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虚の天秤  作者: 榛原朔
七章 虚の天秤

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1-最後のお別れ、決別の一歩

魔人ペオルが死に、醜悪な肉塊の巨木が溶けるように消えていく中。ボロボロになったシャルルは、崩れかけている廃墟で亡霊のように佇んでいた。


「みんな、死んだ……みんな、死んじまったよ……

俺が、この俺自身が、殺しちまったよ……」


周囲にあるのは、クッションになったぬいぐるみや死にかけのキッドやジャックの姿。落下したことでズタズタになったり、醜悪な力で穴だらけになっているものの姿だ。


綿や血肉が海のように広がっている廃墟の真ん中で、虚ろな表情をした少女は苦しみに耐えている。


これまでの罪を思い、自らが殺してきた者達を想い、失った大切な人達を想い、これからさらに失う人達を想う。

最後のお別れは決して待ってくれやしない。


体の端からポロポロと崩れかけている大切な人達――ペオルによって、一時的に蘇っていただけにすぎない死者のルイとエリザベートは、ゆっくりと近づいてきていた。


何もかもを奪われた彼は、いつもの少女とは思えないような、処刑人だった時には決して見せないような表情で言葉を紡ぐ。


「お前らも、もう消えちまうんだろ?

お兄ちゃんと、自称姉のエリザベート」

「……うん、ごめんね」

「わたくし達は、もう死んでおりますから」


ペオルが死んだのだから、その力によって呼び起こされた彼らは消えてしまう。それは、この國の歪みを作っていた元凶を、間違いなく滅ぼせたという証明でもあるが……


祖父的存在、ル・スクレ・デュ・ロワの仲間たち、マリーや雷閃と、尽くを失った後のシャルルには、これ以上ない程に辛いことだった。


その言葉を否定することなく、はっきりと肯定して謝る2人を前に、彼は軽くフラついてから弱々しい表情になる。


「……私、謝らないと。お兄ちゃん、ママを殺しちゃって、ごめんね。お父さんに殴られてる時、僕は動けなくてごめんね。もう、とても親とは言えなかったとはいえ……親父を殺しちまってごめん。あの後、いつの間にかあんたの姿が見えなくなって、多分探せば助けられたかもしれないのに。

俺の力不足で、死なせちまって、ごめん。

……それなのに、こうして私を助けてくれてありがとう」

「……うん。悲しくないなんてことは言えない。

もし誰も死んでいなかったらって、考えたことだってある。

おれも、こうして何も得ずに死ぬことはなかったかもって。

けど、やっぱりお前のことを恨んじゃいないんだ。

恨みや怒り、悲しみ自体はあるけど……復讐して多くの人々の記憶に残るよりも、たった1人、大切な妹の心に残る方が嬉しいだろ? 俺はお前の、兄貴だから……

最後にお前を守れて、生まれた意味を残せて、よかった」


自身の性質によって、誰よりも多くの攻撃を受けてそれらの反射までしていたルイは、一足早く限界が来て崩れ去る。

その最後は穏やかに。最愛の妹の胸の中で、生まれて初めて意味を残して死ぬことが出来ていた。


「……!!」


遺体すら残らず消えた兄に、ノインは堪らず涙を流す。

だが、喪失の悲しみに暮れて、まだ他にもある大切なことを取り零す、なんてことはない。


すぐにぐぐっと涙を拭うと、もう1人残っている死者に目を向ける。さっきまでと違って人格も固定され、入れ替わったのは最も関わりが深いシャルロットだ。


「おまたせ、エリザベートお姉ちゃん。

お兄ちゃん程じゃなくても、辛いよね……」

「ふふん、いいえ? わたくし、偉大なる吸血姫ですもの!

最後まで気高く美しく散りますわ〜っ!!

