3-接触不良
ピクニックは昼前から始まり、夕方近くまでのんびりと続けられた。
といっても、別に特別な何かをしたということもない。
モーツァルトの演奏を聞き、寝転んだり簡単なゲームをしたりと、彼らはただ同じ時間を過ごした。
演奏者とも似たような時間を過ごしたシャルルにとっては、実に退屈でそれなりに良い時間になったことだろう。
やがて時間が過ぎ、そろそろ帰るかという雰囲気になった頃。片付けは任せてというマリーと雷閃に任せ、シャルルはモーツァルトと2人で集落の中を歩いていた。
シャルルの身長は167センチであり、モーツァルトの身長は200センチぴったりなので、かなりの身長差である。
凸凹コンビは、ハーモニカと声を騒がしく響かせながら言い合って歩く。
「結局、あんたは何でいたんだ?」
「ファ〜♪ もちろん、マリーに招待されたからだとも。
演奏しかしていないから、演奏依頼の方が近いかな?
ともかく、よければどうぞと言われてね」
「とりあえず、そのハーモニカうぜぇからやめろ」
「ファ〜♪ ははは、それは無理というものだ。
私は演奏することが呼吸と食事だからね。死んでしまう」
「じゃあ死ねよ」
「ふはっ、少しやめただけで死にはしないとも」
「じゃあやめろよ」
モーツァルトは狂気的なほど演奏ばかりなので、ハーモニカを演奏しながら歩き、会話までしている。2つを両立している上にコケることもないし、あまりにも器用だ。
当然、シャルルにとっては目障りなことこの上ない。
苛立ったように文句を言うが、身長が2メートルもある彼には手が届かないので、言葉でしか行動を起こせなかった。
そして、その程度のことで演奏者が止めるはずもなく、集落には彼らの騒がしい音が響き渡る。
道行く人々や家から覗き込んでくる人々は、皆一様に顔をしかめており迷惑そうだ。
しかし、流石に処刑人であるシャルルや、常に協会本部の奥でピアノを弾き続けている狂人に文句を言える者などいない。
彼らを避けることなく歩いている者さえ、唯一ちょうど前から歩いてきていた2人の少女達だけだった。
「あら? はぁ〜い、シャルル! よく会うわねっ」
2人が呼びかけられた声に目を向けてみれば、目の前にいたのは身軽そうながらもキラキラとしたドレスを着ている少女――アビゲイルと、ミニスカートに黒ニーソを穿いている少女だ。
彼女達はこんなところで一体何をしていたのか、シャルル達に気がつくと会話をやめて魅惑的な笑顔を向けてくる。
1人知らない人物が混じってはいるが、アビゲイルに関しては普通に嫌っているので、処刑人はその言葉に反応しない。
まだ少し距離があったので聞こえなかったという風に、隣を歩く演奏者に目を向けていた。
「……モーツァルト、急にハーモニカが聞きたくなった。
ちょっと盛大に響き渡らせてくれ。
演奏じゃなくてもいい。とりあえず、轟かせろ」
「ナメてもらっては困るな、サンソン。私は騒音で終わらせたりはしない。ちゃんと素晴らしい演奏をお届けするとも」
「いいからやれよ」
「あらあら、無視かしら?」
みるみるアビゲイル達との距離が詰められる中、シャルル達は軽く言い合いながら華麗なる無視を開始する。
目前まで来た腹黒少女はクスクスと笑っているが、それでも気にせずモーツァルトの演奏は始まった。
集落にはさっきよりも大きな音が響き、アビゲイルの元気のいい高音を容易くかき消していく。聞こえていないのならば、反応できないのも仕方がないことだ。
モーツァルトは演奏以外に興味はないので、当然アビゲイルにも興味はないし、シャルルは関わる気がない。
彼女達はそのまま何事もなく通り過ぎていった。
「あ、そうそう。忘れ物があったのを忘れていたわ。
嫌がらせのような騒音が聞こえるけど、戻らないと〜♪」
だが、相手は出会した時間帯や場所に関係なく、会うたびにちょっかいをかけてくる腹黒少女――アビゲイルだ。
もう一人の少女は微笑んでいるだけで、何も反応を示さないものの、彼女一人の独断で彼女達は方向転換し、シャルル達の後をついてき始める。
彼女を嫌う処刑人はピクピクと目元を引きつらせ、演奏者は気にせず楽しげに音楽を奏でていた。
「あらあらあら〜? そちらにいるのはかの有名な処刑人、シャルル・アンリ・サンソンではなくって?」
「そうですわね〜。とある筋の情報によると、あの方は3種類もいた化け物を蹂躙した後、ジル・ド・レェとフランソワ・プレラーティをもギロチンで処刑したのだとか。
理不尽な注文の通り、ギロチンを本当にたった3日で作り上げてしまったフランソワ技師の腕には驚愕いたしますわ」
最初は特に反応を示さなかったもう一人の少女も、隣でにやにや笑っているアビゲイルに小突かれると、意外にノリ良く小芝居を打つ。
しかも、彼女とつるんでいるだけあってやけに情報通だ。
シャルルが修理依頼を出した時に、死体処理場兼実験ラボにいなければ知り得ない情報、深夜に痕跡を元に探し回らなければ知り得ない情報まで出して、口撃してくる。
それらはアビゲイルすらも知っているとは思えないもので、情報源は想像もできない。ギョッとした様子のシャルルは、少し考え込んでからハッとしたように声を荒げた。
「おい待て、てめぇジョン・ドゥだろ!?
