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虚の天秤  作者: 榛原朔
六章 虚数備録

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10-因果応報

雷閃達が醜悪な魔女会のほとんどを連れ去った後。

廃墟の中には、シャルルとマリーだけが残される。


巨大な仕掛けギロチンを持ち、防刃、防水など、様々な効果で足から頬まで覆うコートを身に纏っているシャルルと。


同じく巨大で禍々しい鎌を持つが、身動きが取りやすいという以外には利点のなさそうな、毒々しくて派手な黒いドレスを身に纏っているマリーだけが。


ペオルは上空から観測しているかもしれないが、ジャックやキッドも雷閃についていったので本当に他の人はいない。

二人っきりの戦場で、彼女達は不気味な風に肌を撫でられながら、大切な幼馴染みを見つめていた。


「……他のやつはいなくなったな」

「えぇ、そうね」

「誰も見てなくても、気持ちは変わんねぇのか?

というより、さっきのが本当に本心だったのか?」


人の目がなくなっても、マリーは邪悪な笑みを絶やさない。

あまり表情を動かしていないシャルルは、張り詰めたような暗い表情で軽く俯いていた、


それを見ても、まだ信じられないとでもいうように。

間違いであってはしいと、切に願うように。

彼は、ギロチンから手を離さないまでも、すぐには戦わずにまず対話を始める。


相手によっては、雷閃と向き合ったエリザベートのように、問答無用で襲いかかってくるのだろうが……


根が善良で荒事をしたことがなかったマリーなので、素直に乗ってくれるようだ。鎌を傾けキラッと反射させながらも、微笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。


「誰に言われるまでもなく、これは私が選ぶ道なの。

さっきのは間違いなく私の本心。本気でみーんな死ねばいいと思っているのよ? だから、みーんな殺すの」

「でも、お前は部外者である雷閃を除けば、この國で唯一真に善良な子だった。誰よりも心優しくて、清く正しかった。

俺は自分が生き残るため、逃げるため、役目を果たすために人を殺し続けたけど。そんなお前がいたから、まだまともでいられたと思うし、悪人ながら秩序は保ちたかった。

そんなお前が、なんでこんな事になっちまうんだよ……!!」


二人きりでも迷いなく悪意を口にするマリーは、間違いなく本心から殺したいと思っているのだろう。

たとえ、そういう方向性を与えられていたとしても。

少なからず、負の感情は蓄積していたはずだから。


それを聞いたシャルルは、たった2人しかいない類稀な善性の持ち主の片割れに、思いの丈をぶちまける。

たとえ、普段は嫌がって見せていたのだとしても。

血に塗れた彼にとっては、きっと唯一の救いだったから。


しかし、もうこの國で唯一善性を持っていた心優しい少女など、この実験場には存在しない。

踵で先端を蹴り飛ばし、くるんと優雅に禍々しい鎌を回して魅せる少女は、美しくも邪悪に微笑んでいた。


「そんなの、私が耐えていただけだからに決まってるわ。

あれだけ助けようとしたのに、私は殺された。

どれだけ手を差し伸べても、彼らは変わらなかった。

今だって、彼らは殺し合っているでしょう?

