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虚の天秤  作者: 榛原朔
三章 吸血憑依

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25-紅月は浄化され

アルバート・フィッシュの死と連動しているかのように、空に浮かぶ怪しげな紅月は正常に戻っていく。

それに伴い、夜空も暗く、食堂も暗く、何の変哲もない場所へと戻っていった。


室内に充満した血なまぐさい匂いは別物だが……

それも割れた窓から入ってくる冷気に押し流されているため、今となってはそこまで気にするものでもない。


死体が消えることはないので、完全に消えはしないだろうが、直に少しはマシになることだろう。


とはいえ、シャルロット・コルデーにかかった精神的な負荷は、これまた別物だ。彼女はアルバートを処刑すると同時に昏倒してしまい、ギロチンに向かって倒れている。


「っと、危ねぇ危ねぇ」


瞬間、彼女の人格は再びシャルルへ。

頭からギロチンに突っ込む前に、なんとか踏みとどまる。

シャルロットを見守っていた雷閃は、彼を抱きかかえるギリギリのところで静止し、深い溜め息をついていた。


「ヒヤヒヤしたよ、シャルルお兄さん」

「ハッ、俺が起きてんのは知ってただろ? 倒れるかよ。

それよりこの爺の後始末だ。部下は喰らってたよな?」

「さぁ? ぼくは見ていないから」

「シャルロットの中で見てた。喰ってたよ、爺は。

つまり、処理しないといけねぇのはこの人だけ……ふん。

おい、見てんだろ!! 姉名乗るならちっと手ぇ貸せや!!」


人格が変わっても、足が食いちぎられていることに変わりはない。だが、彼はまったく気にしていないらしく、雷閃に肩を借りることなく下を見ていた。


視線の先にあるのは、もちろん首と胴体が泣き別れになったアルバートだ。既に命が消えているそれを見下ろしながら、シャルルは空に向かって叫ぶ。


呼んだのは、先程までの戦いを見ていた上に、姉を名乗っているらしい人物。数秒後に現れたのは、赤や黒を基調としたどこか禍々しいワンピースを着た少女――エリザベートだ。


「わたくし、あくまでもシャルロットの姉であって、あなたの姉ではないのですけれど?」


空からアイアンメイデンに乗って現れた彼女は、床を深く抉りながら不機嫌そうに吐き捨てる。

なんでアイアンメイデンは飛んでいるのか、いつから見ていたのか、どこで見ていたのか。


聞きたいことは山ほどあるが、ひとまず彼女はシャルロットの姉であることに相当なこだわりがあるらしい。

いくら空を飛んでいるとはいえ、ほんの数秒でやってくるのは狂気の域にまで達していた。


しかし、それはあくまでも彼女視点だけだ。

今の人格がシャルロットならばともかく、シャルルである今はただの姉を名乗るエリザベートでしかない。


自分の半身が眠っているからか、多少は荒々しいながら普段よりも冷静な彼は、淡々とツッコミを入れる。


「いや、シャルロットの姉でもねぇよ。

強いて言うなら姉貴分だろ? 実姉を名乗んな不審者が」

「あなたが弟ならわたくしが姉でもいいでしょう!?

それに不審者とはなんですの!! わたくしは数千年続く‥」

「うるせぇうるせぇ。俺はこいつを姉だなんて思ってねぇ。

んで、そんなもんに乗ってるやつが不審者じゃない訳もねぇんだよ。この國のどこにアイアンメイデンを乗り物にしてるようなバカがいる? お前は不審者以外の何物でもねぇよ」

「むきーっ!! なんなんですのあなたー!?」


鋭いツッコミを入れられたエリザベートは、シャルロットの時と同じで簡単に言い負かされてまう。

そもそもの主張が無茶苦茶なので、当たり前といえば当たり前なのだが……それにしても、あまりに口が弱い。


いつもの口上も、ノルマなのかというくらい鮮やかな失敗だ。不審者の烙印を押された彼女は、アイアンメイデンから滑り降りて悔しそうに地団駄を踏む。


シャルルはアルバートの死体を丁寧に下ろすと、そんな厨ニ少女を気にせず言葉を投げかけた。


「俺はシャルル・アンリ・サンソンだ。目は見えてるか?

