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虚の天秤  作者: 榛原朔
六章 虚数備録

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8-夢幻に喚ばれた雷光・前編

立ち回りを変えた雷閃は、周囲に迸らせている雷で首の傷を焼くことで、無理やり回復して息を吐く。


一度は治っていたひび割れも、軟体動物や血の武器、狙撃や大剣の一撃を何度も受けたことで、もうすっかり元通りだ。


拘束され、散々全身を貫かれていた時と比べればまだマシで、ギリギリちゃんと戦える状態には戻っているのだが……

裂けた皮膚の下から覗く雷は、あふれる血を焼き飛ばす勢いで光を漏らしていて、とても痛々しい。


中でも特に大きいのは、アルバートの血の武器に貫かれた傷とヨハンの大剣で斬られた胴体の傷。

その部位はもはや人間の体には思えず、その穴の先には別の空間が広がっていると言われた方が信じられる。


神秘的で、幻想的でもあり、とても恐ろしい。

彼は神なのだと。普通の人間などではなく、大自然そのものである神秘なのだと。誰が見てもわかるような威容だった。


「ふぅ……」


自身を顧みないと決めた以上、彼に言葉などいらない。

ひび割れを広げながらも、全身からさらに強く雷を迸らせていく少年は、地面を砕いてその場から消える。


ルイとエリザベートはなぜか奥に引っ込んだので、ひとまず標的は前線に出ている5名。


言霊であらゆる事象を現実にさせる製造番号4――マシュー・ホプキンス。感覚や周囲の環境など、様々なものを変化させる製造番号5――ヨハン・ライヒハート。


標的に輝きを見て、ほぼ必中の眩しい軌道に銃弾を乗せる、製造番号6――フランツ・シュミット。そして、製造番号3――ジル・ド・レェに、製造番号8――アルバート・フィッシュだ。


「くっ、もう彼は捉えられないが……」

「せめて貴様は、死ね」


醜悪な魔女会はさっきまで雷閃を追い詰めていたが、それは

当然、すべて彼らの実力という訳では無い。

いくら神秘に成ったとはいえ、人工的なものである上成ったばかりなのだから、本物と比べればまだ格が違う。


まともに張り合えていたのは、雷閃がまだ消えないよう体力の温存を考えていたり、エリザベートによる奇襲があったりしたからだ。


この場ですべてを出し切ると決められ、さらにエリザベートまでもが消えてしまったのなら。もうまともに戦うことすら至難の業だった。


そもそも備え付けられた能力も、世界への洗脳、細やかながらも大きく変わりゆく法則、的そのものと最善の射線を示す光と、直接的な火力や機動力に繋がらない、サポート寄りのものばかりである。


なりふり構わなくなった雷には追いつけず、ヨハン達は先にジャックを始末しようと動き出す。


「ん〜……まぁもう役目は終わったかもだけど」


急にすべての敵から標的にされたジャックは、苦笑しながら頬を掻く。エリザベートの後退により、アイアン・メイデンやぬいぐるみの軍隊はいなくなったが……


依然として、ジル・ド・レェの軟体動物は群れをなしていた。アルバートの血の武器も飛び回っているため、彼に余裕などないだろう。


それでも、最強の殺人鬼であるジャック・ザ・リッパーは、焦らないどころか楽しげだ。マスターナンバーを持つ者として、他の追随を許さない直感によって猛攻を捌いている。


「残念ながら、僕はシャルルに殺されたんだ。

君たちになんて、殺されてあげられないな」


キッドの援護も計算に入れ、ジャックはナイフ一本で逃げまくる。ヨハンの大剣を、フランツの狙撃を、アルバートの血の武器を、ジル・ド・レェの操る触手を。


巧みなナイフ捌きで視界を埋め尽くす触手を三枚におろし、大地すら砕く大剣を受け流し、変幻自在の血の武器を相手に踊り、急所を穿とうとする狙撃を切り刻む。


マシューの洗脳すら、命じられる行動を察することで見事に打ち消している彼は、最高の囮だ。


いくら圧倒できる力があるとはいえ、確実に殺すためには軟体動物の群れの中から敵を探す必要があるが……

そのための時間を、雷閃に十分過ぎるほどに与えていた。


「バースデーケーキを目指し、空を泳ぐ蛇は口を裂く。

泥と羽を編み込んだ演算装置に頬ずりをして、臨界点食べた勇敢なるヘラクレスを神は祭り上げるのだ。

コードが法律を歌う価値はない。むしろ、太陽を引き伸ばす月こそ蜂たちの宝玉。蠱毒を描いたテーブルは、きっと鋭いモップとなってすべての服をたたむ悪魔になるだろうから」

