4-殺しから離れて
嬉しすぎる感想を頂いたので、脈絡のない喜びの投稿をば
「やぁ、雷閃くん! ちょっとこっち見てくれない?」
シャルロットがマリーとお風呂に入ってから、数十分後。
彼女は雷閃に貸している客室のドアを勢いよく開きながら、ドヤ顔で仁王立ちしていた。
中でぼんやりとくつろいでいた様子の雷閃は、ベッドでうつ伏せになったままでくるりと顔を入り口に向け、声の主に目を向ける。すると、そんな彼の視界に映ったのは……
「めずしいね、黒いコート以外着ているの」
薄いベージュ色の、非常にもこもこしたパジャマを着ているシャルロットの姿だった。
しかも、そのパジャマにはフードがついており、今は被っていないがどうやら耳が生えているようである。
あからさまに可愛らしい服装に、流石の雷閃も驚きを隠せない。目をパチクリと動かすと、体を起こしながら困惑したように口を開く。
シャルル・アンリ・サンソンだった時は黒いコートしか着ていなかったのに、とんでもない落差だ。
「可愛くないかな? 可愛いでしょ? 可愛いよね?」
おまけにシャルロットは、久しぶりのお風呂によってかなりテンションが上がっているようだ。
湯上がり直後の、ほんのりと頬が色づいた輝かしい笑顔で、可愛いの3段活用を使って褒め言葉を要求している。
顔を向けたどころか、体まで完全に起こしてしまった以上、要求を無視をする訳にもいかない。
雷閃はさらに困惑を強めながらも、タジタジと言葉を紡ぐ。
「えっと……かわいいと、思うけど」
「だよねっ! いやぁ、シャルルはファッションにまったく興味がなかったからね! 僕がこういう格好をすれば、君はきっと驚いてくれると思っていたんだよ! ありがとっ!」
「そ、そーなんだー……」
褒められたことでさらにテンションが上がったシャルロットに気圧され、雷閃はやや棒読みで返事をする。
かなり呆気にとられているが、彼女は『まぁ、僕もそこまでこだわってるわけじゃないけどっ!』とベッドにダイブしてきており、まったく気にしていない。
まだ湿っている長い白髪は飛び散り、彼は美少女がベッドで跳ねた反動で空を飛んでいた。
「でも、お兄さんも下にスカートはいていたよね? きみが外に出ていない時のはずだけど、本当に無関心だったの?」
何度か跳ねてからなんとか体勢を立て直した雷閃は、漂ってくる果実系のシャンプーの香りを感じながら問いかける。
その疑問を聞くと、シャルロットは特に香りの元になっていると思われる髪をご機嫌に揺らしながら答えを明かした。
「実はね、服は僕の好みを強制しているんだよ。最初の頃は毎晩僕が用意してね。何度も拒否されたけど、彼が着そうな男っぽい物やまだマシな女の子っぽくないものを隠していたら、そのうち諦めたんだ。他の服を着たら僕が無理やり出ていったこともあったなぁ……最終的に、黒いコートで隠すことで折り合いをつけたみたいだね。顔で女の子って思われるのも嫌だったみたいだし……まぁそこはどうでもいいかな。
結果、今では自分から着ているという訳なのだよ。
お姉さんは弟の成長が嬉しいね!」
「……なんというか、うん、大変だったろうね」
初対面の時はクールなお姉さんといった雰囲気だったのだが、彼女には思いの外暴君的な面があるようだ。
悪びれずに成長だとのたまうシャルロットに、雷閃は今まで出ていたシャルルに同情して思いを馳せる。
とはいえ、口頭では誰に対しての言葉かは言っていないので、誇らしげな態度に変わりはない。
ふふんとフカフカな布地に包まれた胸を張り、艷やかな白髪を揺らしていた。
「あはは、とっても時間をかけたよ」
「……えっと、まぁ、うん」
あまりはっきりと言葉にしない方がいいと理解している雷閃は、曖昧に言葉を濁す。あくまでも彼女の服装の話なので、流石に巻き込まれることはないだろう。
だが、もし余計な口を出して変に飛び火してきたら、洒落にならない。彼はシャルルへの同情を口にせずに、さり気なくベッドを下りて本棚に向かっていく。
上機嫌なシャルロットは再びベッドで飛び跳ね始めたので、あそこは危険だ。適当な本を手にとって、机に向かう。
「シャルちゃーん? どこー?」
するとその直後、廊下からはマリーがシャルロットを探しているらしき声が聞こえてきた。どうやら、彼女はテンションが上がった勢いで、幼馴染みを放置してここにきたようだ。
さっきまでベッドで飛び跳ねていた美少女は、途端にピタリと動きを止めると、散らばった白髪を耳にかけながら悩まし気につぶやく。
「おっと、まだ髪も乾かしていないのを忘れていたよ。
うーん、手入れはするけど、怒られるのは嫌だし……
よし、マリーがこの部屋を通り過ぎてから僕はしれっと下に行くとしよう! 雷閃くん、適当に誤魔化して‥」
「マリーお姉さん、シャルロットお姉さんはここにいるよ」
「えぇ!? 今のは僕を庇ってくれる流れだっただろう!?
