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虚の天秤  作者: 榛原朔
三章 吸血憑依

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23-神秘に上書きされたモノ

血煙となって拡散したアルバートは、そのままシャルロットを飲み込んで床に落下していく。


その身は確かな質量を持ち、しかしほとんど実体を持たずに抵抗をさせない。鉄扇で煽って脱出を試みる彼女だったが、なんの意味もなく全身を飲み込まれて床に叩きつけられた。


「キャハハハハッ!! ワタシ、痛い!? アナタ、痛い!!」


赤い霧は食堂全体を包んでいるため、現在どのような状態なのかをはっきりと見通すことはできない。

だが、さっきまでの血武器と違って直接的な殺傷能力がないからか、あまり大きなダメージは受けていないようだ。


真っ赤に染まった部屋の中で、案外元気そうなシャルロットの声がくぐもったように響いている。

とはいえ、致命傷を受けていないからといって、簡単に脱出できるようなものでもなかった。


狂ったように笑う彼女は、食堂を埋め尽くしている血霧の香りに咽ながらも、ろくな抵抗ができずにその場で留まり続けている。


「痛い、痛い、痛い!! 噛むな、吸血鬼!!」

「それは無理というものです!! 私はあなたを喰らう!!

ここまで来たら、もう止まることなど……できない!!」

「あぁあッ……痛い、痛い!! アナタ、痛い!!」


真っ赤に染まった世界で、彼女は部屋を埋め尽くす血の霧ともみ合う。実体がない相手なので勝機など見えない。


だが、好きなタイミングで実体化できる彼は、油断しているとまだ全然元気なのに噛みついて食べようとしてくる。


ただただ真っ赤な視界の中で、たまに現れる牙が見えない体を食い千切ってくる。霧に包まれている今は、密着しているのと同じ状態なので避ける間もない。


抜け出せなくても、振り回す手にまるで手応えがなくても、シャルロットは暴れ続けるしかないのだった。


倒れていれば上からくるが、頭、胴体、足など、方向以外でもいくつかの選択肢を押し付けてくるので、圧倒的に不利となる。


もちろん、少し起き上がれた場合はそれに追加で前後なども選択肢として増えるので、状況としては最悪だ。


霧など殴れず、かといって実体化する場所も掴めず、延々と噛みつかれ肉を喰らわれてしまう。

これ以上悪くなることはないと、迷いなく断言できるくらいの状況に、彼女は狂ったように叫び続けていた。


「美味しい、美味しい、美味しい!! 若人の肉は、いい!!」

「痛い、痛い、痛い!! ワタシ、痛い!! アナタ、痛い!!」


床にはタラタラと光る道が流れていく。

それは、ついさっき下僕のヴァンパイア達のものとは別の、今食べられているシャルロットから流れ出るものだ。


吸血鬼の本能のままに、ただ空腹を満たすために。

既に世界を染め上げている真紅は、なおもその濃さを増そうとしていた。


周囲の状況など見えないままに、彼女は食べられ続ける。

段々と虚ろになっていく目に映っているのは、真っ赤な世界に浮かぶ不気味な紅月だ。


「痛い、痛い、アナタは、眩しい……!!」


真っ赤に変色した月は、アルバート・フィッシュの力を表したようにおどろおどろしく帳を下ろす。

しかし、さっきまではすっかりすべてが染め上げられていたはずなのに、今は半分が本来の色に戻っていた。


いや、本来の色というとまだ語弊がある。

現在の月夜が放っているのは、本来よりも遥かに輝かしい、雷のように眩しく光り輝く色だ。


月を割り、天を引き裂いた閃光は、禍々しく塗り替えられた世界を浄化しながら空から落下してくる。


「ッ……!? 私の体が、霧の体が、吹き飛ばされている……!!」


アルバートの体は霧。今空から降ってきたのは雷。

同じ不定形のものとして、彼は圧倒的な力に吹き飛ばされていく。


だが、かといって窓や入口から外に弾き出されるということはない。いつの間にか紅く染まった食堂は雷の膜で覆われ、実体があろうとなかろうと逃さない監獄になっていた。


「痛い、痛い……アナタ、心地良い」


雷の結界の真ん中で、散々食い千切られてズタズタになったシャルロットは弱々しく声を漏らす。

