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虚の天秤  作者: 榛原朔
七章 虚の天秤

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2-天秤は揺れ動き

ルイとエリザベートを見送り、デオンを眠らせたシャルルは、何も言わずにただ暗い空を仰ぎ見る。


数少ない生き残りであるデオンを殺したのだから、もう他に仲間など残ってはいない。もしかしたら、キッドはさっきの落下を耐えているかも……という程度だ。


家族も仲間も失った彼は、未だに殺し合いが続いている狂気の國で、たった1人孤独な存在だった。

そのピクリとも動かない影に対して、少し離れた所に落下し手足が潰れていたジャックは、ヨタヨタと歩み寄ってくる。


「やぁ、シャルル。最後のお別れは済んだかい?」

「……師匠。あぁ、次はあんただな」


血と共に吐き出される言葉を受け、シャルルもようやく視線を下ろして死に体のジャックに目を向ける。

感情が死んだように無表情で穏やかな声色だが、切り替えに問題はない。


今すぐすべてを放り出してもおかしくないというのに、もうほとんど唯一と言える知り合いなのに、殺人鬼へ強い殺意を放っていた。


「うん。キッドの死亡は確認したよ。確認したというか、僕が介錯したんだけどね。体中から醜悪な肉が飛び出ててさ。

手足も潰れてたし、楽にしてあげた。コホッコホッ……

まぁ、僕のも潰れてるんだけどね、あはは!」

「どっちにしろ、この國で生きてんのは辛ぇだろ。

別に文句はねぇよ。むしろ、感謝してる」

「一応聞くけど、フランソワちゃんはギロチンになってても君の治療ができるのかい?」

『できるけど、混ぜ合わせる錬金術だからね。

あなたも知っての通り、外面を取り繕うようなものだよ』

「だよね、うん。最後のルーン石、取っといてよかった。

君的には、キッドを助けてほしかったかもだけど……

僕は君に処刑されないといけないからねぇ」


フランソワの答えを聞くと、ジャックは折れた腕とは思えないような動きで懐に手を入れ、1つの石を取り出す。

シャルルは睨むが、宣言通り気にしていない。


何か言われる前にさっさと砕き、雷でズタズタになり、高速移動や墜落で悪化していた傷を一瞬で治してしまった。


もちろん、今のシャルルは神秘なので、とんでもなくタフだ。自傷がメインでもあるため、放っておいても明日までには完全回復していたことだろう。


しかし、律儀にもシャルル・アンリ・サンソンに処刑されることを望んでいたジャックとしては、今すぐに全快していてほしかったようだ。


キッドに使わなかったのはわかるてしても……

もし自分に使えば、処刑されることもなかったはずなのに、彼は進んでシャルルを治して朗らかに笑っている。


「それに、これは治癒のルーン石。彼から生えていた醜悪な肉塊に関しては、ケガとかとは違うし治すものじゃなかったからね。知り合い程度の相手に、そんな賭けはしない」

「まぁいい。どうせあいつとの関係は、他のやつほど濃くはなかった。デオンも、殺しちまったしな」

「悲しいことを言うねぇ」

「黙れ。さっさと始めるぞ、フランソワ」

『はいはい。本来のギロチンね』


キッドの件に納得したシャルルは、特にやることもなく遠くで見守っていた人型のフランソワを呼ぶ。


そこからの動きはスムーズだ。ギロチンに戻った彼女を設置し、ジャック・ザ・リッパーの首を台に固定する。抵抗するどころか本人が望んでいるので、ものの十数秒で準備は完了していた。


「言い残すことは?」

「えー? うーん……たくさん殺せて、色々な人の肉を切ることもできて、心残りがないくらい楽しかった。

あとは、君を育てられてよかったかな。君は期待以上に強くなった。頑張ったね、僕は君を誇りに思う」

「……あぁ。あんたはクズだが、良心のわかるクズだった。

決戦でも頼りになったし……色々と、感謝はしてる。

じゃあな。もし生まれ変わったら、真っ当に生きろよ」

「あっはは、それは無理かなぁ。これは僕の性だから。

君こそ、殺しや死から離れた方が楽だと思うぜ?