「まずは、1番邪魔な君を……!!」


触手の海を乗り越えた彼がまず狙うのは、その渦を生み出している死体回収人――ジル・ド・レェだ。

接近していく最中にも増える軟体動物達を斬り飛ばしながら、鋭いカーブを描く雷は本丸に食い込んでいく。


「コード3……儀式の完遂……水鏡に映る女神はここに。

天使は階段に血管を刻む。秘文の夢は、拡大していきます。

機械の深淵は、正しく恐怖。カブトムシは無限なり」

「製造番号、3……能力はペオルに最も近い、拡大?

この増え続ける軟体動物は、恐怖の象徴みたいだね……!!」


ブツブツと意味のわからない音をつぶやきながら、ジルは手足を無数に枝分かれした触手に変えて暴れ出す。

意外にも少し意味を読み取った雷閃は、彼の周りで弾けるように飛び回りながら刀を振るい続けていた。


「レンズを通して虹香る。であればきっとヘラクレス。

回路は潤沢? 鉱炉は神託? 道具は名無しの呪文を渡り、ゲームの記録にお越しになった。おや、君はかつての光だね。1つ聞くが、精密な紙袋は渡せたか?

夢は食べ放題? 私はミドリムシ? いずれにしても、椅子を食む。スタンプラリーは、神々の系譜なのだから」


あまりのスピードに、網目状の球体のようになっている剣戟を受けながら、触手の怪物はなおも言祝ぐ。

首を飛ばそうとした一撃も、胴体を狙った一撃も、どれもが彼という物量の前には力不足だった。


彼1人を狙い、切り刻み、周囲の軟体動物を大災害のように撒き散らしていても、本体には届かない。

どうしてもこれを殺さなければいけない雷閃は、バチバチと雷でひびを広げながら、さらに加速して世界を光で埋める。


「君は、中身を上書きされた可哀想な人?

だとしても、ごめん。僕は、このために……!!」

「……爽やかな風は現の証拠。

天泣は背を向け、霞の先に東雲をいただくだろうとも」


雷を走らせる瞳からすらも、ポロポロと破片をこぼしながら少年は首を斬る。触手と化した手足を斬られて体は投げ出され、なおも蔓延っていた触手や軟体動物も徐々に消えた。


魔女会の3、ジル・ド・レェは処刑完了だ。

しかし、彼はまだ8人いる中の一人目。

その粒子を浴びながら、雷閃は次の敵を狙って空を駆ける。


「ま、まさか、ジル・ド・レェが死ぬとは……

クキキ……イーッヒッヒッヒ!! あぁ、一体その血はどれだけ美味しいのだろう!? 神の血など、人生のメインディッシュですねぇ!! 柔らかそうなその肉を、食らわせなさい!!」


向かった先にいたのは、ジル・ド・レェと並んで直接的な攻撃を行える戦闘向きの力を備えたアルバート・フィッシュ。

飛び散った血を飲んでいた彼は、急接近してくる少年を見て手を掲げ、血の武器を羽のように背後に並べて浮かべる。


何十、何百もの武器は、使い手がいなくても十分な脅威だ。

下手な軍隊よりも厄介な変幻自在の武具は、抱きしめるように牙を剥く。


「嫌に決まっているでしょう? 君はシャルロットお姉さんの大切な人だけど、あれを見て君を許すことはできない。

どれほど生命力を貯めた、豊かな血海でも……雷は通る。

僕という雷が、数多の斬撃となって君を裁く」


だが、雷の粒となり始めた雷閃に対しては、あまりにも無力だった。一呼吸のうちにすべて打ち砕かれ、眩い刃はその首に添えられる。


煌めく一閃。ほとんど戦いにならず、本能のままに血肉を食らう真なる吸血鬼は鮮やかな華を咲かせた。


「あぁ、なんてことだ……また、いつか、会いましょう……

そう、あの子と、約束していたのになぁ……

本当は、人肉なんて、食べたくなかった。

私は、ただ……あの、穏やかな屋敷で、君たちと……」

「最後には正気を取り戻していたと、そう伝えるよ」


遺言だけ聞き届け、雷はさらに跳躍する。

もはやそれには、ほとんど人の形すら残っていない。

まさに大自然そのものである神は、最後の敵を破壊するべく消えゆく触手や血が踊る舞台を引き裂いていく。


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