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虚の天秤  作者: 榛原朔
六章 虚数備録

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11-最後の善性

人々が殺し合う國の中央に立つ、廃墟となってもう誰もいない処刑人協会の本部跡地で。


2人の少女は、どこからか響くモーツァルトの演奏や人々の叫び声を伴奏に、美しくも残酷に舞い踊る。


片や、巨大で禍々しい鎌を小さな動作で回しながら。

片や、血に塗れた巨大なギロチンを、ワイヤーを駆使して繊細ながらも派手に振り回しながら。


常にくるくると回転しあい、常にお互いの命を刈り取らんと狙い、その上で相手をひたすら愛し、敬意を表していた。


「私は、今ようやく何かを傷つける側に立ったのね。

幼い頃からそう生きてきた、あなたのように」

「そうだな。初めて感じる重みはどうだ?」


絶え間なく動きながらも、優雅に微笑んで喜びを見せる少女に、シャルルはワイヤーでギロチンを引き背後をつきながら問いかける。


彼女達は紛れもなく本気だ。誰よりも大切な幼馴染みが相手でも、一切容赦なく本気で殺そうと武器を操っていた。


しかし、決して獣のようにただ殺し合うだけではない。

復讐者のように感情に支配されて戦うこともなければ、殺人鬼のように快楽に飲み込まれて戦ってもいない。


彼女達は、こうしてどちらかが必ず死ぬ戦いの場にあっても、このような殺伐と手段であっても、最後まで心を通わせ続けているのだ。


それこそ、心を1つにしてダンスをしているように。

武器を重ね合わせながら、息を合わせて動き回ることで。


「そうね、とっても気分がいい。

今までの苦悩が一瞬で晴れるような爽快さよ」

「……お前の口から出たとは思えねぇ言葉だ」

「どうして? 人でも物でも、何かを壊すってとっても爽快で甘美な誘惑なのよ? 自分がどんな存在であれ、その一瞬だけはその何かより上位に立っていると言えるのだから。

でも、同時にとても虚しいものでもあるわ。

人は無垢な状態で生まれて、そこから死ぬまでの長い道のりで、様々なものを詰め込んでいく生き物でしょう?

人から与えられて、物から何か感じを得て。

だから、どうしょうもなく壊れてしまったのではなく、自分の意思で壊したのなら。きっと、思い出として追加されるのではなく、心を削ぎ落とすような痛みを受け、欠けた部分を永遠に見つめ続けてしまうわ。

世界に何かを与えられ続けるのが人生で、道を歩き続けるということなら。そうして得たものを削ぎ落として欠いてしまうのは、道を振り返って後退すること。

ちゃんと命はあっても、死を見つめる暗い骸」

「それがわかってて、なんで止まらねぇ……!!」

「あなたも、苦しいのではなくて?

せっかく得たものを削ぎ落とすのは。

心を削り取ってしまうのは。

……あなた、私を止めなければいいのに」


長々とした問答を終え、その間も絶えず鎌を閃かせて舞い踊っていたマリーは、一つの結論の前に大きく後退する。

放たれたギロチンの勢いのまま弾かれ、くるくる回転しながら離れた場所に。綺麗に着地し、鎌を後ろ手に構えていた。


「お前は結局、最後まで優しいな。そうだよ。

テンション上げてりゃ楽しく思えるが、重荷は永遠にのしかかり続ける。だからこそ、俺は父親殺しをくだらないことにできてる……という面も大きいんだけどな」

「でも、十分霞ませたでしょう? そもそも、あなたはもう生きているだけで苦悩し続けるのはなくて?

それなら、生きている意味などないわ。死んだ方が救われる人生なんて、ただの拷問でしかない。こんな環境ではなおのこと……私の復讐を見過ごして、お眠りなさいな。

この國に正しさなんてない。この國には罪人しかいない。

この國は、存在している事自体が間違いだった。

だから私は滅ぼすの。どれだけ手を尽くしても、決して変わることのなかった人々を尽く殺し、復讐を果たす。

誰一人許さない。セイラムがあったという証すら残る価値がない。人も、物も、この土地に根付いた全ては、朽ち果ててしまえばいいのよ。今の私は、復讐に酔っているから……」


一瞬だけ目を閉じていたシャルルは、先程までよりは迷いを打ち払って口を開く。今のマリーは紛れもなく邪悪な存在で、善性など欠片も見せない殺人鬼。


だが、見せないだけで、復讐という方向性が前面に出ているだけで、その復讐に他の意味がない訳では、なかった。

その心を感じ取ることが、出来たから。


地面に突き刺さったギロチンを起点に、彼はワイヤーで空を飛んで直接少女の元に向かう。


「殺人は心を砕く。自分自身と等価のものを終わらせる行為だから、人類最悪の罪として、他の何よりも深く大きくどこまでも。それを受け入れちまう程に、お前は誰かを想ってんだな。許せないのは、セイラムか? 人々を救えずに死んだ自分自身か? どちらにせよ、お前は救えなかった事実に、無意味だった善性に大きな価値を見出し絶望していた!!」

「そうかもしれないわね。それで?

