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虚の天秤  作者: 榛原朔
六章 虚数備録

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14-殺戮観測領域セイラム

納刀した刀を構え、雷の力を溜めているシャルロットの前で、仲間達はペオルに立ち向かう。


少し前までなら、他者の苦悶に満ちた表情を見たいがためにいたぶっている面が強く、そう難しくはなかったのだが……

その機会を奪われそうということで、本気でシャルロットを殺そうとしている彼の足止めは簡単ではない。


足場はアイアン・メイデンやぬいぐるみのみと少ない上に、エリザベートが飛ばしているため不安定なものばかり。

それ以外の場所では、肉の触手が蠢いているのだ。


おまけに、油断していると精神も歪められて本来の力が発揮できなくなるため、全員が命がけだった。


キッドのように遠距離から射撃していても、國を包み込む肉は手を伸ばす。ジャックのように接近していればさらに危険で、ルイに至っては攻撃を引き寄せる。


エリザベートもこの戦場を保つ要であるため、中距離で指揮を取っていても危険度は特に高いと言えるだろう。

その様子を見続けながら、シャルロットは力を溜めてペオルの声に耳を塞ぐ。


「私も、別にどうしても死にたくないという訳ではありませんがねぇ……それよりも何よりも、私は自分より人々の苦悶の表情が見たいのですッ!! そのためには、やはりあなたを好きにさせることはできませんよぉ!!」


なおもニヤニヤと笑いながら叫ぶペオルは、さっきまでとは違って常に移動しながら応戦している。


ジャックのナイフも、エリザベートのアイアン・メイデンも、ルイの拳も、キッドの狙撃も。

そのすべてを警戒し、排除しようと動き、そして危険な存在であるシャルロットを狙っていた。


もちろん、ジャック達の目的は足止めして力を溜める時間を稼ぐことなので、彼を殺せる必要はない。

しかし、無限に湧き出る肉塊の触手には際限がなく、やはり本体を叩くのが足止めにも最善だ。


しばらく動けないシャルロットの位置、肉塊の中で動き回るペオルの位置、数え切れないほどの触手の位置。

そのすべてを把握しようと努めながら、彼らは圧倒的に不利な戦いで奮闘していた。


「あっははは、生きてる肉を切るの楽しいーっ!!

ほらほら、もっと足場しっかりしてよエリザベート!!」

「あなた速すぎるんですのよ!!

ですが、とても助かりますわ……次はそちら!!」

「対抗するための力は、まだ溜まり切っていないみたいだね。僕も、シャルロットも……」

「うおぉぉい!! 俺様のとこにももっと気ぃ回せ!?

もう逃げ場なくなるって、死ぬぜこのままじゃ!!

同じル・スクレ・デュ・ロワの仲間だろ!?」

「シャルちゃんのためなら、犠牲もやむを得ませんわ……

ぐすっ、惜しいやつを亡くしました」

「ちっ、まだ死んでねーっての。生意気な死者だ。

あーもういいよ。実力で助けないといけねーとやつだと思わせてやる。囮上等! よく見てなー、姫さん」


飛び回るジャックに合わせてアイアン・メイデンが置かれ、彼は襲いかかろうとする触手を切りまくる。エリザベートの負担はとんでもないが、実際にあげている功績はかなりのものだ。


現時点ではあるものの、何十本もある肉の触手たちは、ほとんどシャルロットの元には届いていない。


もちろん、彼の体は1つなのだから、いくつかはすり抜けてしまうのだが……同じ足場を使ってルイが移動し、切り損ねた触手を引き寄せる。もしくは、キッドが撃ち抜いていた。


