表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚の天秤  作者: 榛原朔
二章 鏡面逃避

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/130

5-告発

「はぁ〜い、シャルル! ちゃんと来たわねっ」


シャルルがピエールと共に渋々処刑人協会の本部へ入ると、目の前には相変わらず処刑人らしくない綺麗なドレスを着た少女――アビゲイル・ウィリアムズが現れる。


この招集のきっかけになったという彼女だが、パッと見た感じ特に普段と変わりなく、明るく元気だ。

シャルルに腹黒いと称される通り、これから起こるであろうことに対しても何とも思っていないらしい。


嬉しそうに声をかけてくるピエールを同様に無視しながら、いつにも増して煌びやかな装飾品を揺らし、甘い香りを漂わせて近寄ってきていた。


「モーツァルトはどこだ、モーツァルト?」


しかし、ピエールが趣味の悪さで家に触れるのすら嫌だとしたら、アビゲイルは性格の悪さで話すのも嫌な相手である。

同僚でも陥れられかねないので、少し話すだけでも精神的な疲労が計り知れない。


そのためシャルルは、話しかけてくる同行者を放置したまま、腹黒少女もあからさまにスルーして奥へ向かう。


わざわざ奥へ向かう理由は、もちろん協会に所属している者の中で唯一気を許せる人物――モーツァルトと合流するためだ。


人混みをかき分けて進み、普段から彼がピアノを弾いている辺りへと向かっていく。


「モーツァルトなら上にいるわよ?

今日は庭にも音色を届けるから、バルコニーで弾いてるの」


だが、視界が開けてもいつもの定位置に彼はいなかった。

立ち止まったシャルルが眉をひそめていると、追いついてきたアビゲイルが魅惑的な笑顔で教えてくれる。


他に話す人がいなくて暇なのか、2人共に無視され続けているピエールも後ろについてきていた。


「よーし、よーし、誰か話せるやつはいねぇのか?

ジョン・ドゥは来ててもおかしくないよな?」

「残念だけど、あの人も今日はいないのよねー♪」

「パッと見た感じいねぇな、うん。話せるやついねぇな」

「あっちに美味しいワインがあるよ。君達一緒にどう?」

「はぁ、仕事前に酒飲むようなクズな大人にはなりたくねぇな。別に誰のこととは言わねぇけど」

「僕だってちゃんとした立派な大人だし、いつも飲む訳じゃないんだけどねぇ。今日は楽しいから特別さ」


奥へ行くのをやめて、壁際に向かっていくシャルルだったが、その後ろからはしつこくアビゲイルとピエールがついてくる。


彼女も明らかにピエールを嫌っている様子なのに、どこまでもシャルルに付き纏うという部分だけはそっくりだ。

どちらもあからさまな無視をされているが、1人で喋りながら歩き回る背中を追い続けていた。




「静粛に、静粛に」


謎の追いかけっこが続けられること、十数分。

ようやく集められた処刑人達が揃ったのか、2階からは厳かな男性の声が響き渡る。


ピタリと足を止めたシャルルが声の方を見上げると、そこにいたのはもちろん会長のマシュー・ホプキンスだ。

杖を支えにしている彼は、横に自分よりかも背が高い男性を付き従えながら口を開く。


「今日はよく集まったな、人殺しのクズ共。

貴様らはなぜ招集されたのかと、不思議に思っていることだろう。もったいぶるつもりはない。すぐに教えてやる。

ゲストを呼んでいるので、広場に出てみるがいい」


高圧的に告げられた彼の言葉で、集められた処刑人達は広場に向かって歩き出す。

急に立ち止まったことでシャルルの背中にぶつかり、倒れて幸せそうに笑っていたピエールも、すぐに立ち上がって。


いつの間にか2階に上がっていたアビゲイルも、当たり前のような顔をしてバルコニーから広場の方に出始めた。

すると、彼らの目の前に広がっていたのは……


「今日は何で集められたんだ?」

「さぁ、知らないわ」

「國民全員とまではいかないが、かなりの数来てるな」

「何かイベントでもやんのかね」

「処刑人の協会が……? 絶対に普通のことじゃないわよ。

育成プログラムでも始めるのかしらね?」


セイラム中から集められてきたこの國の住民たちが、ぎゅうぎゅう詰めになって立ち並んでいる光景だった。

彼らが世間話で話している通り、流石にこの國の全住民とまでらいかない。


しかし、何かのお知らせでもするつもりなのか、各地域から最低でも20人以上はやって来ていそうであり、総数は目分量でも10万人は軽く超えていそうだ。


この協会に所属している処刑人達よりも、なぜ集められたのかわからない住民達は、ざわざわとその時を待っている。


「静粛に、静粛に」


処刑人達が広場に出てきたのとほとんど同時に、バルコニーにも数名の処刑人が現れる。


バルコニーに現れたのは3人の処刑人――処刑人協会の会長であるマシュー・ホプキンス、その右腕である、黒い上着に白いシャツ、白い手袋に黒い蝶ネクタイといういかにもな格好をした処刑人――ヨハン・ライヒハート。


