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虚の天秤  作者: 榛原朔
二章 鏡面逃避

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15-無慈悲なる殺人集団・後編

合法ショタである処刑人ピエール・ド・ランクルと、ヤギ頭の人型悪魔を召喚するマリ・ダスピルクエットは、ヨハンと同じく森で会敵した。


しかし、ピエールの戦法は鎖を使った機動力のあるものだ。

彼や狙撃手であるフランツとは違って、動きまくる。

その影響もあって、じわじわと追い詰められるダスピルクはいつの間にか街のすぐそばまでやってきていた。


「はぁ、はぁ……!!」


鎖でズタズタになり、やけに熱っぽい息を吐く彼女は、依然ヤギ頭の人型悪魔を召喚したままだ。

遭遇時からずっと箒で空を飛んでいるが、厄介なはずの箒自体にも何も手出しをされていない。


だが、ピエールは鎖に引っ張られるように空高くでも飛んでくるので、あまり意味をなしていなかった。


この場で重要なのは、いかに高く飛んで彼から離れるかではなく、いかに悪魔や箒飛行を駆使して接近してきた処刑人の攻撃を防ぐかである。


「あっははは!! 色っぽい声出してるけど、悲鳴はないの?

そういう声もいいけど、僕は悲鳴が聞きたい……なぁ!!」


箒の上で悶えているダスピルクエットに向かって、ピエールは再度鎖を駆使して飛び上がってくる。

太い木々に巻き付け、通り過ぎる時には緩んだそれを上手く回収し、勢いを落とさず数百メートル高空へ。


地上に降りても獲物でしかなく、空にい続けるしかない彼女ができることは1つだ。鎖を鳴らしながら飛んでくる姿を見ると、彼女はすぐにヤギ頭の人型悪魔を差し向けた。


「行き……なっ、バフォメット!!」

「ブオォォ!!」


ピエールも飛んでいるが、彼はあくまでも鎖を使って空高くまで跳び上がっているだけだ。


箒で自由自在に飛んでいるダスピルクエットも、黒翼で飛ぶヤギ頭のバフォメットも、空中戦では明らかに有利である。

そのため、悪魔は主から命令を受けると、今までと同じように真っすぐと敵に襲いかかっていく。


「鎖を、捕まえて、落と……せっ!!」

「ブオォォ!!」


とはいえ、今まで真っすぐ行ってあしらわれているのだから、ちゃんと防ぐための工夫くらいはする。

それはダスピルクエットの指示通りに動き、真っすぐ飛びながらも若干フェイントをかけて手を伸ばしていった。


「ふへへ、君にだって薬は効いてるはずだよ?

力が抜けてちゃ怪物も形無しさ。足場になってね」


しかし、それすらもピエールの手のひらの上ならぬ、鎖の上である。


自由に動けないはずの彼は、何とか鎖に巻き付かれないようにしているバフォメットへ向かって鎖を投げると、いつの間にかがっしりと掴んでしまう。


せめて鎖を掴もうとした手も、握りしめるのは空ばかりだ。

今度もまた、それはただの足場と成り下がってしまった。


「かじれ、かじってでも、その変態を止めろっ……!!」

「ガムォォォ!!」

「いやいや、そう来るならこいつを殺すさ。

今回の跳躍で2人まとめて叩き落とせばいい話だからね」


バフォメットが鎖にかじりつくと、ピエールはすぐさま方針を変える。縛って踏み台にするだけだったのが、急所を強く縛って落とそうとしていく。


ギロチンやワイヤーで飛ぶシャルルと同じく、空中戦は彼の十八番だ。少なく細かな動作でひらりと身を翻すと、太い首をタオルを絞るかのようにギュッと圧迫していた。


「グオォォ……」

「はい、ご苦労さん。そんな細い首じゃ突けば折れるね」


半分以下の太さになってしまっていたバフォメットの首を、ピエールは軽く蹴るだけでへし折った。

いくら巨大な悪魔でも、治すことや丈夫さに特化していないのであれば、それで死ぬ。


そもそも生きているのかさえ定かではないのだが……

ともかく、バフォメットの黒翼はすぐに羽ばたくのをやめて降下し始める。


「さてさてー、次はお楽しみの女の子♪

落とさないと次が大変だから、ちょーっといい悲鳴を……じゃなかった。痛くしちゃうけど許してね?」

「許すかッ、変態め!! 落ちるのはあんただけだ!!

