表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚の天秤  作者: 榛原朔
一章 屍臭乱舞
6/130

5-修理屋

「う、あ……」

「大丈夫、大丈夫よーシャルちゃん。私がついているから」


意図せず仰向けで寝てしまったシャルルは、処刑時にも見たことがないような苦悶の表情を浮かべながら、辛そうな声を漏らす。


その様子を心配そうに見つめていたのは、ベッドの横に椅子を持ってきて、額の汗を拭いていたマリーだ。

とはいえ、当然その時間も長くは続かない。


彼女に手を握られている感触や、額を拭われる感触で意識がはっきりしてきたのか、シャルルは少しすると跳ねるように飛び起きた。


「はっ……!! ちっ、何でいんだよ」


戦場にでもいるかのようにバチッと目を開けたシャルルは、素早くマリーの手を振り払ってベッドの上に立つ。

開口一番に放たれるのは、うっかり寝てしまう前にも口にしていたような文句だ。


すぐに意識を取り戻したとはいえ、眠っている間にまで世話をされていたとは思えない態度である。

だが、彼女は特に気にした様子もなく、椅子から立ち上がりながらエプロンをポンポンと整え、笑いかけていく。


「だって、あなた辛そうにしていたじゃない」

「してねぇ。俺は用事がある。お前は帰れ」


やさしく微笑むマリーだが、シャルルの態度は変わらず硬いままだった。勢いよくベッドから飛び降りてドアへ向かいながら、ひたすらに帰宅を促し続ける。


しかし、寝る前もかなり強気な態度を見せており、さっきまではうなされるシャルルの看病までしていた彼女だ。

やはりその意向を無視し、ドアの入り口に立ち塞がりながら心配そうに顔を見つめ始める。


とはいえ、いつものことなのでシャルルも気にはしない。

さっきもしていたように、彼女の肩を掴むとサッと横にズラして部屋から出ていく。


シャルルの逃走を許してしまったマリーも、すぐさまその後を追っていった。


「んー……でもあなたまだ何も食べていないじゃない?

お腹いっぱい食べれば、楽になると思うの」

「用事があるっつってんだろ。外出すんだよ」

「一緒に行きましょうか?」

「お前はおかんか? 余計な干渉してくんな」


スタスタと容赦なく突き放すように歩いていくシャルルだが、マリーも負けじとトコトコ後を追い、ワンピースの裾を翻しながらふわふわとまとわりついていく。


階段を降り、わざわざ歩き回りながらナイフなど必要最低限の武器を準備し、玄関まで来ても、彼女は今すぐにでも黒いコートを掴める位置を保っていた。


このまま外に出て馬車に乗り込もうとも、納得していないのならばきっと無理やり乗り込んでくることだろう。


ほわほわした性格の割にかなり強情だ。

しかし、だからといって連れて行く訳にもいかない。

玄関前で立ち止まったシャルルは、最終的に観念したようにうなだれて言葉を紡ぐ。


「あのなぁ、俺の用事ってことは仕事に関することだぞ?