君は僕を守ってくれると言ったじゃないか!?」
誤魔化してもらおうと方針を決めた直後に裏切られたことで、シャルロットは目を剥いて抗議する。
バンバンとベッドを叩いている姿は、とても彼よりも年上には見えない。もはや初対面の印象は夢か幻だ。ちらりとその様子を見た雷閃は、困ったように眉尻を下げて本を閉じた。
「……別に、これは戦いじゃないよね? 守るっていうのは、セイラムで起こるあら事からのつもりだったし。
あと、きみが勝手に決めただけで、その流れは知らない」
「シャルちゃーん、何で雷閃ちゃんのお部屋に……あら?」
雷閃が容赦なく正論をぶつけていると、すぐにマリーは部屋にやってくる。逃げるどころか、反論する余裕すらない。
しかし、彼女が客室に入ってきた時。
室内からはシャルロットの姿が消えていた。
マリーは『ここにいる』との声を聞いてきたはずだったので、不思議そうに首を傾げてしまう。
「マリーお姉さん、ベッドの中にかくれてるよ」
「っ……!?」
逃げる余裕がないはずのシャルロットは、忽然と姿を消す。
だが、当然部屋の外に出られるはずがなく、さっきまで彼女がいたベッドはわずかに膨らんでいた。
一応バレない工夫はされており、華奢な彼女は目立つような膨らみを消して微動だにしていない。
雷閃に居場所を暴露されたというのに、よく見るとかすかに揺れたかもしれないな……と感じるくらいの本気度だ。
もしもこの場に雷閃がいなければ、確実に隠れ通していたことだろう。とはいえ、実際に彼女の居場所は明かされた。
マリーは呆れ顔になってベッドに歩み寄り、その布をぺらりとめくってしまう。
果たしてそこには、仰向けになって白髪の敷物を作り出し、むぅぅっ……と頬を膨らませたシャルロットがいた。
「2度目の裏切りだね、雷閃くん。
これは流石に許されないと思うな、お姉さんは!」
「ぼくは最初からごまかすだなんて言ってないんだけど……」
「雷閃ちゃんを困らせちゃだめよー、シャルちゃん。
あと、人が寝るベッドを湿らせるのもだめ。
もう手遅れな気がするけれど、ちゃんと乾かしましょうね」
雷閃に難癖をつけるシャルロットは、マリーに注意されながら体を起こす。ふぁさ……と巻き上がる髪は、部屋の明かりを反射してキラキラと輝いていた。
「大丈夫だよ。この家の部屋は多いからね。
寝場所はまだある。というか、いつも君と一緒に寝ているんだろう? 君の部屋を使えば何の問題もない。
髪はこの際、君に乾かしてもらうとするよ」
悪びれずに微笑むシャルロットは、言っている内容を除けば初対面の通りお姉さん的な雰囲気だ。
あくまでも雰囲気だけだが……マリーの前だと、案外そういう態度になるらしい。
とはいえ、雰囲気以外の部分……苦笑しているマリーが白髪を梳いている光景を見ると、ちゃんとダメダメである。
気持ちよさそうに目を閉じている彼女は、やはり年上だったり家主には見えなかった。
マリーに世話を焼かれるシャルル。
マリーにお世話をされているシャルロット。
2人の珍しい共通点が、このだらしなさだった。
「はい、乾いたわ」
「ありがと」
一通り髪の手入れが終わると、シャルロットはマリーにお礼を言って立ち上がる。長い白髪は今度こそサラサラっと流れて、明かりに煌めいていた。
「ところで、雷閃くん。面白いものを見せてあげようか?」
「……面白いもの?」
ベッドの上に立ったシャルロットの言葉に、雷閃はいかにも嫌な予感がするぞ……といった表情で目をやる。
彼の視線を受け止める美少女は、案の定何か企んでいそうなワクワクとした表情だ。
しかし、何をするつもりなのかわからない以上、止める方法などありはしない。彼はもこもことした女の子らしい格好のシャルロットを、ただ見上げることしかできなかった。
「知っての通り、僕は多重人格というやつだ。
シャルルは眠りについたけど、生きてるし呼べば出てくる。
そして、眠っている彼が服装を選べる訳もなく……」
何をするつもりか察したマリーが、そろそろと雷閃がいる机の方に移動していく中。シャルロット・コルデーは楽しげに言葉を紡ぐ。次の瞬間、彼女の雰囲気は真逆のものとなり……
「……ん? おい、俺は眠るって言ったよな?
殺しの必要がねぇのに起こすんじゃ……って、おい!?
なんつー格好させやがる!! コートはどこだ!?
てんめぇ、シャルロットォォォッ!!」
殺しに疲れて眠っていたはずのシャルル・アンリ・サンソンが、女の子らしい格好の時に無理やり叩き起こされ、怒鳴り声を上げていた。
シャルロットの言う面白いもの。
実は女の子らしい格好をしていながらも、常に黒いコートで服装を隠していたシャルルが。
男性の人格であるだけで、見た目は完璧な美少女であるその姿が。恥ずかしがりながらも、可愛らしい服装を隠すことができていない。
あのシャルルが本気で恥ずかしがっているという面白い事実に加え、シャルロットの時には見られないような、美少女がちゃんと恥ずかしがっている姿の完成である。
「おい、交代しろ!! 俺は、疲れた、眠い、言ったよな!?」
マリーが明らかに愛でるように微笑み、雷閃が困ったように目を泳がせている中。可愛らしいもこもこパジャマを着た美少女は、体にタオルケットを巻き付けて悶えて続けていた。
あと、もう5章まで書いてるんですけど、このペースだと完結はまだまだ先だなぁと焦れったくなったので、少し頻度上げようかなと思ってます。
もともと、遅めにしてるのは書き溜めのためだったので、完結まで書き続けられるとなった今は関係ないのとリニューアルでシリーズの書き溜めは無駄だなと。
いつも通り水曜日と、まぁちょうどいいので土曜日ですかね。忘れなければ、そのように。




