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虚の天秤  作者: 榛原朔
六章 虚数備録

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5-未来と過去

本部跡地に肉塊の巨木がそびえ立ち、國中の空を覆っている下で。人々を煽って殺し合いを悪化させていたジョン・ドゥは、白い外套を身に纏っている吟遊詩人と対峙する。


ここは首都キルケニー西側の集落。

ピーピング・トムと同じように、雷閃も処理しようとしてのことだった。


しかし、今目の前にいる少女は、始末しようとしていた少年と同じく神秘。相手はルネッサンスリュートを片手に、ただ立っているだけなのだが、彼女は手を出せない。


セイラムで収集できた情報の中から、辛うじて察することのできていた吟遊詩人の正体を身構えながら口にする。


「……確認ですけど、あなたがその子を私達の元に送り出してくださった方だと思ってよろしいのかしら?」


彼女はたしかにジョン・ドゥだが、現在の姿はマリーのものを借りている。頭の天辺から足の先まで、どこからどう見ても完全に善良な少女と同じものだ。


もちろん見た目だけでなく、口調や性格、中身までもが本人と見間違えるレベルで。そのため彼女は、実際にはほとんど雷閃とは関わりがないはずなのに、まるでずっと一緒に暮らしてきた保護者であるかのような口振りで言葉を紡ぐ。


これを見破れるとしたら、長く一緒に過ごしてきた幼馴染みであるシャルルなど、ごく一部しかいないだろう。


今たまたまこの場に現れただけの、まったく関わりのない人物に、本人かどうかなどわかるはずがなかった。

わかるはずは、なかったのだが……


「残念ながら、私はあなたの元に送った覚えはないわ。

だって、あなたはマリーではないでしょう?」

「あら、どちらとも初対面なのにわかるのね」

「えぇ、私は大体のことを把握しているから」


悲しげに微笑む吟遊詩人は、欠片も迷うことなく彼女を別人だと断言した。実際にその通りなのだから、その結論に至ること自体は正しいのだが……


マリーともジョン・ドゥとも初対面でありながら、まったく同じ姿、口調、性格の相手を区別できるのは異常である。


とはいえ、見破られたジョン・ドゥもジョン・ドゥだ。

一瞬で偽物だと看破され、開口一番に指摘されたというのに、彼女はまったく驚かない。


少し目を細めるだけで、すぐにその情報について、彼女の力について情報収集を始めていた。


おそらくは、どちらも特別戦闘には秀でていない者同士として。それぞれはぐらかすような、さり気なく聞き出すような、言葉の応酬を繰り広げている。


「それに、私は特定の誰かの元に送ってもいないの。

どこに送ったとしても、運命はあの子達を出会わせるから」

「随分とロマンチックなのね。神秘的な存在だから?

まぁ、私としてはどちらでもいいけれど……

そういうあなたは誰なのかしら?」

「私が現れる瞬間、もう口にしていたと思うのだけど。

既に大体のことはわかっているんじゃない?

あなたに自己紹介が必要かしら?」

「情報屋としては、正確な情報が知りたいね。

どういう存在なのかわかるだけで、名前も知らないし。

その子も守って情報も秘匿するだなんて、都合が良すぎると思わない? 自己紹介くらい、してよ」

「……私はクロノス。あなたの思っている通り、時間の旅をしている吟遊詩人よ。これで満足かしら? あなたに用事はないから、できればこのまま引き下がってくれない?」


しばらく言葉を交わした後、儚げな吟遊詩人――クロノスは案外素直に名を名乗る。だが、これで平和的な戦いに決着が着く訳でもない。


彼女は空気に文字を描くように指を動かし、時計や歯車のような紋章を生み出しながら、油断なく相手を見据えていた。

その、穏やかでありながらも静かな圧力を感じさせる姿に、ジョン・ドゥは動きを縛られながら口を開く。


「セイラムは今、長きに渡る歪みにより終幕を迎えている。

私の役割は、この実験を成功させることなんだけど……」

「ノインが勝っても、役目は果たせるはずでしょう?」

「……そうね。けど、ジャックは最後まで、自分でセイラムを体現しようとしていた。もちろん、あれはただの趣味嗜好ではあるのだろうけど……それでも間違いなく名に恥じない生き様だった。なら、私も最後まで挑むべきじゃない?