ま、無理だろうけどね。せいぜい頑張りなー」

「あぁ、今さらもう無理だよ」


軽く言葉を交わしてから、刃は躊躇なく降ろされる。

人を殺すために鍛えられた体は、並の人間より遥かに強靭ではあるが……


いくら強くとも、彼は決して神秘ではない。

製造番号11ということで、少し特殊な立場にはいたものの、死ぬ前に役割を持っていたのだから普通の人間だ。


神秘であるシャルルとフランソワ――ギロチンを防げるはずもなく、彼の一部だった球体は断ち切られ、コロコロと転がりながら紅い花をまき散らす。


師匠と弟子ということで、少なからず心を通わせていた少女は、虚ろな目でぼんやりとその光景を眺めていた。


死者ばかりが参列している、この廃墟の中で。

動く者はもう、ほとんどいない。


シャルルすらも微動だにしないことで、唯一動いているのは外から新たにやってきた者。

溢れた絵の具のように広がる赤の先に立ち、パチパチと拍手をしている少女だけだった。


「……ジョン・ドゥか」

「うふふ、とっても感動的だったわね」


睨みつけるシャルルに臆することもなく、マリーの姿をしているジョン・ドゥは悪辣な言葉を投げかける。

最後の最後にその姿で現れるのも、多くの大切な人達を殺したことへの言葉も、すべてが邪悪だ。


「何の用だ? 俺としては、お前も処刑するつもりだが」

「もちろん、処刑されに来たんだ。

最後に、ちょっとした情報を伝えてからね」

「……」


無言でその情報を促す処刑人に、彼女はニコリと笑ってから口を開く。一瞬視線を逸らしていた間に、彼女はいつの間にかシャルルの姿になっていた。


だが、その服装は処刑人としての黒いコートではなく、ありふれた普通のワンピース。おそらくは、主人格であるノインの姿なのだろう。


「セイラムの人々は、完全に殺人者と化したよ。

ペオルが死んで、本物の殺人鬼が消えて、彼らを抑えつけるものはなくなってしまったからね。元々暴走していた者に、余計正気を壊されて。もう、戻ることはない。この歪んだ國は、協会の管理を離れた人々は、ついに破綻した」

「……そうか」

「君はどうするのかな?」

「お前には関係ねぇだろ」


ジョン・ドゥの問いを切り捨てながら、シャルルは速やかにその首をギロチンの台に固定する。

鳴り響くのは、モーツァルトのレクイエム-怒りの日。


彼の魔人によって、人々の叫びを代弁するかのような壮厳さで奏でられる音色の中で。この國のすべてを知る情報屋は、騒々しく命の灯火をかき消した。




ジョン・ドゥを処刑したシャルルは、小型化したギロチンを天秤の形にして廃墟のバルコニーに出る。

すると、彼の目の前に広がっていたのは、情報屋の言う通りセイラムの國民が全員殺し合っている光景だ。


「シャルル・アンリ・サンソンである俺は、人殺しの人格。

シャルロット・コルデーである僕は、人を殺さない人格。

だから、判決は君に任せるよ……」


すっかり消沈している処刑人は、コロコロと人格を入れ替え最終的に主人格であるノインに戻る。

多くを引きこもって過ごした彼女も、これまで積み重なってきた殺しや死、罪によって、瞳に宿る光は暗い。


「……罪って、どこにあるの。悪人って、なに。

私自身、罪人なのに……何を、裁くっていうの。

でも、私も向き合うって決めた。この役割は、たしかに私が背負うべきもの。殺すことも、殺さないことも。

私には実行することが出来なかったから」


思い起こされるのは、これまでに殺してきた人々の言葉。

魔女認定者達の、あなたに殺される私が、君を許すから。


アルバート・フィッシュの、不幸を振りまく者は、地獄を広げる前に裁かれなければいけない。これは、偉業である。


マリー・アントワネットの、この國に正しさなんてない。

この國には罪人しかいない。この國は、存在している事自体が間違いだった。


その他にも、大切な家族や仲間達の死に際や、数え切れないほど殺してきた無実の者たちの断末魔まで。

これらを背負うのなら、今もセイラムが罪を重ねるのなら。


「天秤は、罪人を裁くもの。罪とは時代や人の主観で変わる空虚なもの。だけど、私自身が殺人鬼である、この天秤は……どこまでも虚ろだ」


掲げた天秤は、持ち主自身が罪に苛まれていて真っ当なものではないだろう。だが、少女自身があらゆる罪や死を背負う処刑人で、裁断者なのだから。


「この國に正義なんてない。この國は悪だ。

この國に生きるすべての人間が、罪人だ。

私は、僕は、俺は……お前達の罪を、赦さない」


判決は、下された。セイラムという國は、悪である。

この國に根付いたすべては、悪である。


たとえ、独善的であろうとも。

彼らは誰一人、逃がしてはならない罪人だ。


死となった処刑人による、罪人の処刑が……始まる。


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