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虚の天秤  作者: 榛原朔
六章 虚数備録

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4-ソラの戦い

神様が実在するとしたら、それはどんな存在だろうか。


人類を創ったもの? この星を創ったもの?

この果てしない宇宙を創ったもの?

どれもあり得る話で、どれもが空想の御伽噺。


かつて世界が始まった時代に、人々に物語られる神話の時代に。それらは本当にいたのかもしれないし、やっぱり空想や思い込みの産物だったのかもしれない。


だが、少なくとも現代には。

科学文明が滅びてから数千年経ったこの時代には、神と呼ばれるようなモノは多数存在している。


それは、幻想に閉じられたセイラムには、無縁だったはずのもの。科学を飲み込んだ神秘的な力、大自然そのものである超常の存在。


彼らは決して人類を創ったものではなく、この星を作ったものでもなく、当然宇宙を創ったものでもない。


彼らはむしろ、人類から生まれたもの。

この星から生み出されたもの、果てしない宇宙のエネルギーを取り込んだと言えるもの。


現代における神とは、人の規格を超えて、生物の規格を超えて、ある意味この星と成ったものだ。


そのような成り立ちだからこそ、神は必ずしも人類を愛する存在ではない。守り育もうとするものでもなければ、個体によっては遊び半分で滅ぼそうとすらするだろう。


かつて神代は、この星にあったのかすら不明だが。長い視点で見てみれば、彼らの存在する今こそまさに神代だった。


それに、人々が認知しているかどうかは関係ない。

閉じられたセイラムでは、潜んでいたごく一部を除けば存在していないものなのだから。


ただ、なんとなく現実離れした不思議な力があり、今この場には紛れもなく神と称されるモノがいる。それだけが確かなことで、それだけが彼女達に降りかかる苦難だ。


すなわち――

神は、彼女達に眼差しを向ける。


「キッヒヒヒ!! 何となく感じてはいましたが、あなた方は神秘を認知していないようですねぇ。なんの力もない哀れなモルモット、ただ死を焼き付けられただけの破綻者。

くひひ……これを飲み込めば私は外に出られる!!」


長く、処刑人協会……マシュー・ホプキンスによって崇拝されていた神――肉塊を纏うペオルは、身構えるシャルロットとジャックを見下して醜悪に笑う。


顔はそれなりに整っているため、笑顔自体は綺麗なものなのだが……言動を含めて存在そのものが醜いので、どうしても嫌悪感を覚えてしまう。


ジャックは逆に喜んでいる様子を見せているものの、シャルロットは普通にギロチンを前に出して空間を分けていた。


「飲み込むって、殺すってこと?」

「はい、その通り。一方的なので、虐殺か食事の類になりますけどねぇ! キッヒヒヒ!!」

「ほほう、あんなものに殺してもらえるのかぁ。

肉塊に押し潰されるだなんて、夢見心地だろうなぁ」

「ふざけないで。わざわざ治したんだから、ちゃんとやってよ。僕だけじゃ勝てないんでしょ?」

「それは自分でよくわかっているはずだよ。

あれは人間に殺せるものじゃない。僕ならルーン石、君ならギロチンを使わないと不可能さ」

「ンー、私を殺す算段は立ちましたかぁ?

無駄な足掻きだと思いますけど、せいぜい醜悪に踊って見せてくださぁい!! キッヒヒヒ!!」


はたと動きを止め、予想外の反応を見せるモルモットの声に耳を傾けていたペオルだが、その内容に頬をほころばせるとすぐに肉の枝を伸ばす。


ここは空中、肉塊の足場以外に逃げ場はない。

さっきまで彼女達が乗っていた肉を揺るがし、鋭い槍のような形状にすると、全方向から殺しにかかった。


いきなり足場すらも敵となり、シャルロット達は早くも絶体絶命だ。無防備に空中に投げ出され、体勢を崩したままで、何十、何百もの触手への対応を余儀なくされる。


「うっ、こんなの殺す以前の問題じゃない……!?

この戦場自体がペオルなんだから、戦いにならない!」

「それでもなんとかするのが、プロなんじゃないのー?」

「……!! それは、シャルルが勝手に言ってたことでしょうが!!」


落下しているシャルロットは、雨のように打ち込まれる肉の槍をギロチンで潰しながら怒鳴り返す。ダメージこそ受けていない様子だが、完全に圧倒されてしまっている。


それに対して、生死に頓着なく、彼女を煽っているジャックは、ナイフ二本だけで肉を捌いて中に潜り込んでいた。


もちろん、中もペオルなのだからやがて攻撃的に蠢き出すのだが……少しの間足場にするくらいなら大丈夫だ。

こまめに押し寄せる肉を乗り換えながら、巧みな技で軽々と安全を確保している。


逆にシャルロットはみるみる落ちていくが、ここで落ちる訳にはいかない。師匠の対応を見ると、嫌そうな顔をしながらもワイヤーを使って大きく抉った箇所に飛び込んでいった。


彼女の人格では普段使わないものの、やはり同じ体で殺しもできるだけの慣れがあるため、練度は十分だ。

なんとか体勢を立て直すことに成功し、てっぺんで気色悪く笑う怪人を睨む。


「ふん……とりあえず、なんとか戦いにはなるね。

圧倒的に不利だし、一瞬たりとも気を抜けないけど」

「あの男も遊び半分だから、頑張れば殺せもするよ。

いやぁ、あんな殺し甲斐のある命はないね!」

「おバカ! 真面目にやってって本当に!!