こんなところで何してやがる!?」
「あれあれ、まだあたしは無視するの〜?」
「あはは、前回言ったでしょ? 次は性別を変えよーって。
年齢も君達とそう変わらないくらいまで上げてみたよ。
どう? 普通にしてたら私だってわからなかったかな?」
「大人にはなってねぇじゃねぇか!!」
すんなり正体を明かすジョン・ドゥは、少年だった前回とは打って変わって女性的な声色と仕草で笑いかける。
何をしているのかという問いは華麗にスルーし、ごく自然に自らが情報屋であるという方向に話題をすり替えていた。
「むーしー? ねーねー、むーしー?」
「疫病神と関わるつもりはねぇ!! 黙ってろ腹黒!!」
「それで、どうどう? 私かわい?」
「テメェもうざ絡みしてくんなら無視すんぞ!?
依頼時は大人の変装で来い!! それ以外は認めねぇ!!
ガキだと性別関係なくうぜぇ!!」
モーツァルトは周りで起こっている騒動など気にせず、演奏を続ける。その演奏に煽られるように、シャルル達のじゃれ合いはより白熱していった。
ちょっかいをかけてくる少女達に声を荒げる処刑人の目は、抜け目なく集落でコソコソと動く人影を捉える。
性別すらも超越した変装術を駆使する情報屋は、やや不自然に目的に答えないことで、この場所の怪しさを醸し出す。
ひたすら無視され続ける腹黒い狂言師は、悲しそうに装った声で魅惑的に笑いかけ、口元に浮かぶ含みのある笑みや腹の中を隠している。
住民が迷惑に思っているのは、果たしてその騒々しさか。
それとも、処刑人がいるという事実なのか。セイラムの不安と罪は地中に隠され、より爆発的に増幅されていた。
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夜。人の視界を制限し、自然に姿を隠してしまう深夜。
いつも通り黒いコートを着ている処刑人は、帰り道に通った道を息を潜めて進んでいた。
目的は当然、全てにおいていかにもな怪しさを醸し出していたこの場所を調査することだ。とはいえ、シャルルは情報屋ではなく処刑人なので、あくまでも気になったから来てみたというだけである。
広く距離を取って建てられた、既に人の気配が消えた家屋の間を通り、黒い影となって処刑人は進む。
やがて辿り着いたのは、この集落どころかこの近辺の集落の中でも最も立派な家だ。
他の家とは違って、そこからはもちろん光が漏れ出ている。
遮光カーテンが張られているが、わざとらしく生まれている隙間からは、たしかに光が漏れ出ていた。
家の側まで来たシャルルは、その窓の下に屈むと慎重に中の様子を伺おうとし始める。
「……この前から思ってたが、やっぱウィリアムズが何か企んでんな。あいつのことだから、どうせ協会への反逆なんてことはしねぇだろうが……ジョン・ドゥも協力してるとなると、巻き込まれたら厄介なことこの上ない。隠してたっぽいのが気にかかるし、事前に大まかな内容を知って避けねぇと」
静かに独り言ちながら、処刑人は中の様子を探る。
隙間からかすかに見えるのは、セイラムの色々な地域から集められた人々が、一心に何かを話し合う光景だった。




