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虚の天秤  作者: 榛原朔
二章 鏡面逃避

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18-醜悪裁判帝國セイラム

「……ペトラは亡くなりましたか」


姿をくらましても問題なく自分を追ってきたシャルルを見ると、アリスは開口一番に侍女の末路を口にする。


彼女が陣取っているのは、広めの道のど真ん中。

足元には禍々しい魔法陣が描かれていた。


彼女がつぶやいた通り、立ち塞がったペトロニーラを処刑してきた処刑人は、壁を足場にしにくいほど広い道でも真正面から向かっていく。


「死んだよ。てめぇが逃げてる間にな。

時間稼ぎってのは、それのためか?」


さっき路地にやって来た時とは違って、ちゃんとギロチンを手に持っているシャルルは、彼女の足元にある魔法陣を目で示して問いかける。


魔法陣は道いっぱいに描かれており、真ん中に立っていると思われる彼女を基準にすると、半径およそ10〜12メートルはあるだろう。


このサークルだけで、小さな家程度なら包み込めそうなほどに大きい。明らかに、シャルルに襲われても魔法陣から外に出ないよう、大きめに設計されていた。


処刑人に問いかけられたアリスは、悲しげに杖をコツコツと鳴らしながら首を縦に振る。


「えぇ。たとえマシューを呪い殺せないのだとしても、私は諦めたくはないのです。あなたを倒し、もう一度挑みます」

「そうか。なら、俺は功績を残して生き残るために」


特別指定魔女であるアリス・キテラの用意した領域の中に、処刑人は躊躇うこともなく入っていく。

外周部に来た時点で消すこともできただろうが、そんなことはしない。真っ当に戦うべく、魔法陣に入っていった。


「で? これは何だ?」

「今から使うのは、降霊術。大いなる神秘を、神々と同義である英雄を、不完全ながら憑依させるのです」

「こんなに準備しといて、不完全なのかよ」

「……今から憑依していただく方々も、私と同じ名前を持っているからこそ応じて頂けている。それでも、あくまでも力をお借りできるだけで、経験や記憶などは無理なのです。

私ごときには、本来使えもしない技ですよ」

「ふん、そうかよ」


ちゃんと発動を待つために説明を聞いていると、その間にも魔法陣は不気味に輝き始める。錯覚か、はたまた本当にそうなのか、サークルはぐるぐると回転しているかのようだ。


現実と夢の狭間が曖昧になっていくかのように、今と過去や未来の狭間が曖昧になっていくかのように、魔法陣の内部はゆらゆらと揺らいでいく。


その果てに、杖を掲げるアリス・キテラの全身には魔術師のような立派なローブが纏われ、厳格な圧力を放ち始めた。


「まずは、実際の私に最も近いお方を。魔法の国を」

「国だぁ? そりゃ英雄じゃねぇだろ」


星屑のような瞳を輝かせ始める魔術師に、準備が終わったと理解した処刑人は威勢よく駆け出していく。

その手に握られるのは、フランソワ特性のギロチン。

雷閃の雷すら耐えると太鼓判を押された武器だ。


「異名……ですかね? 私にもわかりません」


まずは真っすぐ向かってくるシャルルに対して、彼女は立派な杖を掲げて周囲で魔法を発動させていく。

生み出されているのは、空気を焼くような炎の玉、凍らせるような氷の玉、切り刻むような風の塊だ。


とはいえ、魔法の国と称するだけあって、もちろんそれだけではなかった。彼女が杖をゆらゆらと動かすと、その動きに応じて道や建物が剥がれて槍や剣などを作り始める。


これには、流石のシャルルも驚きを禁じ得ない。

若干走るスピードを緩めながら、目を見開いている。


「おいおい、魔法ってのは何でもありの不思議パワーか?

