7-醜悪な魔女会
シャルルから死者たちを引き剥がした雷閃は、そのまま弾け飛んで跡地の広場に向かう。
深夜であることに加えて、肉の巨木がそびえ立って枝を広げているため、周囲はかなり暗かったのだが……
ボロボロの廃墟から外に出ると、その瞬間には夜の闇をかき消してしまっている程の輝きだった。
その輝きに比例するように、起こす現象も凄まじい。
たまに暴れ出す枝に飲み込まれないよう、少し大回りに飛ぶと、地面を派手に砕きながら巻き込んだ者たちを叩きつけていく。
いかにも危ない場所なので、住民もまったく残っていない。そのため辺りに配慮する必要もなく、ほとんど墜落に近い、移動と攻撃を兼ね備えた一切容赦のない一撃になっている。
しかし、敵も彼に負けず劣らずの強敵揃いだ。
死者ではあるが、神秘の力によって蘇っているのだから強度はむしろ上がっていた。
直撃した鋭く巨大な雷の斬撃などものともせず、一人残らず何食わぬ顔で砕けた地面の中で立っている。
「ふむ、これが……」
「ペオル様と同じ神秘です、マシュー様」
会長のマシュー、最強のヨハン、狙撃手フランツ。
恐怖の回収人ジル・ド・レェ、食人紳士アルバート。
シャルルの兄であるルイ、吸血姫エリザベート。
マリー以外の全員を引き受けてきたので、広場に集まっているのは錚々たる面々だ。そこまで身体能力は高くないと思われるルイやマシューですら、涼しい顔をして着地していた。
その他の者も、ジルが軟体動物を召喚していたり、ヨハンが大剣で地面を砕いてクッションにしていたりと、どうかしている強者ばかりである。
たまたまか、狙ってか。ともかく彼らの中心に着地していたエリザベートは、アイアン・メイデンやぬいぐるみ等の眷属に囲まれながら微笑む。
「ずいぶんなご挨拶ですわね、雷閃くん。
わたくしに対する敬意が足りていないのではなくて?」
左右でそれぞれ、ぬらぬらとテカるタコやイカのような軟体動物、刺々しい山のような血の牙が口を開いている中。
催眠術師に剣士、狙撃手と、形だけでもバランスの良い者共を従えているエリザベートは、見た目や雰囲気だけなら正しくヴァンパイアの姫だ。
油断なく身構える雷閃は、さり気なくキッドの位置や駆けてくるジャックの距離などを確認しながら口を開く。
「その殺意をしまってから言ってくれない?
暴走している人に、敬意なんて払えないからさ」
「だからこそ、畏れを抱くべきなのですけれど」
「っ!?」
墜落後に交わされたのは、生前とほとんど変わらないくらい他愛のないやり取り。殺意こそあれど、まだ戦うとは思えないような、自然体での会話だった。
そのはずだったのに、なんの予備動作もなく雷閃には無数の牙が突き立てられる。攻撃が行われたのは、地面から。
いつの間に仕込んでいたのか、足元では鯨が食事をするかのように、パックリとアイアン・メイデンが口を開けている。
なぜ生き返ったのかもわからないまま、どうして全員が全員敵になったのかもわからないまま、彼らの殺し合いは開始された。
「くっ、問答無用なんだね……!!
中身は、まったく変わっていないはずなのに!!」
「しかし、肉体は変わったのだよ少年」
「振り返るな」
「ぐぁ……」
瞬時に飛び上がり、ギリギリ足を齧られる程度で済ませた彼だったが、背後には既にヨハンが構えている。射撃や洗脳の援護もあって、雷でも攻撃を防ぐのは至難の業だ。
移動しながら刀を背面に構えるも、妙に丸くて巨大な大剣に斬られ、空中に弾かれていく。
吟遊詩人――クロノスによって傷はひとまず治されていたが、それもすぐに開いてしまう勢いだった。
もちろん、セイラムで作られた者達の追撃は終わらない。
全部で7名もいるのだから、むしろここからが本番である。
地面の魔法陣から湧き出る軟体動物、空を赤く染めていく血の舞踏、地上を進軍するぬいぐるみとアイアン・メイデン。
スピードで勝っていても捌ききれないほどの、圧倒的な物量が攻めてきている。
「パワーも、スピードも、以前とは比べ物にならない……!!
