13-鏡合わせの君たちへ
標的である魔女組合の本隊が、着実に処刑人協会の本部へと近づいてきていた頃。
フランシス・デーン牧師に足止めを受けていたシャルルは、今まさに彼を追い詰めているところだった。
「くっ……輝きなさい!!」
周囲にいた仲間達を一人ひとり潰されてしまったフランシスは、最後に一人残って十字架を掲げる。
直後、迸るのは変わらず安定の光だ。
彼はほとんどまともな攻撃手段を持たないため、視界を潰すことで何とか厄介な処刑人を足止めし続けようとしていた。
しかし、ギロチンを振り回すことで盾にした木ごと粉砕して迫っていた処刑人は、その瞬間ごとに木やギロチンの後ろに隠れているため、もう影響はない。
木に突き刺さったギロチンを軸にワイヤーで飛ぶと、少しの間は光らせることのできない牧師に向かって、全力でナイフを振るった。
「いくら眩しくてもなァ、物を盾にすりゃ効かねぇんだよ」
「うぐっ……」
鋭い刃は牧師の腕を捉え、筋が切れたらしきそれはブランと垂れ下がってしまう。だが、それでも彼は抵抗をやめない。
切られた勢いで尻餅をつきながらも、無事な右腕で落とした十字架を回収し、体を起こして時間を稼ごうと逃げ始めた。
「往生際が悪ぃ」
「ぐあっ……!!」
だが、ここまでやって逃げられるはずがない。
逃げる牧師に、処刑人はナイフを投げつける。
暗闇に紛れる凶器は真っすぐ飛んでいくと、彼のアキレス腱辺りを無情にも貫いていた。
動けない彼を見た処刑人は、冷たい目で油断なく見据えながら、木に突き刺さっているギロチンの元へと歩いていく。
飛び出す時にワイヤーを手放していたので、まずは愛用している武器の回収だ。
「あなただって、同じように魔女認定を受けたはずなのに、なぜ……!! ただ不安だっただけの私達を殺すのです!?」
「……」
メキメキッと木を割って回収している処刑人に、フランシスは荒い息を吐きながら詰問する。問いかけた相手は、道具を回収し終わっているにも関わらず無言だ。
彼の言葉に取り合うことなく近づくと、冷たい目をしたままでその頭を掴み、ギロチンの台座に無理やり乗せていく。
「くっ……」
「正しいからって、必ずしも救われるとは限らねぇ。
この國で生き残りたきゃ、殺さないといけねぇ」
「その殺す相手は、処刑人協会でも良かったじゃないですか……!! あなたが私達に味方してくれていれば‥」
魔女の首を固定できたことで、処刑人はようやく重苦しい沈黙を破った。
その内容は若干詰問の内容とはずれているのだが、ようやく叶った会話にフランシスは涙を流しながら訴えかける。
その涙は、まだセイラムに染まりきっておらず、生命や希望に満ちた純粋な雫だ。
彼は外の世界に興味を持った訳でも、フランソワ技師の機械を集めていた訳でもない。ただ、牧師として。
不安に駆られる人々に寄り添っていただけである。
しかし、処刑人が振り下ろすギロチンは、容赦なくその言葉ごと彼の首を断ち切った。
「……」
牧師の首は宙を舞う。夜の暗闇は、その無惨な姿を隠すように月明かりすらも通していなかった。同時に重たい暗闇は、この場の空気を停滞させて血の匂いを充満させる。
「……俺は、殺すために生まれた。そう、望まれた。
この國で生き残るために、俺が潰れないように。
殺人が悪なら、俺はどうなるんだ? その必要があったから殺したってのに、俺が彼を殺したのは間違いだったのか?
殺して、殺して、殺し続けて。そうやってなんとか生き続けてきた俺の存在を、お前は否定すんのか?