ギロチン1つの相手に出すもんじゃねぇだろ」

「あなたは、強い。私はそれをよくわかっています。

……それに、ペトラを殺された恨みもありますから」

「……」


容赦なく魔法の数々を放ってくるアリスに、実際にメイドを殺してしまっているシャルルは口を閉じる。今はただ、自分が生き残るために。飛んできた魔法に向かって、本気でギロチンを振るっていた。


「武具は物質、魔法は不思議パワー……」


急停止した処刑人は、ギリギリまで引き付けた炎や氷の玉を叩き潰す。愛用のギロチンは、触手や動く死体などを崩してしまう代物だ。


実際に作られた槍や剣ならともかく、勝手に出てきた炎の玉などならば叩き切れる。予想通り魔法を消滅させたことで、処刑人はフッと雰囲気で微笑んでいた。


魔法弾は叩き切られ、道などから作り出した武具はかわされる。2つあるうちの片方が効かないのだから、シャルルはもう十全にギロチンとワイヤーを駆使して急接近していく。


「魔法は通じない、と。なるほど、では次です」


すると、それを見たアリスは箒どころか風にも頼ることなく、ふわりと空を飛び始めた。ワイヤーで飛んでいた処刑人の蹴りは、事もなげに躱される。


「次は、なんだって!?」


しかし、当然それを黙って見過ごすシャルルではない。

準備ができる前は待っていたが、もう準備は終わって殺し合いが始まっているのだ。


ワイヤーを張って地面に刺さっていたギロチンを引っこ抜くと、手元に戻ってきたそれを横の建物に投げつける。


位置はアリスがいる辺り程ではないが、その中間に当たる程度には高度。ワイヤーを引くことで、彼女の元まで飛ぶつもりのようだ。


「森よ、生まれよ。壁よ、足場を作れ」

「はぁ!?」


空を飛んだということは、処刑人から距離を取ろうとしたということであり、当然接近を許しはしない。


飛ぼうとしているのを見た魔術師は、どうやってか地上に森を生み出し、真っすぐ張っていたワイヤーは無理やり弛まされる。


切れてはいないので、飛べないことはないだろう。

だが、明らかに木に激突するし、それを越えてもアリスの元にまでは辿り着けないことは確実だ。


おまけに、建物の壁からは丈夫な足場が用意され、せっかく空で飛ぶことをやめられなかった彼女は、すぐに降り立って次の準備を始めてしまった。


「燃えよ」

「クソッ、邪魔だけじゃねぇのかよ!?

森燃やすとか、次を待つまでもなく死にかねん!!」


ついでのように燃やされてしまった森に、シャルルは珍しく悲鳴を上げる。黒いコートには防火効果もあるが、煙や熱はまた別だ。多少弱体化することは否めないのだろう。


とはいえ、森が燃えたならば燃えたで、打つ手がない訳ではない。処刑人はすぐさまギロチンのワイヤーを手放すと、元に戻っていくのを目で追いながら、それとは別の爪の付いたワイヤーを空に飛ばした。


目標は燃える森の中で、まだ火の手が及んでいない木の枝。

燃えていない葉の中を突っ切るように飛び上がると、アリスが作り出した足場に飛び乗っていく。


「次は、悪魔の国を。あなたを破壊します」


シャルルが足場に着地した瞬間、目の前に現れたのは聖女のような格好になったアリスだ。彼女はそれだけは変わらない杖を突きつけると、その先端を怪しく輝かせる。


直後、シャルルをその黒いコートごと包みこんだのは、周囲にある空気に広がったひび割れだった。

それを彼女の言葉通りの意味で受け取るならば、破壊。

空気ごと対象者を破壊しようとしているらしい。


「グァァァッ……!? い、痛ぇ……!!」


しかし、黒いコートが壊れることはなかった。

ひび割れはたしかに体全体を包んでいるものの、シャルルは叫ぶだけで無事である。


「ダメージは入るけど、壊れはしない……?

そのコートの丈夫さ、異常じゃないですか?」

「お前の手数ほどじゃねぇよ!!」

「くっ……」


特に致命傷にはならなかったことで、処刑人はすぐさま反撃に転じる。奇襲を受けたことでギロチンは回収できていないが、黒いコートには小型の武器が大量だ。


つまりはナイフ。素早く2本の凶器を取り出すと、シャルルは近距離戦闘ができなそうな聖女に向かっていく。


「ならばもう、あなたの土俵で。戦火の国を!」

「戦争屋になりますってかァ!?

