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虚の天秤  作者: 榛原朔
二章 鏡面逃避

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8-異次元の善性を保つ場所

「シャルル・アンリ・サンソンではない……な。何者だ?」

「ぼくは……そうだね。シャルロット、だよ」


和服ではなく、少し大きなシャルルの黒いコートを身に纏う雷閃は、誰何してくる処刑人に対して、シャルルをもじった名前を告げる。


黒いコートを借りている身として、これ以上ない程ぴったりな名前だ。しかし、相対する処刑人――ヨハン・ライヒハートからすると、それは受け入れ難い話のようだった。


彼は丸みを帯びた大剣をドスンと地面に置きながら、鋭い目を雷閃に向ける。


「あのモノは、シャルル・アンリ・サンソンの黒いコートを身に纏わないはずだ。君はシャルロットなどではない。

それに、そもそもあの者は今‥」

「そうだね。ぼくはシャルロットを名乗るだれかだよ。

だけど、少なくとも今きみとてき対するだれかではある」

「……ふむ。ならば細かいことなどどうでもいい、か。

であれば君は反逆者。処刑を執行するとしよう」

「うん、ぼくもぼくの役わりを果たすよ。

シャルルの帰る場所は、大切な人は、ぼくが守る」


一通り交わすべき言葉を交わし、互いの立場や目的をはっきりさせた彼らは、改めてそれぞれの武器を取る。


ヨハンは地面に突き刺さっていた重い大剣を引き抜き、雷閃は腰に差していた美麗な刀に手を添える。

だが、雷閃に関してはそれだけではなかった。


彼が刀を引き抜くと同時に、シャルルの家の周りに埋まっていた帯電する石は、彼に呼応するかのように激しくバチバチと鳴り始める。


さらに、尋常ならざるそれら雷石の中でも、特に家の周囲を守るような配置のものは、不可思議な雷の膜のようなものを広げていた。


家の屋根までをすっぽりと包む膜は、まさしく雷のドームだ。その膜は雷閃の背後まで広がると、ピタリと止まる。

術者である雷閃を倒すまで、もう敵は決してシャルルの家に手出しはできない。


「……実に神秘的なものだ。君は人間ではないのか?」

「まだ人だけど、もうふ通の人じゃないかもね」


ヨハンの問いに答えた雷閃は、次の瞬間には姿を消す。

いつだかの夜、シャルルのギロチンを避けた時のように。

予備動作もなく、彼の視界から消えていた。


消えた雷閃が現れたのは、ヨハンの背後だ。

彼はバチッという小さな音と共にいきなり現れ、手元をかすかに煌めかせて居合い切りを放つ。


「ふむ、速いな。君は雷そのもの……ということだろうか」


しかし、死角から放たれたはずのその一撃は、たとえ目の前からでも容易に防げない程の高速の一撃は、ヨハンの体には届かない。


彼はいつの間にか、引き抜いていた大剣を鯉口を切った刀を振り抜く前のように、自然な形で背中を守るように構えており、居合い切りはその丈夫な大剣に弾かれた。


おまけに、彼の行動はそれだけではない。

居合い切りを防いだ大剣は、その勢いを利用するように弾かれて飛ぶと、回転するように雷閃に切りかかっていく。


既に刀を振り抜いていた雷閃は、ギリギリのところで刀を戻してその軌道を逸らしていた。


「っ……!! きみ、反のう速度がすごいね」

「君は重さが足りないな。当たれば私より鋭いのだろうが、当たる前に阻まれては意味がない。……子どもに言うべきことではないか。成長すれば私よりも強くなるだろうからな」


