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虚の天秤  作者: 榛原朔
三章 吸血憑依

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2-処刑人の少女

湖から帰ってきたシャルル・アンリ・サンソンは、自分の家の前に無言で立つ。中には間違いなく雷閃とマリーがいる。


さっきは逃げ出してしまったが、彼女はこの家で自分を待ち続けているだろうし、彼はこの家を守り続けているはずだ。

もしかしたら、雷閃ならばもうシャルルが家の前にまで来ていることを察した上で、待ち続けているかもしれない。


どちらにしても玄関を開ければ、きっと平和や善性を象徴しているかのような2人が出迎えてくれるだろう。

それだけは確かなことで、だからこそシャルルは中々ドアに手を伸ばすことができずにいた。


「……ふぅ、行くか」


家の前まで来てから10分以上が経過した頃。

シャルルはようやく決意を固めてドアノブに手を伸ばす。


ゆっくりと開かれると共に溢れ出してきたのは、湖で冷えていた体を温めるような穏やかな光と優しげな雰囲気だ。

さらに数歩も踏み入れると、どこよりも大切で落ち着ける匂いや空気に包まれる。


視線を上げると、果たしてそこにはテーブルに着いて待っている2人の姿があった。


「お帰りなさい」

「おう、ただいま。待たせたな」

「ううん、全然待っていないわ」

「うん。ぼくも待っていないよ」


目尻を下げるシャルルは、モーツァルトと話した後だからか落ち着いた様子で歩み寄り、席に着く。


隣には、幼馴染みである地味なワンピース姿のマリー。

目の前には、居候することになった侵入者であり、黄色を基調とした和服を着ている雷閃がいる。


「それじゃあ……対話を始めようか、シャルルお兄さん」

「おう、最後の対話をな」


いつかの夜みたいに大人びた雰囲気をした雷閃に、シャルルは痛みに耐えるような表情で応じる。

この國で最も安全なこの家で、2人の最後の対話が始まった。


「とりあえず、僕から聞こうかな。

君は誰を殺しているんだろう?」


いつも通りほんわかと微笑みかけながら、雷閃が問う。

あの夜と同じ問い。あの夜と同じ少年に思えない瞳だ。

その瞳を真正面から見据えるシャルル・アンリ・サンソンは、マリーに顔色を窺われながらも苦しげに口を開く。


「……俺は常に、俺自身を殺してる。

父親を殺した重みを、他の殺しで上書きするために。

俺という人格が存在し続けていられるように。

愉しんでいるフリをすることで、俺ごと人を殺してる」

「うん、そうだろうね。お疲れ様」

「……何でお前は、そうまで正しいんだ?

雷を落とし、纏うお前は一体何なんだ?」


雷閃に労われて目を伏せるシャルルは、初対面の時から聞き続けていたことを問いかける。

自分とは違って殺されかけても殺さない彼は、どうしてそう在れるのだという魂からこぼれ落ちた疑問と共に。


すると、彼はにっこりと笑って目を遠くに向けた。

少年はまるで、悠久の時を生きている神やこの星という自然そのもののような、超然とした雰囲気だ。


「その説明には、ちょっと時間がかかるんだ。

だから、簡単にだけお話するね」

「……」

「一言でいうと、僕は神秘というものだよ。

神秘はこの星に広がる大自然そのもの。僕は雷だ」

「触れるし、人間に見えるがな」


自分が人ではないかのように話す雷閃に、シャルルはスッと自然に手を伸ばして触れる。その手はたしかに人間のもので、柔らかく温かかった。


「うん、僕は人間が元になっている神秘――聖人。

概念的なものだから、そういうものだと思ってね。

とりあえず、僕は神秘だから雷を魔法みたいに操れる。

だけど、人が神秘になるにはとても強い心が必要なんだ。

それが1つ目の質問の答え。僕はいずれ、八咫という国の将軍になるから。国を、人間を、守るものだから。誰かを守るという意志によって神秘に成った僕は、決して守るべき人間を殺しはしない。まぁ、あの場合は僕を殺せない相手だったというのもあるけどね。流石に、自分や大切な人が殺されるのを受け入れるつもりはないよ。

この意志は、殺さないではなく守るというものだから」

「だろうな」


ようやく雷閃がなんなのかを聞くことができたシャルルは、ふぅ……と息を吐きながら力を抜く。

もちろん、すべてを理解できた訳ではないだろう。


しかし、彼が強い理由というのは明確になり、そのためには強い心が必要というのであれば、その善性にも納得できた。

聖なる人と書く通り、まさしく彼は聖人である。


「でもね、僕はこうも思うんだ。君は僕を正しいと言ったけれど、君にだって正しさはあったんじゃないかってね」

「俺は殺人鬼だ。お前みたいな善性を持ってねぇんだから、俺に正しさなんてもんは一切ねぇよ」

「そうかな? フランソワ・プレラーティや多くの魔女達を殺した意味は、本当にまったくなかったのかい?

