2-善良な日の下で
「……何でお前らはそんなに早起きなんだ、雷閃」
モーツァルトと過ごした日からさらに数日経ったが、その間も毎日交互にマリー達はシャルルの寝顔を眺めていた。
いくら早く起きたとしても、彼女達は起きる前に枕元に現れて起床を待つ。
朝6時に起きたはずの今日ですら、その状況は変わらない。
目を覚ましたシャルルの目の前には、真っ先に雷閃の顔が飛び込んできて、勢いよく飛び起きるはめになる。
その派手な目覚めを見た彼は、のんわかと笑いながら椅子から立ち上がっていた。
「きみがねぼ助なだけじゃない?」
「時計は読めるか、クソガキ? 6時だ。早朝だ。
朝早くから仕事があるやつでもねぇ限り、そうそう起きてる時間じゃねぇ。おかしいのはお前らだ。
何だ、毎朝人の寝顔を眺めるって。趣味悪すぎんだろ」
のんびりと椅子を運び始めた雷閃の背を見ながら、シャルルはベッドから飛び降りる。彼は時計を指さしても構わず笑顔を浮かべているので、悪態をつくことが止まらない。
しかし、マリーや雷閃からしてみれば無意味に眺めている訳でもないらしく、柔らかに最後の部分を否定していた。
「別にいやいややってるわけでもないけど……しゅみってわけでもないよ? きみ、すぐどっか行っちゃうからね」
「監視かよ、ふざけやがって。ここは俺の家だ。
マリーはさっさと自分の家に帰るべきだし、お前は居候の分際で俺の行動に口出ししてくんな。追い出すぞ」
「ぼくがいるかぎりこのお家は安全だから追い出せないし、マリーお姉さんは大切な人だから帰せない。でしょ?」
「どっちもできねぇ訳じゃねぇよ。家が襲われることなんざそうそうねぇし、ジル・ド・レェが死んだなら化け物が秩序を乱すこともねぇ。今のセイラムは平和で、お前は用済み……つうか、お前さっさと出ろよ!! 邪魔だ殺すぞ!!」
歩きながら口論をしていた彼らだったが、部屋の入り口付近にまでやってきた雷閃は唐突に動きを止める。
出入り口を塞がれたシャルルは、雷閃達が自分の家に留まる理由を否定しながら、軽くその足を蹴っていた。
だが、流石に本気で蹴っている訳でもないため、彼もいまさら特に気に留めない。椅子を抱えたままで立ち塞がり、ニコニコと言葉を紡ぐ。
「実はマリーお姉さんとね、最近きみの元気がないねーってお話してたんだ。あの夜から少しモヤモヤしてる?」
「おい、勝手に人を話題にしてんじゃねぇ」
「気分が晴れないのなら、たくさん遊ばなきゃ。
きみは最近よくお外に出てるけど、1人じゃこう果もうすい……かもしれない。ということで、今日はピクニックさ」
「おい、何勝手に話を進めてやがる!?
俺は行かねぇぞ!? お前らだけで勝手に行ってろよ!!」
雷閃の話を最後まで聞いたシャルルは、途端に血相を変えて彼を押し退けようとし始める。
相変わらず就寝時もフランソワ特製の黒いコート着ているので、目元までしか顔は見えていない。だというのに、頬まで引き攣っているのがわかるようだった。
しかし、相手は初対面での殺し合いで武器を破壊し、自身をも圧倒した存在だ。バチバチと不思議と神秘的な雷を纏った彼は、どれだけ押しても引いても微動だにせず、ほんわかと立ち尽くしていた。
「残念ながらきみじゃぼくをころすことはできないし、ここから退かすこともできないかな? あ、まどからにげるのも無理だよ。ぼく、きみより速く動けるからね」
「ふざけッ……!! チッ、俺はこっから動かねぇぞ!?
