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虚の天秤  作者: 榛原朔
一章 屍臭乱舞
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3-良心の在り処

本日2度目です。

ちょっと諸事情で急いで投稿しないとなので、忘れなければ日付変わった後にも投稿するつもりです。

どんな凄惨な処刑があった翌日であっても、太陽は昇る。

血みどろな光景を浄化するかのように、陰鬱な気分を晴らすように。


それはたとえ家の中であろうと、街の中であろうと、はたまた雷に焼かれて生まれた森の中の空き地でも変わらない。

日はゆっくりと昇って地上を暖かく照らし、倒木に寝かされていたシャルルは目を覚ました。


「うみゅう……ふぇ?」


どうやら寝ぼけているらしく、襟に隠れた口からこぼれ落ちるのは殺し合いの時とも普段とも違った柔らかいものだ。

少年にやられた衝撃もあるのかすぐに我に返ることもなく、しばらく体を起こしたままの体勢でぼんやりとしている。


黒いコートは顔の半分ほどを覆っていて丈も足まであるし、今の季節は春真っ盛りで暖かい。野外で熟睡してしまっても、特に風邪を引いてたりはしていないようだった。


シャルルは寒がることもくしゃみをしたりすることもなく、ただぼんやりと周囲を見回し……


「……!!」


相変わらず岩の上に座り込んでいる少年を見つけた。

彼はあの後眠ってはいないようで、またも無言のまま起きたばかりのシャルルを眺めている。


だが、この場では彼が眠ったかどうかなどよりも、断然重要なことがあった。


それはもちろん、なぜ凶暴な処刑人だとわかっていながら、彼はそのまま殺さなかったのかということだ。

仮に生かしておくのはまだいいとしても、拘束もせずに寝かしておくのは異常だとしか言いようがない。


既に武器であるギロチンを破壊されているシャルルは、一気に意識を覚醒させて飛び退きながらも、すぐに襲いかかりはせず慎重に距離を取った。


「やぁ、おはよー。ね言はずいぶんかわいいんだね?」

「黙れッ!! テメェ何で俺を殺さなかった!?」


そんなシャルルとは対照的に、彼は昨晩とまったく変わらないほんわかとした態度で目覚めの挨拶をした。


ここは雷によって森の中にぽっかりと空けられた空き地で、寝ていたのは粗末な倒木の上である。だというのに、まるで普通にベッドで目覚めた家族に対するような気安さだ。


油断なく体に異変がないか確認していたシャルルは、少年の言葉を聞くとすぐさま噛みついていく。

なぜか責められるような言い方をされ、彼はやはり困ったように頬をかきながら岩を滑り降りた。


「なんでって、ぎゃくになんできみをころさないといけないの? そんな重いもの、ぼくにせおわせようとしないでよね、まったく……そういうのは食べるときだけだよ。

それとも、きみはぼくに人を食べろって言ってるの?」

「……ふん。流石に食人の趣味はねぇよ、気色悪ぃ。

てめぇがそういうスタンスだってんなら、それでいい。

実に偽善的でわかりやすいぜ。吐き気がする」


直前まで最大限の警戒をしていたシャルルだが、彼の考え方を聞いたことですっかり興味をなくしたらしい。

トコトコ歩いてくるのもお構い無しで、心底軽蔑したような目を向けていた。


しかし、凶暴な処刑人を放置していただけあって、結果寝なかったとはいっても少年はかなりの度胸の持ち主だ。

侮蔑的な発言と目つきを見ると、ほんわかとした雰囲気は変わらず、面白そうに鋭い言葉を投げかける。


「あはは、そのぎぜんっていうのが、ころされかけてもころさないって部分で言ってるなら成り立たないよ?

