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虚の天秤  作者: 榛原朔
一章 屍臭乱舞
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2-青天の霹靂

「ガキ……?」


岩の上に座る和服の少年は、刀に手を添えながら片膝を立ててぼんやりと空を見上げている。シャルルの声で人がやってきたことに気がついても、あまり大きな反応は見せない。


いかにも怪しい格好をしているというのに、彼はチラリと目を向けるだけで空を眺め続けていた。


背後の大樹は真っ二つ、周りの木々も尽く斬り倒されているという異常な状況で、彼のいる岩の上だけが終わらない平穏を得ている。


「……」

「おい、無視すんなよ。その服はなんだ?

見ねぇ顔だが、まさか外からの侵入者か?」


しばらく待っても彼が微動だにしなかったことで、シャルルは痺れを切らして呼びかける。

頬まで隠れているので顔はほとんど見えないが、唯一見えている目は先程の処刑時よりも殺意がこもっていた。


とはいえ、その殺意の理由は無視されたからではない。

シャルルが強い殺意を持っている理由は、國への侵入者だと思われるからだ。


もちろん、いくら優れた処刑人であろうとも、この國の人々すべてを記憶しているということはないだろう。


だが、初対面でも変わっているとわかる服装、こんな夜更けに1人森の中にいるということ、何かが落ちたような物音と、少年には不審な点ばかりである。


そのためシャルルは、この國を支配する処刑人協会の定める通り、出入りをしたと思われる少年に殺意を向けていた。

処刑した男のように計画を立てているだけではなく、実際に侵入したというのならばより重罪だ。


無視していることからも疑いは強まり、シャルルは容赦なくギロチンを構える。それでも、少年はぼんやりと空を見上げたままで、応答はない。


彼にギロチンを向けたシャルルは、再び人殺しの時間が来たことでその凶暴性を剥き出しにしていく。


「ちっ……ガキだからって手加減すると思うなよ?

俺ァ殺人が趣味の破綻者だぜェ、ギャハハハッ!!」


少年の座る岩の周囲に、ギロチンを遮るような木々はない。

既に彼が斬り倒したのか、不可思議な雷が焼き倒したのか。

ともかくそれは、真っ直ぐに彼へと向かっていく。


家で男の頭蓋を砕いたように、重罪人である疑いが強い少年を打ち倒すべく、幼い相手でも容赦なく襲い掛かる。


成人男性にすら使用される、処刑の道具を避けられる道理はない。ゴオォッと凄まじい勢いで風を切り、ギロチンは岩を粉々に砕いてしまった。


「……!!」


直前まで少年が座っていた岩は、小屋が倒壊するよりも酷い轟音を響かせて砕け散る。まともな人間が避けられる素早さではない。


ギロチンの下には、きっと無惨に圧死した少年の肉塊があることだろう。そう、本来であれば。


「……いやな空だねぇ。まるでかんしされているみたいだ」


肉を潰した手応えがなく、シャルルが眉をひそめていると、間髪を入れずに背後から涼やかな声がかけられた。

堪らずバッと振り返ってみれば、折れた木の上に腰を下ろして笑いかけてくるのは、もちろん先程の少年だ。


彼は最初からその場にいたかのように、処刑人の姿を見つめている。どれほどのスピードで移動したのか、それとも唐突にそこに現れたのか、服や木の葉の乱れは一切ない。


明確な殺意を持ってギロチンを振り下ろされたのに、まるでペットが噛みついてきたのを避けただけとでもいうような、至極軽い調子で話しかけていた。


「嫌な空だァ? 晴れ渡ったいい夜空だろうがよ!!

んなことより、今のはなんだ!? お前、光ったか……?」

「ふ〜ん。周りの景色とか服そうからわかってはいたけど、やっぱりここは八咫じゃないんだねぇ。

あの吟遊詩人のおねーさん、ぼくに何したんだろう?」

「わけわかんねぇこと言ってねぇで答えろや!!

お前は、何だ……!?」


容易く攻撃を避けた少年は、シャルルなど相手にならないとでも言うようにのんびりと笑う。

口ぶりから察するに、どうやら彼は迷子か何かであるようだが、その割には呑気だ。


どこまでもマイペースに、ほわほわとしている。

だからこそ、いきなり殺されかけてもまったく気にしていないのかもしれないが……ともかく、その態度はよりシャルルの神経を逆なでしていた。


直前の攻撃時、振り下ろされるギロチンの下から覗いていた一筋の光について、語気を強めながら問い詰めていく。

その表情は、殺し合いの時に見せていた余裕の笑みとはかけ離れた、畏怖に満ちたものだった。


「……あれ? 八咫の外にだって、同じものがあるよね?

