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虚の天秤  作者: 榛原朔
六章 虚数備録

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12-覚悟を胸に

最後の善性が去った後、廃墟には1人の少女だけが残る。


彼女は処刑人ではない。彼女は殺人者ではない。

殺しを楽しむ異常者でも、死を気にしない薄情者でもない。


大切な幼馴染みを亡くして涙を流す少女は、今この瞬間だけはただ悲嘆に暮れる女の子でしかなかった。


まだ、國中で人々が殺し合っており、吐き気を催すような血なまぐさい匂いや叫び声が広がっているが。


究極的に言えば、人は他人になど興味はない。

今目の前で自分に起こっていることがすべてであり、彼女も例に漏れず、一歩も動かないでただ喪失を悲しんでいた。


「うぅ、あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッッッ!!

誰も彼もが死にやがるッ……!! それも、大切だった人全部、この俺が殺す形でッ!! ふざけるな、ふざけるなァッ!!

何が実験だ。何が魔人だ!! 人工的に作られる神秘だッ!!

何もかも奪って苦しめて、それで満足かよクソ科学者!!」


横たわるマリーの前で、這いつくばったシャルルは涙で顔をグシャグシャにしながら叫ぶ。

彼は人を殺す人格。他よりも、能動的に動く意志。


奥に引っ込んでいる彼女達の代わりに、うちに溜まったドロドロしたものを吐き出すため、猛っていた。


いつの間にか戻ってきていた面々も、今の少女にはなかなか声をかけられない。普段からヘラヘラとしているジャックやキッドも、周りを振り回すエリザベートも、冷静に立ち回るルイも。


誰もが近づくことすら出来ず、遠巻きに彼を見つめている。

醜悪な魔女会については、もちろん壊滅しているが……

まだ、肝心のペオルが無事で、今にもセイラムという國の死と歪みを飲み込もうとしているのに。


動いたのは、少しでも変化を見せたのは、傍らに置かれた刀とギロチンだけだ。刀は励ますようにバチバチッと弱めの雷を放ち、遠くにあったはずのギロチンは気がついたら真横に立っている。


「うぉっ……!? なんだ、ビビらせんなよお前……

ギロチン、こんな近くにあったか?」


少し遅れてその存在に気が付いたシャルルは、ギョッとして身を引きながら怪訝そうに見つめる。

ギロチンはさっき移動に使った時から動かしていないので、本来なら地面に突き刺さっているはずだ。


それなのに、最も手に馴染む愛器はそばにいた。

まるで、かすかな意思を示した刀に対抗するように、相棒は自分なのだと主張するように。


おまけに、周りにいた仲間も気づいていなかったらしい。

あのジャックですらも、驚いた様子で変な顔をして瞬きを繰り返している。


それらの視線を一身に受けながら、ギロチンはカタカタっと動き出して言葉を紡ぐ。


『痛々しいね、シャルル・アンリ・サンソン。

死と向き合ってなお、君は生まれた意味に縛られる』


ギロチンから聞こえてきた声は、中性的やボーイッシュと言われる類の声だ。そして、ハキハキとしたその声は、紛れもなく以前シャルルが処刑したはずの少女のもので……


「……!? フランソワ、プレラーティ……!?」


その、相棒であった少女――フランソワ・プレラーティの声を聞いたシャルルは、驚愕で目を見開いた。

わずかに目を細めただけのルイを除いた、この場にいる他の面々も、これ以上ないくらいの驚きようである。


だが、フランソワ――ギロチンはシャルル以外の者など気にしない。いや、そのシャルルのことすらも、別にそこまでは気にしていないのかもしれない。


大事なのは、今彼女がここにいること。

死んだはずなのにとどまり、やるべきこと、やりたいことができるというただその一点のみだ。


自分のペースを貫くギロチンは、周りの全員を意に介すこともなく言葉を続ける。


『そうだよ、僕さ。随分と驚くんだね? 処刑の時、君には言っておいたはずだけど? またねってさ』

「いや、普通はあの世の話とかだと思うだろ……

誰が自分で殺したやつとまた生きて会うと思うよ」

『あはは、僕は普通に死んでまーす。

これは魂を予め焼き付けていたというか、肉体を入れ替えただけというか、まぁそんな感じだよ。死んでなかったとか、生き返ったとか、そういう話じゃない。僕という生命自体はたしかに死んだし、今いる僕は厳密には生きてないから』

