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虚の天秤  作者: 榛原朔
二章 鏡面逃避

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7-守り手は既に立つ

スクリーンに黒いコート姿が映されるのと同時に、それが間違いではないと宣言するようにアビゲイルが魔女認定する。


しん……と静まり返った広場の中で、処刑人たちは魔女認定を受け、処刑対象になった同僚を避けるように空間を作り弧を描いていた。


彼らは一人ひとりが手練れの処刑人であり、無言の殺気や圧力はそれだけで一般人なら恐慌状態に陥るだろう。

だが、中心にいるのもまた凄腕の処刑人だ。


それらの視線に曝されるシャルルは、キャッチせざるを得なかった頭を持ったまま黙ってスクリーンを見上げている。

静かな怒りは消えず、周囲からの圧力を跳ね返すのような殺気は鋭くバルコニーのアビゲイルを射抜く。


「……ふぅ、なるほどな。あれは気を逸らすためじゃなくて、怪しいと思わせるためだったのか。そんで、ジョン・ドゥはあの瞬間の俺をカメラで収めたと。この腹黒狂言師め」

「腹黒だなんて酷いわね。あたしは今でもあなたの味方なのよ? だけど、とっても悲しいことにあなたは怪しげな集会に顔を出してしまった。味方だからこそ、罪は裁かなきゃ。

