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虚の天秤  作者: 榛原朔
三章 吸血憑依

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22-食事場の戦い③

「敵は殺さないと、寝首をかかれますよぉ!?

私は血を操るのですから、毒など体外に出せます!!

ほぅら、このように血煙の如く変化することだって!!」


ギロチンから滑り降りたシャルロットの前で、血煙と化したアルバートは高らかに笑う。

霧状になっていて姿形こそはっきりとしないが、ぼんやりとしたその姿はまさしくアルバートそのものだ。


肉体を解脱したからか、より若々しく。

軽装鎧は禍々しく照り輝き、赤黒いマントは操る血そのものか翼のように大きく広がっていた。


「僕が、殺す……!? 毒は、効かない……!?」


殺さないと、この失踪事件は解決できない。

殺さないように、毒で無力化することはできない。


もっとも受け入れられない現実に直面したシャルロットは、先程とは比べ物にならない動揺を見せ始めた。


目は狂ったようにぐるぐると回り、歯はガチガチと打ち震えている。顔は今にも倒れそうなくらいに青ざめ、引きつり、細い体は車のエンジンのようにブルブルと震え、その手からは鉄扇が落ちてしまう。


荒い息を吐いている彼女は、やや過呼吸気味になりながら膝をつき、頭を抱えて今にも壊れてしまいそうだ。

孫娘のような子のそんな姿を見ても、吸血衝動、食人衝動が抑えられないヴァンパイアは、テンション高く狂笑する。


「イヒヒッ、ヒヒヒ……ヒャーハッハッハ!!

あぁッ、肉!! 振動でより柔らかく、美味なる肉質に!!

元より柔らかく、脂の乗った若人の肉ッ!! 食わせろッ!!」

「はぁ、はぁ、はぁっ、はぁッ……!!」


今の獲物が動けないことはわかり切っているため、空を飛ぶアルバートは焦ること無く殺す準備を整えていく。

急ぎはしないが、かといって油断もしていない。


血と化したマントは、さらに広がり食堂を包む。

元々夜空は紅く染まっていたが、今では食堂全体も真っ赤に染め上げられていた。


おまけに、霧化した全身は複数に分裂し、コウモリのように姿を変えている。もちろん、ただのコウモリではない。

普通であればありえないくらい鋭い牙を持った、恐ろしい人喰いコウモリだ。


それらは倒れている下僕のヴァンパイアに次々と噛みついていき、赤い帳の降りる世界に血肉をまき散らす。

空は紅く、壁も紅く、今では床さえも真っ赤に染まり始めていた。


「はぁッ、はぁッ……!! 人を、殺すなッ……!!」


床に血が流れたことで、下を向いていたシャルロットの視界も意思に反して紅く染まっていく。


血……すなわち命がこぼれている証であり、死を呼ぶもの。

これだけの血が流れているのだから、確実にそれは意図しないけがなどではなく故意に傷つける殺人だ。


血、殺し、死……彼女は決してこれらを受け入れられない。

不気味にゆらりと揺れながら立ち上がると、落ちている鉄扇を拾い、血走った目を向けている。


「殺し、殺し!? 私は食事をしているだけです!!

彼らは同胞、私と同じく上書きされたもの!!

既に彼らという人間はおらず、血を補給するための道具!!」

「ふぅー、ふぅー……!! 殺さないと、だめ……!!

僕が、俺が、私が……自分で、あなたを、僕が……!!」


シャルロットの静止を受けても、もちろんアルバートの食事は止まらない。人喰いコウモリ達は、ヴァンパイア達の肉を食い千切って武器にするべき血を補給し続けていた。


この食堂には濃密な血と殺しと死の気配が渦巻く。

その光景や香りは少女の精神を蝕み、みるみるシャルロットという人格を崩壊させていた。


シャルロット・コルデーは、人を殺せない。

その体はたしかに処刑人のものではあるが、実際に処刑人として動かしていたのはシャルル・アンリ・サンソンだ。


彼女が殺せないからこそ彼が生まれ、彼女は守られる。

しかし、今……彼の、彼女の、自分自身の罪と向き合う覚悟を決めた少女は、誰に押し付けるでもなく悪を……


「キャハハハッ、アナタ、痛い!! 罪人、悪い!!

