16-裏からの助力
「まったく……なぜ皆様、わたくしに気持ちよく名乗らせてくださらないのかしら? 信じられませんわ」
口上をちゃんと最後まで言おうとしたゴスロリ少女だったが、当然静かにさせたいシャルロットは言葉を遮る。
倉庫の扉を閉めたとしても、それは変わらない。
先日と同じく失敗し、何度も何度も繰り返される過剰な表現の自己紹介は、延々と止め続けられる。
それが10回以上続いた頃、彼女はようやく諦めていた。
なぞにふわりと浮くと、シャルロットの前に降り立つ。
山を囲っていたぬいぐるみは軍隊のようにピシッと倉庫入口に立ち、小型のアイアンメイデンは隅へ。
積み上げられていた家電などは奥に整然と立ち並び、一部はどこかから現れたカーペットなどと一緒に、前回まであった中央のリビングじみたスペースを再構築していく。
「当たり前でしょう? ここは隠れ家なんだよ? バレたら駄目な場所だし、無事逃げられても僕が接触しにくくなる。
もっと静かにしてくれないと。あと、名前は普通に知ってるから、名乗る必要はなくない、エリザベート?」
ようやく落ち着けそうになり、珍しく完全に振り回される側に回ったシャルロットは、疲れ切ったように肩を落とす。
パッション型の振り回しで、流石にうんざりした様子だ。
とはいえ、今回は対面した瞬間から異常な山と儀式が行われていたから圧倒されただけである。
普段の彼女であれば、パッションというよりは子どもっぽい無邪気さで周りを振り回す。
すっかり泊めてもらった前回と同じような光景に……
むしろ、前回よりも整頓された光景になると、彼女に続いてソファに座りながらようやく自分のターンだとばかりに笑顔を見せる。
「ところで、この服は吸血姫的にどう?
可愛くないかな? 可愛いでしょ? 可愛いよね?」
座って一息ついた直後、彼女は落ち着きなくすぐに立ち上がり、今日着てきたワンピースをひらりと翻す。
ブラウンを基調とし、チェック模様があるそれは、外では森に擬態するように機能していたが、中では普通に可愛い1つのファッションだ。
気合を入れすぎず、かといって手抜きでもなく。
そんな格好を誇示するかのように、シャルロットは今度こそ自分のペースに巻き込んで見せびらかせていた。
これまでは自分を押し付けていたエリザベート・バートリーも、山を解体した今となっては対抗手段を持たない。
血のワイン……と言い張るぶどうジュースをぬいぐるみに運ばせながら、目をパチクリとしている。
「はい? あなた、ここへ何しに来たんですの?」
「もちろん、君に可愛いと言ってもらうためだよ!
一昨日泊まった時は、君が1人で騒いでいてあんまり話せてなかったからね! せっかくだから甘えてみようと……」
「ははぁ。あなた、とんだお馬鹿さんですわね」
「ちょっとちょっとー。そういう君は、毎回自己紹介に失敗し続けているすっごく可哀想な人じゃん。ぷくく……
何だっけ、自称吸血鬼のお姉さん?」
「むきーっ、なんですのあなたー!?」
甘えに来た……と言う割に、シャルロットはクソガキ感強めにエリザベートを挑発していく。本来の目的は情報屋だったはずなのだが、すっかり失念しているようだ。
見た目はマリーのように清純で可憐なのに、直前のカオスな空間や言動にあてられているのか容赦もない。
エリザベートはわなわなとぶどうジュースを揺らしながら、ニコニコと笑う協力者に声を荒らげていた。
「それでそれで? かっこいい吸血姫のお姉ちゃん!!
可愛くないかな? 可愛いでしょ? 可愛いよね?」
「か、かっこいい……お姉ちゃん……? ふ、ふふん!