どうでもいいから、さっさとこの人を回収してくれ。

そのアイアンメイデンに入れられんだろ?」

「はぁ!? あなた正気ですの!? わたくしの愛器に、そんな汚いものを入れろとおっしゃるのかしら!?」

「いや、アイアンメイデンはそういうもんだろ。

吸血鬼名乗りてぇなら、本物の血でも吸ってろよ」

「むきーっ!! なんなんですのあなたー!?」

「だからシャルル・アンリ・サンソンだって」


アイアンメイデンから降りても、エリザベートが騒がしいことに変わりはない。死体処理を頼むシャルルに、本気なのか狙っているのか、何度もしつこくボケ続けていた。




~~~~~~~~~~




「よし、こっからは歩いてくから、お前は待ってろ」


エリザベートにアルバートの死体を預けてから数時間後。

静かに首都キルケニー近郊までやってきていたシャルルは、雷閃に馬車を任せて処刑人協会へ向かおうとしていた。


目的は当然、少しでも長く報告を遅らせるための仕込みだ。

いたるところを噛み千切られて体はボロボロだというのに、まったくそれを感じさせはしない。


居残りになる雷閃が気遣わしげに見守っている中、ナイフなどの目立たない武器だけを持って、強気に笑っている。


「……うん。きずが広がらないようにね」

「んなこと言ってられるか。時間がねぇんだからな」


まったくの無傷である雷閃だったが、セイラム國への侵入者であるため協会になど近寄れない。

この人選は仕方ないものであり、シャルルは彼の心配を受け取りながらもいつも通りの身軽さで協会へ向かっていく。


今までは訪れるたびにアビゲイルと遭遇していたものだが、雷閃を伴ってきた今回は相当に運がいいようだ。

誰にも会うこと無く、彼は協会へ忍び込むことに成功する。


聖堂内には、もちろんマシュー・ホプキンスの姿などない。

ただ、こんな深夜でもピアノを弾き続けるモーツァルトの演奏だけが、室内に響き渡っていた。


「……」


奏でられているのは、動物の謝肉祭-水族館。

血の海の中にいるかのような、これ以上ないくらい不気味で状況にマッチしすぎている曲を聞きながら、彼は演奏者の元に辿り着く。


「よう、モーツァルト。相変わらず不気味なの弾いてんな」

「こんばんは、サンソン。ふーむ、不気味か……

私は別に、そう思わないがね」

「耳腐ってんな」

「ふはっ、ピアニストにそれを言うのかい? 私としては、これ以上ないくらい君にピッタリだと思うがね」

「ピッタリ過ぎるから不気味なんだよ、バカ」


会話をしながらも、モーツァルトの演奏は止まらない。

まるで水中にいるかのような音色が響く中で、彼らは軽口を叩き合っていた。


「それはそうと、何か用事があるのだろう?」

「そりゃそうさ。そうでもなきゃ、こんなとこ来ねぇ」

「うんうん。では早速聞こう」

「失踪事件は終わらねぇな。後しばらくは」

「そうだねぇ……たしかに終わらないようだ。残念ながら」


何一つ根拠などないのに、モーツァルトはシャルルの言葉を聞いてすぐに事件が終わらないことを認める。

どうやら、この短いやり取りの中だけで、その意図をすべて読み取ったようだ。


お互いに圧倒的な精度でわかり合えたことで、もうここに用はない。マシュー・ホプキンスがやってくる前に、シャルルは処刑人協会の本部から去っていった。




~~~~~~~~~~




アルバートの処刑、その死体の処理、事件が解決したことを隠すための小細工。今晩やるへまきことをすべて終わらせたシャルルは、その足で街の郊外へ向かう。


本来の目的はデオン達との合流、そしてこの國を囲っているという肉の壁を見に行くことなのだが……

現在の彼は体がボロボロだ。平気な顔をしているが、決して動けるような傷ではない。


そのため彼らは、デオン達と合流するより前に街外れに立つとある診療所へとやってきていた。


「本当にここであってる? かなり、よごれているけど」


あまりにも小さく、薄汚れた診療所を見て、思わずといった様子で雷閃はつぶやく。目の前にあるのは、あきらかに衛生面がよくない建物だ。


キルケニーとも死体処理場とも違った、ツルツルとした建材を使われているが、大きさだとそこらの集落にも劣る。

ほとんど掃除もされていないようだったので、治療のために訪れたつもりの彼が驚くのも無理はない。


だが、治療を受ける本人であるシャルルは、何食わぬ顔で扉を開いて狭い室内に入っていく。


「たしかに汚ぇが、ここで合ってる」

「そ、そうなんだ……」


セイラムをよく知る彼に断言されれば、余所者の雷閃にそれ以上言えることなどない。

まだ疑わしそうにしながらも、外観の通り狭く、汚れた室内に、シャルルの背中を追って足を踏み入れる。


だが、診療所内には誰もいなかった。

どうしていいかわからない雷閃は、キョロキョロと不思議そうに見回し始めた。


「誰もいないけど……」

「こっちだ。この下」


迷わず棚の前に向かったシャルルは、それをズラしてその下にあった通路を露出させる。どうやら、ここは表向きの場所かただの飾りだったようだ。


雷閃もすぐに察して納得すると、目の前に現れたスロープを通って地下へと降りていく。あまり急すぎず、緩やかすぎもしない坂を下っていくと、やがて目の前に広がったのは……


「よう、師匠。急ぎでけが治せ」

「やぁ〜。お帰り、シャルル」


清潔感の塊のように管理が行き届いた部屋に、数え切れないほどの棚が立ち並ぶ光景。そして、隠された世界でくつろいでいる、いかにもな紳士の姿だった。



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