ルイは反射するエネルギーを溜める関係上、何箇所も触手に貫かれて血だらけになっているが、例によって動きは鈍らないため問題ない。


最後の砦として、人型になったギロチン――フランソワも隣にいるので、このままいけば守り切れるだろう。

ジャック、エリザベート、キッド、ルイにフランソワ。


彼らの奮闘のお陰で、眷属以外に足場のない天空という不利な場所でも、本来は相手にならない存在の神秘が相手でも、何とか勝てる可能性が出てきていた。


『ん、そろそろ溜まったかな。わかるね、シャルロット?』


空で肉の木々や血、綿や鉄くず、銃弾などが飛び散っているという、かなり異質な戦場の中で。

じっと戦況を見守っていたフランソワは、作戦実行のために隣に立つ相棒に声をかける。


力を溜め始めてから、ずっとバチバチッと迸っていた雷は、今では周囲の肉どころか、シャルロット本人をも焼く勢いで世界を震わせていた。


その中央――足元から噴水のように雷が放出されている中で、シャルロットは神秘で自傷しながら言葉を返す。


「っ……う、うん。これを振り抜けば、肉の大樹は真っ二つにできる。まともに動けなくなりそうだけど……」

『そこは気にしなくてもいいよ。神秘の力で消耗するのは、基本的に精神力だから。君の場合、雷の神秘ではないから体にもダメージがあるけど……まぁ、動けるでしょ』

「見通しが甘いなぁ……!!」

『けど、他に道は』

「ない!!」

「あははっ、ね?」

「〜っ!! 力を貸して、雷閃ちゃん! まだ人である僕が、大自然そのものである超常の神秘に打ち勝つために!!」


他人事のように笑うフランソワを睨みながら、シャルロットは納刀していて刀を引き抜く。


自動で動いているかのように正確に、流れるような素早さで。次の瞬間には、凄まじい神秘を秘めた雷の居合い切りが、巨大な肉の樹木に対して繰り出されていた。


『其は、天を斬り地を太平する守護者の神剣。

己すら顧みない、自他共に浄化す聖者の轟雷』

「――布都御魂剣!!」

『安らかに、眠れ――』


肉の枝に覆われた空を、あらゆる狂気に包まれた國を、今も殺し合う人々の死を。すべてを清めるように、煌めく雷光は大空で迸る。


鞘から溢れ出たそれは天を衝くほどに巨大で、たとえ肉塊の大樹が相手でも遅れを取ることはなかった。


伸びてくる触手、何層にも重ね合わされた肉壁、その奥に潜んだペオル本体……そのすべてを焼き、溶かし、跡形もなく消し飛ばしていく。


とはいえ、流石にペオル本体も即死とはいかず、大樹も左右に残骸が残っており、今にもくっつこうとしているが……

力を溜めていたのは、シャルロットだけではない。


手足が千切れそうなほど歪に曲げられたルイは、胴や潰れた目からも血を流しながらも、受けたすべてを今返す。


「おれが受けてきた拷問、悪意、殺意、攻撃……そのすべてをお前に。未来、安寧、満腹、無痛、すべてを奪われたおれだけど。何も妹に与えてあげられなかった俺だけど。

この何もない存在を、それでも守るべきものの為に――!!」


その小さな体から、はち切れんばかりの輝きが迸る。

彼には何も無い。何も無いから、それでも得ることの出来た空気や光として、そのエネルギーはペオルと再生中の大樹を吹き飛ばした。


「がぺっ……!? キッ、ヒヒヒ……!! いやぁ、素晴らシイ!!

足掻き、苦しみ、耐える表情の甘美なこと。

ですが、それでも滅ぼし切れない絶望!!

アァ、見せてください!! あなた方の愉快な結末を!!」


醜悪な肉塊から引き剥がされたペオルは、全身を焼き焦がしズタズタになりながらもまだ倒れない。

再び肉塊の巨木を顕現させようと、自分体から直接肉を湧き出させていく。


元々不快だった彼だが、目の前で膨れ上がる肉体はより醜悪で。すべてをかけた一撃を無駄にされては、もう次はないと思われた。だが……


「おいおい神サマよぉ、人間ごときに追い詰められてザマァねぇな。そんなだから、俺様も目に入ってねーんだろ?

殺せなくても、邪魔くらいできんだぜ? なぁ、邪神!!」

「あっははは!! せっかくの肉が消えちゃったよペオル様!!

神様ならさ、その肉を切らせてくれるよね?

何よりも温かくて、鮮やかなその朱玉をさ!!」


余波に乗り、いつの間にか接近していた殺人鬼達が、すかさず攻撃を加えて再生や肥大化の邪魔をする。

至近距離のナイフは肉を削ぎ、銃は肉を貫くどころか粉砕していた。


そして、彼らがどうにか完全復活を阻んでいる間に、焦げて追いかけていたシャルルは態勢を立て直す。


『さぁ、飛ぶんだシャルル。殺すのは君の役目だろう?』

「ゲホッ、ゲホッ……こんな状態にしといて、ふざけんな。

だがまぁ、たしかに俺の存在意義だなァ、そりゃあ!!」

「わたくしが飛ばしますわ!! 所謂ロケットのように!!」

「いいからとっとと、かっ飛ばせぇぇぇッ!!」


フランソワに激励され、エリザベートに送り出され、処刑人は空を飛ぶ。蠢く肉の双塔の間を抜け、全身をぐちゃぐちゃにされた仲間の間を抜け、巨大なギロチンは魔人の首に。

空中でありながら、鮮やかな動作で刃は命に添えられた。


「さァ、処刑の時間だぜ!! 醜悪な魔人!!

テメェに慈悲はねぇが、確実に殺さねぇといけないんでな!!

ギロチンでスッパリ切り飛ばしてやる、その首を!!」

「あれまぁ、このギロチンも私を殺せると。

ふぅ〜む……詰みですか。まぁ、私の死もまた醜悪で‥」


たとえ、自分の意志ではなかろうと。

確実にこの國が歪められた原因である魔人に、すべての元凶である神秘に、最後の言葉など必要ない。


その言葉は鋭い刃によって途中で切られ、セイラムの上空という、全國民が観測できる場所で派手に命を散らした。


……ここは、ファナ・ワイズマンという科学者によって作られた、死の実験場。あらゆる殺しは観測され、この蠱毒にて凝縮された死は、今こそ少女の身に宿される。


いくつかの干渉、わずかな抵抗の、その果てに。

そのすべてを飲み込み、利用し、踏みにじり。

人工的でありながら、本物でもある神秘は成った。

実験は、成功だ――


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