うぜぇことする前に、とっとと死ね!!」


ナイフで切りかかってくるシャルルに対して、アリスは次の憑依に切り替える。変化はすぐに。聖女のような服装だった彼女は、次の瞬間には真っ白い鎧ドレスを身に纏った戦乙女のような出で立ちになっていた。


おまけに、さっきまでは変化していなかった杖も今回は槍に変化している。魔術師から聖女へ、聖女から戦乙女へ。

今の彼女は、本来は発揮できないような力で槍を振るっていく。


「っ……!? 俺と切り合うってか?」

「その通りです。何も効かないというのなら、武器をすべて弾いてから拘束させていただきます」

「んなもん、無理に決まってんだろ!!」


槍とナイフであれば、槍が有利なのは言うまでもない。

おそらくは初めて握ったアリスでも、憑依させた英雄の技術によってシャルルを圧倒している……はずだった。


「くっ……なぜ、なぜあなたに攻撃が当たらないのです!?」


アリスの槍さばきは決して下手ではない。

突いたかと思えばすでに穂先は手元にあり、横薙ぎにすればくるりと身を翻して次の動きにつなげている。


一般の処刑人が相手ならば、容易く打倒してみせたことだろう。だが、今回は相手が悪かった。

シャルルは恐れがまったくないのか、槍が掠めても次の攻撃が体を狙っていても、構わず切り払って直進を続けていく。


離れていては防戦一方になるのはそうなのだが、隙がなかろうと隙を作る気もなく直進していくのは狂気的だと言うしかない。


段々と後退を余儀なくされていたアリスは、次第に槍を引き戻すことが追いつかなくなり、敵を懐に入れ始めていた。


「当たり前だ。お前が憑依させられんのは、あくまでも力だけなんだろ? 魔法だって飛ばすだけだったが、あれも本来ならもっと良い使い方があったんじゃねぇのか?

槍の使い方がわかってもそれを当てる経験を持ってねぇなら、その場その場の最善択なんざわかんねぇだろ!!」


猛る処刑人は、最後の仕上げとばかりに槍を強く弾き飛ばし、その一瞬で戦乙女に肉薄する。

もっとも、技術自体は憑依しているため、槍は既にほとんど戻りかけだ。


しかし、その内側にいるのだから手の出しようがない。

シャルルは敵の目が釘付けになっているナイフを手放すと、くるりと地面に手をついて頭部を蹴り飛ばした。


脳を揺らされたアリスは平衡感覚を失う。

ぐらぐらと体が揺れているうちに、処刑人はその流れのまま槍を蹴り落としていた。


「が、あッ……!?」

「別に、苦しめるつもりはねぇ。そこで大人しく待ってろ」


槍が手を離れたことで、それは本来の杖に戻る。彼女の服装も、戦乙女のような鎧ドレス姿から、とんがり帽子を被ったくらいの特徴しかない、ただの女性になっていた。


それを確認してから、シャルルは杖を今立っている足場から蹴り落とす。ここも怪しい音を響かせてはいるが、まだもうしばらくは保ってくれそうだ。


「……」

「悔しいわ、本当に無駄死にで終わるだなんて。何もしていないのに、殺されて……せめて、一泡吹かせたかった」


足場に突き立てられたギロチンの台座に固定されるアリスは、死ぬこと自体には何も思っていなそうにつぶやく。

今から彼女を殺すことになる殺人鬼の亡霊は、目を苦しそうに揺らしながら、肩を激しく上下させていた。


「……」

「はぁ、あなた何て顔をしているんですか?

目だけでもわかるだなんて、相当ですよ?」

「……うるせぇよ」

「私も日常的に死を見ていましたし、別に怖くないので気にせずやっちゃってください。誰も助けられなかったのは本当に悔しいですが、やれるだけやって負けたので、いいです。

