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虚の天秤  作者: 榛原朔
三章 吸血憑依

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10-処刑履歴

一応は処刑人協会対抗組織――ル・スクレ・デュ・ロワと協力関係を結ぶことになったシャルロット達は、リーダーであるシュヴァリエ・デオンとこれからについて話し合う。


殺しと向き合うとは何か、これから何をするつもりなのか。

万が一の場合に、共に戦う覚悟があるのか。


ピエールにル・スクレ・デュ・ロワが見つかったこと。

彼に今の人格がシャルロットだとバレてしまい、家での待ち伏せなどストーキング行為をされる恐れがあること。


その他にも、セイラムを囲っているという肉の壁といった、お互いが知っている情報などなど……

たっぷりと時間をかけて話し合った彼女達は、ひとまずしばらくの間はここに身を寄せることになった。


ピエールから逃れるために、仮に協会の不興を買って敵対することになっても、マリーを守れるように。


そして、翌日。シャルロット達はスウィーニー・トッドと共に、シャルルが今まで殺した人々を調べるためキルケニーの図書館を訪れていた。


「ていうか、君は指名手配されてないんだっけ?

僕達と同行してて怪しまれない?」


ここは、協会に収まりきらない資料が収められた、協会本部近辺にある図書館の資料室。

よく管理が行き届いており、埃っぽくはなく空気も言うほど籠もっていない、存外快適な場所だ。


そんな中で、適当に資料をめくりながら、難しい表情で机の上に腰を下ろしていたシャルロットは、チャラそうな金髪の青年に声をかける。


もう機嫌は直ったのか、特に怒りなどは感じられない。

それどころか、自宅でくつろいでいるかのようなリラックスした様子だ。


だが、見た目とは違って真面目に資料を漁っている青年は、別の意味でそうはいかなかった。


彼女は首都キルケニーに来るということで、ミニスカートにガーターベルト、ニーハイによる絶対領域というゴスロリ調の処刑人スタイルである。


昨日のショートパンツ姿とそう変わらない露出ではあるが、動きやすさにより高い女の子らしさも加わり、少し危うい。

それなのに、立っているのが面倒くさいらしい彼女は無防備に高所へ腰掛けており、はっきり言って目の毒だ。


これ以上怒られるのは御免であるトッドは、目のやり場に困りながらも、気まずそうに目を泳がせて顔だけを向けた。


「俺は普通に美容師だからな。いくらうちが少数精鋭でも、全員出歩けなきゃ生活が成り立たないだろ?

……そんなことはいいから、君はそこから降りてくれない?

目のやり場に困るんだけど」

「はぁ? 困るなら見なければいいんだよ。てか、見ないで。僕は楽をしたいけど、見られたくはないから。

この場で見られちゃだめなのは、君だけ。見るな」


正直に白状したトッドに、明らかに自分の方に非があるはずのシャルロットは、不快そうに顔を歪めながら命令する。

やっていることに対して、言っていることがかなり理不尽で無茶苦茶だ。


見られたくなければすぐに直せることではあるので、なぞに命令された彼は顔を背け、調べ物を続けながらも問いかけていく。


「椅子に座れば良くないか? なんで机に座るんだよ」

「椅子は出し引きしないと快適に調べられないじゃん。

その点、机は乗るだけ。疲れたら寝転べもする。

完璧でしょ? だから、見るな」

「んな横暴な……」


諦めながらもぼやく彼に、シャルロットは『僕達だけの予定だったのが、ついてきたのは君の方でしょ』と言い放つ。


この場所は処刑人くらいしか来ることがなく、多くの処刑人は資料に興味を持たないので、こんなところに用がない。

今もまったく人気がなく、いるのは彼女達だけだ。


もちろん、だからくつろいでもいいということはなく、普通におかしなことではある。


しかし、たしかに彼女達の予定に勝手についてきたのなら、彼女が楽しようと押し通すのも仕方がないことなのかもしれなかった。


上手く言い返せないトッドは、部屋の手前側にいた雷閃から資料を受け取りながら、弱々しく反論する。


「だってよー、デオンちゃんに手伝えって言われたんだからしょうがねぇじゃんかよー……俺だって来たかねぇよ、こんな協会が近くて危ねぇとこ」

「まぁ、だからこそ護衛的な感じで選ばれたのでしょうね。

雷閃ちゃんがいても、万が一の時は手が足りなくなるかもしれないもの。あとは……厄介払いかしら?」

「ひでぇ!!」


さらに奥からやってきて、シャルロットに資料を渡しているマリーは、彼の言葉に同意するように予想を述べる。だが、最後に付け足された言葉によって、トッドは思わぬダメージを受けて膝をついた。