身体のう力は高いし、同じ星に生きているんだから。

なんでそんな、初めて見るみたいな反応を……」

「いいから答えろよッ!! お前は、何だ……?」


そのあまりにも怯えた様子を見たことで、少年もついに何かおかしいぞと戸惑いを見せる。

瞬きを繰り返し、頬をかきながら目を泳がせていく。


ここまできてもほんわかとしている少年に、シャルルは岩を砕いたギロチンを引き戻し、威圧的に地面を揺らした。

すると少年も、流石にその質問に答えないわけにはいかず、空に視線を反らしながら口を開く。


「えぇ? うーん……まぁ、余所者ではあるのかなぁ」

「ッ……!!」


少年からの答えは、シャルルの望むものではない。

服装どころか、言動からも侵入者であることはほぼ確実で、たとえ自白がなかったとしても処刑対象だ。


知りたいのはその先、さっきギロチンを振り下ろした時に見えた光は何なのか、その何かを使う彼は何なのか。

それを答えてもらえなかった時点で、シャルルの最優先事項は処刑の執行に変わっていた。


少年が考え込んでいる間に、引き寄せていたギロチンを再び彼に向かって振り下ろし、その頭蓋を砕こうとする。

先程は声を上げたためよそ見していても避けられたが、今回は無言で音も控えめだ。


同じように空を見上げている彼に攻撃を察知する術はなく、たとえ素早くても避けられはしないだろう。

驚異的な質量を持つ木の塊は、今度こそ少年の頭蓋を砕こうと素早く迫り……


「くっ!!」


少年を捉える直前で、彼から放たれた光を避けるように再び引き戻された。無理やり方向を変えられたギロチンは、嫌な音を響かせながら代わりの木を砕く。


光を放ったと思しき少年は、どうやらギロチンを破壊しようとしていたようだ。抜いた刀を片手に、意外そうに目を丸くしている。


「ありゃ、やっぱ身体のう力は高いじゃん」

「っ……!! テメェ何モンだァ、侵入者!? 意味のわからん術を使いやがって、殺せねぇ相手はつまんねぇよクソが!!」


少年から離れた位置に突き刺したギロチンを軸に、シャルルは彼へと接近する。せめて投げた勢いを無駄にしないよう、嫌な音を響かせるワイヤーを使って夜空に弧を描く。


2度も迷いなく武器を向けられて動じなかった少年だったが、3度目は自ら飛んでくる黒いコートに、頬を引きつらせていた。


「うひゃー、思い切りがいいなぁ。

ぼくはころしたくないから、刀しまわないと……」

「舐めプかァ、あぁん!?」

「命に向き合って、いるんだよっ」


大慌てで納刀した少年は、空から降ってくるシャルルに輝く拳を向ける。振り下ろされてくるのは、風圧でほっそりとした輪郭が顕になった足だ。


武器をしまうために対応が遅れた彼なので、その痛烈な蹴りに対して全力で拳を振り上げた。


「甘ぇ甘ぇ甘ぇッ!! なんか使うとわかってりゃ、こっちでなんとかするに決まってんだろうが、ギャハハハッ!!」


しかし、さっきは初見だったことで少年の異質さに恐怖したシャルルは、仮にも処刑人として日々殺し合いを繰り返している人物だ。


蹴りに拳で対抗されるとわかるやいなや、蹴る足を切り替えて彼の腕を軸にくるりとひっくり返る。

刀一本でギロチンを破壊されると感じさせる彼と、まともにぶつかることはない。


勢いは大部分が失われるも、隙だらけの顎に向かって容赦のないハイキックを繰り出していく。


「うっ……」


これには流石の少年も顔色を変える。

顔を引きつらせながら、必死の形相で体を反らすことでどうにかその蹴りを回避した。


だが、輝いていたのは彼の手だけだ。体すべては光っていなかったこともあり、直前で切り替えられた攻撃に完璧な対応はできず、顎の先に当たったかどうかといった辺りに蹴りを受けてしまう。


直撃ではない。とはいえ、無傷でもない。

蹴りに軽く触れた彼は、反れた体以上に頭を後ろに吹き飛ばされてしまった。


「ギャハハハッ!! 俺ァプロだぜ!?

それも、ナイフとかじゃねぇギロチンなんつう木の塊を武器にしてるなァ!! 近接戦闘どんと来いよ!!」


クリーンヒットとはいかずとも、ようやく彼に一撃を与えられたシャルルは、地面を回転して滑りながらギロチンの元に戻って叫ぶ。


頭部だけを不自然に反らした少年は、まだ体勢を整えられてはおらず、倒れそうになるのをどうにか堪えていた。


「今なら当たるかァ!? あぁん!?」


少年はまだ動けそうになく、刀も腰に収まったままだ。

今が好機だと見たシャルルは、手元に戻ってきたギロチンを持ち上げ、再度彼に向かって振り下ろす。


標的はまだ空を見上げ、ふらついている。

やはり空から迫る木の塊は、轟音を響かせながら彼の胴体を粉砕しようと……


「……あ?」


圧倒的な質量を持つギロチンが、彼に当たったかと思われた瞬間。倒木が散らばる開拓地のような空き地の、少年がいるまさにその場所に、雷が落ちた。


森は昼間よりも明るく輝き、少年の盾となるように雷の直撃を受けたギロチンは、消し炭になる。

視界を潰されてしまったシャルルは、遅れながらも目を押さえ、消えた質量に体勢を崩してしまう。


「くっ……何だ、何でこんなタイミングで雷が落ちた!?」

「あはは、ちょっとごめんね。

きみちょっとあぶないから、いったんねてて」

「……!?」


ふらつきながらも立ち上がるが、暗闇の中でいきなり雷光を直視した目はすぐには戻らない。


空いている手を動かすことしかできないシャルルは、少年の接近に気付くこともなく、鳩尾に重い一撃をもらって昏倒した。



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