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虚の天秤  作者: 榛原朔
三章 吸血憑依

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1-揺れる人格

……俺が生まれた日。僕は死や殺しから逃げていた。

それでも、何もしなければきっと、近いうちに自分が死んでしまうことがわかっていたから。


たとえ原因が自分自身にあったとしても、死や殺しから逃げていることしかできなくても。抗わなくては、と……

そう思ったから。俺は無理やり目を開けた。


『いたいッ、やめてくれよ親父!! あいつだって、やりたくてやったわけじゃ……あいつも被害者‥』

『黙れ!! 黙れ黙れ黙れ!!

母親を殺したやつを、自分の子だなんて認められるかッ!!』


目に飛び込んできたのは、大切な兄妹が父親に殺されかけている光景。殺意は持っていないつもりなのか、大きく太い棒を振り上げて何度も何度も叩いている。

血が飛び散り、白かったはずの壁は絵画のようだ。


死んでしまう。俺が何もしなければ、死んでしまう。

それだけがたしかで、次が自分だということもわかりきっていることだった。


原因は自分だ。母親を殺してしまったせいだ。

抵抗するのも、反撃するのも間違っているのかもしれない。


だけど……

だけど、俺は彼を殺すために生み出されたのだから!!

自分の父親を殺すことを望まれて、生まれてきたのだから!!


『あぐっ……!! がぺっ……!!』

『お前が、お前らが!! みんな死んでく!!

隣人が心中した!! 処刑された!! この國で!! あぁッ!!』


もはや言葉にならない音をもらすばかりの兄妹を、父親はなおも叩き続けている。俺は唇を噛み締めながら、ついさっき自分を刺したナイフを手に取る。


俺は、このために生まれた。父親を殺すために生まれた。

なら、答えは1つしかない。


逃げるしかなかった僕の代わりに、俺がッ……!!

小さな体に目一杯の力を込めて、俺は大きな父親に向かって走り出す……




それが、俺が生まれた日。それが、俺の初めての殺人。

……俺は、あの殺しを忘れるために。

あの殺しを、なんでもないことにするために。


殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して……




~~~~~~~~~~




「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ……!!」


一週間以上も眠り続けていたシャルルは、意識が段々と覚醒していくにつれて苦しみだし、最終的には暴れて叫び始めていた。


いつも通り、寝ているときにでも黒いコートを着ているためベッドから落ちてもケガはしないだろう。


だが、その声を聞きつけたマリーが見過ごせるわけがない。

大急ぎで駆けつけると、その華奢な体を抱きしめて落ち着かせにかかる。


「大丈夫、大丈夫よーシャルちゃん。私がついているから」

「あぁあぁぁぁあぁぁあ……ぐぁっ!!」


彼女に撫でられながらも叫び続けるシャルルは、その数分後にバチッと目を開けると体を押し退けて飛び起きる。


長く昏睡状態にあって今起きたばかりだと言っても、処刑人であることには変わりない。高く飛んだ黒い影は、見事な身体能力で近くのデスクに着地していた。


仕事で無理をしすぎた影響なのか、あまりにも多くの殺しをしすぎた影響なのか、それとも悪夢の影響なのか。

シャルルの息は今までフルマラソンを走っていたかのように荒く、今にも倒れ込んでしまいそうだ。


すると、マリーが向かっても静まらなかった騒ぎを聞きつけてか、数秒後に寝室のドアが開く。

顔を覗かせたのは、当然この家に居候している圧倒的な力と善性を併せ持つ少年で……


「あぁぁぁあぁぁあぁぁぁっ……!!」


自分よりも幼いながら、たとえ殺されかけても殺しをしない少年を見ると、シャルルはさらに苦しげな叫び声を上げる。

それは、まるで今まさに殺されかけているかのような断末魔で、彼らは思わず顔をしかめて耳を塞いだ。


ここまで取り乱していると、流石の雷閃でも手は出せない。

彼は痛ましい殺人鬼の亡霊を見つめ続け、それが窓を割って飛び降りていくのを見送るしかなかった。




