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虚の天秤  作者: 榛原朔
三章 吸血憑依

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18 -容疑者究明

シャルロットが家族、組織、モーツァルト達と一緒に湖でのボート遊びをした数日後。


日々処刑が横行しているセイラム國では、その処刑以外での失踪事件が3件ほど起きていた。


この一報は当然、國中の集落に届けられる。

だが、元々この國では処刑によって死が充満しているため、ニュースにこそなるが過剰な騒ぎにはならない。


処刑人協会が追っていること、不安になると暴動になってしまうことなどもあり、太陽が照らすのはいつも通りの日常だ。


とはいえ、その騒ぎになっていないというのは、必ずしも落ち着いているという訳でもなく。

普段から頻繁に暴動が起こっているため、今更気にすることもない、いつも通りの日常というだけである。


相変わらずアルバートの洋館に泊まっているシャルロットは、使いっ走りにされたトッドからこのニュースを聞いて、ようやく事件解決のため本格的に乗り出していた。


(……容疑者、一人目。この村にいる男性、25歳。

失言王と同じくらいの年齢か)


やはり1人で動く彼女は、適当な場所に馬車を停めて人通りがまるでない集落を歩く。その手に握られているのは、数日前にエリザベートからもらったメモだ。


容疑者リストというには、あまりにも情報が偏っているものではあるが、少なくとも誰が怪しいのかは読み取れる。

その人物たちが本当に怪しいのか、疑わしいのかを自分の目で確認するため、事件直後にやってきたのだった。


(随分と人の気配が少ない……働きに出てるのかな?

まぁ、この集落に仕事はあまりなさそうだし、なくはない。

そうでなければ、単純に容疑者がなにかしでかしたか。

失踪したという情報はないけど……全員が消えたなら或いは)


時刻は早朝。太陽が中空で國を照らしている頃。

仕事に出るには少し早く、目覚めるには少し遅い時間帯だ。


そして、普段のシャルロットであれば、確実にまだ寝ているくらいの時間である。こんな時間に彼女が起きている理由は、当然事件が起きたから。


深夜に起こることなので、流石にまだ眠っていて逃げることはないと思うが、もしものことがないとも言い切れない。

仮に睡眠時間が短くても会えるよう、こんな早朝からの調査をしているのだ。


(家の状態は正常。道も荒れてない。

おかしいのは、異様に少ない気配だけ)


不自然にならない程度に周囲を観察する彼女の目に入るのは、自身の家やその近辺にあるような一般的な木造建築だ。


首都キルケニーに建つレンガ造りのような、妙に豪華な家など無く、どれもちゃんとこの集落の雰囲気に即している。


もちろん、長く放置されたような汚れもない。洗濯物や煙、電気のメーターなどから、生活感すら感じるくらいだった。


しかし、どれだけ生活感があったとしても、肝心の人の気配というものがまったくない。

殺しをしないシャルロットも、処刑人であることに変わりはないので、ほぼ間違いなくここに人はいなかった。


(この容疑者しか見ていないのは、普通に欠陥情報だなー)


