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虚の天秤  作者: 榛原朔
三章 吸血憑依

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0-失踪事件

数日前に起きた魔女裁判は、問答無用で多数の人々を魔女だと認定し、彼らを狩り始めた。


彼女達はたしかに、独裁的な協会に疑いの目を向けられてしまうようなことをしていたのかもしれない。

だが、決して罪を犯してなどはいない。


彼らはたしかに無実であり、少なくとも日々処刑をしているような協会の連中よりかは遥かに善人だ。

そんな彼女達が魔女として、処刑対象になるというのなら……


その人物が我慢することをやめ、魔女狩りに乗じて自身の欲望を発散させてしまうというのも、当然というものだろう。


まだ魔女達が逃げ惑っていた頃。処刑人達が彼らを処刑して回っていた頃。名簿には魔女と記されていないはずの人々が、何の予兆もなく突如として消えた。




「空がきれい……近頃は物騒だけど、星空には血がなくて」


わざわざストールを巻いたりと、肌寒い空気に対抗してまで屋根の上に登っていた少女は、澄んだ星空を見つめる。

遠くからは魔女達の叫び声がかすかに聞こえ、彼女の口からも命を感じさせないような儚い白い息が漏れていた。


声は段々と細く消えていき、白い息も死を暗示するかのように消えていく。しかし、彼女の瞳はキラキラと宝石のように輝いており、近頃行われている血なまぐさい魔女狩りが嘘かのようだ。


魔女狩りとして処刑が横行しているセイラムで。

決して外界とは隔絶していない屋根の上で。

少女は現実逃避をするかのように星空を見続けていた。


「こんばんは、良い星空ですねぇ」


すると突然、家の下からは若干かすれた甲高い声が聞こえてくる。声のした方を振り返ってみると、下にいたのはマントを羽織っている細身の人物だ。


「……こんばんは。そうですね、空だけは綺麗です」


少女は眉をひそめながらも、少し考え込んでから返事をすることにした。魔女狩りが行われている最中の、しかもこんな遅い時間に出歩いているのは明らかに怪しいが、自分だってなぜか屋根に登っている不審者だ。


魔女狩りの最中だからといって、散歩などが禁じられている訳でもない。外に出ることが禁止になれば不満も貯まるばかりなので、自己責任にはなるが出歩きは可能である。


その人物もきっと、少女と同じように息が詰まって外に出てきた仲間なのだろう。少なくとも、処刑人に追われている魔女でも、魔女を追っている処刑人でもない。


挨拶を交わしたことで、彼女はすっかり安心して再び視線を空に向けた。


「お隣、よろしいですか?」


直後、彼女の隣にはいつの間にか登ってきたのか、直前までは下にいたはずのマントの人物が現れた。

少女はビクリと肩を震わせると、居住まいを正しながら首を傾げる。


「……!! え、えぇ……別に構いませんけど。

あの、どうやって登って来たんですか?」

「あはは。なに、大したことはしていませんよ。

ただ、少し身体能力が高い方でねぇ。

ひょいっとジャンプしてきたのです」

「へぇ! すごいですね。そんなすごい身体能力があれば、私も屋根に登るの楽になるのになぁ」

「あなたは部屋の窓から?」

「はい。抜け出してきました。滑りそうで怖かったです」


屋根の上には、キルケニーの方向からモーツァルトの演奏が響いてきており、不思議と和やかな雰囲気になっていた。

彼女達は間違いなく初対面ではあるが、互いに現状に嫌気が差した者同士。


平時であれば気を張る少女も、感覚が麻痺しているのかいきなり近くまでやってきた不審者への警戒を忘れ、談笑し始めている。


「屋根は登る場所ではないですからねぇ。

登れるような作りのものもありますが、ここは違う」

「まぁそうですよね。でも、近づきたかったんです、星に」

「ふむ……では、後で抱えて飛んでみましょうか?