刀で大剣の力の方向をずらしていた雷閃だったが、ある程度は圧力を受けるので、背後に弾け飛んでいく。

そんな彼に対して、あのスピードを見ても余裕そうなヨハンは、淡々と言葉を投げかけていた。


「それはよかった。じゃあ、才のうあふれるぼくはきけんだから、もうこの家に手を出さないでほしいな」

「ふ、それはまだ時期尚早だろう。もう少し打ち合ってみても打ち倒せないのであれば、考えるとする」

「流石プロの処刑人だね……!」


今度は自分から切りかかってくるヨハンに、雷閃は全身に雷を纏った状態で高速の回避をしていく。

彼の一撃は重く、まともに受け止めるとしたら、たとえ刀が折れることはなくても手は痺れてしまうだろう。


どこまでも機械的な斬撃を避け続ける雷閃は、ほとんどない隙を狙って、周囲の石の間を飛び回っていた。




~~~~~~~~~~




魔女認定を受けた処刑人――シャルル・アンリ・サンソンは、人気のない森の中を馬車で走る。


目的は当然、冤罪を晴らすために魔女を殺すこと。

目的地はひとまず、あの写真が撮られたサバトが行われていた家だ。


あの場に集まっていた他の処刑人達は、すぐに追ってきていないことから、おそらくは魔女認定を受けた者の名簿を受け取っているだろう。


だが、シャルルはその魔女認定を受けた者の1人であるため、すぐに逃げ出す必要があって受け取ってなどいない。

スクリーンに映っていた者以外には、あのサバト現場にいた者達以外には、狩るべき魔女を知らなかった。


いずれはジョン・ドゥ辺りから渡されるのだろうが……

処刑人協会の全処刑人が動いている以上、そんな暇はない。

シャルルの性格からしても、そんな選択肢はなかった。


「追われながらも多大なる功績を収めた場合ってことは……

少なくとも、残る10人の特別指定魔女のうち、半分くらいは狩らねぇとだろうな。あの集会……チッ、癪だがサバトか。

あれに集まってた奴らだけじゃなかったが、数人はあそこにいた奴だった。まずは不安に駆られて集まる可能性を……」


やや遠回りをしながらも、シャルルは着実に件の集落にある家を目指して進む。森はしん……と静まり返っており、遠くで木々がざわめいているのがよく聞こえていた。


「チッ……あの野郎、やっぱり俺を追ってきやがったな」


遠くからのざわめきを聞き取ったシャルルは、馬車を急停止させるとギロチンを持って飛び降りる。

目の前に敵はいない。誰かが走ってくるような音もしない。


しかし、魔女狩りのために追ってきた処刑人は、確実に死の足音を響かせていた。


「……」


静まり返った世界の中で、森はざわざわとと不吉に木の葉を散らす。降りしきる落ち葉の中、そのざわめきは段々と大きくなっていき……森の上から、数本の鎖が飛んできた。


強襲を察知していたシャルルは、飛んでくる鎖を見るとすぐさまギロチンを振り上げる。

まだ空中にある鎖を絡め取り、右側に叩きつけるようにして近場の地面にめり込んだ。


それと同時に、空から聞こえてくるのは少年のように高い男の声である。愉快そうな声は森に響き、また別の鎖が近場の木々に巻き付いていく。


「あははっ、待ってくれるなんて嬉しいなぁ! あんなこと言ってたけど、君やっぱり僕が来るの心待ちにしてたの?

恥ずかしがってるだけなら安心して? 僕は‥」

「死、ね!!」


ガサガサっと空から降ってきたのは、鎖を操って空を飛んでいる、少年の見た目をしているだけの立派な成人男性処刑人――ピエール・ド・ランクルだ。


ニヤけきった表情をした彼を見ると、シャルルは心の底から気持ち悪そうに顔をしかめてギロチンを投げた。

離れて埋まっていたギロチンは、ワイヤーに引っ張られることで空中にいるピエールに直撃していく。


「残、念♪ 僕は君と似てる戦い方をしているから、そんな動きはわかるのさ☆ 照れ隠しも受け止めるよ!」


ギロチンが直撃したピエールだったが、彼はまた別の装飾品の下から伸びる鎖を張ることで、問題なく受け止めている。

その勢いで左側に落っこちていくも、これまた別の装飾品の下から伸びる鎖で木々を掴み、空を飛んでいた。


「気色悪ぃから、あの腹黒狂言師も避けてんだろうが!!

いい加減気付けよ!! 何だテメェの無駄な自信は!?」

「あの子も照れているんだよ。すべて受け止めるつもりなんだから、自信だってあるに決まってる。さぁ、さぁ!!」


どれだけ罵倒してもめげないピエールは、先端に丸い機械や鎌などがついた鎖を、何本もシャルルに投げる。

ギロチンは離れた位置で木々を砕いている最中なので、まだ引き戻せはしない。


シャルルはワイヤーを手放すと、足でそれを押さえつけながら懐から出したナイフで応戦していく。


ナイフは2本であるのに対し、鎖は10本近くある。

的確に多くを弾きながらも、一部は腹や胸に直撃していた。


とはいえ、フランソワ特製の黒いコートは破られない。

シャルルは軽くうめいた程度で、すぐに森を飛び回っている合法ショタを怒鳴りつける。


「1つ言っとくが、俺は強ぇからそう簡単には死なねぇぞ!?

一般人だった軟弱な魔女共の方が、確実にすぐに死ぬ!!

俺ばっかりに構ったせいで、テメェの好きな女が横取りされてもいいのかよ!?」


その言葉を聞いたピエールは、どこかぼんやりと遠くを目を向けてから、飛び回る動きを遅めていく。

どうやら説得は通じたらしく、最後には彼もスタッと地面に着地していた。


「それもそうだね。仕方ないから、先に追うのは他の魔女にしておこう。僕が女の子を追ってる間に死なないでよね?」

「俺が死ぬと思ってんのか? とはいえこれも良い機会だ。

一生適当な女の背中でも追っとけよ、ゴミクズが」

「照れ隠しはいらないって〜。あ、そうだ。

後回しにするなら使い道あるだろし、これあげる」


シャルルの罵倒になぜか頬を赤らめるピエールは、パッと表情を切り替えると懐から何かを取り出して投げる。


受け取ったのは、小さな冊子。すぐに広げてみると、案の定それは魔女認定を受けた者の顔写真付きの名簿だった。


「ありがとよ、ゴミクズ」

「あはっ、やっぱり君の罵倒は気持ちが‥」

「悪ぃな!!」


口汚くお礼を言うと、ピエールは再び頬を赤らめる。

そんな彼に対して、キレたシャルルはワイヤーを引っ張ることでギロチンをぶつけ、空高く吹き飛ばしていった。


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