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虚の天秤  作者: 榛原朔
二章 鏡面逃避

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12-本隊の強者達

処刑人シャルルが、牧師フランシス・デーンに足止めされていた頃。


彼らから少し離れた森の中では、地味なローブに身を包んだ占い師の老婆――マザー・シプトンが水晶玉を睨んでいた。


身を潜める彼女の周りには数人の魔女認定者。

しかし、彼らは彼女を近辺で警護したり、周囲を警戒したりすることもなく、周囲の木陰に隠れている。


マザー・シプトンは特別指定された魔女で、未来予知じみた占いを駆使して軍の作戦を立てているのだから、魔女組合にとっては最重要人物だ。


戦力にはならないので囮に使っているが、普通ならば近くをきっちり護衛するべき人物だろう。


だが、彼女に限っては未来予知じみた占いで危険は察知できる。むしろ万が一の時以外は敵にバレないことの方が重要であるため、こうして隠密を最優先にしているのだった。


「フランシスさんが、シャルルさんに殺される……次に向かう場所……少し、移動するべきですねぇ。しかし、それより先に連絡を。えぇっと、使い方は……こうでしたかねぇ?」


いくつもの占いを行った様子のマザー・シプトンは、懐から通信機を取り出すと苦労しながら起動する。

占いと作戦を伝えるだけなので、相手からの反応はない。


「ピエールさんが近づいていますよ。あの方は鎖や釘などを使っておりますから、ダスピルクさんなどいかがでしょう。

フランツさんも、そろそろ射程距離に入っているみたいですねぇ。数分後に撃たれますよ。アグネスさんが防ぐとよろしいかと。ヨハンさんも少年の処刑を諦めるようです。

それとも、もう諦めたのかしら? もうすぐ来るみたいですねぇ。死なないことを優先し、イザボーさんが足止めを。

これで動けるトップ層はいなくなりますよ。

シャルルさんだけはすぐに動きますが、私を探している間に協会本部へお行きなされ。マシューを殺すのです」


占いによって大まかなの展開を知っているマザー・シプトンは、ゆっくりとした優しい口調で未来を伝えていく。

実際に動くのは本隊の者達ではあるが、基礎は彼女の占いに従う形だ。


最後に小さく『ありがとう』と聞こえてすぐに通話は切れたので、おそらく彼女達は特に強い3人へ仲間を差し向けて一気に本部へと強襲し始めたことだろう。


協会の四強、最後の1人であるシャルル・アンリ・サンソンは、厄介な占い師として彼女を追っている。

マシュー会長の右腕であるヨハンも、遠距離から狙撃してくるフランツも、機動力のあるピエールも。


短い間ではあるだろうが、確実に封じ込めて魔女組合の本隊は自由に動けるようになっていた。


「……とっても、疲れましたねぇ。私は、ただ息子たちの不安が可哀想だと思っただけなのに、こんな歳にもなって魔女になってしまうだなんて。私、何か悪いことしましたかねぇ。

長く生きてきましたけど、最後まであなたのことはまったくわかりませんでしたよ、マシュー・ホプキンスさん。

あなたは國に殺させてばかりで、私のような老婆ですら…… こうして殺す手伝いに何も感じません。それどころか、少し胸が高鳴っている程ですよ。老婆がこうなのですから、若者であれば喜々として殺す人もいるのでしょうねぇ。