絶対にピクニックになんざ行かねぇからな!!」
入り口を塞がれてしまったシャルルは、再びベッドに戻ろうとしながら、ピクニックへの不参加を高らかに宣言する。
階下からはマリーの呼び声が聞こえてくるが、ただでさえ今は善良な少年を避けたいと思っている処刑人は……
「俺は何も食わねぇ!! 何も食わねぇからな!!」
数時間後、案外簡単に流されて人気のない草原に来ていた。
レジャーシートの上に座らせられるシャルルの目の前には、ハンバーグやサンドイッチなど、数々の料理が並ぶ。
こんな状況になっても、不機嫌さを隠しもしない処刑人は、今度は不食を宣言して見苦しく悪あがきをしている。
そんな同居人を見るマリー達は、実に楽しそうでにこやかだ。
普段からほんわかとした穏やかな雰囲気を醸し出している2人ではあるが、ピクニックということでさらに大らかな気持ちにでもなっているらしい。
また、彼女達が楽しそうにしている原因は他にもあり……
「ふふ、別に一食二食抜くくらいはどうということはないが、それは実にもったいない選択だよ、サンソン。
数日前に話したじゃないか。処刑以外もするべきだとね」
相変わらず黒いコートの襟で目元まで隠したシャルルの後ろには、どうやって持ち込んだのか、それなりに立派なピアノを弾くモーツァルトの姿があった。
彼がここにいる経緯はわからない。だが、とりあえず彼は、なぜか家族のピクニックに招かれてピアノを弾いている。
彼が奏でる音楽が、よりマリーと雷閃の気分を高揚させており、同時にシャルルの感情を逆撫でしているのだ。
事実としてモーツァルトはこの場で唯一の大人ではあるが、彼に年長者面して諭されるシャルルは、さらにへそを曲げてそっぽを向いてしまう。
「何がもったいないだ!! お前だって何も食わねぇだろうが!! 人のこと言えんのか、あぁん!? 仮に処刑以外もするとして、それが何でこいつらとのピクニックになる!?
ついてきてやっただけでも感謝しろ!! 俺は食わねぇ!!」
「サプライズにしたのはごめんなさい。でもね、私もこの日のために、腕によりをかけてたくさんのお料理を作ったの。
一口も食べてくれないだなんて、とっても悲しいわ」
「ッ……!!」
ピアノを弾くことしかしないモーツァルトに諭されたことで、より一層声を荒げるシャルルだったが、直後にマリーが悲しげにつぶやいたことで息を詰まらせる。
目の前には、ハンバーグやサンドイッチの他にも、唐揚げ、卵焼き、ムニエル、ポテトサラダに雷閃用のおにぎりなどの品が所狭しと並んでいた。
飲み物だって抹茶から紅茶、モーツァルト用のコーヒーまで揃っているし、団子やチョコレート、クッキーにタルトのようなデザートまで揃い踏みだ。
彼女がどれだけ苦労して作ったかなど、想像するまでもない。どう見ても大変な労力をかけて作った品々である。
マリーの悲しげな様子に加えて、それらの料理までもを見たシャルルは、しばらく目をくるくるとさせながらも、やがて渋々と料理に手を伸ばし始めた。
「ふん、肉はちゃんと焼けてんだろうな。俺は生肉を食うような趣味はねぇぞ? あと、トマトはお前が食え雷閃」
肉料理や魚料理などは外でも食べやすいよう、ご丁寧なことにわざわざ小さく切り分けられている。
だが、サラダ類はそんな心配をする必要はないし、そもそもトマトはミニなので、最初から洗うだけでいい。
つまりはマリーが労力をかけたものではないため、シャルルは容赦なくそれを雷閃に押し付けていく。
すんなりと受け取った彼は、団子を口に運びながら不思議そうに首を傾げていた。
「トマトはおきらい?」
「血みてぇじゃねぇか」
「……きみ、処刑人なのに」
「だからこそだ、クソガキ!!」
悪気なくポツリとつぶやく雷閃に、シャルルは思いっきり刺されたような顔をして怒鳴る。
とはいえ、彼も好き嫌いに対して文句を言っている訳ではないので、すぐに赤い球体は消え去って長閑さが戻っていた。
「爪楊枝があるから、唐揚げとかはそれでどうぞー。
一応お箸も、少し前に雷閃ちゃんが作ってくれました!」
「は……? この國じゃ使われてねぇのに、わざわざ?」
「ぼくはこっちの方がなれているからね。
きみも使うかい? ちゃんと人数分あるんだ」
「おいおいおい……まさか俺が使えるとでも?」
「私は使えるわよ?」
「何で使えんだよッ!?」
マリーの宣言に、シャルルは目を剥いてツッコミを入れる。
数多くの武器を扱える処刑人も、殺しが関わらない箸の扱いでは、日々家事をしている善良な少女に勝てないようだ。
ほんわかと箸を勧めてくる雷閃達から逃げるように、大急ぎで食べ物を口に詰め込んでいく。
本当に演奏をするだけで満足そうなモーツァルトのピアノが絶えず奏でられる中。柔らかな風が吹く草原には、少年少女の笑い声が響き渡っていた。
フランソワの時に日常回があればって書いたんですけど、シャルルって日常回に向いてないんですよねぇ……