「どっちにしろとんでもねぇよ。神秘とか色々な魔術とか、超常現象があるのは知ってたし見てもいるが、これは別格だ。端から見りゃ死者蘇生だぞ。

しかも、人のギロチンに勝手に乗り移りやがって……」

『だって、このギロチン作ったの僕だし。

色々な改造までしといて、できないはずないじゃん?』

「うるせーよ」


自分がしたことを、さも当然かのようにしれっと宣う相棒に、シャルルは呆れを通り越して苦笑する。口では嫌がっているかのように言っているが、その表情は直前までの悲壮感が払拭された柔らかなものだ。


魔女狩り、アルバート、ル・スクレ・デュ・ロワの仲間達、雷閃にマリー。最初から最後まで敵だった者以外の、大切な人達や心を通わせた者達すらも殺し続けたが。


1番初めに殺し、死や殺しと向き合うきっかけとして悲劇の始まりとなったフランソワ・プレラーティ。

彼女だけは消えておらず、再び自分たちの隣に立って救いになってくれるのだから。


今はギロチンの体である彼女の目は、一体どこにあるのか。

その様子を見ると、フランソワは心なしか優しげな雰囲気になって問いかけた。


『まぁ、一言でいうと物に宿った神秘だよ。

少し違うけど、一応精霊って言うらしいんだけどね。

細かいことなんて、どうでもいいでしょ?

大事なのは、また会えたこと。そして、今度こそ相棒として一緒に戦えるってことさ。君も、ついに協会に逆らってもう存在しないんだから。少しは元気になったかな?

予定より早いんだよ? 今話しかけてるのは』

「……!! あぁ、本当に、助かったぜ。

俺にはもう何もない。周りにいるのは死人ばかりだ。

厳密にはお前も似たようなもんだろうが……

それでも、こうしてまた会えたのは救いになった。

希望なんてねぇけど、どうにか前に進んでいける!!」


相棒に元気づけられたシャルルは、マリーを見つめながらも立ち上がり、奮い立つ。たとえ、すり減った心を誤魔化しただけに過ぎないとしても、今だけは。


少年少女は真っ直ぐ空を見上げ、この國の基盤となった巨悪を、醜悪な魔人ペオルを殺すべく覚悟を決めていた。


集っていた面々も、彼の意思に応じて動き出す。

ナイフを片手に、銃を回しながら、蝙蝠をかたどったような黒い傘でアイアン・メイデンなどを操りながら。


その中心に立つシャルル・アンリ・サンソンは、刀を腰に、ギロチンを肩に担いで宣誓する。


「……本来、製造番号9は俺だった。死んだのがマリーだったから、ここにいるのが俺になったんだろうが……

どっちにしろ、成った神秘はお前を殺しに行くぞ!! ペオルの次はテメェだ!! 覚悟しておけ、ファナ・ワイズマン!!

それすら想定していても、死は決して罪人を逃さねぇ!!」


この國を歪めているのは、基盤となった魔人ペオルとそれをさらに狂わせるモーツァルトの2人だ。

現在のセイラムに、科学者――ファナはいないだろう。


彼が向き合うと決めたのもまた、これまでの死と処刑だけ。

今から否定し打ち滅ぼすのも、このセイラムのみだった。


しかし、おそらくは死になる自分は、この國や実験を構想した元凶も許しはしないのだと。より未来の戦いを見据えて、シャルルは必勝を誓っていた。


「行くぞてめぇら。これが最後の戦いだ。

醜悪な魔人を、この理不尽な死と一方的な処刑が渦巻いている歪み切ったセイラムを、殺すために」

「おう!!」

「あぁ」

「えぇ!!」


シャルルの号令に応じて、彼らは一斉に醜悪な肉塊の巨木を駆け上っていく。ギロチンも小型化し、小回りも十分。

セイラムを打ち倒す戦いが始まった。


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