私が何に比重を置いたとしても、結論は変わらない。

私は許さない。この國のすべてを。救いようのない人々も、私を殺した國も、その一翼を担ったあなたも。許さない。

許さない、許さない! すべて、殺してあげるわ!!」


薄っすらと涙を浮かべながら叫び、鎌を振るってくる少女を前に、シャルルは翻るコートの下から刀を取り出す。雷閃のものと似たようなそれを、いつの間にかギロチンに入れられていたそれを、なぜかパチパチと軽く雷を纏うそれを。


もちろん、刀などこれまで使ったことはなかっただろうが……あらゆる武器の扱いを心得ている彼なので、特に問題はない。


横薙ぎにされた鎌を受け流し、これまで何度も繰り返していたように、回転しながら反対側の地面に降り立っていた。


暗がりに佇む姿は、まさに死を振りまく死神のようで。

しかし、その在り方とは対極的な愛情を以て、救いを叫ぶ。


「お前は多分、価値の主体を他人に委ねちゃダメだったんだ。お前の献身は尊くて素晴らしい。けど、その結果だけがお前の価値になってると、他者ありきの評価になっちまう。

お前は人に善意を振りまいたんじゃない。その結果が価値のすべてじゃない。お前はただそこにいるだけで穏やかで人に安らぎを与えるし、料理がうまいし、日常を彩るんだ。

生きていた。ここにいた。笑っていた。

ただそれだけで、お前は誰にも代えがたい存在だった。

もしそう思えていたのなら、お前もいつも通りの善良さで、少し悲しくて悔いが残るだけで済んだかもしれないのに。

その責任が、無力感が、悲しみや苦しみ結びついて、自分が終わらせなければという必要のない責任に変わったんだ!!」

「だから私は、本来するはずのない殺しをするって?

……それは私を買い被りすぎなのではないかしら?

たしかにそういった面はあるでしょう。

けれど、私は本当にすべてを恨んでいるわ。

辛かったの。毎日のようにみんなを宥めていて。

苦しかったの。自分があまりにも無力だったから。

それなのに、私は殺されみんな殺し合っているの。

そんなの認められない。絶対に許さない。

殺してやる! 尽くを!! どうせ生き残ったって……っ!?」

「……うん、それが君の言葉だ。それも、君の言葉だ。

僕が、僕達が愛した、マリーという優しいただの少女の」

「……どうせ生き残ったって、この國の環境に歪められて、苦悩し続けるだけなのだから」


薄っすらと浮かんでいた涙は、マリーの頬を伝う。

恨んでいる。苦しんでいる。憎んでいる。怒っている。

悲しんでいる。殺したいと思っている。


そのすべてが本心で、そのすべてが事実で。

だが同時に、彼女の優しさも、ここには残っていた。


とはいえ、きっと自覚しても復讐は止まらないだろう。

止めるのは処刑人。止められるのは、ずっと死を担い、その責任を背負い続けた処刑人だけだ。


「君は必要のない責任を負ってる。君は、たしかに強い恨みを抱いている。それらはすべて事実なんだと思うよ。

けど、本心はすべて幸せに向かうわけじゃない。

複雑に入り組んだ感情は、より新しく強烈なものに支配されて、それこそ歪められた道に向かわせてしまうこともある。

ごちゃ混ぜになった、まだはっきりと形を捉えられない君の感情は。間違いなくいつかの君を悲しませる。

やっぱり、僕は君を止めるよ。そんな未来は、嫌だから」


優雅に刀を握るシャルロットは、悲しげに微笑みながら少女を見据える。刀はより一層強い輝きを放ち、神秘的な光景を現していた。


「君も、逝ってしまったんだね……」

「私が、最後の砦なのね……」

「それでも、僕は!!」

「それなら、私は!!」


じっと見つめ合い、心を通わせていた少女達は、一筋の光が合間で煌めいたことをきっかけに、同時に飛び出す。


死を、救いを、与えるために。

善性を、覚悟を、守り通すために。


目の前で表情を歪めている大切な人が、この先も苦しみ続けることを認められず、すべてを背負わんがために。

互いの武器をぶつけ合わせ、魂の叫びを響かせていた。


「罪人以外が、死を背負うなんて……認めないッ!!」

「この國の、苦しみを……許さないッ!!」


鍔迫り合っては離れ、吹き飛ばされては回って立ち直り。

その最後の瞬間まで、彼女達の殺し合いは互いを傷つけることなく優雅で、ダンスをしているかのようだった。


だが、これも紛れもなく殺し合いで。

互いを想いながら、互いを打ち倒すためのもので。

長く舞い踊っていた少女達は、やがて片方が床に倒れ込んで刀を突きつけられる形で決着する。


「……私は、1番近くにいたあなたすらも救えなかったのね」


顔の真横に刀を刺されているマリーは、強烈な無念さを滲ませて声を絞り出す。いつの間にか入れ替わっていたノインは、顔をグシャグシャにしながら言葉を紡ぐ。


「ううん。その気持ちだけで、十分。空っぽだった私の心は、何もかもを削り取られた私の心は、満たされた。

みんなが、いたから。みんなが、笑っていたから。

うぅっ、うぅぅぅ……」

「それなら、よかったわ。私も、まだ救われる。

ほら、顔を上げて。あなたは死と向き合うのでしょう?」


深く俯いていたノインは、マリーの言葉で顔を上げる。

もう抵抗するつもりはないようで、慈愛に満ちた表情をしている彼女の顔を、真っ直ぐ見つめる。


これが最後なのだからと。その姿をしっかりと心に焼き付けるために、目をこすって視界をはっきりさせながら。


「……うん。マリーちゃんは、眠りにつく時。

あなたは、どうやって死にたい?」

「ギロチンは、嫌ね。この名を2度も、汚せないわ」

「じゃあ、傷つけるのもやめる。

文字通り、眠るように。大好きだよ、マリーちゃん」

「私もよ、ノインちゃん。それから、殺しを担当してくれるシャルルちゃん、見届けてくれるシャルロットちゃんのことも。深く、深く……愛しているわ」

「……あばよ」


この國で唯一善良だった少女に、誰よりも清く正しい聖女のような存在だった幼馴染みに、処刑人はキスをする。


苦しみなく眠るように殺すため、その体内にある毒を飲ませるために。ひたすら悲しく、しかし同時に美しくもある空間の中で、最後の善性を持つ者は安らかに旅立った。


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