21-食人主義者
突き刺さったギロチンを挟んで対峙する彼女達は、それから伸びるワイヤーが跳ね、本体に当たった直後に動き出す。
殺しをしない処刑人が握るのは、懐から取り出したナイフ。
人喰い吸血鬼が放つのは、翻したマントの下から飛び出す血の弾丸。
空からも下僕のヴァンパイア達が襲い来る中、シャルロットは回転しながらアルバートの元へ向かう。
進むのはギロチンで傾いたテーブルの上。直線距離で排除すべき殺人鬼を目指していた。
「死ねッ、シャルル・アンリ・サンソン!!」
「僕は、シャルロット・コルデーだよ」
滑空してくるヴァンパイア達は、一昨日脅されたこともあり凄まじい殺意を込めて襲いかかってくる。
吸血鬼としての力を開放しているからか、身体能力も前回とはまるで別物だ。目に見えて高くなっており、シャルロットもとても無視してはいられない。
最初の2〜3人は、弾丸と同じように回転で弾けた。
だが、躱した彼らによってテーブルが破壊されると、そもそもの着地点が消えてしまう。
着地と跳躍を繰り返して回転していた彼女の体は、吸血鬼達が突き刺さる勢いで持ち上がったテーブルに弾き飛ばされ、無防備に空を舞っていく。
「くっ……」
「どっちにしろ、処刑すんだろうが!!」
空を舞うシャルロットに、背中から黒い翼が生えた吸血鬼達は猪突猛進に襲いかかっていく。アルバートは下で血の剣を作っていて動かないが、下僕はもれなく全員集合だ。
彼とは違って関係性もないからか、普通に手のひらの上で転がされた恨みを晴らそうと全力で向かってきていた。
「残念僕は、誰も殺せない」
「じゃあ、そのナイフはなんなん、だ……!?」
「もちろん、毒だよ。僕の体は毒漬けになっているから。
唾でも血でも、体液をつければ殺さずにいられる」
先頭でぶつかったヴァンパイアは、軽く沿わせるように薄皮をナイフで切られ、脱力する。
傷はほとんど見えない程度ではあるものの、毒の効力はずば抜けているらしい。
シャルロットの体をすり抜けるように、彼は無様に落下していった。残りはアルバートを除いて7人。
全員が警戒を強めているのか、吸血鬼の力で思い上がるのもやめて距離を取っている。
「ふぅ、ふぅ……!!」
敵からの攻撃を受けること無く、ヴァンパイアの1人を無力化することに成功した。この調子で行けば、アルバート以外の者ならあっという間に片付けられるだろう。
だというのに、空中で優雅に回転するシャルロットは、敵にはバレない程度に荒い息を吐いていた。
暗闇で表情は見えない。スカートはふわりと軽やかに揺れ、余裕すら感じさせている。
しかし、たとえ殺す気がないのだとしても、彼女は今、人を切ったのだ。表情はすっかり青ざめ、揺れる衣服の下では体が震えてしまっていた。
とはいえ、殺しや死、罪と向き合うと決めたシャルロットは、いまさら弱音を吐きはしない。
ヒュンっ……と暗闇に紛れるようにワイヤーを伸ばすと、その操作で下僕達の間に飛び込んでいく。
「なっ……!?」
「ばいばい」
ワイヤーが掴んだのは、光を失ったシャンデリア。
引き戻して空中を移動するシャルロットは、落下中の下方から瞬時に天井まで飛び上がり、それを蹴って集団の中に。
再び回転しながらナイフを放ち、残った雑兵をまとめて毒で無力化してしまう。当然、少しかすっただけでも終わりなので、投げナイフを防げた者はいない。
多少の程度の差こそあるものの、もれなく全員がふらふらと床に落ちていった。
「っ……!!」
ヴァンパイア達が墜落したのと同じように、蹴って天井から弾けたシャルロットも勢いよく床に向かっていく。
一旦体勢を立て直すためにも、ワイヤーで空中にとどまることはせずに落ち着く方がいい。
滞空中にワイヤーをしまった彼女は、転がりながら着地してアルバートに向き直った。すると、視界に飛び込んできたのは……
「クキキッ……グギャギャギャギャ!! やっぱり、ずば抜けて強ーいですねぇ!! クケケッ……あぁ、美味しそう!!」
協力者がやられているのも気に留めず、黙々とナイフに打ち勝てる武器……巨大な血の剣を作っていたアルバートの姿だ。
臆病な彼らしくない、妙に荒々しくテンションの高い様子のヴァンパイアは、左右に何本もの血剣を浮かせていた。
「空にいたら、今度こそ逃場がなかったかな……
ところで、なんかテンションおかしくない?