溶かしなバフォメット!!」


確かに活動を停止し、降下を始めていたバフォメットだったが、ダスピルクエットの命令によって息を吹き返す。

それは死んだ目を右だけ輝かせると、屈強な右腕を処刑人に向かって振るう。


「おっと、危ない危ない。愛し合う男女の間に割り込むもんじゃあないぜー、デカブツ。その右腕は没収だよ」


だが、その腕が彼に届くことはない。

腕は触れた鎖を溶かしていくも、ピエールがくるりと回転して慎重に巻き付かせると、いとも容易く動きを止める。

次の瞬間には、それは圧力で引っこ抜かれてしまった。


「あははっ、今度こそ邪魔はないね!」

「ひっ……」


今度こそ沈黙したバフォメットを足場にして、ピエールは箒で飛ぶダスピルクエットへ跳び上がっていく。

少し溶かされた鎖も、軍服のような服についた過剰な装飾品から、ゾロゾロと顔を覗かせていた。


しかも、そのほとんどには何かしらの液体がついている。

その液体というのは、もちろん先程バフォメットに言っていた薬だ。


ズタズタになっているマリ・ダスピルクエットを傷つけたのもこの薬品で濡れた鎖であり、ただ金属で叩かれるだけでも脅威なのに、薬品はさらなる圧力を彼女に与えていた。


「逃げるのは禁止だよ。あーでも、旅行ならいいかもね」

「はぁん……!!」


彼女の足に巻き付いた鎖は、彼から飛んで離れることを許さない。あとほんの少し前なら、きっと力強く飛んで振り払うことや単純に手で解くこともできただろうが、今となってはそれも不可能だ。


足に巻き付いた直後に臀部や脇腹などを打った鎖によって、彼女は逃げる間もなく悶え、痙攣している。

鎖にぶら下がっているピエールは、何度も彼女を鎖で叩きながら、さらに痛めつけるようにわざと揺れていた。


「はぁ、はぁ……!!」

「ほらほらぁ、そろそろ落ちる?