安心して、あたしだけは最後まで信じているわ。

事実であれば綺麗に罪を償い、冤罪ならば乗り越えるって。

ね、あたしと一緒に頑張りましょう?」


先程の3人や住民達の時と同じように、アビゲイルは味方だの乗り越えられるだのとのたまう。

かと思えば、罪は裁くだったり償うだったりと、あくまでも他人事の観戦者気分だ。


告発した本人である、アビゲイル・ウィリアムズ。

明らかに処刑対象になるように画策していた、アビゲイル・ウィリアムズ。


今回のすべてにおいて元凶となったはずの彼女は、寄り添うような態度でありながら、どこまでも純粋に傍観者だった。


とっくの昔からその性質を知っていたシャルルは、ぐいっと黒いコートの襟を下ろすと、彼女にも引けを取らない綺麗な顔に渾身の殺意を込めて、短くつぶやく。


「……死ね」


逃げられないよう壁を作りながら、遠巻きに2人のやり取りを見守っていた処刑人達は、ゴクリとつばを飲む。

魔女認定を受けた処刑人の殺気からか、あるいはその美しさからか。


ともかく、彼らはすぐに処刑しようとはせず、指示を仰ぐようにバルコニーにいるマシュー・ホプキンスを見上げた。


「シャルル・アンリ・サンソン。貴様はつい先日、ジル・ド・レェを処刑したばかりであり、協会でも有数の実力者。

だが、特段必要不可欠な存在ではない。証拠があるのなら、わざわざ庇いはしない。改めて、私からも貴様を魔女認定しよう。ただし、無実を証明できるのなら利用価値はある。

処刑人に追われながらも、魔女狩りにて多大なる功績を収めた場合に限り、無実として処刑人に復帰とする」


アビゲイルから拡声器を受け取ったマシュー・ホプキンスは、威厳が溢れる低音で淡々と宣告する。

暫定魔女であり処刑対象者ではあるが、まだ確定ではない。


手練れの処刑人達に追われながら自分も魔女を追うという、かなり劣悪な条件ながら、たしかに助かる道を見出したことでシャルルは挑発的に言い放つ。


「ふん……考え得る最悪の展開ではあるが、アビゲイルが動いていた以上、ある程度予想してたことだ。それでいいぜ。

準備ももう終わってる。殺せるもんなら殺してみやがれ!!」


魔女認定を受けた処刑人の宣言に、周りを囲んでいた処刑人達も会長の許可を得て一斉に動き出す。

しかし、既に黒いコートの襟で顔を隠しているシャルルは、ワイヤーを伸ばして脱出路を見出していた。


今回引っ張っているのは、黒いコートに包まれた体自身。

伸びたワイヤーの先端には鎌が付いており、協会本部の屋根に突き刺さったそれに向かって、シャルルは思い切り空へと飛び上がっていく。


「ギャハハハ!! 空まで追えるやつがいんのかァ!?」


空中に弧を描きながら空を飛ぶシャルルだったが、その直後に弾丸がその足を強く打つ。この一瞬で標的を捉え、完璧にその体に命中させるというのは凄まじい腕だ。


とはいえ、フランソワ特製の黒いコートには防弾効果もついている。飛ぶ勢いが加速しただけで、完全に無傷だった。


動く的に当てられるというのは相当な腕だが、どれだけ腕がいい狙撃手だろうと、動く的の頭にというのはそうそうできることではない。


チラリと弾が飛んできた方向を見たシャルルは、遠くの塔の上でスーツに白衣を羽織った男を見つけるも、ニヤリと笑いかけてそのまま本部の屋根を越えていく。


余裕の表情ながら、もちろん油断している訳では無い。

シャルルは素早く鎌を回収すると、屋根という最大の遮蔽物を利用して射線を切っていた。


「フランツ・シュミット、気をつけねぇとな……」


自分に言い聞かせるようにつぶやくシャルルは、止まることなく屋根を走り、地上に降りる。


流石に招集の場にギロチンは持ってきていなかったが、馬車まで行けばちゃんとあった。今のままでも負けることはないだろうが、ギロチンを手にすることでようやく完璧だ。


華麗に着地すると、素早く馬車に飛び乗っていく。

猛スピードで空を飛んで来たので、本部の中や周りからは、まだ他の処刑人達は姿を現さない。


まだ直接誰にも追われないうちに、魔女認定を受けた処刑人は狙撃の中首都キルケニーを後にした。




~~~~~~~~~~




これは、シャルル・アンリ・サンソンが魔女認定を受けて、魔女を追いながらも処刑人に追われる立場になる前。

まだ、ピエールを外に待たせたままで、自宅にて出発準備を整えていた時のこと。


ピエール・ド・ランクルの魔の手から守るために、いち早くマリーを向かわせていた雷閃の元へ、シャルルは気配を殺して訪れていた。


「おい、雷閃」

「どうしたの、シャルルお兄さん?」


明らかに異常事態といったその様子に、不安そうなマリーの前に座っている雷閃は動じない。

彼ならば確実に状況を理解しているはずなのに、相変わらずほのぼのと言葉を返していた。


いつも通りマイペースな少年を見ると、緊張状態を解かないシャルルも幾分目元を和らげて話し始める。


「俺はこれから処刑人協会の本部へ招集される。

あんまし考えたくねぇが、最悪しばらくは帰ってこれねぇ。

その間、お前は絶対にこの家とマリーを守れよ。

外がどんな状況になっても、俺がどんな立場になってもだ」

「うん、まかせて。きみは安心して行ってきてね。

ここは心配しなくていいから、何が何でも生きのびて。

なんなら、あぶなくなったらにげこんできてもいいよ」


同じ部屋にはマリーもいるため、はっきりと互いの予想を口にすることはできない。それでも、彼らは確かに互いの意図を汲み取り、心が繋がっているかのように意思疎通を行う。


初対面では殺し合った処刑人と和服の少年は、短期間ながらも濃いの時間を共に過ごし、すっかり理解者になっていた。

ほんわかと放たれる雷閃の軽口に、シャルルも笑って軽口を返すくらいに。


「バカ言えよ。俺は余裕で生き延びるに決まってんだろ。

……マリー、お前はこいつから離れんなよ。

俺が自分のことだけを考えていられるように」

「わかったわ。美味しいご飯、作って待ってるから」

「おう」


辛そうにしながらも、マリーはシャルルの言葉に首を縦に振る。まだ確定した未来ではない。あくまでも、考え得る最悪の想定でしかない。


それでも……何よりも大切な準備を終えた処刑人は、ギロチンを片手に家から出ていく。

数日前まではピクニックに行ったりと明るかったシャルルの家には、陰鬱な空気が漂っていた。




~~~~~~~~~~




「……考えうる最悪の事たいってやつだね」


家でのやり取りが行われてから、数時間後。シャルルが魔女認定を受けてから、もうかなりの時間が経っていた頃。


家の前では、腰に刀を差した雷閃が仁王立ちし、目の前に現れた処刑人を見据えていた。


「シャルル・アンリ・サンソンではない……な。何者だ?」

「ぼくは……そうだね。シャルロット、だよ」


誰何してくる処刑人に、和服ではなく、少し大きなシャルルの黒いコートを身に纏う雷閃は、シャルルをもじった名前を告げる。


彼の目の前に立っているのは、黒い上着に白いシャツ、白い手袋に黒い蝶ネクタイという、いかにもな格好をした処刑人――マシュー会長の右腕であるヨハン・ライヒハートだ。



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