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虚の天秤  作者: 榛原朔
二章 鏡面逃避

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17-始まりの

街中の隠れた路地にて。3人の魔女は、マシュー・ホプキンスを呪い殺すための準備を整えていた。


こっそり血を吸わせていた虫、彼を軽く掠めていたナイフ、拾った髪の毛など、体の一部を入れる容器を生成して保管する。


呪うための魔法陣を描くためのチョーク、蝋燭などその他に必要な道具を生成して、陣自体は自分達で描く。

そんな風に、着実にマシュー・ホプキンスを呪い殺す準備が整っていた頃、殺人鬼の亡霊は現れた。


「シャルル・アンリ・サンソン!?」

「え……!?」


主人であり魔女組合のリーダーでもあるアリス・キテラの声に、保管や魔法陣を描く係をしていたペトロニーラとマーサは遅れて顔を上げる。


すると、そこにいたのはガタガタと不気味にギロチンを引きずりながら、目元までしか見えない顔を伏せて無音で歩いている黒いコートの処刑人――シャルルだ。


自分こそが死者であるような雰囲気で現れたそれは、まさに亡霊のよう。チカチカと点滅する街灯の下で、死そのものとして立ち尽くしていた。


「っ……!? 伏せて!!」


脱力して立っているかと思われた亡霊だったが、アリス達が気がついたことに反応し、唐突に引きずっていたギロチンを振り上げる。


飛んでくるのは、彼女達のちょうど頭があった辺り。

呆然としてそれを見ていたペトロニーラ達は、アリスの切羽詰まった声で我に返ると、慌てて体を伏せて凶器を避けた。


「くっ、無言で殺そうとしてくるだなんて、随分な挨拶じゃないか……え?」


殺意しか感じないギロチンは、路地を作っている家屋の壁に突き刺さって静止する。彼女達の上には粉塵が巻き上がり、マーサは口などを腕で覆いながら顔を上げていた。


ギロチンによる攻撃はたしかに終わっており、頭を潰される恐れはない。だが、ギロチンに繋がっているワイヤーは、今まさに動いている時だ。


油断して顔を上げたマーサは、次の瞬間。

ギロチン本体へめがけて戻っていくワイヤーに乗って、足を空に向けて接近してきた亡霊によって、首を切り飛ばされてしまう。


「マーサさんッ……!!」


一撃ですっぱり斬られたため、おそらくギロチンで斬首刑にされるのと同じで痛みは僅かだったことだろう。


しかし、ワイヤーが戻っていく勢いも使っていたとはいえ、ナイフのみで無理やり首のすべてを切り飛ばされた彼女は、よりグロテスクに血肉を撒き散らしていた。


「あ、あ……」


肉の破片や血しぶきは、マシューの体の一部が保管された容器を血で濡らし、魔法陣を上書きしていく。

至近距離にいたアリスとペトロニーラにも、びちゃびちゃと雨のように血が降り注いでいた。


そんな中でもアリスは懸命に思考を巡らせているが、彼女のメイドであるペトロニーラは、目が忙しなく揺れ動いていて正気を失いかけている。


目的達成を目前にして、ほとんど最後の仲間と言える人物が殺されその血を浴びる……狂ってしまうのも無理はない。


だが、壁に立った亡霊はその姿をしっかりと瞳に映しており、すぐに彼女達も殺しにかかるだろう。


このままでは無抵抗に殺されるだけだ。アリスは頬を叩きながら厳しく叱咤すると、どうにか彼女を現実に引き戻す。


「ペトラ!! しっかりなさい!!

すべて無駄にする気ですか!?」

「アリス様……も、申し訳ございません。もう、大丈夫で‥」

「……」


立ち上がった彼女達だったが、なおも亡霊は無言で2人に襲いかかっていく。短くなったワイヤーを引くことで壁からギロチンを引き抜き、マシューの体の一部が保管されている容器を一撃で薙ぎ払う。


圧倒的な質量を持つ木の塊に押し潰された容器は、もちろんすべて砕け散って中身を路地にばら撒いていた。

特別指定魔女である自分達ではなく、呪い殺すための道具を先に潰されたアリス達は、愕然とするしかない。


「くっ……!! まさか、なぜそれを……!? シャルル・アンリ・サンソン、少しくらい口を開いたらどうです!?」

「あ、あ、キヒッ……ギャハハハハッ!!」


アリスに厳しく詰問されると、亡霊は激しく視線を揺らした後狂ったように笑い出す。とはいえ、普段の処刑でも同じように笑っている通り、完全に狂っている訳ではないようだ。


ワイヤーに引かれるように壁から離れたそれは、黒いコートを翻しながらギロチンの上に直立し、感情を丸ごとぶつけるようにまくし立てる。


「マシュー・ホプキンスは呪殺の元を辿ることで、逆に術者を呪い殺す!! より凄惨に、より悪辣に!!