今の君なら、木に落ちるのも気持ちいいと思うよ〜」

「そんなの、嫌に決まって……っ!?」


ダスピルクエットは痙攣しながら高度を下げていくが、なおも必死に逃れようと藻掻いている。そんな中、目の前に迫るキルケニーには異常な嵐が発生し、彼女達はそれに巻き込まれて消えていった。




~~~~~~~~~~




処刑人協会で特に注意を払うべき人物は、会長のマシューと特別枠のアビゲイルを除けば、最強の処刑人であるヨハン、最長射程のフランツ、女性に限れば粘着質であるピエール、凶暴に飛び回るシャルルの4人である。


そして、現在。シャルルは北の森で足止めを食らっており、ヨハンはタフな魔女の拷問中。フランツは嵐によって視界を遮られ、ピエールは女の背中を追っている最中だ。


4人の強力な処刑人は尽く行動を制限され、魔女組合の本隊は一般の処刑人を殺しながら本部へ進軍していく。

2つの部隊が合流した本隊を率いるのは当然、始まりの魔女であるアリス・キテラだった。


告発者でありながら、協力者、指導者となったアビゲイルに乗っ取られてしまったものの、実戦となれば前面に出るのは彼女をおいて他にいない。


杖を掲げてとんがり帽子を被る彼女は、側に控えるメイドのペトロニーラ・ディ・ミーズと共に、処刑人協会の本部へと突入した。


「中にいた者は制圧しました、私に続いてください!!」


真っ先に本部に突入したアリスは、操っていた霊魂や死体によって内部を制圧し、仲間達に呼びかける。


中には処刑人があまりおらず、むしろ魔女を狩るために外に出ている者が多かったため、ここまでついてきた者は少数だ。


大多数が外で激突した敵を倒すために残っているので、2人の他には特別指定魔女4人以外、あと十数人しかいなかった。


「いよいよだな。予定ではアビゲイルちゃんが、この先にある広場でマシュー・ホプキンスを留めているんだろう?」


本部に突入した特別指定魔女の男性――サミュエル・パリスは、2階や他の部屋を警戒しながらも問いかける。

数日前に魔女認定を受け、わずかな期間で多くの人を殺してここまできたので、その表情は明らかに曇っていた。


とはいえ、殺らなければ待つのは処刑される未来だ。

他に選択肢はない。全員をまとめていたアリスも、誰よりもそれをよく理解していたので淡々と同意を示す。


「はい、その予定です。おそらく敵は彼だけなので、強襲する時はビディさんが植物を操って拘束後、あなたに洗脳していただきます。準備はいいですか?」

「おう」


彼女達は作戦を確認しながら覚悟を決めると、黒魔術で闇を深めながら静かに広場に向かっていく。果たして、そこにはシルクハットにマント、レザーソールと、キチっとした正装をしているマシュー・ホプキンスの姿があった。


「動きを止めてください。その隙に、私達は体の一部を……」


マシューの姿を確認したアリスは、声を潜めて仲間に指示を飛ばす。頷いたビディ・アーリーによって、草は動き始めて彼の足元にまとわりついていった。


「む……」


遅れて異変に気がついたマシューだったが、これでもう敵は動けない。アリス達は一気に立ち上がり、諸悪の根源たる彼を確実に討伐するべく向かっていく。


「サミュエル、洗脳を!! マーサは刃物を生成して投げてください!! 軌道補正はマンテウッチャ!!

同じく飛んだ私とペトラで回収します!!」


命令を受けた特別指定魔女は、それぞれの行動を開始する。

サミュエルと呼ばれた男性はマシューと目を合わせるように動き、マーサと呼ばれた女性は走りながらも地面から刃物を作り出す。


放り投げたそれを勢いよく飛ばすのは、頭に柔らかそうな布をかけている女性――マンテウッチャ・ディ・フランチェスコだ。


同じように浮かされるアリス、ペトラと同様に、刃物は敵に向かってまっすぐに飛んでいった。


「止まれ」

「……!?」


しかし、その強襲はマシューの威厳に満ちた声一つで簡単に停止してしまう。理由は不明。確実に言えるのは、彼女達はもう彼に逆らえないということだ。


もっとも、全員が完全に停止している訳でもない。

洗脳しようとしていたサミュエルは完全に停止しているが、アリスやペトラなどはなんとか進もうとしている。


マシューは耳がないので止まらないナイフを避けながらも、その様子にジロリと目を向けて、興味なさげに鼻を鳴らして口を開く。


「死ね」

「ぐ……!!」


彼が『死ね』と言った瞬間、強襲していた魔女認定者達には唐突に変化が訪れる。アリスやペトラは膝をつくだけだ。


だが、特別指定を受けていない魔女は全員が。

特別指定を受けた魔女の中でも、サミュエルとビディの2人は自らの首に刃物を突き立てて自殺してしまった。


残されたのは、膝をついたアリスとペトロニーラ、彼を直視していなかったマンテウッチャとマーサのみである。

一瞬で壊滅状態に陥ったことで、彼女達は後ろを振り返りながら絶望に満ちた声を漏らす。


「は……!?」

「案外意志の強い者もいるのだな。だが、どちらにせよ結末は変わらん。心は折れたか? では、改めてし‥」

「ッ……!!」


動けずにいるアリス達に、マシューは容赦なく死刑宣告をする。しかし、先程と同じように『死ね』という言葉が口にされる前に、マンテウッチャは彼女達を遠くへ飛ばした。


「マンテウッチャ……!?」

「っ……!! 血は、採れたのよね? なら呪い殺しなさい。

私のことは、気に、しない……で……」


空高く吹き飛ばされていくアリス達の目に映るのは、自分達を逃がしてくれた女性が、八つ当たりのように自らの目をくり抜かせられている光景だ。


呪い殺せ……それが、長く自傷をさせられた後に処刑されるであろう彼女が残した遺言。処刑が横行する歪んだセイラムにて、地獄の魔女狩りはまだ終わらない。



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