だってぼく、別にころされかけてないもん」

「……あの雷は、てめぇが落としたのか?」


少年の挑発的な言葉を受けたシャルルは、ピクリとわずかに目元を引きつらせるが、冷静さを失いはしなかった。

今が殺し合いの時間ではないからか、普段通りに落ち着いた雰囲気で問いかける。


明らかに情報を引き出そうとしている問いかけに、彼も笑顔のまま素直に首を縦に振った。


「そーだよ。ちょっとズルかったかもだけど、まぁきみには向けてないからゆるしてね」

「許すも何もねぇ。負けて生かされてんだから、俺はお前に文句言える立場じゃねぇよ。うちの協会にも通報しねぇ。

……少なくとも、國への害意がないんならな」

「わぁ、ありがとぅ! ぼくもきみには聞きたいことがたくさんあったんだぁ! これからも‥」

「うるせぇ!! もしも面倒なことになったとすりゃあ、俺は迷わずてめぇを売るぞ!? それに、気が向きゃいつでも俺はてめぇに武器を向ける!! 勘違いすんな!!」

「わぁ、さびしいなぁ……」


通報しないとの宣言に輝くような笑顔を咲かせる少年だったが、シャルルは駆け寄ってくる彼の頭を鷲掴みにしながら声を荒げる。


ひとしきり怒鳴られて解放された彼は、しゃがみ込んで頭を抱えながら、いかにも悲しげにつぶやいていた。


だが、相手は血も涙もない処刑人だ。

そんな少年には見向きもせずに、昨晩自分が通ってきた道を見つけてさっさとこの場を去っていく。


慌てて立ち上がった少年は、人懐っこい笑顔を向けながらその後を追っていった。


「あっ、ぼくは雷閃(らいせん)っていうんだ!

もしよかったら、ぼくもいっしょにきみの家に‥」

「黙れ!! 俺ァ今、侵入者のクソガキにギロチンぶっ壊されて虫の居所が悪ぃんだよ!! 着いてこようとしたら殺すぞ!?

黙ってここで野垂れ死んでろや!!」

「きみにぼくはころせないって〜……」


しかし、流石に家まで付いていくことまでは許されない。

侵入については見逃された少年――雷閃だが、すぐさま荒々しく怒鳴られてしまい、シュンとして立ち止まる。


もちろん、雷のように輝かしい自信に満ち溢れた、一切悪気のない挑発的な言葉もセットだ。

その言葉を背中に聞くシャルルは、無視しながらも不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。




~~~~~~~~~~




雷閃がいる空き地を去ったシャルルは、速やかに幌馬車に乗り込むと今度こそ真っ直ぐに自分の家へと帰る。

昨晩処刑の仕事をした集落から、大きな森を挟んだ反対側。


まだチラホラと木々に囲まれ、近くには他の家屋が一切ない人目から隠れた場所にあるのが、シャルルの家だ。


馬車は普段からよく使って固められた道を通り、50坪以上はありそうな二階建ての家……その真横に建てられたガレージへ向かう。


一晩中放置されていたので、車を引く馬の機嫌はあまり良くない。馬車を外されるとすぐさま水や食べ物を要求するように鳴き、シャルルは物置から適当にそれらを引っ張り出してから玄関の方に足を向けた。


「……」


だが、伸ばした手がドアノブに触れることはない。

一体全体何を思ったのか、シャルルは鍵穴に鍵を差し込む直前でなぜか静止し、無言で玄関を見つめていた。


「これは、いるなぁ……」


玄関には間違いなく鍵がかかっており、ちゃんとしまっていなかったということはない。

それなのに、シャルルはしばらくドアを観察すると、ポツリとつぶやいてようやく鍵を開け、ドアノブに手をかけた。


限りなく音を立てないように慎重に開き、まるで処刑の仕事をする時のような動作で体を室内に滑り込ませる。

ドアを後ろ手に閉めたことで室内は薄暗く、外の明るさに慣れたシャルルの目に映るのは、曖昧な影ばかりだ。


とはいえ、どれだけ視界が悪かろうと、ここがシャルルの家であることに変わりはない。多少の暗さなど何の障害にもならず、迷いない足取りで右手のリビングを進んでいく。


「すぅ……すぅ……」


リビングに入ると、すぐに聞こえてくるのはかすかな寝息だ。明らかにリラックスしきっている調子で、こちらも眠くなるような心安らぐ寝息を立てている。


その音を聞いたシャルルは、大きくため息をつく。

どうやらテーブルで突っ伏して眠っていたのは、予想していた通りの人物だったらしい。


念のためしていた警戒も解き、ツカツカと歩み寄っていくと目の前にドカンと座る。

寝息を立てている人物は目を覚まさない。


呆れた様子で脱力するシャルルの目の前には、腕を枕に熟睡している、地味なワンピースを着た少女の姿があった。



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