ようやく露わになった姿は、ただひたすらに無惨だ。


月明かりを反射する綺麗な白だった長髪は、半分ほどが紅く染まり、汚れたカーペットのような有り様に。

顔はかじりにくいからか傷が少ないが、胴体は服ごと噛みつかれたようで、所々に穴が空いて血が流れている。


特に酷いのは足で、ミニスカートで服に阻まれにくいからか、普通に深く噛みちぎられている部分ばかりだ。

絶対領域にはギザギザの傷跡が残り、ニーハイを穿いた部分も破られ喰われ、目も当てられない。


もはや体を起こす力も残っていないのか、彼女は空から降り立った和服の少年が近づいてくるのを、静かに待つ。


「遅くなってごめんね、シャルロットお姉さん。

僕が来たからには、もう大丈夫だよ」

「……雷閃くん、助かったよ。随分と遅かったね」


彼に抱き起こされたシャルロットは、その善性に当てられてか暴走が止まり、普段の彼女に戻る。


血まみれで汚れているが、そんなことは気にしていられないくらいに消耗しているようだ。温かな体に包まれて、癒やされたように安らかな微笑みを浮かべていた。


「うん、デオンさんは忙しく動き回っていたからね。

マリーお姉さんがいる以上、全力で雷は使えないし」

「そっか。準備は上々?」

「どうだろう? 僕はマリーお姉さんを預けただけだから」


雷で霧をかき消され、吹き飛ばされた先でも雷の膜に阻まれたアルバートは、元の姿に戻って2人のやり取りを見つめる。

一見隙だらけだが、雷閃にそんなものは一切ない。


目の前で行われているのはただの会話なのに、彼はまったく手を出せずにいた。


そんな彼の目の前で、シャルロットはふらつきながら、雷閃の肩を借りることでどうにか立ち上がっていく。

息も絶え絶えの状態だが、彼女も一気に状況が好転したことに気がついているようだ。


なんとか自分で立とうとしながら、散らばっているナイフや鉄扇、ワイヤーなどを拾って言葉を紡ぐ。


「でも、僕達がやるべきことは変わらない。

失踪事件の犯人を……殺して、報告を遅らせる」

「彼は君の祖父のようなものだと思うけど、殺しちゃっていいの? それに、僕達って……君は殺しなんて‥」

「いいんだ。彼は捕まえられない。止めるには、殺さないといけないから。そして、僕はもう殺しを人に押し付けない。

この罪は僕のものだ。向き合うって決めたんだから……

もう、決して目を逸らしたりなんかしない」


心配そうに問いかけてくる雷閃に、シャルロットは迷いなく断言する。祖父のように慕うアルバートを殺すこと。

その殺しを、自分自身が行うこと。強い覚悟を秘めた瞳に、彼ももうなにも言えずに隣に立っていた。


とはいえ、その何も言えないというのは、全部したいようにさせて見捨てるということではない。

彼女の意志を尊重し、その上で助けるということだ。


彼はふらつきつつも自分の力だけで立ち上がった少女の前に立ち、刀に手をかけながら穏やかに語りかける。


「わかった。でも、君1人じゃ勝てないよ。

あの人はまだ神秘じゃないけど、限りなくそれに近い。

いや、神秘ではあるのかな……? ちょっとわかりにくいや」

「ひとまず、とても強いってことはわかるよ。

霧になれるだなんて、あきらかに人間じゃないもの」

「そうだね。だから僕も協力する。

最悪追い詰めるまではやるから、トドメをお願い」

「本当は全部背負いたいけど……そこが妥協点、かな。

わかった。じゃあ、僕もテンション上げるよ」


意志を尊重され、協力してもらうことになったシャルロットは、小さくも頼りになる背中を見つめながら深呼吸をする。


今から行うのは、本来は殺しができない彼女が、シャルルを生み出してでも殺しを避けた彼女が、自らの手でアルバートを殺すことだ。


シャルル・アンリ・サンソンですらテンションで誤魔化していたように。彼女は人格を揺るがすレベルで正気を失って、ありえないほどの力技で無理やり罪と向き合う。


「キャハ、キャハハハハッ!!

アナタ、痛い!! ワタシ、痛い!! うぅっ……!!」


泣き叫ぶシャルロットの手には、無数の武器。

雷の結界で追い詰められるアルバートの前では、全身を噛み千切られた少女が、なおも罪から目を逸らさず立っていた。



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