もしかして、これを日常に感じること自体が、罪なのですかねぇ。日常にしたのは、あなたなんですけどねぇ……」


処刑人シャルル・アンリ・サンソンは、厄介な占い師であるマザー・シプトンを追っていることだろう。

足止めをしていた牧師フランシス・デーンが、まだ抗っているのかは定かではない。


なにせ、彼女はもう占い用の水晶玉を落として壊し、逃げもせずに夜闇を見つめていたのだから……




~~~~~~~~~~




マザー・シプトンによって大まかな未来の展開を伝えられた魔女組合は、大体はその作戦通りに軍を動かす。

元々彼女の占いによって、本当に本部へ強襲する部隊は大体決まっていたので、その動きに滞りはない。


4つの部隊はそれぞれの標的へ向けて動き、うち2つは合流し、すべてが本部へ向かっているように感じられた今までとはまた違った動きを見せていた。




そのうちの1つが、特別指定魔女の仲間と別れて足止めに来た男性――特別指定魔女イザボー・シェイネの部隊である。


「……君は?」


雷閃を処刑することやシャルルの家を制圧することを諦め、どうにか彼から逃げてきた会長の右腕――ヨハンは、威勢よく目の前に現れた軍を前に誰何する。


魔女認定者は多いが、視線を注いでいるのは先頭の彼1人だ。

その他の者など気にする価値もないと思っているのか、機械的な静かな瞳はジッと何の特徴もない男性を見続けていた。


「どうせ名簿で把握してんだろ?

あんたらに特別指定されてるイザボーだ」

「そうか」

「……へ?」


恐怖で頬を引きつらせながらも、精一杯強がって見せる男性――イザボーに、彼は興味なさげに言葉を返す。

次の瞬間、彼はイザボーの背後に立っており、その首は綺麗な断面図を赤く光らせながら落ちていた。


しかし、ヨハンの握っている丸みを帯びた大剣には、一滴も血がついていない。巨大で重いはずのそれは、異常な速度と正確性を以て魔女の首を断ち切っていた。


「うゎぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

「特別指定の生き残りは、皆一様に厄介であると聞いていたが、案外そうでもなかったな。さて、罪人は処刑せねば」


再び広場の時と同じく、残された魔女認定者達は恐慌状態に陥り叫び出す。その叫び声を物ともせずに、ヨハンは機械的な動きで大剣を振りかぶる。


「ちょっと待て!! 俺はまだだ!! 首を繋げろ悪魔!!」

「……?」


だが、彼が他の魔女達に手を出そうとした瞬間、彼の背にはさっき死んだはずの男の声がかけられる。


眉をひそめて振り返ってみれば、そこにいたのは黒い蝙蝠のような生き物に首を持ち上げられ、どういう訳かすでに首が繋がって喋るイザボーだ。


彼は少し首の調子を確かめるように動かしていたが、すぐに気を取り直してヨハンを力強く睨みつけていく。

ジリジリと距離を取っており、警戒度は上がっていた。


「死なないことを優先してって言われてたのに、ひどい醜態だ。でも、まだ致命的なミスじゃねぇぜ。

まだ、お前を先には行かせねぇ!! お前だけは、絶対に!!」

「……ふん、体を治すのか。

これを異端と呼ばずなんと呼ぶのだろうな」

「魔女認定を受ける前はこんな力身につけてねぇよ!!」

「どうでもいい。死なないのなら、放置する」

「させるか……!!」


彼が離れていくのをいいことに、ヨハンはさっさと無理だと割り切って他の魔女を切り始める。あっという間に5〜6人が犠牲になり、イザボーも堪らず近づくのだが……


「……え?」

「はぁ……どうしたら死ぬのだ、君は」


いつの間にか振り向いていたヨハンに、彼は首と同時に四肢も根本からすっぱりと切られてしまう。

それでも死なずに蝙蝠達が治していく姿に、協会最強の処刑人もため息を禁じ得ない。


魔女は殺され、しかし死なずに立ち上がる。

他の魔女を狙うも、すぐに特別指定魔女がまとわりつく。

この場では、何よりも無意味な殺戮が始まった。




~~~~~~~~~~




ヨハンがイザボーの足止めを食らっているのと同じように、他の場所でも特別指定魔女が残る四強の前に立ち塞がる。

初日にシャルルを狙ったピエールの前に現れたのは……


「あーやだやだ。何でアタシがこんな変態の相手なんだか。

そりゃ、女しか殺さないってんなら、女が行くしかないけどさぁ……どうせなら、まともなやつを殺したかったよ」


箒に乗って空を飛び、隣には黒翼で羽ばたくヤギ頭の人型を従えた魔女――マリ・ダスピルクエットだ。


彼女もシャルルやアビゲイルと同じく、地上の彼を見下しながら不快そうに顔をしかめている。

だが、当のピエールは嬉しそうに頬を染めてニヤニヤと笑いかけていた。


「あ、女の子だ〜。うんうん、君にだったらいくらでも付き合ってあげちゃうよ。いい悲鳴を聞かせてねぇ?」


愉しそうに笑うピエールは、鎖をジャラジャラと鳴らす。

他とは違って、この場では双方に殺意のある正真正銘の殺し合いが始まった。




~~~~~~~~~~




シャルルが先遣隊を追っており、ヨハンはイザボーに足止めされ、ピエールはダスピルクエットと殺し合う。

残る四強は高所から罪人を狙う狙撃手のフランツのみだ。


本部へ強襲する部隊から単独で離れた魔女は、彼の気を引くためにいち早くその近くにやってきていた。


といっても、油断なく地上を監視しているはずのフランツの目に人影などは映らない。

唯一街から出ずに地上を見下ろす彼の目の前には、どういう訳かこの範囲だけの奇妙な嵐が吹き始めていた。


「……? 風が、強くなってきましたね」


キルケニーで一番高い塔の上で敵を探すフランツは、唐突に荒れ始めた天候で髪や白衣を揺らしながら、首を傾げる。

この場にやってきた魔女は、アグネス・サンプソン。

嵐を生む悪魔を召喚した特別指定魔女である。




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