それが憑依って言ってたやつ?」
「イーッヒッヒッヒ、柔らかい血肉を食わせなさい!!
生臭ければ生臭い程良い!! 新鮮な肉、人の肉!!
あぁ、あぁ……!! 悲しいことに、この子は貧相ですが‥」
「うるっさい!!」
ちゃんとアルバートに向き合おうとしていたシャルロットだが、別人格のようなテンションで体つきに言及され、堪らずナイフを投げつける。
だが、もちろんその程度で無力化できる相手ではない。
アルバートの周りに浮いているのは、血で作り出された数多の武器。巨大な大剣、小回りの効く短剣、先程と同じような弾丸などなど、圧倒的な物量を持つ手足なのだ。
それらの位置を軽く移動させるだけで、たった1本のナイフは弾かれてどこかに飛んでいってしまった。
彼は警戒して正解だったと思わせるだけの能力を見せると、カチャカチャと凶器の先端を向けながら笑いかける。
「その分引き締まっているでしょうし、それもまた良し」
「薬品でどうしてこうなるのか、僕にはわからないけど……
この事件は終わらせないといけないんだ。中身がどんな状態でも、どんな手を使ってでも、倒させてもらう」
「中身はもちろん、いつものアルバートですとも!!
ただ、欲望が抑えられないだけで!!」
凛々しく宣言したシャルロットは、テーブルに突き刺さっているギロチンに向かって走り出す。
同時に、テンション高く叫んだアルバートが放つのは、周囲に浮かべていた無数の血武器だ。
その目は正しく少女を認識する。
その心は正しく孫のような存在を認識する。
それでも……アルバート・フィッシュは、人肉を食らう欲望に負けて血武器の豪雨を降らせていた。
「君は出てこないでよ、シャルル……!!
君は十分頑張ったんだから、次は僕の番だっ!!
背負わせてしまった罪は、僕が償う……!!」
血で作られた武器の雨が迫る中。シャルロットは両手に握るナイフをしまい、代わりに2本の鉄扇を握った。
華麗に開かれたそれは、美しき花弁のよう。
傘の代わりだとばかりに、線も面も関係なしに攻撃を防いでいく。
「回転なら押し潰せたかい? でも残念。僕は、舞うよ!」
短剣や銃弾ならば、軽いので気にするまでもない。
流れるような動きのままに、ただちょんと触れるだけで勝手に逸れていく。
それをしなくても、大部分は優雅な所作だけで未来予知かのような精度で躱すことができていた。
ここで問題になるのは、ナイフなど容易く押し潰してしまうような大剣だ。当然殺意も高く、3方向から動きを止めるべく迫っている。
動きが回転だろうと舞いだろうと関係ない。
どれかで勢いを弱め、別の大剣で貫くつもりだろう。
おまけに、一度床に突き刺さった短剣や銃弾も、彼の支配下にあるためすぐに復活してくる。上からも横からも、ほぼ球状の凶器が彼女に迫っていた。
「イーッヒッヒッヒ!! ミンチにしなさい!!」
「なるなら細切れじゃない?