お前は処刑人になりてぇのか?」

「いいえ? 私には人を殺すことなんて……

強いて言うのなら、私はあなたの救いになりたいわ」

「ハッ、馬鹿らしい。……ふん、なら1つ頼みがある」

「なぁに?」

「俺は昨日、森の中にできた空き地で変なガキと出会った。

正直に言って頭痛の種だ。様子を見てきてくれ」

「んー……」


マリーの言葉を鼻で笑ったシャルルだったが、すぐに利用できると思い当たったのか、雷閃のことを頼み始める。


あの少年は侵入者なので、本来であればすぐさま処刑すべき危険な人物だ。この國に何をもたらすのか分からない上に、そもそも見逃すことでトラブルの種になりかねない。


しかし、彼の善良さ自体は疑いようもないだろう。

下手に住人と交流を持てば、どのような変化を与えてしまうか未知数だが、少なくとも命の危険がないことだけは断言できる。


彼が何者なのか知るためにも、見逃したことを協会に知られないためにも、國に余計な影響を出さないためにも。

彼の様子を探ることは必須であり、自分以外では彼女が適任だった。


その頼みを聞いたマリーも、まだシャルルが本気で困ってはいないにしても、面倒に思っていることは察したらしい。

少し考え込んでから、ふわっと笑顔を見せる。


「いいわよ。けれど、その場所はどこかしら?」

「あー……あっちの集落の方ではある。ただ、変に怪しまれても困るから、目印とかはつけてねぇんだ。自力で頑張れ」

「ふふっ、わかりました。あなたの思惑に乗ってあげます。

その代わり、今日はちゃんと帰ってきてね?」

「一応言っとくが、ここはお前の家じゃねぇぞ」


どうやらマリーは、それが実際に面倒なことであるのと同時に、自分をついてこさせないための方便であることも察しているようだ。


大人しく引き下がる代わりに、シャルルがこの家に帰ってくることを要求し、ぐうの音もでない程の正論をぶつけられていた。




~~~~~~~~~~




「……さて」


時刻は昼。昼寝から目覚め、マリーがついてくることだけは阻止したシャルルは、馬車に乗っていくつかの森を越えて、とある施設の前にやってくる。


塀を越えた先にそびえ立っているのは、自分の家や昨晩処刑を行った集落にあったような木造の建物ではない。

俗に近代的と言われるような、ツルツルとした建物だ。


この國は基本的に田舎で、あまりいくつも連なって家が立つことは少なく、立派な建物も大抵は木造なのだが、ここだけはまるで違う。


まず周囲には2メートル以上の高さの分厚い塀があるし、その向こうで顔を覗かせている建物は、たった1つで家が軽く20軒は収まりそうな程に巨大だ。


おまけに大部分が5階建てで、一部の区画は塔のように空高くそびえ立っている。

研究所、という名称が相応しいようなその角張った建物は、日光を受けて木とは違う輝きを放っていた。


「あー、フランソワはいるか? いなきゃ帰る」


塀越しの建物をしばらく眩しそうに眺めていたシャルルは、やがてため息をつきながらチャイムを押し、声をかける。

すると数十秒後、さっきまでは何もなかったはずの塀には、顔を黒く汚したポニーテールの少女の顔が映し出された。


何か作業をしていたらしい彼女は、顔についた煤や油汚れ、汗などを拭いながらハキハキと口を開く。


『いるよ。まだ整備には早いと思うけど、何の用?』

「あー、壊れたから直してもらおうと思ってな」

『……は?』


そう、シャルルがここにやってきた理由は、昨日の夜に雷閃に壊されてしまったギロチンを直すこと……というより、消し飛ばされたギロチンを作り直してもらうことだ。


理由を包み隠さず素直に口にすると、彼女は信じられないといった様子で目をまんまるにし、固まってしまう。

どうやら、話しながらも作業を続けていたようで、見えない位置ではバチバチと不穏な音が鳴っていた。


『いやいや……僕の整備は完璧だ。どんな使い方をしたのさ?

しかも、昨日の夜は使ってたはずだよね?

処刑後に壊れていたとも聞いてない。

もしも故意に壊したのなら、僕は君を壊すよ?』

「違ぇよ。命かかってんのに故意に壊すか馬鹿が。

事故だよ事故。意図せず壊れちまったんだ。

ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと直せ」


我に返った少女――フランソワは、流石に苛立ちを隠すこともなく文句や脅しなどを言い連ねる。

だが、ちゃんと殺し合いの過程でギロチンを破壊されているシャルルは、特に臆することなく修理を要求していた。


その態度に申し訳なさなど欠片もない。一応は直してもらう立場であるはずなのに、あまりにも上から目線だ。

これにはフランソワも頬を引きつらせ、苛立ちどころか敵意すらも見せている。


『ちっ……それが人に物を頼む態度かい?

ギロチンなんかなくたって、他のものを使えばいいだろ。

余計な手間をかけさせないでくれるかな?』

「おいおい、俺は処刑人協会の一員だぜ?

別に悪気はなかったんだから、大人しく直せよ」

『は? 君1人に協会でどれ程の影響力があるって?

だけどまぁいい。ふふ、ジルに案内を頼むとするよ』


シャルルが敵意に応じて脅しにかかると、フランソワはより表情を険しくして睨み始める。

しかし、彼女は案外すぐに思い直したようで、ニヤリと何かを企むように笑い出した。


その口から紡ぎ出されるのは、このラボにいるもう1人の人物の名前だ。ジルという名前を聞いたシャルルは、途端に顔色を変えて叫び声を上げた。


「はぁ!? ざっけんなテメェ!!

何のためにお前に限定して呼んだと思ってやがる!?」

『はっはっは、せいぜい己の言動を悔いるがいいさ。

ではまた後で会おう!』

「あんの野郎ッ……!!」


挑発するような言葉を残してフランソワの顔が消えて、後に残るのはただの塀のみだ。チャイムの隣辺りがピシリと裂けて入口になる中、シャルルは睨み殺さんばかりの迫力で怒りを見せていた。


「チッ……フランソワの野郎、覚えてやがれ。

いつか絶対に処刑してやる。何か問題起こせ、クソが」


いくらジルという人物に会うのが嫌だといっても、ギロチンがないままで処刑の任務につくというのはありえない。

パックリと口を開けた塀を見たシャルルは、毒づきながらも大人しくラボの敷地内に入っていく。


目の前にあるのは、日々行われている処刑で増える死体を処理するため、おそらく唯一科学設備のある死体処理場。

同時に、その設備を有効活用するように一部作り変えられた実験場だ。


周囲には広々とした庭が広がっており、ところどころにはそれだけで独立できそうな建物まで建っている。

明らかにこの敷地内だけ世界が違っており、はっきり言って異常だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