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虚の天秤  作者: 榛原朔
一章 屍臭乱舞
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15-実験場の戦い①・前編

駆け出したシャルルの目の前で最も存在感を放っているのは、フランソワが乗っている巨大な軟体動物だ。


蛸のようなその怪物は、しかし蛸では説明がつかないような異形を持っている。彼女が乗る頭部はまんまるだが、そこから伸びる触手は当然8本では済まない。


10本、20本は軽く超え、下手をしたら100本近いでたらめな本数の触手を持っていた。それも当然数だけではない。


当たり前のような顔をして、そのすべてが不気味なぬめりを感じさせながら自由自在に蠢いているのだから、なおさら質が悪かった。


シャルルが持っているのは無駄に大きな大剣なので、手数的にはもちろん小回り的にもかなり不利だ。


とはいえ、だからといって細かな動きができるナイフに切り替えることも、最善の選択にはならないだろう。


最も存在感を放っているのはたった1体の軟体動物だが、その周りにいる動く死体やツギハギの怪物は多く、道中遭遇したものより遥かに強力そうな個体だったのだから。


「おいおいおい、なんてしっかりした動きしやがる!!

テメェらは特別製だってかァ!? 道を、開けろ……!!」


自分の体よりも大きな大剣を握るシャルルは、真っ先に立ち塞がってくる動く死体にギラついた目を向ける。

それらは道中のものと同じ動く死体だが、動きはまるで別物だ。


闇雲に向かってくることはなく、ちゃんと人数差や守る側の有利を利用して機械を盾に身構えている。

しかもそれだけではなく、前を守るモノ以外は処刑人を囲むように散っていた。


「さて、君にはわかるかな? 一体どれが機械的な改造で、魔術的な改造で、宇宙的な改造なのかが」

「全部まとめて、お前の改造だろうが……!!」


フランソワの挑発的な言葉を一言で切り捨てたシャルルは、体をぐるんと回転させながら大剣を振るう。

最前列にいる動く死体でも機械の裏だ。


ナイフでどうこうできるもではないため、普段からギロチンを振り回している要領で大剣を鈍器にし、力技で道を開きにかかっていた。


だが、死体もただ裏にいるだけではなく押さえている。

メキメキ、バチバチと破壊できはするが、道が開くことはない。その上……


「迎撃、実行!!」


死体達は、大剣を振り抜いて無防備な体勢になったシャルルに向かって、死体とは思えないような勢いで飛び出してきていた。


元々動く時の速度はなかなかだった死体だが、街中や道中に出会ったものは動きが早いだけで直線的。

ワイヤーで簡単に転がされたり、足場にされていたものだ。


しかし、この部屋に現れた死体達は、機械の合間を縫うようにしてアスリートのような洗練された動きを見せている。

背中に届きそうになるまで大剣を振り抜いていたシャルルでは、回避も防御もできはしない。


重さでやや体が持ち上がっている華奢な処刑人に、それらはまとわりつくように押し寄せていく。


「迎撃だァ……? そりゃ誘き出されただけだろうが」


シャルルは大剣をツギハギの怪物から奪っていた。

だからこそ扱いきれず、体が浮き上がっていた。

それらに脳があるのかは不明だが、おそらく死体はそのように判断して接近したのだろう。


しかし、元々の武器も自身よりも大きなギロチンだ。

ワイヤーによって操っていた部分があるとはいえ、自身よりも巨大な武器を扱うのがシャルルの日常である。


当然今回も振り回されてなどいるはずがなく、それらを鼻で笑った処刑人は、自らふわりと体を浮かせて目の前に迫った死体を蹴り上げていた。


蹴りは背後で大剣が床に突き刺さった勢いも利用しており、顎を砕いた足はバク転のように鮮やかに天井を向き、大剣の後ろへと流れるような動きで足をつけていく。


ふわりと黒いコートを揺らしたシャルルは、そのまま付近の死体を横薙ぎに切り飛ばしながら叫ぶ。


「お前が操作しててこのザマかよ、フランソワ!!」

「あぁ……視界が狭まればね、いいんだよ」

「……!?」


荒ぶる処刑人に怒鳴られた技師だったが、彼女としてはそれこそが予定通りのことだったらしい。

特に慌てることなく、ツギハギの怪物の集団に守られた軟体動物の上から声をかける。


その言葉にシャルルがハッと周囲を見回すと、囲むように動いていた死体達が怪しげなサークルの前に立っていた。