どっちにしろ、ならないけどさ!!」
スカートを可憐に翻しながら、処刑人の少女は舞う。
迫りくるのは無数の血武器。もはや豪雨ですらない、水中のような血液の舞台。
薄っすらと微笑みを湛えたシャルロット・コルデーは、そのすべてを舞いの動作によって捌いていた。
「彼は力で無理矢理に。ならば僕は、技で華麗に美しく」
大剣は弾かない。自らの舞いに取り込むように誘導することで、一方向への盾にする。弾丸は弾き、狙い澄まして別の弾にぶつけて減らす。短剣は防ぐまでもない。
数も質量も、中途半端なそれはただただ舞いに躱された。
ドンガガガン、カンカカカン、トストストス。
小気味よく武器同士が鳴り響く中で、彼女は空から飛来したギロチンの元へ辿り着く。
血の武器を受けても物ともしない圧倒的な力を前に、ふわりと着地した処刑人は……
「とかいって、締めはもちろん……力技☆」
流れるような動きで、それを蹴り飛ばした。
「は……!? リズムがおかしくないですか!?」
あまりにも予想外の動きに、今なお武器の雨を降らせているアルバートは、思わず目を丸くする。
巨大な木の塊は、ジルの触手を溶かした時と同じように血の雨を突っ切っていく。
もちろん、シャルロットはただギロチンを蹴り飛ばしただけではない。彼女はそれを蹴る前に、ハイキックでワイヤーを足に引っ掛けていた。
黒く伸びる軌跡は、アルバートの元へと向かう道しるべ。
既に血の雨を散らした、安全で確実な直通路。
彼女はくるりと身を翻すと、小首を傾げて口を開く。
「狙いは串刺し? でも残念。僕は自分で踊るんだ」
一度回転したことで、彼女の立ち位置は最初とはズレた。
背後には、床に生まれた血溜まりから作られた槍が伸びてくるが、ただ背景として舞いに彩りを与えるだけだ。
直後に槍は刺々しく花開くも、既に彼女はそこにいない。
足だけで巧みにワイヤーのボタンを押し、ギロチンの本体を追ってアルバートに迫っている。
「クキキッ、なんて軽やかな身のこなしなんでしょう」
見た目は若くても、老いた紳士の反射神経ではすぐに逃げることなど出来はしない。彼の前に突き刺さったギロチンの上では、自らを射程距離に入れた少女の姿があった。
「見れてよかったね? じゃあ、おやすみ」
冷たく目を光らせるシャルロットは、飛翔中に持ち直していたナイフを片手に、哀愁が漂う笑みを向ける。
そんな表情をしていても、迷いはない。
努めて平静に告げた言葉通り、ナイフは間髪を入れず彼の手に突き刺さった。当然、アルバートに毒耐性など皆無だ。
ちゃんと刺さったことで毒はすぐさま回り、目をぐらりと揺らして倒れ込む。
「……はぁ。無事、殺さずに終わらせられたかな」
ギロチンに乗っているシャルロットは、彼が動かなくなるのを最後まで確認してから、ホッと一息つく。
宣言通りシャルルに頼らず解決できたので、かなり満足げだ。あとは、犯人を運ぶために雷閃を待つだけ……
「イーッヒッヒッヒ!! なんですなんです!?
あなたは生きたまま喰らうとでも言うのですか!?」
「……っ!?」
シャルロットがギロチンに座り直した瞬間、前方からは倒したばかりの彼の声が聞こえてくる。
彼女はすぐさま警戒を強めるが、目の前にあるのはたしかに倒れている老紳士の姿だ。
おまけに、前から聞こえてくると感じる声自体も、倒れ伏す彼の体から聞こえるのではない。どちらかというと、今いるこの食堂全体から聞こえてくるかのようだった。
明らかな異変を感じ取ると、彼女はギロチンから滑り降り、再び鉄扇を構える。直後、倒れていたアルバートの体は溶けるように消え去り……
「敵は殺さないと、寝首をかかれますよぉ!?」
赤い霧と化し、ぼんやりと形を作るアルバートの姿が目の前に浮かび上がってきた。