そして最後に、少し前まではシャルルと一緒にいたはずの美少女――アビゲイル・ウィリアムズだ。


彼らは共にざわつく住民と処刑人を黙らせると、拡声器を使用してこの場に集まった全員、この國全域に響き渡らせるような音量で話し始めた。


「よく集まった。だが、貴様らはおそらくなぜ集められたのか不思議に思っていることだろう。安心するがいい。

その答えはすぐに教えてやる。アビゲイル」

「は〜いっ、ここからは純粋で善良な美少女であるあたし、アビゲイル・ウィリアムズがお送りしますね! 住民の皆も安心して? あたしはいつでも皆の味方だからっ」


マシューから拡声器を受け取ったアビゲイルは、胸を張って前に進み出ながら、魅惑的な笑顔で呼びかける。


処刑人のごく一部からは微妙な反応があったが、彼女の性質を知ってもなお恋心を抱いている者も多い。

集まった住民もほとんどが一般人なので、この場には一気に安心しきったような反応が溢れ始めた。


「色々と言うべきことはあるんだけど、まずはわかりやすく目的を示さないとよね! そうね……今から読み上げる方は、ぜひ笑顔でこちらまでお越しください。

サラ・グッド、サラ・オズボーン、ティテュバ」


彼女が3人の名前を呼ぶと、広場に集まった住民達からはより混乱したようなざわめきが生まれる。

だが、アビゲイルが落ち着かせるとすぐにそれも収まり、2つに割れた人混みの中からは3人の女性が進み出てきた。


「ありがとう、3人共。では、このバルコニーの前に。

これより、告発を始めます」

「……え?」


戸惑いながらも、安心した様子で前に進み出てきていた女性達だったが、直後に放たれたのは断罪の言葉だ。

彼女達はピタリと動きを止め、全身をガクガクと震えさせながら顔を引きつらせる。


この時点で既に、背後にあった道は住民達によって意図せず閉じられており逃げ場はない。広場に集まっている他の住民達からも、ざわざわと不安げな声が上がり始めていた。


「静粛に、静粛に。逃げようだなんて思わないでね。

この場は処刑人フランツ・シュミットによって狙われています。逃げようとした場合、より苦しみが増しちゃうから」

「は、はい……」


逃げ場はなく、脅しまでされては彼女達も大人しくその場にとどまるしかない。告発……事実上の死刑宣告を受けながらも、彼女達は死を待つことしかできなかった。


「あなた達は少し前から、協会に不満を持っています」

「も、持っていませんッ……!!」

「嘘は良くないわ。ほら、証拠もあるの。

あなた達は夜な夜な集まり、サバトを開いていた」


直後、巨大なスクリーンには彼女達が深夜に集まっているとすぐにわかる写真が映し出される。そこには、彼女達の他にも多くの人々が集まる光景が映っていた。


1番顔がはっきりと映っているのは今前に出ている3人だが、顔がわかるのはあの3人だけではない。

それを理解した広場に集まる人々からも、ところどころで悲鳴のようなものが聞こえてくる。


「そ、それはっ……!! アビゲイルちゃんが勧めて……!!」

「あたしはね、皆が辛そうだなってついあんなことを言ってしまったの。だけど、あんなに集まってヒソヒソと話しているだなんて思わなかった。こうして、証拠が上がるほどに」

「し、してないっ!! してないわ、信じてアビー!!」

「えぇ、信じるわ。悪意はなかったのよね。

あたしだけはちゃんとわかってる。最後まで味方よ。

だから……ちゃんと罪を償いましょう? 天国に行くために」

「いや、いやぁぁぁっ!?」

「ヨハンさん、お願いします」

「……」


恐慌状態に陥って、叫び出す女性達を尻目に、アビゲイルは後ろに控えている処刑人に声をかける。

無言で頷いた会長の右腕――ヨハン・ライヒハートは、巨大な断頭台を片手で持ちながら飛び降りていった。


「こ、来ないで……来ないでッ……!! つぅッ……!?」


怯えながらも必死に逃げようとした女性だったが、彼女は直後に自身を襲った苦痛に顔を歪める。

恐る恐る痛みのある足を見てみれば、そこには白い肌を彩る赤と黒々とした穴があった。


誰かに指摘されるまでもなく、その穴は銃創だ。

先程の宣言は通り、彼女達はフランツ・シュミットによって狙撃されてしまったらしい。


「サラ・グッド、サラ・オズボーン、ティテュバ。

以上の3名を魔女と断定し、処刑を執行する」

「イヤッ、イヤァァァァァァッ!?」

「……」


機械のように宣言して動き出すヨハンは、地面に転がっているティテュバの髪を掴むと、容赦なくその白い首を断頭台に設置する。


残りの2人は、叫びながら四つん這いで逃げ始めたことでまたもフランツに狙撃されていた。


「言い残すことは?」

「私は、何もしてないわッ……!!」


彼女の言葉に欠片も動じることなく、ヨハンは断頭台の刃を振り下ろす。断末魔は、最後のわずか一瞬に。

真紅のカーペットが広場に広がり、残る2人の女性をも鮮やかに彩っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