僕はシャルルじゃないんだよ!?」


足場に慣れたことで、戦闘はいよいよ本格的に殺しに行こうと試してみるフェーズだ。

シャルロットは武器のギロチンが大きく、スピード特化ではないため、ナイフしか持たないジャックがまず前面に出る。


「はいはい。僕だって、ただ殺しが趣味なだけのヤブ医者なんだけどねぇ……ま、共闘持ちかけたのこっちだしね。

ジャック・ザ・リッパーの名に従い、この魂が叫ぶ通りに、目の前の化け物を殺すとしよう!! あっははは!!」


体勢を整えるから殺しにシフトした殺人鬼は、さっきまでとは比べ物にならない速度で巨木を駆け上る。

彼は決して暗殺者ではないのだが、今この瞬間の素早さは並の人間が捉えられるものではない。 


ほんの一呼吸のうちにペオルの間近へ肉薄すると、背後からギラリと輝くナイフを振るう。しかし……


「キヒヒ……素晴らしいスピードですねぇ。

人間にしては、中々やりますよ」


相変わらずクネクネと気色悪く動き、恍惚とした表情で2人の足掻きを眺めていたペオルには当たらない。

なんの予備動作もなく伸びた肉塊が壁になり、切られて飛び散った血肉すら防いでしまう。


その壁にナイフを引っ掛け、空中に留まっているジャックは謎に満足そうだ。草むらをかき分けるように開かれた肉の隙間からも、醜悪な怪人が浮かべている気色悪い笑みが覗く。


とはいえ、楽しいと不快感、苛立ちなどは同居できるものだ。下に見られながらも褒められたジャックは、肉を切った喜びの裏に標的を殺せなかった不服感を表していた。


「そっかそっか、僕の殺しは神業レベルなんだねぇ。

いやぁ嬉しい限りだよ。だけど、そんな僕でも殺せないってことでしょ? これは。モヤモヤするなぁ」

「キッヒヒヒ。そもそも、人は神秘を殺せません。

届く可能性があるだけで満足してくださぁい?

あぁいや、満足しない方が見ていて面白いですかねぇ!」

「醜、悪ッ!!」

「そちらも、はい! 当然効きませんよ〜?」


ジャックとペオルが会話している間に、僅かに遅れてシャルロットも肉塊の頂上に到達した。

肉を抉り、勢いで跳ね上がり、少しずつ威力を増したギロチンは振り返っていた怪人の頭部に迫る。


だが、殺人鬼の刃すらも届かなかったのだから。

劣化シャルルでしかない彼女の攻撃が、届くはずがない。

肉塊は脈動し、泉のように湧き立つ血肉は、その質量を跳ね飛ばしてしまう。


「っ……!! ここじゃ武器の切り替えができない……」

「なんだ、そんなことを気にしているのかい? それなら、僕と交互に攻めるのを切り替えとしようじゃないか」

「キッヒヒヒ……もっと私を楽しませてください!!」


重いギロチンが弾かれれば、ナイフが。

軽いナイフが防がれれば、その隙に持ち直したギロチンが。


絶え間なくペオルの命を狙い、削り取られた血肉の雨は地上に降り注ぐ。しかし、いくら削っても壁は減らない。


蠢く肉塊は、中心の魔人がいる限り無限に増殖していくのだから。決して尽きることはなく、彼女達を苦しめ続ける。


「楽しませるつもりはないけど、これは……」

「切り心地は悪くないんだけどねぇ。とてもモヤるなぁ」

「何をつまらなそうにしているんですぅ? 私は楽しいですよ!! ほらぁ、もっと苦しんでくださぁい!?」

「勝手に気持ちよくなってなよ、怪人。

悪いけど、苦しい戦いなだけで別に何とも思わないよ」

「それなら、私が貴女の心をかき乱しましょうか?」


戦いには慣れ、笑うペオルにも軽い言葉を返す。

醜悪さに眉をひそめるシャルロットだが、彼が興奮している程には苦しんでいなかった。


その、直後。なんとか足場を確保しながら飛び回る彼女の背後からは、慣れ親しんだ声ながらも悪意に満ちた言葉がかけられる。


「っ!?」


明らかに表情を変えて、咄嗟に振り返ると、そこにいたのは死んだはずの誰よりも善良な少女――マリー。


いつもの地味なワンピースではなく、毒々しくて派手な黒いドレスを身に纏い、禍々しい鎌を後ろ手に持っている幼馴染みだった。


彼女の姿を認めたシャルロットは、堪らず息を呑む。

殺し合いの真っ最中だというのに、ピタリと動きを止めて大切な少女を凝視していた。


「あ、なた……なんで。いや、違う! あなたは死んだ!!

だから、きっと……あなたはジョン・ドゥが化けた……」

「私はマリーよ、シャルちゃん。

正真正銘、あなたの幼馴染み」

「……!!」


どうにか現実に戻って、否定の言葉を口にするシャルロットに、マリーは無情にも言葉のナイフを突き立てる。

たしかに生きていた頃の善良さとは、真逆の悪意や邪悪さを滲ませた口振りで。


「おーいシャルル!! 何が何でも出てきてくれ!!

少しは精神状態も落ち着いてるだろう!?

言ってなかったが、こっからが本番だぜ!!」


固まるシャルロットを横目に、ジャックは叫ぶ。

すべてを知っているような口振りで、ペオルとの殺し合いで溜まった鬱憤を晴らせるとでもいうような笑顔で。


その瞬間、ペオルが埋まっている肉塊はひときわ強く脈動し、上空からは複数の影が突っ込んできた。


「ぐっ……本、番!? こいつだけで、たくさんだ!!

これ以上、俺に何を求めるって……はぁ!?」


無理やり前面に出てきたシャルルに向けて、マリーは邪悪な微笑みを浮かべる。その視界は異常な力によって落とされ、彼らは醜悪なペオルを残して地上に落下していた。


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