かなり高くまで飛べますし、気持ちいいですよ」

「いいんですか? お願いします……」


星空の下で、たまたま出会った2人は歓談する。

魔女狩りを忘れるように、魔女狩りの影に隠れるように。

何でもない日常なのだと言い張るように、何でもない日常なのだと偽るように。




~~~~~~~~~~




何かをしない方がいいと言われる時。

多くの場合、人はその言葉に逆らいたくなるものだろう。


魔女狩りが行われていた頃、彼はここぞとばかりに夜の街を歩く。普段ならば処刑対象になりかねないかもしれないが、今の協会は本物の魔女にかかりきりだ。


誰も彼を咎めることはなく、誰も彼を怪しむことはなく。

夜の静けさは彼を包みこんでいた。


遠くからは魔女達の叫び声。周囲に吹くのは冷たい風。

これまでの人生で経験したことのないような開放感が、彼の脳内には満ちている。


「はぁ〜! いい気分だなぁ!

魔女になったやつらは気の毒だが、お陰で楽しいぜ!!」


街中を進み、森を進み、なおも彼を阻むものはない。

若干酔いが回っている男性は、かすかに流れてくる演奏を耳に入れながら、おかしなテンションで歩いていく。


ようやく人影が現れたのは、それから軽く30分以上は経った頃だった。


「おーっす、あんたも散歩か? いいねぇ!!」

「ふふ、ふふふふっ!! えぇ、とってもいい気分ですよ。

あなたも良い趣味してますねぇ!」

「あっははは、あんたも相当だろー……」


星空の下で、たまたま出会った2人は互いを称え合う。

魔女狩りの影に隠れるように、魔女狩りを利用するように。

何でもない日常なのだと偽るように、これが何でもない日常なのだと決定づけるように。




~~~~~~~~~~




「はぁ、はぁ……!! 最悪っ、逃げ遅れた!!

アリスさんの家に、逃げ込み損ねたッ!!」


突如として処刑人に追われることとなった魔女は、安心して休める場所を求めて森の中を走る。

頼りになる人はまだ遠く、周囲に迫るは恐ろしい処刑人。

彼女に逃げ場など、もう存在していなかった。


「追ってくる、追ってくる。あの変態が、私をッ……!!」


魔女の顔には紛れもない恐怖が張り付いている。

逃げている相手は、女性だけをいたぶって殺すという女性にとって一番忌避すべき処刑人だ。


彼に弄ばれることこそが最悪な事態であるため、彼女は目の前に人影を見かけても気にせず突き進んでいく。


「おや? おやおやおやおや?

お嬢さんお嬢さん、ここで何を?」

「退いてッ!!」


やたらとテンションが高く、かすれた甲高い声で話しかけてくるマントの人物を前に、彼女はそれを無理やり押し退けて走り去る。


だが、それはいつの間にかまた前方にいて、再び彼女に声をかけてきた。


「逃げているんですかぁ? イーッヒッヒッヒ!!

豊満な乳房や無駄に立派な臀部をぷるぷる揺らしながらぁ?

そんなの、あの変態を誘ってるようにしか見えませんよぉ」

「うるっさい!!」


性別を揶揄した侮蔑的な言葉を投げかけてくるそれを、彼女は思いっ切り蹴飛ばしてなお進む。しかし、しばらくするとやはりそれは目の前に現れた。


「いやいやいやぁ、まさか蹴られるとは!! う〜ん、痛い!!

痛すぎますねぇ!! これは美味しい肉を食べて英気を養わなければ。傷害罪として、ちゃんと償ってくださいよ……?」

「ちょっ、さっきからあなた何‥」


さっきまでとは違ってマントを広げたそれは、全力疾走していた魔女をいとも容易く絡め取り、姿を消す。


魔女狩りを利用するように、魔女狩りなど初めからなかったかのように。これが何でもない日常なのだと決定づけるように、日常などないのだというように。


彼女達が煙のように消えてしまった後。

この場には、遅れでやってきた軍服のような服装をしている処刑人だけが、不思議そうに首を傾げて残っていた。


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