この名が、示す道に。魂が、叫ぶ通りに」


シャルル、シャルロット、ノイン。

ジャック、ペオル。


最終的に誰が勝ち残っても、この状況にまで持ち込めたのなら、もう実験はほぼ成功だ。あらゆる舞台装置は、ちゃんと役目を果たしたと言えるだろう。


情報屋として常に暗躍していた彼女だって、これ以上は働く必要などない。何より、相対している敵は神秘なのだから。

どう考えても、ここは潔く引くのが最善手である。


しかし、格が違うとわかっていてもなお、彼女は自分から逃げることだけはしなかった。


この國に生きる者達は、その多くが役目を与えられている。

自分の意思とは関係なく、自覚しているかどうかも関係なく、科学者が想定した通り國に悪意を溜め込むために。


とはいえ、それはあくまでもただの配置。

干渉しない実験である以上、科学者の操作などなく、誰もが自分の意思でその道を選んだのだ。


会長も、上位の処刑人達も、回収人も、技師も、情報屋も。

対抗組織も、善良な少女も、侍も、ただの少年少女も。


なればこそ、彼女達は自分の意志を突き通す。

命じられていなくても、ただ望まれて配置されただけでも、すべて理解した上で選択したのだから。


これが最悪の結末に繋がるとしても。

何もかもが悪でしかなく、己の存在自体が罪であっても。

待っているのは、確実な死だと理解していても。


悪とは、恐怖や後悔すらも打ち倒し、善を選ぶ覚悟を持った聖者の前に立ち塞がって笑うのだ。

まるで、この世のすべてを楽しんでいるかのように、これぞ至高の瞬間なのだと言うように、華々しく。


「名無し顔無し中身なし。すべてが伽藍の空虚な私。

(なり)だけ真似した人形師、いつかの誰かが描いた空想、誰もが知らない未知なる犯行……

僕がしてきたことは、間違いなく悪行でしょう。

ですが、俺にあった才はこれだけだったのだから。

多くの正しさや生存本能に、必要な力だったのだから。

この、あらゆる悪意がお膳立てされている國で。

私は最後まで悪として生き抜き、自分がしてきたことに責任を持ちます。仮にこちらが勝ったなら、それが運命。

この残酷な世界を、とことん笑ってやる」

「……私には戦闘能力はない。だから、この実験場の創造も止められなかったし、あなたも殺せない。けれど、この國に未来なんてないのだから。時間だけは私の味方。

さようなら、悪意を詰め込まれた可哀想なお人形さん」


弱いなりにナイフを突き出し走るジョン・ドゥに、クロノスは白い手を差し伸べる。筒のように腕を包み込むのは、カチカチと動いて時を刻んでいる紋章。


時空の旅人が軽く腕を振っただけで、彼女の姿は一瞬のうちに消え去ってしまった。


「おはよう、嵯峨雷閃(さがらいせん)くん。今こそあなたの役割を果たす時よ。また、少し後に会いましょう」


それと同時に、なぜかクロノスの姿も消えていく。

巻き込まれて傷の治った雷閃が目を開けた頃には、もうこの場には誰も残っていなかった。




~~~~~~~~~~




複数の影によって落とされていたシャルルは、敵がなんなのかもわからずにとにかく逃れようともがき出す。


正体は不明だが、少なくとも5人以上の敵がいることは確実だ。無理してペオルの元へ戻ろうとはせずに、無事着地することだけを目指して動いていた。


とはいえ、敵もまだここですぐに殺すつもりはないらしい。

地上にいた何者かの指示を受けながら、このまま墜落させることだけに徹している。


シャルルは攻撃されることはなく、多くの敵影、ジャックと共に落ち続け……思っていたよりは安善に地面と激突した。


「ちっ、一体なんなんだ!?

マリーモドキがいたり、影が降って、き、たり……」


ギリギリで肉塊に引っ掛けたり、ギロチンで勢いを殺したりして着地したシャルルは、土煙を払いながら顔を上げる。


だが、彼の言葉が最後まで紡がれることはなく。

目の前にいた、あり得ない敵を見つめて呆然としていた。


「お前ら、なんで……!?」


彼の視界に飛び込んできたのは、本来ここにいてはいけない8人の人影。先程もシャルロットの心をかき乱したマリーに、同じく死んだはずの狂気の回収人――ジル・ド・レェ。


シルクハットの老紳士――マシュー・ホプキンス、伝統的な処刑人の格好をした男――ヨハン・ライヒハート。


狙撃銃を持つ白衣の処刑人――フランツ・シュミット、自称吸血姫――エリザベート・バートリー。

軽装鎧を着た臆病な紳士――アルバート・フィッシュ。


そして、自宅の写真にノインと一緒に写っている姿そのままの少年――彼女達の兄であるルイだった。


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