ワタシ、痛いッ!! キャハ、キャハハハハッ!!」


ひときわ苦しそうに顔を歪めた後、シャルロットは無理やり情緒を破壊してリミッターを外す。

あきらかに正気ではなく、まともに機能しているとは思えない姿だ。


だが、それでも彼女はセイラムの住人。

中でも特に死に接して生きている、日々処刑を行う血に塗れた処刑人である。


彼女は瞬きの一瞬でギロチン内にある扉を開き、中にあったナイフや鎌、銃などを部屋中に散らしていく。

精神はこれ以上ないほど不安定ながら、動作は冷静そのもので処刑準備を完了していた。


「クキキッ……グギャギャギャギャ!!」

「キャハ、キャハハハハッ!!」


もはや、この食堂内にはまともな人間などいない。

精神的にはまともだった下僕のヴァンパイア達は喰らいつくされ、残ったのは狂った2人の殺人鬼のみだ。


恐ろしい笑い声が響く中、両者はぶつかり合う。

アルバートは血に染まった食堂中から血によって武器を作り飛ばし、シャルロットは組み上げた槍を両手で握って、彼の本体を目指していった。


「イーッヒッヒッヒ!! 掴め、捉えろ、引き裂け!!」

「痛い、痛い、痛い、痛い!! アナタ!! 痛い!!」


真っ赤に染まった食堂内には、四方八方から大剣や短剣、槍、網などが生み出されている。

アルバートが霧状になる前にも似たような攻撃が放たれていたが、今回は比べるまでもない。


9人分の血や今まで喰らった人々の血肉も利用しているのか、さっきは数本だった大剣も数え切れない程だ。

直接殺そうとする以外にも、細かな網などのまず捉えるためのものも迫っているため、厄介なことこの上なかった。


対して、シャルロットが握るのは折りたたみ式の槍1つ。

懐にはいくつもの武器がしまっているだろうが、少なくとも握るのはそれだけで、あまりにも無力だ。


おまけに、今となっては彼女の周囲が水中であるどころか、この空間自体が血に包まれた水中の舞台。

たとえ少しの間防げたとしても、そう長く経たずに飲み込まれて溺死してしまうことだろう。


それでも……無理やりテンションを上げ、リミッターを外している少女は、嬉々として槍を床に突き立て、空を飛ぶ。


「キャハハハハッ!! アナタ、痛い、ワタシ、痛い!!」


空を飛んだシャルロットは、すぐさま槍を手放す。

直後、その手に握られているのは鎖で繋がれた鎌だ。

巧みな手さばきでそれを回すと、彼女は血の網を切り裂き、短剣や槍を弾いていく。


もちろん、大剣を弾くには少し心もとないのだが……鎖の先端についているのは、鎌。大剣の1つにぐるりと鎖を巻きつけると、真横から貫いてそれを自分のものとしてしまう。


「痛い、痛い、痛い、痛い!! うぅ……ワタシ、痛い!!」


泣きながら空を飛ぶ彼女は、片方にだけ大剣を突き刺した鎌を振り回す。獲物は巨大になったが、それをつなぎとめる鎌は鎖で繋がれているため、動きが鈍ることはない。


あらぬ方向に鉄扇を飛ばしながら自らも回転し、血武器も足場に弾かれたように昇る彼女は、その身が凶器だ。


獲物が大きくなったことで、弾く量もまた多く。もう片方にも大剣を突き刺し、次々に押し寄せてくる血の雨の中を突っ切っていった。


「あぁ、美味しい、美味しい……網では捕らえられず、大剣も打ち倒せず。私は一体どのように君を料理すればいい?

甘美な血の味、得も言われぬ多幸感。私は、私はッ……!!」

「あぁぁぁあぁあッ!! 痛い、痛い!! アナタ、痛い!!」


一度弾いた血の武器も、アルバートの支配下にあるのだからやはりすぐまた戻って来る。


最初は半球状に襲いかかってきていた血は、今では下からも襲い来る完全な球状に。水中の舞台の中央で、不気味な月に輝く武器を持つ少女は赤に照らされていた。


逃げ場はない。彼女の周囲どころか、食堂中が血に染められた領域なのだから、状況を覆すことは不可能だ。

しかし、打てる手がまったくない訳でもなかった。


回転する彼女は、その勢いのままに鎌を手放す。

それも、ただ手放すだけではない。向きや力を調整することで、上手く体の近くで回り続けるようになっている。


シャンデリアを経由して、目指すは空中に漂う霧状の吸血鬼の元だ。


「キャハハハハ、キャハハハハ!!」


血の雨によって、鎌は少ししてから落ちていく。

そんな中でも、シャルロットは体捌きで武器を躱しながら、食堂中にワイヤーを飛ばして散らばる武器を回収していた。


直後、彼女の回転はより一層はげしく荒ぶる。

何本、何十本ものワイヤーは襲い来る血武器をまとめて叩き落とし、引き戻された先端からはナイフなどが回収された。


「切り、殺し、罪を、死を!! 痛い、痛い!!」

「今の私にナイフなど通りません!! ただ、喰らう!!

あぁ、喰らう!! 私にあなたを食べさせてください!!」

「アナタ、痛い、ワタシ、痛い!! キャハハハハ!!」


雨は払われ、彼女達の間には一瞬の空白が生まれる。

アルバートはより霧に近くなって逃げようと動くが、投げられるナイフによって離脱は叶わない。


右に動けば右に。左に動けば左に。

逃げる先を誘導される吸血鬼は、最終的にどうしょうもなくシャルロットに不定形の手を伸ばした。


「うぅ、痛い……痛い、から……」

「ぐはぁ!? 鉄、扇……?」


伸ばされた手は、ブーメランのように舞い戻ってきた鉄扇によって切り裂かれてしまい、力なく空を切る。

状況を理解できないアルバートは、思わず少女から目を逸らしていた。


この至近距離で、紛うことなき隙。

見事に鉄扇をキャッチしたシャルロットは、その勢いで回転しながら脇腹を大きく抉り切ってしまう。


「がはぁッ……!? この傷は、よくない……!!」


だが、ちゃんと殺す意志を持ったとしても、彼は霧状になることができるのだ。おまけに彼女にも、首を切ったり心臓を貫いて即死させる勇気はない。


普通ならば致命傷になる傷を受けたアルバートは、直後に血煙となって拡散し、暴走気味のシャルロットを飲み込んでしまった。



本当は〇〇場の戦いにしたかったんですけど、流石に場所ごとに変えて番号つけてます

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