俺はてめぇらの邪魔をしたんじゃねぇ!! 死よりも恐ろしい苦痛から、てめぇらを救ってやったんだよ!!」

「そんなことができるはず‥」

「てめぇらは見てんだろうが、あの人に命令されて自殺した仲間の姿をよォ!? あれはこの歪んだ国で処刑をさせ続ける支配者だぞ!? 生半可な意志じゃ立ち向かえやしねぇよ!!」


ひとしきり叫んだ処刑人は、ギロチンから跳び上がってそれを振るう。壁を抉りながら迫ってくる凶器に、彼女達は逃げることしかできない。


「あなたは……あなたも不満があるのでは!?」

「俺という存在は、人を殺すためにここにある!!

自分の存在を否定しろってか!? こうして生まれた時点で、殺すことに対して不満なんざねぇよ!!

てめぇらはさっさと、この國から解放されやがれ!!」


いつも通りながらほとんど暴走状態の処刑人は、ギロチンを振り回して路地を崩壊させる。路地は歩くだけで危険な場所になったが、アクロバティックな戦い方をするシャルルからすると、落ちる瓦礫すらも足場だ。


アリス達が地上を逃げ惑う中、壁や瓦礫を蹴ることで空中を飛び回って追っていく。


「っ……!! ペトラ、ごめんなさい。時間稼ぎをお願い」

「わかりました。先に逝って待ってますね」

「えぇ、私は最後の悪あがきをするわ」


路地から飛び出した2人の特別指定魔女は、転がるようにして処刑人と向き合いながら、短いやり取りを終えた。


直後、主人であるアリスは街を駆け出していき、メイドであるペトロニーラは、1人で路地から出てくる処刑人の前に立ち塞がる。


「ギャハハハハ!! まだ苦しみたいのかよ、お前ら!?

さっさと死んどけよ、この國に救いなんてねぇんだから!!」

「……そういうあなたは、死を選ばないのですね。

あなたが死なない理由は一体何ですか?」


小さな杖の他には武器もなく、ほとんど死を待つだけの彼女の問いに、シャルルは黙り込む。戦闘が始まれば、おそらくすぐに殺されてしまうだろう。


しかし彼女は、言葉という人の武器で、見事亡霊をこの場に足止めして見せていた。


「……」

「まさか、そんな状態で人生が楽しい訳ではないでしょう?

自分でも言っていたのですから、死ぬ方が楽なはずです」


黙り込んでしまったまだ16歳の子どもに対し、ペトロニーラはなおも言葉を続け、答えを促す。

その言葉を聞いたシャルル・アンリ・サンソンは、またもや揺れ動き始めた瞳で、ゆっくりと言葉を紡いでいった。


「……俺は、生きたいと願われた。俺は、彼を殺すことを望まれた。俺は、彼を殺すことで生き残った。俺は、殺しを続けることで存在している。……だけど殺しはいけないことで。

そうして生きてきた俺は、楽になっちゃだめなんだ。

救われるべきは俺なんかじゃなくて、こんな國でも善良さを失わない子や、殺されかけても殺しを選ばないような善人。

彼はともかく、親友まで殺しておいて、殺すのが嫌だなんて馬鹿な話があるか。俺はもう、自分を殺してやる権利を他人に使っちまってんだ。存在している限り、苦しみ抜いて。

存在するために、殺して、殺して、殺して、殺して。

殺して殺して殺して殺して、生き続けないといけないんだ」

「多分、私が殺してあげるというのも……

君はもう、認められないのでしょうね」


壊れかけたモノの独白を聞いたペトロニーラは、完璧に理解はできないながらも、優しくその言葉を受け止める。

足止めももう、十分だ。


彼女にシャルル・アンリ・サンソンを救うことはできないが、せめて殺しの時間を終わらせるべく杖を手放す。


「せめて、君が殺してきた命を……

殺しという罪の重みを、軽くできるかな」

「……」


話が終わり、抵抗もやめた彼女に向かって、処刑人は黙って歩を進める。ギロチンのトゲを道に突き刺し、固定したそれの台座に彼女の首を乗せる。


「もう、彼を殺した過去は他の殺しに埋もれたよ」

「そっか。……もしも、君が休みたいと思ったなら。

君はもう、休んでいいと思う。もしも何か決意したのなら。

君は、自分の好きなように動いていいと思うよ。

あなたに殺される私が、君を許すから」

「……さようなら、ペトロニーラ・ディ・ミーズ」

「うん、ばいばい……」


さっきまでの暴走や狂気が嘘かのように、ギロチンは静かに穏やかに下ろされる。彼女達は赤の他人だが、もしかしたら同じ立場になったかもしれない魔女認定者。


だからこそ、決してどうでもいい存在などではなく……

それは、まるで母子のような、姉と小さい子のような。

大切な人に、語りかけるような。

どこか慈愛を感じさせる、優しい幕切れだった。



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