そうですわねっ、あなたもかなり可愛いですわーっ!!」
「だよねだよね〜♪」
今にも地団駄踏みそうな勢いで腹を立てていたエリザベートだったが、性格はかなり単純な方だ。
シャルロットが設定を受け入れて褒めると、簡単にのせられて彼女を褒め始める。あまりにもチョロい。
年齢的にはデオンの1個下、シャルロットの1個上である17歳なのに、完全に手のひらの上で踊らされていた。
すっかり自分のペースに持ち込んで褒めてもらえた彼女は、ソファに腰掛けながらご満悦である。
「むふぅー、やっぱり君は話がわかる人だ。
デオンは固っ苦しくて厳しいし、トッドは余計な言動ばかりだけど、かっこいい君なら褒めてくれると思ったよ。マリーは同い年だからあれだけど、君はいいお姉ちゃんだね!!」
彼女達はこれまで、ほとんど面識がなかった。
もちろん、組織のリーダーであるデオンが昔マリーに助けられて執事として仕えているため、まったく知らない人という訳ではない。
組織も少数精鋭なので、メンバー自体は彼女経由である程度把握していただろう。だが、たまたま見かけることはあっても、直接言葉を交わすのはここ数日が初めてだ。
それなのに、この短期間ですっかり仲良くなった2人は、血の繋がりもなしに姉妹的な関係性になってしまっている。
どちらも嬉々としてその設定に乗っかっているので、お菓子やジュースを挟んで心底楽しそうだった。
「おーっほっほっほ!! えぇ……えぇ!!
わたくしは偉大なる吸血姫!! このかっこいいお姉ちゃんにすべてお任せなさい!! つまり、今日来た目的を思い出させて差し上げますわーっ!! シャルちゃん、あなたは今日トムの話を聞きに来たのではなくて?」
「わぁ、そうだった!」
すっかり取り込まれ、お姉ちゃんになっているエリザベートに指定され、シャルロットはようやく目的を思い出す。
危険を承知でわざわざ隠れながらやってきているのに、目的を完全に忘れているなど、あまりにもアホだった。
しかし、今回に限っては流石に仕方がない。
この場にはトムらしき人影はいなかったし、入ってすぐに頭のおかしい儀式と山がそびえ立つカオスな空間だったのだ。
最初にあった目的など、吹き飛ばない方が無理というものである。
来た目的を思い出し、常に持っている目的も終わらせている彼女は、促された通り速やかに本題に入っていく。
「それで、トムさんは? それっぽい人はいないけど」
「あの人はわたくしにメモだけ渡して遊びに行きましたわ。
またどっかで覗きでもしているのでしょう。偉大なる吸血姫であるわたくしを差し置き、他の女性を見に行くだなんて……本っ当に趣味が悪いですわ。どうぞ、これがメモですの」
「の、覗きが遊び……はは、ありがと」
組織の情報屋――トムの人物像にドン引きしながらも、彼女は渡されたメモを受け取り目を通す。
そこに記されていたのは、何名かの容疑者や、彼らがここ数日どこで何をしていたかの詳細過ぎる情報など。
誰から怪しいと聞いた、どういう理由から怪しまれているのかという噂など、聴覚から得た情報は一切ない。
辛うじて名前が出てくるだけで、ほぼ完全にその目で見た行動のみが記されていた。
しばらくそのメモを見ていたシャルロットは、やがて戸惑いを隠すこと無く姉に目を向ける。
「なんか……すごく情報に偏りがある気がする。
視覚情報ばかりで、聞き込みとか噂とかなくない?」
「だって、彼はピーピング・トムなんですもの。覗き以外はしませんわ。得てくる情報も、当然見たものだけ」
「うわぁ、普通に気持ち悪い人だ……
ジョン・ドゥは調査力が凄すぎて気持ち悪いけど、トムさんはもう単純に気持ちの悪い変態で要注意人物だ……」
さらに追加されたトムの人物像に、シャルロットはもうドン引きを超えた様子で表情を歪める。
両手で体を抱きしめ、明確な恐怖や嫌悪感を覚えているようだ。
とはいえ、組織の情報屋がどのような人物であれ、情報自体は問題なく役に立つ。彼女の手には、ジョン・ドゥが隠した失踪事件の容疑者リストが握られていた。