そこには君なりの正しさがあったんじゃないの?」


徹底して自らを否定しているシャルルに、雷閃は優しく語りかける。決して正義などではなく、基本的には悪でしかない処刑人に対して。特に気にしているであろう殺しに関して、少しでも受け入れられるように正していく。


「俺は、上に言われたから……殺すために殺しただけだ。

それだって、紛れもない事実。けど、彼女達はみんな危ないことをしていたって面も、なくはないのかもな。

全員配慮はあったが、結局治安を乱すことをしてたから。

こんな國の治安なんて、壊されるべきかもしれねぇけど」

「……うん、君は人を殺した。これは許されるべきではないのかもしれないけど、必要以上に気に病むべきでも、ないよ。

君だって苦しんでいて、それでも殺さなきゃいけないから、殺していたんだから。忘れずに、でも自分を責めすぎることなく向き合う。それが君の贖罪なのかもね」


殺人は悪だ。きっと、この國で処刑されていく人々よりも、よっぽど許してはいけない罪だ。だが、人を殺した者だからといって、必ずしも悪人という訳でもない。


そもそも、この國では意図的に殺人が日常になっているのだから。シャルル・アンリ・サンソンは、そう望まれて生まれてきて、殺さないと生きていられなかっただけなのだから。


目に見えて落ち着いて、より疲れという部分が滲み出てきたシャルルは、しばらく沈黙を楽しんでから静かに口を開く。


「……お前ってさ、本当に見た目通りガキなのか?」

「僕自身はそうだよ。だけど、中には多分大人になった僕が混ぜられている……かな。神秘には寿命がないから、結構長く生きた僕の考え方や摩耗とかが入ってくることがあるよ」

「……ん? 寿命、ない?」


さっきまで若干ぼんやりとしていたシャルルは、唐突に投げ込まれてきた爆弾に目を見開き、身を乗り出す。

隣りに座るマリーも驚愕していたが、当の雷閃本人は何でもないことのように笑いかけていた。


「うん、ないよ。たとえば山に寿命はある? ないでしょ。

山が死ぬとしたら、風や雨に崩れた時。それとおんなじで、僕みたいな神秘も、他の神秘によってしか殺されない。

だからね、この國で僕を殺せる人間はいないんだ。だから、君が殺そうとしてきた時も、君を殺す必要がなかったの。

僕はまったく危なくなかったからね」

「おい、ズルだろそんなん」

「……でもね、山は自分で崩れることを選べないでしょう?

自殺だって、できないんだ。他の神秘に殺してもらえるまで、僕達はどんなに苦しくても在り続ける」

「お、おう……それはなんというか、あれだな……」

「でも、だからこそ僕は、絶対にこの場所を守れるよ。

たとえ君が疲れて、休みたいと思ったとしても」

「……はぁ」


死なないのではなく、死ねない。

その事実にシャルルがしどろもどろになっていると、雷閃は突然本質を見抜くような目で宣言する。


隣に座るマリーは、慈母のように優しい表情になっていた。

だが、シャルルは驚いて目を見開いた後、脱力して背もたれに寄りかかりながら、深く深くため息をつく。


しばらく黒いコートの上に唯一出ている目を押さえているも、やがて今まで以上に柔らかな声色でそれに応じる。


「……そうだな。俺はもう、疲れたよ。罪から目を逸らすつもりはねぇけど、シャルル・アンリ・サンソンはしばらく眠ることにする。この家とマリー、この体をしばらく頼むな」

「うん、任せて」


雷閃が快く承諾したことを確認すると、シャルルはすぅすぅと寝息を立て始める。しかし、そのわずか数秒後。

黒いコートに包まれた華奢な体は、突如として立ち上がり、いつ何時も脱ぐことのなかったそれを勢いよく脱ぐ。


コートの下から現れたのは、ミニスカートにガーターベルトを付け、ニーハイによる絶対領域まで作り出している、ゴスロリ調の紛れもない美少女の姿だった。


「おはよう。そして、はじめまして。

気分はどうかな、シャルロットお姉さん」


パッチリと大きな目を開ける彼女に、雷閃は最初からマリーに聞いていたといった様子で話しかける。そこにいたのは、今まで表に出てきていたシャルル・アンリ・サンソンと交代した2つ目の人格――シャルロット・コルデーだ。



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