気が向いたら、あなたがかたきを取ってください」


壊れかけている子どもに対して、組合が生まれるきっかけとなった始まりの魔女は、意図的に軽い調子で告げる。

彼女は魔女認定を受けた時点でほとんど死が確定していたため、とっくに覚悟は決まっているようだ。


毎日のように誰かしらが処刑され、誰かしらが心中するような環境で大人になった人物なだけあって、強がりなどではなく本心からそう語りかけていた。


「やだよ」

「期待はしてないので、いいですよ。

私は死にますし、協会のことも後悔にはなり得ません。

これはただの作業に過ぎないのだと、それだけのことです」

「でも、悪いことだ」

「そうですね。でも、街を壊すのも悪いことです。

私は道や壁を剥がしたので、悪女ですね」

「殺しとは比べ物に‥」

「あなたにこれを言うのは酷なのでしょうが、そうしないといけないのでしょう? 明らかにもう手遅れになっていますが、これ以上の交流はやめておきなさい」


魔女側からの静止を受け、処刑人はようやく口をつぐむ。

それは、殺すためのモノ。殺しを望まれたモノ。

殺すためだけに生まれたモノ。


彼女の侍女に許されたという感謝を、亡霊はせめてその主を楽に殺すことでしか返すことができない。

ギロチンは今までになく素早く下ろされ、魔女組合の指導者の首を取った。




~~~~~~~~~~




もはや亡霊と化したシャルル・アンリ・サンソンが、戦争の元凶である魔女を処刑していた前後。

セイラムでは、より凄惨な処刑が複数行われていた。


特に残酷なのは、もちろん首都キルケニーのど真ん中。

処刑人協会――ウィッチハント会長のマシュー・ホプキンスによる、魔女組合のリーダーを逃がした魔女の処刑だ。


「フゥーッ、フゥーッ……!!」


演奏が聞こえてくる協会本部前にある広場では、1人の魔女が両足と左腕、両目を失った状態で転がっていた。


周りには自身の手足や目から流れ出た血の海。

下手したら溺れそうな水量だったが、それがなくとも彼女の息は荒く、今にも死んでしまいそうだ。


それでも死を選べないのは、彼女の前に立って自分で切るよう命じていたマシューが、まだ死なせてくれないからである。


「ふむ、よく切れたな。両足、左手、両目……

では、これで最後にしてやろう。首を切れ」

「フゥーッ、フゥーッ……!! は、はは……

や、やっと……やっと、死ね、る……」


自ら体を切った瀕死の状態のままで苦しみ続けていた魔女――マンテウッチャ・ディ・フランチェスコは、ようやく死ねることに喜々としてその首にナイフを突き刺した。




また、別の場所。キルケニーに入る前に広がる森の中では、最強の処刑人であるヨハン・ライヒハートが、スライスした肉塊の前で、なおも機械的に作業をしていた。


「さて、頭、首、胴、腕、足。これで全部だ。

そろそろ死にたくなったか? 口は残してあるが」


最後のスライスを終えた彼は、ちゃんと喋れるように残されていた口に向かって話しかける。だが、その肉が動くことはない。なぜなら……


「む……なんだ、もうとっくに死んでいたのか」


悪魔によって体を治し続けていた魔女――イザボー・シェイネは、もうとっくの前に死を選んでいたからだ。




セイラムで行われていた処刑の中で、シャルルが行ったもの以外でもっともマシなのはキルケニーの外れ。


嵐に乗って飛んできたフランツ・シュミットが、首都を荒らした重罪人として行っていた、アグネス・サンプソンの処刑だ。その内容は……


「いやぁ、ごめんね? 君はそこまで重罪人ではなかったんだけど、街を荒らしちゃったからさ。他の重罪人よりは軽くあるべきだとしても、やっぱり報いは受けないと」

「ぎゃあ……!!」


狙撃手であるフランツは、もう動けない上に悪魔の召喚もできないアグネスを、延々と撃ち続ける。心臓や脳など、一撃で死んでしまう箇所はわざと外し、罪の重さに合わせた報いを受けさせていた。


「うーん、まぁこんなところかな。街の人も迷惑したんだから、ちゃんと悔い改めないといけないよ。罪を償ったのならもう大丈夫。それじゃあ、そろそろ死のうね」


罪の重さに見合った罰を受けたと、自分勝手な主観で判断したフランツは、ようやくその銃口を彼女の頭に向ける。

何発も何発も手足を撃たれ続けた魔女は、もうとっくに意志を放棄して涙を流すだけだ。


死の宣告になんの反応を示すこともなく、彼女の頭は銃撃でボールのように跳ねた。




肉の壁に閉じられているという、このセイラムで。

処刑が横行する歪んだこの國で。

たった一人の少女が巻き起こした魔女裁判は、こうして幕を閉じる。




さて、明らかにfgoに影響されたサブタイトルでした。

こうして明言したことにより、この先の展開なども予想できてしまう方がいるかもしれませんね笑


もしまだプレイしたことがない方がおりましたら、ぜひ始めてみてください。私の脳を焼いた作品です。

(なんで僕は布教をしているのだろう……?)


とりあえず、次話で二章は完結です。

物語全体で見ても中巻に入るので、一気に色々な部分がひっくり返るかもしれません。


展開の予想をしている方でなければ、かなり驚くことになるかと思いますが、この先に訪れる少年少女の選択を最後まで見届けていただけると幸いです。


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