もしかしなくても、君たち全員が神秘にされたんだね」
「ははは……銃は変わらないんですよね。眉間にどうぞ」
触手に血の槍、押さえ込もうと飛びついてくるぬいぐるみやアイアン・メイデンを避けながら呻く雷閃の眉間に、一発の銃弾が直撃する。
どれほどの物量が敵になっていても、ヨハン・ライヒハートを含め、単独で強い者がいない訳では無いのだから。
フランツ・シュミットの狙撃は、異常な軌道を通って物量の壁を通り抜けて命中していた。
まだ存在の規格が違うため、それだけで致命傷にはならず、彼は無事だ。とはいえ、粉砕された額からは勢いよく鮮血が吹き出し、体勢を崩されている。
その隙に、触手によって手足は縛られ、再び迫ったヨハンには胴体を斬られ、血の鎌は首を貫く。
洗脳によって抵抗もできず、雷のようなひび割れはまたも彼の全身をちらつき始めていた。
「うぐっ……援、護をッ……!!」
「悪いねぇ、こいつらを殺せる未来が見えなくてさ」
「邪魔ならできるぜ、俺様なら!
邪魔しかできなくて、マジで申し訳ねーんだけどよ」
強化されたマシューの洗脳には、流石の雷閃もその場で逆らうことなど出来ず、ただの的に成り果てる。
しかし、血と共に助けを呼ぶ叫び声を吐き出せば、とっくに近くには潜んでいたジャックが乱入してきた。
やや遠方から狙撃してくれるキッドと共に、軟体動物たちを蹴散らして彼という神秘の解放のために動く。
本来であれば、アイアン・メイデンやぬいぐるみの軍隊も、広く展開しているはずなのだが……
少し前から、いつの間にか姿を消していて存在しない。
今いるのは、空中を走るヨハンとジル・ド・レェの軟体動物、アルバートが突き立てる血の武具類、遠くから援護する催眠術師と狙撃手だけだ。
多少はマシになった嵐の中を、ジャックはキッドの援護を受けながら笑顔で突き進む。
「あっははは! こんなものを鏖殺したのかシャルルは!!
なんて無茶苦茶で爽快なんだろう!? ジル・ド・レェも変質したみたいだけど……僕だって君と同じ素体だからねぇ。
神の解放、見事果たしてみせようじゃないか!!」
雷閃と比べれば、ジャックのスピードなど駆け足程度でしかないだろう。しかし、自分ができる動きをより完璧に理解しているのは、間違いなく彼の方だ。
こと体捌きにおいて、ジャック・ザ・リッパーはこの場の誰よりも巧みな殺人鬼だった。
絶え間なく生まれ、まだ道を塞いでいる軟体動物も。
的確に行動を縛る洗脳や、急所を狙う狙撃も。
あらゆるものを殺し、躱し、軽やかに死にかけている雷閃の元まで向かっていく。最後に立ち塞がるのは、妙に丸い大剣を握ったヨハン・ライヒハートだ。
「あまり調子に乗るな、ジャック・ザ・リッパー。
あなたの強さは知っているが、今の我々は殺せない。
そういう存在に、なったのだ」
「言葉を返すようだけど、傲りは身を滅ぼすよ?