協会の処刑人やあの魔人のように、醜く足掻きません!!」

「そっか。やっぱりお姉ちゃんはかっこいいね。

ねね、僕も可愛いでしょ? 可愛くない? 可愛いよね?」

「えぇ、あなたは誰よりも可愛いですわ。

どれだけの罪を背負っても、辛い旅路で苦しみ傷付いても。

不滅のヴァンパイアであるわたくしが、認めます」

「……うん、ありがとう。さようなら」


きゅっと抱き合っていた少女達だったが、すぐに片方がボロボロと崩れ去る。永遠に生きる吸血姫、決して滅びない不死なるヴァンパイア。そんなもの、自称でしかない嘘だ。


しかし、もしかしたら失っていないのではないかと。

1人ぼっちになってはいないのではないかと。

たとえ夢でも、そんな希望が見られるのなら。

その言葉は、決して無意味ではない。


シャルロットは消えていった2人の思いを心に留め、両手を胸に置いて瞑目した。数秒後、廃墟の壁が破壊されて2つの影が飛び込んで来るまでは。


「ぐっ……はぁ、はぁ……俺の時間はなくなった。

つまり、元凶は倒せたってことだよな?

タイミングはバッチリか? 俺はもう消えて大丈夫か?

悪いけど、デオンちゃんのこと、任せていいか……?」


まず真っ先に目に入ったのは、両手に鋏を持って膝をつく、精神力だけでペオルの力に便乗した美容師。

レイピアによって全身を貫かれている、とっくに満身創痍のスウィーニー・トッドだ。


すぐに反応して目を開いたシャルロットは、息も絶え絶えに問いかけてくる青年を、悲しげな目で見つめる。


「うん、いいよ。デオンはこれ以上苦しませない。

……君も生き返っていたんだね。ありがとう」

「ハハッ、足止めにしかならなかったけどな。

まぁ、いいってことよ。散々アプローチしてたんだ。

ここで止めなきゃ嘘だろ? ……色々と悪かったなー。

俺は割とすぐ思ったこと口にしちまうもんで」

「僕も、似たようなものだよ。

ごめんね、本当に感謝してる」

「おうよ……もし、あの世とかでまた会ったら。

オレンジジュースでも、作ってやるさ」


最後の最後でお互いに理解し合い、トッドは穴の空いた手足からバキバキっと崩れて消える。ほんの一瞬だけ遅れて。

風に吹かれて散るその塵の奥からは、最後に会った時と変わらず狂ったデオンが、ゆっくりと姿を見せた。


「……シュヴァリエ・デオン」

「あぁ、マリー様。マリー、様ァァ……

このようなお姿に。なぜ? あの方の献身は?

セイラムには、罪人しか。誰一人、許さない……」


それこそ、亡霊のように。デオンはフラフラと歩み寄る。

離れた位置に安置されている、マリーの遺体を見つけて。


トッドから彼女のことを任されたシャルロットは、辛そうな顔をしてから刀を向けていた。


「ずっと僕を否定していた君。それでも、ついには肯定してくれた君。そんな君を、俺は肯定する。そして同時に、今のお前を否定しよう。もう、手遅れだろうが……

これ以上、お前の手を血で汚させはしない。

もう眠っていいんだ。俺が、楽にしてやるから」


1度目のマリーの死で暴走してから、シュヴァリエ・デオンはどれほどの血でその手を汚してきたことだろうか。


素早く撤退を選んだシャルルには、そんなことはわからない。だが、仲間のトッドにすら刃を向けたというのならば、少なくない人数を手にかけていることだろう。


いや、実際にどうなのかなど、ここでは関係なかった。

彼女が暴走していて、元に戻ることも出来ずに苦しみ続けている。それだけが確かなことで、彼が終わらせる理由だ。


とはいえ、この歪んだ國を憂い、ル・スクレ・デュ・ロワを率いて立ち向かっていたこともまた、揺るぎない事実で。


かつて否定された少女は、最後には肯定された少女は、かつての彼女を守るため、今の彼女に救いを与える。


「マリーは、安らかに眠ったよ。ほら、傷一つないだろ?」

「……!! あ、り……がとう……シャルル、アンリ、サンソン。

そして、シャルロット、コルデー。最上の、感謝を……」

「また会おう、同胞。この世界には超常の神秘が溢れてる。

まだまだ、何が起こるかわかんねぇからな」


バチバチッと雷を纏った刀は、デオンの胸に突きつけられる。しかし、決して彼女を傷つけることはなく。

シャルル・アンリ・サンソンは、直接死を与えて穏やかに声をかけていた。


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