しかも、たった今斬り伏せたはずの死体達もなぜか再生しており、コートの裾などを掴んでいる。


コートの襟によって目元までしか見えていないシャルルも、明らかにゾッとしたような雰囲気だ。

すぐさま大剣を手放し、懐から取り出したナイフでコートを掴む手を切り始めた。


「僕は一応、死霊術師とかじゃなくて錬金術師なんだよね。

素材はこの部屋、生み出すものは夢の芸術」


つなぎ服姿でありながらどこか妖艶に微笑む彼女は、口元に指を当てながら言葉を紡ぐ。それに応じるように、死体達は錬金術のサークルを起動させていった。


周囲の床や機材類を巻き込むようにして生み出されたのは、先端に瓶のようなものが取り付けられた、ロボットアームのような鉄柱だ。


それらは不可思議な動きを見せると、ぐにゃぐにゃと理不尽な軌道でまだ動けない処刑人に迫っていく。


「おいおい、死体なんぞよりよっぽど厄介じゃねぇか……!!」

「君の防御を破るための調合薬は錬金術で用意した。

君が着てるそのコートも、僕が作ったものだからね。

防刃、防水、防弾と、なんでもありのそれを突破しないといけないことはわかってるんだ。彼らにも再生能力を持たせているし、まぁ何とかなりそうかな?」

「なるかよ!! たかが技術者が処刑人舐めんな!!」


だが、それでも処刑人は止まらない。

伸びてくる鉄柱の先には薬品が入っており、おそらくそれを割って中身を被ればコートが駄目になるのだろう。


まとわりついてくる死体の腕は切ったのでしばらく動けるとしても、金属の腕は四方八方から飛んでくる。

より正確に言えば、追ってくる。


結局防御や回避は難しく、この攻撃を凌ぐのは絶望的だ。

それなのに、シャルル・アンリ・サンソンは止まる様子すらもまったく見せなかった。


「処刑人は罪人の動きを見る。筋肉、視線、呼吸……

唐突に雷が降るとかっていう、常識外れな奴じゃなけりゃあある程度の行動は読めらァ!! 当然、機械も同じだぜ!!」


再度、まとわりつく死体を蹴り飛ばしたシャルルは、大剣をより深く床に突き刺してその上に立つ。

飛び乗ったことでコートは不吉に揺らめき、たしかにそこにいるはずの処刑人を不確かな影にしていた。


「……クトゥグア、クトゥルー、ツァトゥグァ、ハスター」


軟体動物の上で立膝をついているフランソワが、淡々と何かを呟き始めている中。シャルルはゆらゆらと揺れながら迫りくる鉄柱を見据えている。


その数17本。左右後ろと、その間を埋めるように待機していた死体、壁や天井に引っ付いていた死体やタイミングを合わせてジャンプした死体が発動させた陣から、たった1人の人間に向けて鉄柱は襲いかかっていく。


「1、2、3……」


しかし、それらがシャルルに直撃することはない。

大剣の上で避けられないはずの処刑人は、的確にナイフを振るうことで先端の瓶を回収し、軽く小突くだけで狙いを逸らしてしまう。


もちろんすべての瓶は回収できないが、残りは逸らした鉄柱が砕いたことで不発だ。割れた瓶はからは薬品が撒き散らされるが、大剣の上にいる人にかかりはしなかった。


「どうやって再生してんのかも、どうやってコートを無力化すんのかも知らねぇが、そりゃ諸刃の剣ってヤツだろ!!

どっちも強ぇ何かを消すってんだからよォ、ギャハハハ!!」


瓶をいくつか回収したシャルルは、狂ったように笑いながらそのうちの2本を空に放り投げる。

くるくると宙を舞った瓶は横薙ぎにされたナイフで砕かれ、薬品のカーテンを作り出す。


そのカーテンをくぐらせるようにして、処刑人はダーツのように無数のナイフを投げて、的確に頭蓋へと命中させた。

天井や壁、普通に立っていた死体達は、薬品に濡れたナイフに貫かれたことで苦しげにうめき、溶けていく。


今までよりも戦闘に慣れたような動きをしていたはずの動く死体は、一人残らず消え去った。


「身に余る再生能力でしたってなァ!!

消えたら体が耐え切れずに溶けたぜ、ギャハハハッ!!」


この部屋を埋め尽くす物は機械で、それに圧迫されているように化け物達も道中よりかは遥かに数は少ない。

動く死体は溶け去り、残るはまだ複数いるツギハギの怪物に、たった1体の軟体動物。


巨大な軟体動物の上に乗っているフランソワと、自身よりも巨大な大剣の上に立っているシャルルは睨み合う。

処刑と探求の第2回戦は、今にも幕を上げる。


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