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虚の天秤  作者: 榛原朔
四章 蠱毒の刃

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3-肉の壁

トッドによって御された馬車は、処刑人協会の処刑人どころか一般の村人にも知られずに道を進む。

森の中を隠れるように、川のせせらぎに紛れるように。


中では少女達がおしゃべりをしていたが、危機察知能力が高いのかそもそも運がいいのか。本当に誰にも、何にも出会うことはない。


もはやピクニックなのでは……というくらい平和な旅路を延々と続け、やがて木々が疎らになってきた頃。

彼女達の目の前には、段々と夜闇の中でもはっきりとわかるくらい、不気味な物体が現れた。


「ん、おいおい何だありゃ!? あれが肉の壁ってやつか!?

おーいお前ら……じゃなくてデオンさん、シャルロットさん。お目当てのモンが見えてきたぜー!」


何日も1人で御者をしていたトッドは、直前まで眠そうに目をこすっていたのが嘘のように目を見開く。


この旅の負担はほとんどが彼に押し付けられており、目の下にクマもできてすっかりやつれていたが……

今は打って変わって、少年のように顔を輝かせていた。


とはいえ、その反応はもちろん隠密行動には相応しくない。

妙に明るい声で呼ばれた2人の少女は、すぐさま彼の頭を叩いて静かにさせながら、目の前を見る。


「ふぐ、痛ぇ……」

「あれが、あなたの言っていた肉の壁?」

「みたいだね。予想より随分と大きいなぁ」


ひょっこり顔を覗かせたシャルロットと、クールに目の前の光景を見据えるデオンは、彼とは違って騒がずに壁を見上げる。


今が夜であること、まだ少し遠いことから、まだはっきりと全貌は見えない。それでも、大きさだけはそこにあることがわかれば知れるので、2人は大いに驚いていた。


元々、この壁を見るためにやって来てはいたのだが、やはり実物を見ると違うようだ。周囲の木々よりも、街の建物よりも明らかな大きな障害物に、黙り込んでしまっている。


まだ、目の前には壁があり、それが不気味な肉で形成されていると思われるくらいしかわからないのだが……

どうやら、あまりの存在感に少なからず臆してしまったようだった。


とはいえ、馬車は今さら止まらない。

叩かれたトッドが痛みにうめき、まともに御者をしていないことでガタガタと揺れ始めているものの、馬はそのまま肉の壁へと向かっていく。


「ちょっとトッド! ちゃんと御者してよ、危ないじゃん!

