられ、夢が幻のように揺蕩う視界。


そんな夢境を越えた先には、ちゃんと國の外があるようだが。自分の意思で超えられないなら、考えるだけ無駄だ。


得体が知れない。それだけがこの調査で得られたものであり、彼女達は今度こそ協会を敵と定めて眠りについた。




~~~~~~~~~~




「それで、どうしてこうなっているのでしょう?」


翌朝、早朝。昨夜は遅くまで調査と話し合いをしていたはずなのに、規則正しく日の出と共に目覚めたデオンは、目の前で正座をするチャラい年上の部下――スウィーニー・トッドを睨みつける。


周りにあるのは、この場に似つかわしくないような大きめのテーブルと、いくつかのチェア。そして、家具以上に異質な存在感を放つ飾りつけと、料理の数々だった。


調査は終わり、この後はすぐに首都のキルケニーに帰って反乱の準備をしなければならない。

それなのに、どこから引っ張り出してきたのか、こんな大荷物を散らかしているのだ。


彼女の怒りは、至極当然である。

だが、トッドとしても何の理由もなく散らかした訳ではないらしい。思いっきり目を逸らして後ろめたそうにしながらも、意を決して口を開く。


「えぇっとぉー……マリーさんのお願いっすかねぇ」

「マリー様の?」


完全に叱るモードに入っていたデオンだったが、彼が告げた名前に思わず固まると、オウム返しに問い返す。


シュヴァリエ・デオンにとって、マリーという少女は大恩人だった。かつて善良な少女に助けられた指名手配犯は、彼女の家に匿われたことで命を繋いだ。


当然、ほとんど言いがかりのような罪状で処刑人に追われていたため、それからずっと執事として仕えている。


だからこそ、彼女が幸せになれないこの國を否定しようと、ル・スクレ・デュ・ロワのリーダーをしているのだから。

デオンはどんな時でも、マリーのすべてを肯定するだろう。


今回も、少女の頼みであると聞いた彼女は、すぐにこの妙な光景を受け入れた。


「なら、いい。しかし、どうしてこんなことを?」

「それはもちろん、最後の晩餐をするためよ!」

「マリー様」


トッドがなおも身を縮こませていると、横から主催者であるマリーが割り込んでくる。

彼女はデオンが反対していたのを聞いているのかいないのか、いつも通り善良な笑顔で微笑んでいた。


「あなた達は、これから処刑人協会――ウィッチハントを相手取った戦争を仕掛けるのでしょう? だとしたら、もうこれから先にゆっくり休める時間はとれないじゃない。

私は無力で、戦いでは何もできないから……せめて、今この時の安らぎくらいは、あげたいと思ったの」

「そう、ですか……では、ありがたく頂戴いたします」


血肉の壁に囲われ処刑が横行する、この歪んだ國で。

ほとんど唯一、揺るがない善性を持っている少女の慈愛に満ちた言葉を受けて、デオンは救われたように微笑む。


その笑顔を見たマリーはより一層輝きを強め、パーティーの準備をするべく、簡易キッチンに戻っていった。


彼女を見送るデオンの表情は柔らかく、トッドもようやく緊張を解く。起きている者は、誰もが善良な少女に救われながらその動きを目で追っている。




~~~~~~~~~~




「お姉さん。シャルロットお姉さん。朝だよ、起きて」


マリーが朝早くからパーティーの準備をしている中。

馬車の隣に立てられたテントの中では、雷閃がシャルロットを起こそうと肩を叩いていた。


しかし、いつも深夜に処刑人の仕事をしている通り、夜型の少女はなかなか目を覚まさない。

タオルケットを抱きしめながら、半分寝ているような様子で弱々しい音をつぶやく。


「うみゅう……まだ、眠いよぉ……」

「大事なお話だよ。これから、反乱を起こすんでしょ?」

「反乱……処刑人協会……うん」

「じゃ、起きて。僕とお話をしよう」


頬を何度かつつかれ、大事な話だと言われ、処刑人協会などの名前を出されたことで、少女はようやく目を開ける。

すると、目の前にあったのはいつになく真剣な和服の少年の姿だ。


不安そうにぎゅっとタオルケットを抱きしめてから、彼女は起き上がって彼と向き合った。目もすっかり冴えてしまったようで、何かを察したように力なく微笑む。


「……君については、もうシャルルが聞いたよね?

他に何か、話しておくべきことがあるの?」

「これから話すのは、僕のことじゃないよ。

君が、崩れかかってるんじゃないかって話さ」 

「……!!」


突きつけるような少年の言葉に、人を殺せない処刑人は苦しそうに表情を歪める。シャルルの時のように取り乱しはしないが、どう見ても壊れる寸前だ。


ここ数日のような空元気も見せられていない。

どこか虚ろな目は落ち着きなく揺れ動き、体はかすかに震えている。壊れる寸前……そう、本当に壊れかけだった。


「君は、アルバートお爺さんを殺した。その瞬間から、もう限界なんじゃない? シャルル・アンリ・サンソンではなく、シャルロット・コルデーが人を殺してしまったから」

「……そう、だね。僕はもう、崩れかかっていると思うよ。

でも、これは僕の戦いだ。僕のせいでシャルルが生まれ、彼はずっと苦しみ続けた。このけじめは、つけないと……!!」

「わかっているよ。だから、僕は全力で君を助ける。手伝いでは終わらない。大切なものを守るため、この刀を振るう」


吐き出すような少女の言葉を受け、雷閃はパチパチと雷光を弾けさせながら手を差し出す。その姿は、神と見間違える程に神々しく、神秘的だ。


彼女の意思を否定したりはしない。

彼女の苦しみを、一方的に終わらせたりはしない。

共に歩む。たとえどんな結末に向かうとしても。

その揺るがない決意を、彼は少女に告げていた。



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