……止まってもいいなら、とっくに止まってんだよ。
少なくとも今、俺は殺さなきゃ殺される。
アビゲイルの操る組織に、協力できる訳ねぇだろ……」
月が隠れた暗い森の中で、血に濡れた処刑人は独りごちる。
いつも通り、高く襟が立っている黒いコートによって、目元から下は一切見えない。
だが、たとえ表情がほとんど見えなくとも、今のそれは明らかに壊れかけたモノである。
テンションを上げて愉しむことで、なんとか自分というものを保ってきた殺人鬼は、同じように生き残るために殺そうとしている鏡合わせの敵を追い、亡霊のように歩き始めた。
「よう。やっと見つけたぜ、マザー・シプトン」
殺人鬼の亡霊が歩き出して十数分後。
それはようやく、無防備な状態で森の中に潜む占い師の姿を捉えた。
鳴り響くのは紛れない死の足音だが、後ろから声をかけられた占い師は、どこかホッとしたように振り返って微笑む。
「こんばんは、シャルルさん。予定よりは少し速いのだけれど、あなたが来ることは知っていましたよ」
「……あんたは逃げねぇんだな」
「もう、この國に疲れてしまったんですよ。
精一杯従順に生きて、最後にほんのちょっぴりだけヤンチャして……うふふ。いい人生だったのかもしれませんねぇ。
私の役割も終わりましたから、長らえる意味もありません。
ついて来ていた他の魔女認定者も、本部へ向かいましたよ」
無感情に問いかけるそれに、マザーは慈愛に満ちている表情でゆっくりと語る。処刑人協会への反逆に、敵を殺すことに手を貸した時は胸が高鳴っている様子だったが、今はもう、完全に穏やかな老婆でしかない。
しばらく黙って彼女を見つめていた殺人鬼の亡霊は、彼女の姿に何を思ったのか、思わずといった風に言葉を漏らしていた。
「……殺人は、悪だと思うか?」
「いいことではないのでしょうねぇ。けれど、こんな國では考えても仕方のないことですよ。人を殺さないために自分が死ぬだなんて、馬鹿みたいでしょう?」
「……うん」
牧師とは少し違った老婆の答えに、シャルルはかすかに声を漏らして頷く。彼女も暗に悪だとは言っていた。
しかし、悪だから許されないとまでは言わなかった。
この、処刑が横行する歪んだ国で。自分が生き残るには殺人を容認しなければいけない世界で。
殺人者の過去は控えめに肯定される。
悪であることに変わりはない。
褒められた行為では決してない。
それでも、処刑人であるそれは生き続けるために……
「ギャハハハハ!! 最後は楽しげに終わろうぜぇ!!」
「そうねぇ……」
悪魔のような笑い声を響かせる処刑人の言葉を受けて、老婆は自ら首を台座に乗せる。彼女の顔から微笑みが絶えることはなく、これから起こる惨状に不釣り合いな優しげな空気が流れていた。
「カウントダウンはしねぇ!! 眠るように、死ね!!」
死の瞬間、老婆にはまだ意識が残っていただろうか?
それを知るのは彼女本人だけだ。
斬首刑に処したシャルルでさえも、確認はできない。
どうあれ首は、跳ね飛ばされる。痛みはほんの一瞬だ。
主を失った首は森に満ちている静かな暗闇に隠れ、その惨状を包み隠していく。
月明かりも消えた深夜、もはや草木も寝静まる頃。
現在魔女狩りが行われている狂気的な國の森中では、國中に響き渡らんばかりの痛ましい狂笑が響き渡っていた。
あらすじで書いた単語の記述、そして1章-0話のセルフオマージュ?でした。同時に、章タイトルの回収に近いこともしたんじゃないかなー……と思います。
僕はここを書いている時、とてもつらかったです。
こんな序盤でシャルルを追い詰める予定ではなかったんですけど、やっぱりキャラは勝手に動きますね。
この子は物語序盤から、殺しを楽しんでいるような描写をしてきましたが、それらがすべて自分を騙すためだと思うと痛ましいです。自分で書いておきながら。
上のラストなだけあって、この章はある種物語の終着点に近いもの。シャルルの選択と苦悩、覚悟をぜひ最後まで読んでいただけると嬉しいです。