マリー達が体をぶつけちゃったら殴るよ?」

「そうですね。もう人の居住区ではありませんし、誰もいないとは思いますが、万が一ということもあります。

すぐさま操縦に戻り、この音を沈めなさい。色々危険です」

「もう叩かれてるんですがそれは……

へいへーい、やりゃいいんでしょ? やりゃー」


年下ながらに恐ろしい上司と、一度怒りを買ってから当たりがキツイ協力相手の少女。2人から同時に注意され、トッドはげんなりしながらもしっかり手綱を握る。


馬車の進みは安定し、揺れも音もすぐに治まった。

壁は妙に息苦しい威圧感を放っているが、周囲には木の葉を揺らす爽やかな音と、静かな闇が広がっている。


「……」

「大じょう夫? シャルロットお姉さん」

「……え? 何、どうかした……? 何のこと?」

「中に入って、お姉さん」

「う、うん」


しばらくそのまま肉の壁を見据えていたシャルロットだったが、中から雷閃に呼びかけられたことで、素直に戻る。

中に入ると、何も言わずに見守っていたマリーも、心配そうに彼女を見つめていた。


そんなマリー達の反応に、彼女も戸惑うばかりだ。この旅の目的地――セイラムを囲う肉の壁を目の前にして、若干ふらつくようにして動揺を表す。


「ど、どうしたの二人共……?」

「いいえ、別になんでもないわ。

とりあえず、休みながら到着を待ちましょう?」

「え? う、うん……」


マリーに促され、シャルロットはゆっくりと席につく。

その様子を横目で見ていたデオンは、より厳しい表情になりながら悍ましい肉の壁を見据えていた。




~~~~~~~~~~




それからさらに数十分かけて、彼女達はようやく肉の壁の間近にやってくる。馬車が静かに止まり、打って変わって暗くなったトッドの声を聞いて降りると、そこには……


「これが、フランソワの言っていた……」

「とっても不気味、だね」

「この國と同じような悪意を感じるわ……」


夜でもわかるくらいに赤く脈打ち、グロテスクなのにどこか神秘的にすら思える巨大な肉の壁がそびえ立っていた。


肉の壁と呼ばれていたくらいなのだから、当然それは血肉が重なったような吐き気を催すもの。


赤い血が滴り、脈動でボコボコ動く地面にも染み込んでいるという気色の悪い物体なのに。どういう訳か普通の地面からいきなり生えてきているという、かなり異常な光景だった。


あまりの悍ましさに、シャルロット達は思いっきり顔を歪ませている。先に見ていたデオンやトッドも同様だ。


しかし、唯一雷閃だけは、涼しい顔をしていてほとんど表情を動かさない。何かを察したように、その禍々しい血肉の壁を見上げていた。


「これの調査をするんですよね?

私達の中に学者はいませんが、何かできますか?」


しばらく嫌そうに眺めた後、顔色が悪くなってわずかに力を抜いたデオンが、控えめに本来の目的に入った。

同じように嫌そうに見上げていたシャルロットは、その言葉を聞いて自分でも引いた様子を見せながら言葉を紡ぐ。


「そう、だね……とりあえず登ってみる?」

「……これを? 正気ですか?」

「私、元々みんなみたいに身体能力が高くないから、絶対に無理よ? 申し訳ないけれど、やるなら他の人が……」

「心配しないで。元々マリーは、1人じゃ危ないから連れてきただけだから。最初から何かしてもらうつもりはないよ。

でもまぁ、僕もちょっと触れたくないかなー……」


調査に来たと言うからには、何かしないといけない。

フランソワが伝えてくれた情報なのだから、アルバートが体験したことなのだから、きっと意味はあるのだろう。


処刑という非人道的な行為が支配している、明らかに歪んだこの國は一体何なのか。あらゆる悪意を閉じ込めるように、目の前でそびえ立っている不気味な肉は何なのか。


それはこのセイラムという國を、マシューが管理する処刑人協会を理解する上で、多少なりとも助けになるはずだ。

だが、あまりにも気色の悪い血肉の壁を前に、3人の少女達はろくに動けはしない。


嫌そうに両腕で体を抱きながら、申し訳無さそうに残った2人の男性陣を見やる。


「うえぇ、また俺かよ? ずっと御者してて疲れてんのに……少し寝てからでもよかったり……

しねぇっすよね、はぁ」

「ううん、ぼくが行くよ。トッドお兄さんは、ねてて」

「え、いいのか!?」


またも仕事を押し付けられたトッドは肩を落とすが、直後、涼しい顔をしている雷閃の言葉を受けて、弾かれたように顔を上げる。


女性陣も驚いたように目を見開き、トッド本人も押し付けることの葛藤を見せていたが、彼は撤回しない。

本当に何でもないことをするように、刀を腰から外しながら微笑む。


「うん、これはぼくがやるべきことだと思うから。もちろんこれがすべてじゃないけれど、多分これもぼくがここに呼ばれた理由。刀、預かっていてシャルロットお姉さん」

「わ、わかった。ごめん、気を付けてね」

「大じょう夫だよ、この場所にきけんはないから……」


シャルロットに刀を預けた雷閃は、そのまま雷を纏って飛び上がっていく。この壁を登るという提案は、おそらく自力で登るという意味だったのだが……


雷を纏うことのできる少年は、一切気色の悪い血肉に触れることなく、瞬く間に遥か高所に辿り着いていた。

不気味な赤い血肉のキャンバスを、神秘的な一筋の光が駆け上る。


その光景は、あらゆる邪悪を両断するかのようだ。

何もできないシャルロット達は、ただ天を見上げて感嘆の声を漏らす。


「わぁ、すっごい……」

「あの子、聞いていたよりもとんでもないですね。

もう、彼1人いれば協会に勝てるのでは?」

「そんなもの、子どもに背負わせちゃいけないよ。

これは僕達の戦いだ。手は貸してもらうけれど、全部あの子任せにするだなんて酷すぎる」

「……言われなくても、ただの冗談だ。

では、私達は私達にできることをしましょうか」

「うん」


雷閃を見送った彼女達は、しばらくしてから自分達にできることをし始める。眠るトッドは気にしない。

馬車からギロチンなどの様々な道具を取り出すと、血肉の壁の調査を開始した。



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