神経を張り詰め、集落の気配を全身で感じ取っていた彼女は、やがて数少ない人がいる家の前にやってくる。


ここも他と同じで、普通の木造建築だ。ただし、人がいるのに他よりも汚れていて、若干血の匂いもしていた。


もちろん、死に狂うだけの普通の人であれば、もうほとんど感じ取れないくらいには薄まっているのだが……

日常的に血の香りに包まれる処刑人である、シャルロットの鼻は誤魔化せない。


明らかに犯人、もしくは事件の関係者の1人であり、わざわざ事件後に調べに来た甲斐があるというものだ。

シャルロットはゴミや刃物を避けながらアプローチを進み、警戒心を高めてドアを叩く。呼び鈴は壊れていて使えない。


「すみませーん、誰かいませんかー?」


処刑人は気配を完璧に感じ取っている。

それでも普通っぽく声をかけるのは、その方が怪しまれないという以上に、殺しをしないという意思表示があるからだ。


正確には殺しをできないという方が近いし、万が一の場合はそんなことも言ってられないのだろうが……

ともかく、今の彼女は3匹の子犬がじゃれ合っているTシャツを着ている、ごく普通の女の子である。


「……なんだ?」


待つこと数分。ドアがほんの数センチだけ開き、中からは意外にもそれなりに身だしなみを整えていそうな青年が顔を出す。全体像は見えないが、ひげはなく若々しい。


それを見たシャルロットは、処刑人ならばその隙間を無理やりこじ開けるところ、体を傾けながら微笑みかける。

手も後ろで組んでおり、徹底的に敵意のなさや非力さを表現していた。


「おはようございます、お兄さん。

私、少し道に迷っちゃって……よければこの辺りのことを教えてくれませんか? あまり人がいなくて困ってたんです」

「こんな朝っぱらから迷子だぁ……?」

「はい、散歩が趣味なんです。だけど、今日はちょっと夢中になりすぎちゃって。気ままに歩いていたら、ここに」


明らかに怪しんでいる様子の青年だったが、シャルロットの華奢さや態度などから、危険はないと判断したようだ。

不機嫌そうにしながらも、ゆっくりドアを開けるとちゃんと質問に答えようと問いかける。


「で、何が聞きてぇんだ? 家どこだよ?」

「んー……とりあえず、キルケニーの方角はどっちですか?」

「あっちだ」

「なるほど……道理で見覚えがないはずだわ。

ところで、なんでこの集落は人が少ないんですか?」

「気にするようなことか? まだ寝てんだろ」

「あー、お兄さんも眠そうですもんねぇ」


誠実に質問に答えていた青年だったが、シャルロットが若干ズレた会話をしているからか、すぐに顔をしかめる。


まるで焦りがないことも感じたようで、再び不信感を持ったらしい。のんびりと微笑みかける彼女に、あからさまに疑いの目を向けた。


「……さっきから、集落や俺のことばっかだな。

随分落ち着いてるが、あんた家に帰る気あんのか?」

「ありますよ? でも、気になるじゃないですか。

ここは小さくてもこんなに綺麗なのに、人がいないなんて」

「だから寝てんだろ。変に探って告発されても知らねぇぞ」

「きゃー、怖い」

「お前のが怖ぇよ」

「ふふっ」


シャルロットを疑い始めた青年は、軽く脅してもまるで動じない少女に何かを感じたようだ。

一転して逃げ腰になり、すぐさまドアを閉めようとする。


だが、処刑人を前にここまで開いていて、今更閉じられる訳がない。気づいた時には細い足が差し込まれ、ドアを閉めることは不可能になってしまう。


「おっ、おい……なんだよ、お前……!?」

「僕が誰かなんてどうでも良くない?

今重要なのは、お兄さんがなんで焦ってるのかってこと」 「お前、まさか処刑人か!? だが、こんな華奢な小娘がいるだなんて聞いたこと……いや待て。その背格好、白髪……

お前まさかシャルル・アンリ・サンソンか!?」


必死に足を外に出そうとしていた青年は、今ドアの外にいる人物の正体に思い当たり、愕然とする。

処刑人で長い白髪といえば、黒いコートに身を包んだ少年だと思われていた者――シャルル・アンリ・サンソンだ。


しかし、その素顔や性別は曖昧なものであったし、何よりもあれは黒いコートの上から見ても華奢だった。

目の前にいるのがそうである可能性もありえなくはないし、実際にシャルルは彼女の別人格での名前である。


正体に気づいた青年は震え上がって腰を抜かし、看破された少女は何食わぬ顔でドアを蹴り開く。


「まぁ、そうっちゃそうだね」

「お、お前が女だなんて聞いてねぇっ……!!」

「だって、隠してたからね。それはそうと、もう少し教えてくれない? 君からは、血の香りがするよ。

さて、一体誰を殺し……食べたのかな?」

「ひっ……」


核心に触れたシャルロットの言葉に、青年は玄関に転がったまま悲鳴を漏らす。彼女が着ている3匹の子犬がじゃれ合っているTシャツは、今では地獄の番犬ケルベロスのようだった。




~~~~~~~~~~




一人目の容疑者を追い詰めた後も、シャルロットはそのまま他の容疑者の元を回り続けた。彼らは当事者だったり協力者だったりと様々だが、もれなく全員が彼女に脅される。


しかし、決して殺しはしない。それは信条によるものだけでなく、調査の結果からも導き出される最善。

実際に見て回り、問い詰める中で、彼女はより確信を深めて彼らを泳がせていた。


そして、その日の夜。本来であれば、失踪事件はしばらくの間起こらないはずの深夜。彼女は1人、薄着のままで夜闇の中で動き回る影を見つめていた。


「お屋敷の使用人、庭師、その他よく出入りする者……

事件が起こった地域の分布的にも、犯人は確定かな。

あと、他に残ってるやるべきことは……」


いくら殺しをしなくても、彼女の体は処刑人そのものだ。

どれだけ身を潜め、素早く動いていても、彼女の視線や追跡から逃げられることはない。


犯人達は動きを完璧に補足され、正体を看破される。

彼らを追って森に潜んだ少女の目は、冷たく光っていた。


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