~~~~~~~~~~




「いやぁ、まさかまたここで会うとはねぇ。

しかも、今日は珍しく私の誘いに応じてくれるとは」


亡霊が2階にある寝室の窓から飛び降りて、数時間後。

ある程度冷静さを取り戻したシャルルは、なぜかまた湖畔に来ていたモーツァルトと共に、ボートで浮かんでいた。


理由はきっと、今だけでも何も考えないでいるため。

ぼんやりと波に揺られながら、こんな場所でもバイオリンを弾いている彼の足を蹴りながら言葉を返している。


「俺がここに来んのは、別に不思議じゃねぇ……

問題はお前だ。引きこもりがタイミングよくここにいるのがおかしいんだ。んで、ボートは気分だ。勘違いすんな」

「ははは、わかってるわかってる」


力なく反抗してくるシャルルに、モーツァルトは優しく微笑みかけながら穏やかな音色を奏でる。


さざ波の音、草花の香り、バイオリンの音、揺れるボート、夢見心地のような浮遊感。彼らを包みこんでいるのは、これ以上ないくらい静かで優しい空間だった。


「自然の中の音色というのも、中々いいものだろう?」

「そう思うなら、お前も演奏してねぇで聞けよ」

「ふはっ、たしかにその通りだ。……そうだねぇ。

たまには弾かない瞬間があってもいいかな」


バイオリンの音色が絶える。

さっきまで体を起こしていたモーツァルトも、演奏を止めたことでシャルルと同じように体を横にしていた。


しかし、さざ波の音色は決してなくなりはしないので、船上の夢見心地に変化はなしだ。


彼らは何もすることなく、ボートでただ揺れる。

ふわふわと、ぷかぷかと。この時間には何の意味もない。

だからこそ、何も考えずに穏やかな雰囲気に浸ることができていた。


「……なぁモーツァルト」

「なんだい、サンソン?」


しばらく波風の音を聞きながら、黙ってボートに揺られていたシャルルは、やがて体を起こすこともなく呼びかける。

声をかけられたモーツァルトも、特に体勢を変えることなく返事をしていた。


「何で俺は、こんなに嫌な気持ちになってるのかな?」

「そりゃ君がやってきたことが嫌なことだっただけだろう」

「同居人を見るとさ、心がかき乱されるんだ」

「君は彼とはあまりにも違う。だが、君だってそう成らざるを得なかっただけだ。どこか憧れがあるのかもしれないな」

「何であいつは、あんなにも正しく、輝かしいんだろう」

「それは彼に聞くといい。本質は個人のものだ。

おそらくは人を超えた返答をされるだろうがね」

「何で俺は、殺さない勇気を持てなかったのかな」

「フランソワを生かしていても、他の処刑人に狙われていたと思うがね。それを抜きにするなら、自分を保つため」


モーツァルトはさざ波と共に言葉を紡ぐ。

必要以上に真面目で容赦ない返事ではあるが、それは揺蕩うボートと合わせて流れることで、自然にこの世界に浸透していくようだった。


目を閉じているシャルルも、無言のまま波に揺られながら、水や木々が奏でる音色、演奏者の言葉に耳を傾けている。


「……疲れたなぁ」

「ははは、もう少しのんびりしたら家に帰ろうじゃないか。

ボートも心休まる場所ではあるが、必ずしも心癒される場所ではない。大切な人は、大事にしないとね」

「……うん、そうだな。だけどその前に、覚悟を決めるために少し寝る。しばらくしたら、起こしてくれ」

「お安い御用だ。睡眠導入にバイオリンも弾いてあげよう」

「静かにしてくれ」


目を閉じたままモーツァルトと言葉を交わすシャルルだったが、彼が再びバイオリンを弾こうとすると毒舌を取り戻して切り捨てる。


ふはっと笑うモーツァルトを無視しながら、亡霊の残り滓は意識を湖に潜るように沈み込ませていった。




ボートで揺られながら眠ること数時間。

シャルル・アンリ・サンソンは、穏やかな音色を聞きながらゆっくりと目を開ける。


鼻歌を歌いながらバイオリンを弾いていたモーツァルトも、すぐに気がついて口を開く。


「やぁ、起きたか。それでは、シャルル・アンリ・サンソンと向き合う覚悟はできたのかな?」


静かに問いかけてくる彼の頭上に、太陽は輝く。

ぽかぽかとした昼下がり、世界は胸に空いた空洞を埋めるように暖かく燃えていた。


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