この國には、罪人しかいないの。正しくあろうとした私は、罪人に殺されこうして死後も辱められている。

そんなのって、おかしいじゃない。あまりに酷いじゃない。

だから、私も殺すわ。尽くを。

誰一人許さない。この國のすべてを恨み、そして滅ぼすの」


シャルルの疑問に答えるために、彼女はマリーという善良な少女の生涯について語る。


誰よりも清く正しいマリーは、一度もセイラムに当てられて暴走することなく、死ぬまで人々を諌め続けた。

眩しいくらい善良な指針となり、ただの女の子でありながら聖女のように正常に戻そうと苦悩し続けた。


しかし、その時点で。ようやく本心を吐露することのできている今だけでなく、生前から彼女は苦しんでいたのだ。


こんなに歪んだ國では、誰も正常でい続けることなど出来やしない。不安や恐怖に苛まれた人々は、毎日のように暴走して争い合う。果てに、殺し合う。


その光景を見つめ続け、最終的には自分もそのような人々に殺されてしまったのだから。この國に、人々に、善性に。

マリーを取り巻く、すべてに裏切られ続けたのだから。

むしろ、こうして復讐に走らない方がおかしいことだろう。


今まで常に温かな陽だまりだった少女の真実に、シャルルはぐっと唇を噛み締めてさらに下を向く。


無実の者を殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。

大切な人が死んで、死んで、死んで、死んで、死んで。

シャルル・アンリ・サンソンの精神は、とっくの昔に限界を超えていた。


瞳の力強さは相変わらずで、握りしめた拳は木くらいならば砕けそう。食い縛った歯から漏れ出す声は、廃墟の外にまで音が響くほどの断言だったが。


その内容は、もう完全に理解しているというのに、どうしても受け入れられずに縋っているようだ。


「誰よりも善良だったお前が、そんなことする訳がねぇだろ……!! お前なんて、偽物だ……」

「あら、あなたも私を否定するの?

死ぬまで心身を捧げた私に、まだそうあれと強制するの?」

「ッ……!! んな訳、あるか。わかってんだよ。

これはただ、俺が認めたくねぇだけさ。どうしても、お前と雷閃には善良であり続けてほしかった……!!

こんな國にも、救いはあるんだってッ……!!」

「でも、それはもう叶わない。私は誰一人として許さずに、尽くを殺すのだもの。言っておくけど、あなたも対象よ?

シャルル。この國のすべてを恨み、滅ぼすのだから。

……いいえ、違うわね。あなただからこそ、今すぐ1番に殺すの。私の恨みを、選択を、確固たるものにするために」

「……」

「せっかくだから、最後に踊りましょう?

あなたはどちらを選んでもいいわ。私を殺して止めるでも、大人しく殺されて肯定してくれるでも……どちらでも。

さぁ、決めなさい! これが、私とあなた。

最初で最後のダンスよ!」


溜め込んだ感情のすべてを吐き出したマリーは、悪意に満ちた瞳を輝かせて後ろ手に鎌を構え、宣言する。


もう、殺し合いの時は待ってくれない。そのドス黒い感情を反映したかのような、禍々しい漆黒のドレスを揺らす少女は、幻想的な美しさを放ちながら殺意を見せていた。


これまで、本気の殺し合いどころか軽い戦いすらしたことがなかった少女と、文字通り最初で最後の決戦。

長く語り合い、ようやく受け入れ覚悟を決めた処刑人は。


瞳に悲痛な色を滲ませながらも、迷いのない精悍な顔つきで大切な幼馴染みに優しい殺意を向ける。

一思いに眠らせるためのギロチンは、彼の手の中だ。


「心優しかったお前に、そんなことはさせられねぇ。

俺は、お前を殺してでも止める。もうゆっくり休んでくれ。

お前の恨みも、怒りも、罪も。すべて俺が背負うから」

「えぇ……ありがとう、シャルル・アンリ・サンソン。

では、私もその覚悟に見合った覚悟で応じるとするわ。

私はノインちゃんと同じ、ただのマリー。

けれど、こうして復讐すると決めたのだから。

この心を、強く名前に刻みましょう!

(わたくし)はマリー・アントワネット。

すべてを否定された、処刑を象徴する復讐妃よ!」


2人の間に動きはない。立ち姿はそのままで、不気味な風だけがおどろおどろしい音色でドレスの裾を揺らしていた。


しかし、彼女の宣言で辺りの雰囲気は激変している。

殺意、悪意、恨み、怒り、悲しみ、苦しみ、やるせなさ。


あらゆる負の感情で世界は埋め尽くされ、時間が凝縮されたようなゆったり隔絶した舞台で、少女達は見つめ合う。


「親愛なる妃よ。私のお相手を頼めますか?」

「えぇ、もちろんよ。……むしろ、私から頼まなければならないくらい。きっと、すべてを押し付けてしまうことになるのだから。……ふふ。なのに、こんなにも晴れやかな気分になるだなんて。私ったら最低な女ね。そうね、あなたが受け入れてくれるのなら、ぜひ……Shall we dance?」


軽く足を引き、片手を差し出してダンスに誘うシャルルに、マリーは嬉しそうに微笑みながら誘い返す。


これより始まるは死の舞踏。命を彩る魂のメロディ。

黄昏を迎える、少女達の紡ぎ歌である。


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