11-組合の先遣隊
翌日の深夜。シャルルはジョン・ドゥの情報通り、森の中に伸びている道で、魔女組合の軍を待ち構えていた。
あれが言うには捨て駒とのことだが、それでも特別指定魔女がいるのならば死ぬことだけが役目ではない。
決して油断はできず、色々と仕込んだギロチンを抱えている処刑人は、木の上から道を見下ろしている。
風はいつも通り柔らかく吹き、森の香りの中にも人や武器、火などの不吉な匂いや音は感じられなかった。
「あいつが聞いてきたことが正しければ、ここは既定路線。
もうとっくに来てるはずなんだがな……」
欠けた月が放っているのは朧気な光だけで、森を薄っすらとしか見せてはくれない。しかし、日々夜に罪人を殺している処刑人であればそれは十分な光量だ。
それなのに、この場からは進軍してくる姿どころか、進軍の兆しすら感じ取れていなかった。
地図から目を離したシャルルは、続けて懐から特別指定魔女の能力が記された書類を引っ張り出す。
「先遣隊にいっていう特別指定魔女は、マザー・シプトンとフランシス・デーンの2人。前者が占い師、後者が牧師。
どちらも戦闘に向いているとは言い難く、サポート向き。
占い師って、まさか未来予知じみた占いなんて……っ!?」
シャルルブツブツとつぶやいていると、唐突に無音で胸元のポケットが震え始める。驚きつつも慌てずに取り出されたのは、死ぬまでにフランソワがいくつか売っていた通信機だ。
かすかな振動だけで誰かからの着信を伝えてくれたそれは、ボタンを押すとすぐさまコードを耳まで伸ばし、落ち着いた女性の声が鼓膜を打つ。
『もしもし、聞こえる?』
「敵は進路を変えたか?」
『えぇ、未来予知じみた占いで……ね』
「お前も近くにいたか?」
『あなたの情報を知っていれば、思考もある程度は‥』
女性の声が軽口を叩き始めたのを聞いて、胡乱げに問いかけていたシャルルはすぐさま通信機を切る。だが、その直後にはまたそれは振動を始め、普通にボタンが押されたことで何事もなかったかのように通話を開始した。
『場所はあなたがいる場所から北に1キロ弱。処刑人達を誘き出すように、騒ぎながら少しずつ北上しているわ』
「連絡が遅くねぇか?」
『時間を空けた方が油断をさせられるじゃない。
それに、私は他の分隊の情報も‥』
質問に答えていた女性の声だったが、聞きたいことは聞いているのでまたも途中でぶつ切りされてしまう。
相手も伝えるべきことは伝えたという感触を持っているのか、今度は再度振動することもなかった。
シャルルはロープでギロチンと体を固定し、それにつながるワイヤーとは別のワイヤーで木々を掴んで空を飛んでいく。
先端についているのは、協会本部から逃走した時とは違って自動で外せる爪のようなものだ。
処刑人はわずかに迷いを見せながらも、移動中にブツブツとつぶやくことで考えをまとめている。
「先遣隊は進路を変えた。予定位置よりも速く北上したってことは、マジで俺の襲撃を見越してのことだろうな。
その上で騒いでんなら、追われなきゃ困るってことだ。
つまり、捨て駒ってのは敵を消耗させる役割すらない囮。
あれは撒き餌でしかない。これからやつらはひたすら北上を続けるだろう。多分、本部や組合の本隊からは遠ざかる。
それを協会のやつらが追ってるうちに、俺は本隊を叩くべきなのかもしれねぇ……弱いが厄介な敵を追うことできっちり数を稼ぐよりも、本隊の強者を潰すことの方が……
だが、協会のトップ層なら簡単に気がつけるだろうし、待ち伏せてたのは早めに遭遇できる位置だ。急げば先に追いつける。かち合っても雑魚なら危険もねぇ。速攻で、消す!!」
この國で唯一魔女認定を受けた処刑人は、爪付きワイヤーを駆使することで、迷いを洗うような軽やかさで宙を舞う。
目元から足元まで、ほとんど全身を黒いコートで包みこんだ姿は実に怪しい。
しかし、時に森の葉の下を潜り抜け、時にワイヤーがしなる勢いで森の葉を眼下にして突き破っていく姿は、葉っぱの海を泳ぐかのようだ。葉の下では暗く恐ろしいが、ひとたび空へ打ち上がってしまうと……
「音、人影、真下に魔女の集団……!!」
その不吉なはずの姿は、顔の中で唯一露出している美しい瞳を爛々と輝かせる姿は、月明かりで美しく見えていた。
「うおーッ……!? シャルル・アンリ・サンソン……!!」
「占い師に牧師……それっぽいやついねぇじゃねぇか!!」
再び森の海へと潜ったシャルルの視界に飛び込んできたのは、大声をあげて武器を打ち鳴らしながら、全力で森を走る魔女認定者達の姿だ。
だが、先遣隊と言う割には4人しかいない。
おまけに、占い師や牧師らしき姿も見えなかった。撒き餌の役割しかない先遣隊の中でも、明らかにただの囮である。
シャルルは瞬時にそれを理解すると、軽く舌打ちをして地面に降り立つ。ワイヤーは既に懐の中へ。
空いた手のひらには、黒光りする銃が握られていた。
「おいおい、騒ぎながらってのは嘘情報か……!?