君は雷閃くんとは違う。作り物の出来損ないだ。
そして何より、僕は統括機……製造番号11だぜ。
操り人形に成り果てた君が、最後まで自由な僕を殺せるものかよ。ほうら、これが証拠さ!」
何度も安定して大剣を受け流し、猛攻をくぐり抜けた殺人鬼は、彼の肉体は斬れないまでも、その首元を大きく裂く。
すると、露わになったのは製造番号5の番号。
最初から、こうして踏み台になることが決定づけられた作品の番号だった。
「マスターナンバー11……僕は、この人生の目的と魂の使命を知っている。並外れた客観性と直観力の壁は、君如きでは決して超えることは出来ないだろう」
「……1から9までのエンジェルナンバー機体は、死んで初めて役割が生まれるもの。あぁ、私はもうそれを知っている。
だが、それがどうした。私は5号機。意味するのは、変化が訪れます。感覚はどうだ、殺人鬼……!!」
突き付けられた言葉に、ヨハンはほとんど動揺を示さない。
真に役割を理解した者として、人体改造を受けた肉体に備え付けられている力を行使していた。
いくら殺人鬼でも、目に見えない特別な能力を避けることは出来ない。感覚や体調に変化が訪れたことで、ジャックは脂汗を浮かべている。先程までと比べて、明らかにフラついて調子が悪そうだ。
おまけに、蘇った死者たちはもれなく全員が科学者によって人体改造を受けた機体だ。もちろん、それはあくまでも改造であり、死者であることを除けば普通の人間なのだが……
製造番号4……マシュー・ホプキンス。
そのエンジェルナンバーが意味するのは、現実になります。
製造番号6……フランツ・シュミット。
そのエンジェルナンバーが意味するのは、あなたは輝いています。
雷閃と同じように斬られ始めるジャックに向かって、彼らに与えられた能力は炸裂する。
あらゆる言霊は、現実に。あらゆる狙撃は、輝いて見える的に。避けようのない現実として、彼を苦しめる。しかし……
「げふっ……ふふ、感覚はないし、環境は時の流れのように変わりゆく。自由に手足も動かせないし、自殺しちゃうし、狙撃は必中だし、散々だよ。けどね……僕は、人生の目的も使命も知っている。正しく現実を知った直感は、あらゆるものを凌駕するものさ!!」
「……!!」
激変する環境や感覚に振り回されているはずのジャックは、自分がいる場所すらも覚束ないにも関わらず、まっすぐ前を射抜いて歩き出す。
何も分かりはしない。だが、ここに攻撃が来ると、直感的にわかるから。自分がこの後に何をさせられるか、客観的に眺められるから。すべてを理解する殺人鬼は、本当に正しい道を選んで突き進む。
「動くな。死ね。武器を捨てろ。這いつくばれ」
「輝く道を、辿れ弾丸。眩い的を、射抜け必中」
「地面の柔らかさは常に変わりゆく。感覚が1秒ごとに変わりゆく。体調は上下限なく変わりゆく」
「そのすべてを、僕は解して切り開く。
悪いなぁ仕事で殺す処刑人。僕は殺すために殺す殺人鬼だ」
すべての異常を理解し、ナイフ一本で解体し、ジャックは遂に雷閃の元まで辿り着く。ただの人間のままで役割を持つ彼は、神秘と成った処刑人達を殺せない。
だが、少年を捕らえる触手や軟体動物なら話は別だ。
本物の神秘だって、斬るだけならできるのだから。
使い魔に過ぎない傀儡など、容易く殺人鬼は切り裂ける。
キッドの狙撃が、アルバートの血の武器やジル・ド・レェの軟体動物を弾いている間に。嵯峨雷閃を縛っていた触手はバラされ、解放される。
胴体や首を貫かれてはいるものの、寿命のない神秘は普通の生物と比べて遥かに丈夫だ。決して倒れることはなく。
全身を彩る雷のようなひび割れを増やしながら、揺るがない瞳を輝かせて立っている。もともと油断などしていなかっただろうが……この先はきっと、己を顧みることすらしない。
この役目を果たすためにこの時代へ呼ばれた彼は、すべての命を燃やして罪人達を裁くだろう。
科学者に作られた、醜悪な魔女会――セイラムシリーズ。
あらゆる死を詰め込んだ者との決戦の開幕だ。




