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虚の天秤  作者: 榛原朔
六章 虚数備録

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6-死の記録

「……はぁ」


一振りでクロノスにかき消されたジョン・ドゥは、協会本部の跡地で瓦礫に体の半分を埋め、ため息を付く。


姿はマリーのままで、体力の消耗や傷などもまったくないが、時間を飛ばされたか何かでいきなりこんなところに現れたようだ。


軽く崩落を起こしながらも無理やり体を引き抜き、予想外に早く対面した肉の巨木を見上げる。


「私はどうせ未来にここに来るから、先に飛ばしたって感じかしら? もうあの子の始末は無理ね。

もともと望み薄だったし、潔く最終調整に入りましょうか」


醜悪な木は高くそびえ立ち、今も脈動を続けている。

心なしか上に向かっているため、まだ上昇しているか削られた分を補うかしているのだろう。


だが、肉塊の醜悪さはそれだけに留まらない。

ジャックとジョン・ドゥがあらかじめ集めていた、これまでの死者たちの遺体。


処刑人協会の幹部たちや、その他これまでシャルル達の前に立ち塞がってきた強敵たち、犠牲になった仲間たちの遺体を、すべて取り込んでいたのだ。


近くに置かれたそれらを、蠢く肉は沼に引きずり込むように表面で飲み込んでいる。とはいえ、それを自らの力にするというのなら、まだいい。冒涜であり不快なことだが、どうせ大地と一つになることを思えば、何の違いがあろうか。