いや、落ち着け。ジョン・ドゥが間違えるはずはねぇ。
つまり、もう俺の襲来を予見してバラけてる。
森で騒いでる音は、確実にこいつらだけだったが……」
瞳に映る敵の姿と状況についてつぶやき、考えをまとめながらも、シャルルは素早く4人を射殺する。
敵は素人。外しはしない。
上空を飛んでいた時点で敵の位置も把握しているため、彼らの死を確認することもなくすぐに目を閉じ、耳を澄ませていた。
「次の騒ぎ声は東……細かくバラけることで、特別指定魔女の位置を隠してやがるな。問題はこれが先頭にいる連中なのか、まだ先に敵はいるのか。どうせこの作戦は占い師を消せば終わる。順当にいけば、占い師は真ん中……
チッ、流石に二点だけじゃ材料が足りねぇなッ!!」
森から聞こえてくる音を聞き、敵の作戦を看破したシャルルは、すぐさまワイヤーに持ち替えて移動を再開する。
現在までに判明しているのは、今いる場所にいる魔女と、今騒ぎ始めた場所にいる魔女の場所のみだ。
変に裏をかこうとしていないと仮定するならば、真ん中にいる可能性が高い占い師の場所はまだわからない。
しかし、同じように移動中だと思われるその他の魔女達ならば、この二点だけでもある程度は予測可能だった。
処刑人はできるだけ音を立てないように森を飛び、息を殺している魔女達を転々と消しつつ騒ぎの元凶へ向かう。
「2……3……4……5……6……」
騒いでいる魔女達を殺せば、すぐに離れた位置から囮が騒ぐ声が聞こえてくる。不思議なことに、最初に囮を殺した位置より西からは、騒ぐ魔女の声は聞こえてこなかった。
「相手にも通信機があると仮定、西から声が上がらないのは最後尾をぼかすため、道中潰した奴らも含めて、真ん中にはむしろ不自然なくらい囮がいる、北と西の点が薄くて全体像が掴みにくいが……後方か、左翼? 安直だな。常に移動していることを考慮した上で、やや不自然な点は……」
転々と虐殺を続ける処刑人は、やがて1つの答えを導き出す。
もちろん、全体像がぼかされている異常はただの予想だ。
魔女達も、まだ順番に騒ぎを起こしている。
だが、処刑人協会の処刑人はこの場に出てこない。
先遣隊以外を気にすることなく、シャルルは当たりをつけた場所を目指して森を飛び始めた。
月明かりの下から、出たり入ったりと獣のように。
やがて、高度を下げたその場所には……
「見つけたぜ、特別指定魔女ッ!!」
「はぁ、はぁ……予想より速いですね。動き回るスピードも、頭の回転も。彼女の占いが追いつかない程に……!!」
数人の魔女認定者に囲まれた、名指しで手配される特別指定魔女――牧師のフランシス・デーンがいた。
処刑人の動きに追いつけなくなった様子の彼らではあるが、やはりここに現れることも既に予知済みのようだ。
上空から降ってくるシャルルを、悲痛さの滲む顔をしていながらもまっすぐ見上げている。
とはいえ、敵の戦闘能力は大したものではない。
シャルルは背中に巻き付けたギロチンを下ろすこともなく、ワイヤーを手放した両手に武器を握った。
手に取るのは刃が付いたブーメラン。
小型ですぐに懐から出てきたそれは、同時にナイフを握りながらも的確に魔女達に投げられ、迫っていく。
「おい、ふざけんな。肝心のマザー・シプトンがいねぇじゃねぇか!! 鬱陶しいのはあの占い師だぞクソが!!」
ブーメランはすべての魔女達に当たりはしないが、彼らの中の数名は切り裂き、残りの逃走もわずかに遅らせる。
その隙に、処刑人はワイヤーを木に伸ばして体を引っ張り、重いギロチンを縛り付けながらも高速移動を行っていた。
「その鬱陶しさがあるからこそ、いないんですよ!」
しかし、特別指定を受けた魔女であるフランシス・デーン
も、ただその結末を待ちはしなかった。
彼は懐から十字架を取り出すと、前に突き出す。
瞬間、この場に迸るのは、昼間ほどではないにしても確実に月明かりよりは強い謎の光だ。
ワイヤーに引かれて空を飛んでいるシャルルだったが、敵を切る前に目を潰されてしまう。
木に辿り着く前に、感覚だけでなんとか1人道すがら殺しているが、着地した後はまともに動けず、すぐに地面に落下していく。
「戦闘能力は皆無のくせに、守りはそれなりでうぜぇ!!」
シャルルは綺麗に着地すると、木に引っかかるなどして自らの元へ戻ってきたブーメランでギロチンのロープを切る。
役目を終えたブーメランは、背後の木に深く突き刺さっていた。
「……それが、私の約目ですから。冤罪は、悪です。殺人は、悪です。正しい人は、救われなければならない……!!」
本来の武器を開放し、苛立ちを露わにする処刑人の前で、1人の牧師は柔らかく微笑む。肩から血を流しながらも、恐怖を乗り越えた、悲壮感溢れる決意の表情で。
魔女組合の本隊から、遠く離された森の中で。
魔女認定を受けた者同士の、生存をかけた時間の奪い合いが始まった。