「あはは、まぁ君チャラいもんね。

頻繁に2人をデートに誘ってるんでしょ?」

「俺はピエールと違って、無理に言い寄ったりしねぇよ。

まったくその気がないとは言わねぇけど、リップサービスだ。それより、ここら辺は君の処刑だよな? 見つけたぞ」

「……ありがと」


意外そうに彼を見つめるシャルロットは、いきなり投げられた資料に手を伸ばす。

資料は椅子に座っているとキャッチできない位置にきたが、危なげなく受け取りポツリとお礼を言った。


「なになに……ふーん、この日付は結構初期の処刑だね。

30代女性、子どももいるし処刑が怖いと発言し……処刑。

理不尽にも程がある。というか、ここまで正確に発言や家族構成を記載してるの悪趣味すぎないかな?」

「……大丈夫?」

「……別に。ここはシャルルの領分だから、問題ないよ」

「そう」


口ごもりながらも、気遣わしげに顔を窺うマリーだったが、シャルロットは目を逸らして言葉を濁してしまう。


手を離された彼女には、何もできない。

山のような資料を軽く整えると、次の資料を探すべく沈痛な面持ちで机を離れていった。


換気扇は回っているはずなのに、資料室にはどこか重苦しい空気が流れる。外からはコツコツと機械的に鳴り響く足音。

それに反応するかのように、電灯はチカチカと点滅していた。


「俺の処刑は、この近辺にも少し固まっているのか……

10代男性、國の外へ向かい処刑。これは複数犯であったため、ヨハンと共同。シャルルはギロチンによって一瞬で命を奪っていくも、ヨハンは手足をさばいてから……

ゆっくりと、いたぶるように命を削っていった……うっ」


シャルルだけでなく、会長の右腕であるヨハンの処刑も同時に見つけてしまったシャルロットは、みるみるうちに顔色が悪くなっていく。


軽くえずき、資料を持っている手はもちろんのこと、机からぶら下がっている足も震えていた。

その瞬間、彼女のそばにはバチバチッという音と共に雷閃の姿が現れる。


「だいじょうぶじゃないよ、お姉さん」

「雷閃くん……君、入り口辺りで探してなかった?」

「ぼくは、速いからね。それより、お姉さん。

少し休んだ方がいいんじゃないかな? 横になる?」

「いや……」


彼に優しく背中をさすられるシャルロットだったが、ここで殺しと向き合うことを放棄したりはしない。

まだ顔色は戻っていないながらも、弱々しく首を横に振って続行を主張する。


「まだ、がんばるの?」

「……うん。僕は今まで、シャルルという人殺しの人格に嫌なことを押し付けてきたから。俺の罪から、目を逸らしてきたから。ワタシ達は、ちゃんと……向き合わないといけないの」

「なら、いっしょに見よう」

「ありがと」


しばらくじっと彼女を見つめていた雷閃は、やがて諦めたように顔を伏せて提案する。まだ体を震わせている美少女は、力なく微笑みながら資料閲覧を再開した。




――――――――――




・50代男性、バーで酒に溺れ、酔った勢いで協会を否定する言葉を口にして処刑。


・20代男性、友人を殺された復讐に担当処刑人を刺し、魔女だと認定。処刑。


・10代女性、友人らと怪しげな集会に出席し、アビゲイルの告発により魔女認定。ピエールと共同で処刑。


・10代男性、過剰な機能を持つ自動車を製造し、國外逃亡を図ったとして処刑。


・30代女性、井戸端会議で協会に懐疑的な発言をし、処刑。

ピエールと共同。


……処刑。……処刑。……処刑。……処刑。……処刑。……処刑。

……処刑。……処刑。……処刑。……処刑。……処刑。……処刑。


……処刑。……処刑。……処刑。……処刑。……処刑。……処刑。

……処刑。……処刑。……処刑。……処刑。……処刑。……処刑。

…………処刑。



――――――――――




「随分と精が出るな、シャルロット・コルデー」

「……!?」


彼女達が積み上げられていく資料を片っ端から見ていると、少し離れた位置から感情がないような声がかけられる。


既にシャルロットには気力が残っておらず、とっくに倒れかかっていたので、反応するのは彼女を支えている雷閃を含めた3人だ。その視線の先には果たして……


「ヨハン・ライヒハート……!?

気配は感じなかったぞ。あんた、いつの間に……!?」


黒い上着に白いシャツ、白い手袋に黒い蝶ネクタイという、いかにも処刑人といった風貌の男性――ヨハンがいた。

彼は机からだいぶ離れた位置の棚の前に立ち、何かを調べているようである。


しかし、焦ったようなトッドの声を聞くと、パタンと資料を閉じてゆっくり振り返って彼女達を射抜く。


「なに、私もここに用事があっただけのこと。

君達に用はない。……少年との決着には、心惹かれるが」


機械的に4人を見つめながらも、彼は最終的にシャルロットを抱きかかえている雷閃に目を止める。

組織の一員であり、たった今声を上げたトッドや、彼が背後に庇っているマリーになどまったく興味を示さない。


殺意も敵意もない、ただ見るという機能を果たしているだけの眼球は、前回対峙した時とは違って和服の少年を、静かに見つめ続けていた。


「何を調べに来たのか、聞いてもいいかい?」

「ふむ……良かろう。君は先日の魔女狩り頃から、國中で不審な失踪事件が起きていることは知っているか?」

「噂程度には、聞いているよ」

「私はその調査と処刑の任務を受けている。

そのために、住民の情報などを確認していたのだよ」

「そっか」


彼の問いにすんなり答えたヨハンは、なおも機械的な視線を注ぎ続ける。服装は前回と違っているが、明らかに彼が先日のシャルロットなのだと理解しているようだった。


だが、彼はそれ以上のことまで理解しているらしい。

会長の側近である不気味な処刑人は、なんの感情も込めずに淡々と言葉を紡いでいく。


「……お陰で、まったく関係のない収穫もあった。

この國で新しく生活基盤を得るには、やはり協力者が必要ということだな。その小娘は他の処刑人ほど狂ってはいない。

幾重にも内側を守るそれは、さぞ隠れ蓑にちょうどよかったことだろう。意図的か偶然か……ともかく君は運が良かった」

「……なんのことかな?」

「さてな。今の私は事件の調査に忙しい。これで失礼する」


雷閃が密かに腰の刀に手を添えながらもとぼけると、ヨハンはかすかに笑ったような雰囲気で背を向ける。

コツコツと機械的に、それは去っていった。


戦場のような圧迫感に包まれていた資料室も、ようやく普段の姿を取り戻す。電灯は点滅せずに部屋を照らし、換気扇の音も戻って重苦しい空気を軽く流している。


シャルロットはほとんど意識がなく、動いていない。

残された3人は、ホッと息を吐きながら彼女の周りに集まっていた。


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