しかし、実際に醜悪な魔人がしていることというのは、彼らの尊厳を踏み躙る最悪の行為だ。


この國の感情を醜悪に歪ませ、観測し続けてきたペオルは、その記録や近くにいるジョン・ドゥの情報を基に、破損した魂の再現を始めていた。


彼の能力は、肉体でも精神でも、とにかく付近にあるすべてを醜悪に歪ませること。すなわち魂にすら干渉できるものであり、つまりは死者の魂もある程度操れる。


そして、マシューやジル・ド・レェ、エリザベートなどの面々は強靭な精神性を有しており、神秘ほどの絶対性はないものの、すぐには存在が薄れない。


死者蘇生を。精神を歪め、ほとんど傀儡のような状態での、意志と尊厳のすべてを踏み躙った死者蘇生を行っていた。


「……うふふ。こんなものが、マシュー・ホプキンスの祀っていた神だなんてね。悍ましいことこの上ないわ。

けれど、中途半端で投げ出すつもりもないの。

すべての死を乗り越え、あなたはセイラムに成りなさい」


醜悪さに眉をひそめながらも、突き立てられた肉から情報を差し出して宣言するジョン・ドゥの前で。

ついに死者たちは蘇る。


生前通りの殺意に身を任せ、獲物を求める殺人者たちが。

心の片隅にあった憎悪を募らせ、それでもまだギリギリ踏みとどまっている善人が。


長らく虐待され、体をイジられ、その果てに打ち捨てられた少年が。一部はまだ染まり切っていないが、彼らは間違いなくこの國を象徴する死たちだ。


そんな抗う者たちに向けて、生前ほどの自由意志を持たずに動かない者たちに向けて。暗躍する情報屋は、最悪の指向性を与えていく。


「そのために……あなた達も彼女達を殺すのよ。

どれだけ心を削っても、最後まで良心を得ることなどなく、あまつさえあなたを殺した國への憎悪のままに。

幼い頃から死に曝され、使い捨てられた憎悪のままに。

我慢なんてしないで。美談や悲劇なんかで終わらせないで。

あなた達には恨む資格がある。人々に真実を刻む義務がある。犠牲になってはい終わりだなんて、虚しいじゃない」

「……そうね。あなたが望むなら。

我慢せずに、これまでの悲しみを……憎悪を叩きつけるわ」

「おれの人生は、苦痛に満ちたものだった。何一つ得ることはなく、ただ死んだ。……あぁ。その意味を、今残そう」


多くの殺人者たちと同じように、数少ない被害者も荒れ狂う憎悪に身を浸す。彼らはセイラムを体現しようとしている者を目指して空を飛び、今こそ最悪の障壁となって彼女の前に立ち塞がるのだ――




~~~~~~~~~~




地上に落ちたシャルルの目の前には、敵味方に限らず死んだはずの面々が一斉に顔を揃えている。


敵味方に限らずとは言っても、これが処刑人協会の下っ端やル・スクレ・デュ・ロワの末端構成員ならば、まだよかったのだが……


よりにもよって、集まったのは特に縁や因縁のある者達ばかりだ。処刑人協会の会長と幹部2人、ジル・ド・レェ、アルバートと協会を除けば特に苦しめられた強敵、エリザベートにマリーという大切な人たち……


果てには、ずっと昔に行方不明になった兄までいた。

彼らの多くは強く、それだけでも脅威になり得るが、それ以上にシャルルの心をかき乱すという面で最悪の相手である。


しかし、あの高さから落としてきたのだから、もれなく全員敵であることは疑いようもない。

マリーだけでも人格の1つが崩れかけていた彼ではあるが、歯を食い縛ってどうにか悪夢に立ち向かう。


「……お前らは、死んだはずだ。

俺が処刑して、俺が守れなくて。なんで、いる」


ギロチンを引きずりながら、抑揚のない声で呼びかける。

驚愕が去ったことで、今にも死んでしまいそうな顔色だ。


殺し合いが始まっていないため、まだジャックが動かない中。ぐるぐると回る思考を押し退けた対話が始まった。


「あぁ、確かに我々は貴様に処刑された」

「しかし、生き返った。殺すために」

「この國なりの、秩序を守るためにね」

「胎内の虫は牙を研ぎ、神々は私という生命の終わりを祝福した。もしも、果汁が口々に憎悪を募らせたのなら。

演者は型通りの終幕を揺らすことだろう。ありがとう」

「テメェらなんぞに、聞いてねぇ!!

すぐまた殺してやるから黙って待ってろ!!」


最も迷いのない面々――マシュー、ヨハン、フランツ、ジルの言葉に、シャルルは堪え切れずに叫び返す。

長く苦しめられた相手でも、戦闘面で手強い相手でも、今の彼にとってはどうでもいい。


重要なのは、大切な人たちが適として立ち塞がったことだ。

その言葉を聞くと、殺人者たちは案外素直に黙り込み、少なからず心を通わせた人たちが言葉を紡ぐ。


「わ、私はただ……飢えが耐え難く。でも、また会えて嬉しいですよ、シャルルさん。ぜひ食べさせてください」

「おーっほっほっほ!! そう!! わたくしこそは、数千年続く偉大なる吸血鬼一族の正統なる血統である吸血姫!!

死すら覆し、生き血をすすって‥」

「手短に終わらせてくれ、自称姉」

「むきーっ!! ようやく生殺与奪の権を握れたのです!!

わたくしの妹を返しなさい!! さもなくば殺しますわ!!」


アルバートとエリザベートは、どちらも吸血鬼であるらしいためか、なかなかに好戦的だ。生前と変わらない心を持っていながらも、普通に殺そうとしてきていた。


とはいえ、残りの2人も大概である。むしろ、こちらの方が清々しくて相手をしやすいかもしれない。


彼らは元々殺しに躊躇はなく、いつも通り殺そうと好戦的になっていただけなのだから。最後に残った彼女達は、不自然に強調された恨みによって戦おうとしていたのだから。


「私も、殺すために生き返ったの。

みーんな死ねばいい。あはたもそう思わない?」

「おれは、苦痛にまみれたまま無意味に死んだ。

だから、今度こそ意味を残すんだ。ノイン」

「そうか。じゃあ、俺がみんなを殺し……止めてやる」


なぜ生き返ったのか、シャルルにはわからない。

だが、彼女達が恨みを持って蘇ったことは紛れもない事実で、このまま放置していれば手を汚させることは確実だ。


生前の彼女達を、大切に思うのなら。

誰よりも善良で清らかだった少女を、彼女自身に否定させ、穢させたくないのなら。彼は、止めなければならない。

正しく死者に戻すために、自分の手で殺すことにっても。


シャルルは準備していたギロチンを構えると、狂気的な笑顔を見せる死者たちと激突していく。


「覚悟決めてるとこ悪いけど、お前1人に背負わせるつもりはねぇぜー、俺様は」

「……!?」


シャルルの宣言と同時に、死者たちもジャックも、この場にいるすべての者が動き始めたその刹那。

少し離れた位置からは、シリアスな雰囲気をかき消すくらい軽薄な声が響く。


慌てて振り返ってみれば、そこにいたのは銃を頭上に掲げたガンマン――ビリー・ザ・キッドだ。

ウェスタンハットを持ち上げている彼は、集まった視線を凝縮するように、空に銃弾を撃ち上げた。


響くのは銃声。そして、世界を引き裂くような雷鳴と……

――君は、誰と話したいの?


「悪いお兄ちゃん。マリーだ。俺が選ぶのは、マリー――!!」

「任せて。残りは全部、僕が引き受ける」


シャルルが空に響く声に応えた瞬間、本部跡地には眩い雷光が吹き荒ぶ。それは数え切れないほどの雷の斬撃になると、彼が選ばなかった者をまとめて吹き飛ばしてしまう。


獲物に惹かれたジャックもそれに追従し、戦場は完全に分かたれた。シャルルVSマリー。雷閃VSその他大勢。

いつでも乱入できる第三者には、ジャック・ザ・リッパーとビリー・ザ・キッド。


蠱毒としてデザインされた、この歪んだセイラムで。

國の最後を飾る、最も死に近づいた者達の殺し合いの開戦だ。




~~~~~~~~~~




本部跡地で、いくつもの超常の存在がぶつかり合っていた頃。街中では、未だ暴走状態のデオンが彷徨っていた。


「あぁ、あぁぁ……マリー様。マリー、様ァァ……」


以前は輝いていたレイピアは血に塗れ、綺麗だったスーツや髪などもボロボロ。殺人鬼と言うよりは、亡霊のようだ。

人々は数少ない脅威として彼女を避け、しかし一度見つかれば逃げ切れずに死んでいく。


そんな中、彼女の姿を見てもまったく逃げる素振りを見せない影が1つ。鋏を両手に、立っていた。


「スウィーニー、トッド……なぜ、あなたが……」

「あんたの手は、もう随分と汚れちまったな。

けど、もうこれ以上はさせねぇ。俺が勝てるとは思わねぇけど、せめて他の決着が付くまであんたを止める」

「止める、だと……!? 唯一の聖者が、誰よりも清らかだったあの方が殺されたのに……!? うぅ、マリー、様ァァァッ!!」


ペオルを除いた8つの影どころか、残り2つの統括機、番号を奪われた者ですらない、蘇れないはずの死者。ただデオンを止めたいがためだけに、自らの意志の力だけで便乗してきた理容師トッドは、この終末の中で悪夢に立ち向かう。


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